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フェアリー商会発足

 あれから皇宮は大騒ぎですよ。


 トリール侯爵家もダリモア伯爵家も爵位を取り上げられ、宰相他八人の処刑が決定し、彼らの家族や周囲に関しては、まだ取り調べが行われているそうだ。

 アンドリュー皇子は皇太子になり、ジーン皇子はトリール侯爵の領地をもらい受け、母方の姓のスタンフィールドを名乗り公爵になった。

 

 あ、そういえば精霊の森跡地周辺の植物が全て枯れてしまったんだって。

 おかげでのんびり構えていた人達も大慌て。植林作業が急ピッチで行われることになった。

 これから最低でも三年間、皇帝は苦しい立場になりそう。


 でも皇帝にとっては、他にも重要な今後にかかわる大問題がある。

 精霊王達に特別扱いされているベリサリオ辺境伯一家の待遇だ。


 下手に隠し立てして、誰かが間違って私達の怒りをかっては大変だという事で、我が家は公爵と同じ扱いになりました。それも皇家に次ぐ待遇だそうです。

 お父様が頭を抱えていました。


 先日の会合で、お父様は皇帝に大きな貸しがあると精霊王が宣言しちゃったし。

 お兄様達は(ひざまず)かなくても許されていたし。

 私は祝福持ちで、四人の精霊王という後ろ盾持ち。

 下手に手を出したら国がなくなるんだって。


 だから本当は私を取り込みたいらしい。

 皇子の誰かの嫁にしちゃうとか、養子にしちゃうとか。

 でも私がそれを嫌だと言ったら、言うけど、誰も私に命令出来ない。

 そこで四歳児の機嫌を損ねたら国が亡びる。

 なんなの、この四歳児。自分のことながら面倒な存在だな。

 それで皇宮は、娘がだめならとお父様を取り込むことに決定したらしい。


「皇宮で役職についてくれないかと言われている。なんなら宰相になるかと」

「そうですか。領地の事は僕に任せてくださって結構ですので頑張ってください」

「冗談じゃない! なかなかおまえ達に会えなくなるんだぞ。ディアに会えないなんて働く意味がない!」


 でも領地の貴族達は大喜びですよ。

 辺境伯が力を持てば、その下につく者達の力も自然と強まるからね。


 夏には他領からも精霊の育て方を学びたいと、多くの人がベリサリオ領に訪れた。もう避暑地というより、精霊の地って感じ。

 皇帝一家は他所にお出かけだったけど、その訪問地であるヨハネス侯爵領の関係者が、順番にうちに来て「精霊の育て方教室」に参加していた。

 海岸沿いの土地はほとんどが瑠璃の担当だからな。うちは城内に聖地があるようなものなのよ。


 そして秋になり、予告通りにベリサリオ領地は記録的な大豊作。海も大漁。

 領地はお祭り騒ぎで、うちからも御祝儀だって各町や村に酒や食べ物が支給され、城下町では一日だけ騎士団や兵士達が屋台を出して無料で料理を配ったよ。

 これでいざという時の備蓄も出来たし、皇都周辺の不作だった地方に高値で作物が売れて大儲け。 

 街が明るいと、騎士団のみんなも城内で働く人達の表情も明るい。

 みんなの表情が明るいと、私も嬉しい。

 早く街に行って、自分で街の様子を確かめられるようになりたいな。


「ディアちゃん、エーフェニア陛下のお茶会に一緒に行かない? 皇太子も参加するんですって」

「お茶会は六歳からでいいって、お父様が言ってました」

「ジーン様からもまたお手紙が来ているんだけど」

「そのうち読みます」


 あの会合の日、最後に私は陛下に聞いたの。

 「本当に魔力をあげるの忘れてたんですか?」って。

 陛下はぎょっとした顔をして、「本当に忘れていた。これからはちゃんと育てる」とおっしゃっていたけれど、私の心に芽生えた疑いは晴れない。

 もしかして精霊王や私達を利用するために、わざと育てなかったんじゃないか。

 怒りをかいすぎないために、将軍は無理をして精霊獣を育てたんじゃないか。


 そして四歳児のはずの私が、彼らを疑っている事を陛下は知っている。

 私だけではなく、お父様やお兄様達の態度もほんの少し、今まで私的な付き合いのあった皇帝や将軍じゃないと気づかないくらいにほんの少し、よそよそしくなっている事を陛下は知っている。

