陰謀がいっぱい 前編
会議が終わった後、私達はモニカのいる区画に向かった。
っていっても、皇族の生活する区画は関係者以外立ち入り禁止なのよ。
だから案内役に皇太子を同行させて、私とお母様とノーランド辺境伯夫人とグッドフォロー公爵夫人、エールス伯爵夫人が皇太子の周りをぐるりと取り囲んでいるの。その後ろから荷物を持った侍女が続き、護衛の近衛騎士まで揃っている大人数よ。
このフォーメーションはなんだろうと思いながら、私はてくてくと廊下を水晶宮に向かった。
協力してくださいね、これからモニカとお話をしますって伝えてすぐに、皇宮までやってくるグッドフォロー公爵夫人とエールス伯爵夫人はすごくない?
ノーランドとベリサリオが動き出すのに、自分達がいないとやばいって思ったんだろうね。
皇宮の中でも皇族が住む一画は、窓の上部の外壁に水晶の飾りが使用されていて、天気のいい日には日の光を浴びて煌めく様子から水晶宮と呼ばれている。
この区画の責任者クラスの人達のほとんどが、幼い皇太子をずっと守ってきた人達だ。
皇太子が皇帝の住む区画に移る時に一緒に移ってきた彼らは、皇太子がどれだけ苦労していたかよく知っているので忠誠心が強い。
皇太子婚約者がお妃教育に訪れるようになると、ようやく新しい主人を迎えられて仕事に遣り甲斐が増えたと、モニカを大歓迎しているらしい。
ようやく皇太子に温かい家庭が出来るんだから、幸せになってほしいと思うもんね。
ただモニカの世話をする侍女達は、婚約者が決定してから新しく雇った人ばかりなのよ。
女官長を始めとした女官達も、新しい顔ぶれが多いらしい。
そしてそいつらが問題なの。
侍女達は中央の貴族の御令嬢達ばかりで、あからさまに敵意を向ける子もいるらしい……と、スザンナに聞いた。彼女も候補だった時に嫌味を言われたことが何回もあるんだって。
ノーランドから侍女がふたりついてきているから、モニカを守ってくれているみたいなんだけど、皇宮の女主人になる女性に嫌がらせなんて許しちゃ駄目よ。
でもモニカはそういう話を一切私にしないのよ。
だから私から聞くのもどうかなって、今まで遠慮して知らない振りをしていたの。
恋人との仲とか、家庭の中のことって、友人だからこそ話しにくいってない?
友人と一緒の時には楽しい時間を過ごしたいから、自分の暗い話はしたくないってこともあるしね。……だからよね?
ちょっと心配になってきた。私なにかしたっけ?
「皇太子殿下、恐れながら私がこれからする話を、今後絶対に守っていただきたく思います」
白とシャンパンゴールドを基調に作られた内装は、他の区画とは全く違う優しい雰囲気で、ところどころに皇族の色であるディープロイヤルブルーが差し色に使われているのがかなり目立つ。
広い廊下を進む十人以上の団体を引き連れて先頭を歩いているお母様が、小声で皇太子に話しかけた。
女性陣に取り囲まれて顔が引きつっていた皇太子は、シャキッと背筋を伸ばして、助けを求めるようにちらっと私を見たけど、何も出来ないわよ。
「なんだ?」
「婚約者が皇宮にいらしている時には、何日かに一度でもよろしいですから、使いを出して殿下の元に呼ぶなり、自ら足を運んで婚約者にお会いください。そうして、自分は婚約者を愛し、尊重し、守っていくのだという態度を周囲に見せつけてください」
「……なるほど。確かにそれは必要だな。私の態度で皇宮の者達や貴族共のモニカに対する態度が変わる。最近は特に忙しくて、なかなか時間が取れなかった」
シュタルクのせいよね。
あの国、本当に迷惑以外の何物でもないわね。
「はい。なによりも婚約者を愛し大事にしているのだと態度に出すことは、モニカ様の支えにもなります」
「だが愛していると態度で示すと言われても、モニカはまだ十三歳で……」
「は?」
何をしようとしているんですかね、この皇太子。
エロいことを考えてない?