 それでお母様は、私達と陛下の仲を取り持とうと一生懸命だ。


 ごめんね、お母様。

 陛下のお立場も理解は出来る。理屈では。

 でも感情が、精霊を利用したことを許せない。

 精霊を平気で放置している皇宮貴族を許せない。


 精霊がいるのは貴族なら当然。数が多いのはステータスになる。

 彼らは精霊を飾りだと思ってた。


 精霊獣になって喋れるようになるまでは、どんなに空腹でも、どんなに寂しくても、何も言えないんだよ。

 ならその小さな命を大事にしてよ。

 いずれ精霊獣になって、あなたを守ってくれる命だよ。 


 だからもうしばらくして、陛下も皇宮の人達もちゃんと精霊を育てているのを確認出来るまで、以前のように親しく出来なくてもほっといてほしい。

 森が出来て、皇子にも精霊が与えられる頃には、きっと前のように笑顔で傍に行けるから。


「クリスお兄様、もう少しで学園に行かなくちゃいけないですよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないのは向こうだよ。この間のアンドリューの茶会はひどかった」


 クリスお兄様はほとんど皇宮に顔を出さないで領地にばかりいるから、皇太子と顔見知りではあるけど側近ではないの。

 皇太子の周りには中央に住む貴族の子供や高位貴族の次男や三男がいつもいて、子供の頃から誰が側近になれるか争っているんだって。

 そこに神童と言われているクリスお兄様が顔を出すと、今までは皇太子に近付けないように邪魔が入っていたらしい。


 なにその少年同士の寵愛を巡る争い。

 私、木と同化するんで見てていいですか。

 なんなら土と同化するんでもいいですから。

 同じ空気を吸うなんて恐れ多いことしませんから。


「今回はアンドリューの親戚みたいな好待遇でね、隣の席を勧められたよ。むしろ僕の側近にしてくれって言うやつまでいた」


 必死だな。


「アンドリューに精霊について相談されたから、学園の森に頻繁に通って魔力放出してピクニックでもして来いって言っておいた。森が繋がって精霊が持てると聞いて初めて顔を出すやつより、何年も通っていたやつの方が心証がいいに決まっているからな」

「さすがです、お兄様。で、いつのまにアンドリューと呼び捨てにするような仲になったんですか?」

「もうずいぶん前だよ」


 なんと?!

 気付いていなかったとはうかつ!!


「では、皇太子様もお兄様を呼び捨てなんですか?」

「そうだよ。それがどうしたの?」

「え? あ、私はそういうお友達がいないなって思って」

「ディア、友達いないの?!」


 ガーーーーン!!

 そういえば私、子供の友達がひとりもいない!!


「怖がられちゃうみたい」

「ああ……」

「最近は保護者が一緒に遊ばせるのにびびっちゃって」

「精霊王達に愛された妖精姫だっけ?」

「どこのどいつですかね、それ」


 あれ? そういえば高位貴族の次男三男って、うちにもいませんでしたっけ?

 エルドレッド第二皇子とひとつしか変わらない息子が。


「え? 側近? 騎士団で剣の練習する方がいい」

「近衛に入隊するんですよね? 皇子と仲良くなって護衛になるんじゃないんですか?」

「皇都にいるよりこっちの方が面白いし、最近は忙しいんだよ」

 

 確かにね。精霊についての説明にアランお兄様も駆り出されているからな。



 

 ならばそろそろ次のステップ。お金儲けをしようじゃないかと、クリスお兄様が上手くお父様を担ぎ上げて、フェアリー商会を立ち上げた。

 このダサい名前を付けたのは私じゃないから。お父様が犯人だから、誤解しないでね。

 妙な発想力と着眼点のある私のアイデアをもとに、何かを作って売るための商会だよ。

 いいね、この適当感。

 金があるから道楽で商売にも手を出してみようかって感じが最高。


 でもね、内政はしないぞ、目立つことはしないぞって思っていた私が、積極的に動くことにした一番の理由は、うちの領地が観光地ではなくて聖地にシフトしつつあることなの。

 前より人は集まってくれるけど、彼らは精霊との付き合い方を学ぶのが目的だから、うちの城のある港街くらいには顔を出しても、周囲の元観光地に行かないのさ。精霊で有名になっちゃったことの弊害が、観光客の動きに表れちゃったのよ。