お母様たちが思わずくすくす笑っちゃっているじゃない。
さっきまでの厳しい顔つきよりはいいけどさ。
「殿下、結婚するまでに何かありましたら、祖父が怒り狂うと思いますわ」
「だから紳士らしく振る舞っているだろう」
ノーランド辺境伯夫人の顔にもようやく笑顔が戻ってきた。
娘が大変な目にあっていると聞いて、さっきまで険しい顔つきになっていたからほっとしたわ。
モニカは家族にも相談どころか愚痴も言ってなかったんだね。
「ですからモニカ様が過ごしやすいように、使い慣れたものをいくつか持ってきていたんです。どうしてそれを勝手に片付けてしまうんですか?!」
通路の向こうから若い女性の声が聞こえてきた。
この先は廊下が十字路になる場所で、円形の広いスペースになっている。中央に花に囲まれた小さな噴水があって壁際には椅子も並べられているの。
ここから右に曲がった一画は皇族関係者以外立ち入り禁止区域で、左に曲がった場所に個人的な来客と接見する部屋が並んでいるため、待機所にもなっているスペースなのよ。
そこで誰かが言い争っていた。
「水晶宮は婚約者のために皇太子殿下の指示で、すべて一流の物が揃っています。そこにノーランドの物を持ち込んで用意された物を使用しないということは、皇太子殿下の気持ちを無下にする行為ではないですか?」
「そうですよ。皇妃になるのなら中央のやり方に慣れていただかないと」
むっとして先に進もうとした皇太子と私を、お母様や御婦人方が止めて、目立たないように壁際に移動させられた。
もちろん護衛や侍女達も隠れなくちゃいけなくて、壁際に十人以上が固まって引っ付いている状況よ。なにこれ。
「そのようなことをなぜあなた達に言われないといけないのですか。モニカ様は皇太子殿下に、自由に使ってくれと言われておいでです」
「もういいわ。ここにあるものを使えというなら使いましょう。私が持ってきたものはノーランドに持って帰るので、全部出してきて。あなた達が片付けたんでしょう?」
これはモニカの声よね?
本人がいるのに、侍女はあのでかい態度なの?! マジか。
「何事ですか!? モニカ様、この者達が何か?」
パタパタと足音が近づいてきて、声からしてだいぶ年上の感じの女性がモニカに話しかけた。
「へスター、彼女達が私の物を勝手に片付けてしまったの。ここで使えないなら持って帰りたいのよ」
「まあ、あなた方は何をしているんですか!」
へスターって確か、筆頭侍女だったわよね。
この人だけは皇太子が幼少の頃から仕えていた人だったはず。
「別室にしまってあります。あとで持ってきます」
「そういう問題じゃないでしょう。モニカ様の私物に勝手に触れるなど許されません。申し訳ありません。すぐに持ってこさせます」
「そうして。それと、私のドレスはどうしたの? 宮殿で過ごす時に一度も出してきてくれないでしょ?」
「……まあ」
「片付けてありますよ。モニカ様のドレスは少し子供っぽいですよ。皇太子殿下の婚約者に相応しくありませんわ」
「でも中央のドレスはもっと華奢な人じゃないと似合わないもの。仕方ないんじゃないかしら」
バチンと大きな音がしたので、はっとして顔を覗かせて様子を見たら、侍女がひとり床に倒れ込んでいた。
「無礼にもほどがあります! あなた方は、ただの侍女なんですよ。立場をわきまえなさい!」
おお、すごい迫力だ。
侍女達も貴族令嬢だから、まさか手をあげられるとは思っていなかったんだろうね。
しばらく唖然とした顔で筆頭侍女を見上げていたけど、やがてキッとした顔で睨み始めた。
「子爵家の人間のくせに……」
「皇太子殿下が水晶宮にあまり来られないのは、この婚約に乗り気ではないからだと聞きました。すぐに違う人が選ばれるって」
「ぐふっ」
あら、いけない。
思わず無意識に、皇太子の脇腹に肘鉄を叩き込んでいたわ。
「ディア……痛かったぞ」
「何をやっているんですか」
「それは俺の台詞……」
こんな噂になる程に顔を出さないのは、忙しいでは済まされないわよ。
こいつら、モニカを軽く扱っても罰せられないと思っているのよ。
「皇太子殿下は本当は妖精姫が好きだって聞きました」
「私は中央から妃を選ぶって聞いたわ」
私?! なんで私?
「妖精姫は人外だぞ」
「人外ではないけども! あの侍女たちアホでしょう。それとも中央にはアホが充満しているの?」
「……」
「無言?! なにそれ!」
「ふたりとも、ちょっと静かに」
グッドフォロー公爵夫人に注意されて、皇太子も私も慌てて自分の手で口を塞いだ。
「そんな話はでたらめです。いったい誰から聞いたのですか」
「……アメリアです」
「ノーランドで魔獣を相手にしてきた人が皇太子殿下の婚約者なんておかしいです! 野蛮人ですよ?」
民族の問題は根が深いとはいえ、皇太子婚約者に対してこの言動は不敬罪でしょう。
誰が彼女達を選んだのよ。
ショックでモニカは泣きそうな顔になっている。
これ以上聞いていられなくて私が飛び出すより早く、皇太子がものすごい勢いで歩き出していた。