 だから、そこの人達の出来る仕事を作るのと、精霊以外にも特産を増やしたいの。


 家族の居間を使って、商会立ち上げの初期メンバーが集まったのが十月。

 お父様は「大臣に任命されそうだ」って肩を落として皇宮にお出かけ中なので、我が家からは子供達三人だけが出席だ。

 でも、子供だと(あなど)る人はここにはひとりもいない。

 少なくとも、クリスお兄様を子供扱いする人間は城内にいないからね。


 メンバーは、お父様の代理で元執事長のセバス。彼は現在工事中の商会のための別館に専属で詰めてもらうことになった。

 私の元執事のレックスもそう。夏前からクリスお兄様の指示でいろいろと勉強していたみたい。今でも私の専属だけどね。私の商会の仕事専用の補佐をする。

 クリスお兄様の元執事のニックは子爵の三男。実家の領地が小さいため、帳簿をつけたり税の計算をした経験があるんだって。眼鏡をかけた腹黒そうなお兄さんで、クリスお兄様とのツーショットが私の癒しよ。

 アランお兄様の元メイドのモイラは騎士爵の娘。大柄で剣が使えて、でも可愛い服や小物が好きなので、女性ならではの視点で物作りをしてもらいたい。


 ここまでは私達の関係者ね。いわば素人かそれに毛が生えた程度の人達。

 これではさすがに心もとないと、お父様とクリスお兄様で出入りの商人に声をかけて、ふたりほどプロを引き抜いてます。

 ひとり目がグレン。三十後半の元行商人で、うちにもいろいろと海外の珍しい物を持ってきてくれていた。

 四十近くなって腰を落ち着けようかと思っていたところに誘いを受けて、奥さんと子供も城のすぐ近くの新しいおうちに住み始めたんだって。

 ふたり目がヒュー。二十代半ばの色男。

 仕事を覚えて独立しようと思っていたら、領主の子供達が何か始めるみたいだって噂を聞きつけて、これは面白そうだと駆け付けたという変わり者だ。


「まず最初に言っておく。雇用契約と同時に行った魔道契約を忘れないでくれ。商会内で交わされた会話や珍しい商品等、商会の外で話すことは一切禁止だ」


 クリスお兄様が窓際に立ち、室内のメンバーをひとりひとり確認するように見ながら言う。

 

「それと、アランもディアも子供扱いする必要はない。僕と同じだと思ってくれ」


 初対面のグレンとヒューだけでなく、壁際に立つ執事達までもが驚いた顔で私を見てくる。

 どうせもう、お父様もお母様も違和感は感じているから、徐々に子供の振りはやめた方がいいと言われたの。もちろん転生に関しては話さないわよ。


「このお嬢さんが? クリス様と同じ?」

「発想力に関しては、ディアの方が上だ。この商会は彼女のために作ったと言ってもいいくらいだ。だが、やりたい事がある者がいたら遠慮しないで言ってくれ。モノになりそうなら採用する」


 部屋の空気がなんというか、え? この商会大丈夫? って感じになっている。

 お父様とクリスお兄様が私に甘いって有名だから、巻き込まれたかと思っているのかも。


「ディアが何をやろうとしているか話した方がいいんじゃないかな?」


 私の手を取り、ぽんぽんとやさしく叩きながらアランお兄様が言ってくれた。


「うふ」


 もうね、この日を私は待っていたよ。

 生まれて四年。ラジオ体操だけが私の全てじゃないところを見せないと。


「まずは女性の下着を変えます。お母様にも手伝ってもらって、いつもドレスを作ってもらっている方達を巻き込む予定です。モイラさんに担当してもらっていいのかしら?」


 首を傾げながらモイラに笑いかけたが反応なし。

 目の玉が落ちそうなほどに見開いて、この子なんなの?!って顔で私を見てる。


「しょっぱなから飛ばしたね」

「モイラの担当でかまわないよ。母上はうまく巻き込んでくれ。出来た物を広めるにも母上の力は必要だ」


 反応を返してくれたのは、ふたりのお兄様だけだ。

 レックスは皆の驚きように笑ってしまっていて役に立たない。ブラッドは執事として控えているだけなので、商会とは関係ないから発言権がないけど、やっぱり笑ってた。


「グレンさんは、行商人でしたよね?」


 でもサクサク行くぞ。

 そうじゃないと、今日話しておきたいと思ったことを忘れそうだぞ。


「はい」

「南の方の国に、伸縮性の強い樹液がありませんか?」

「え? あ、ルフタネン王国の更に南にある小国に、そのような樹木があると聞いています」

「見本を手に入れてください」

「……はい」

「女性が今はいている下着は邪魔くさいし、皇都の雪のちらつく日の夜会は、とても冷えるそうなの。結婚なさっていない男の方は女性の下着事情は御存じないでしょうけど、素足の方も多いそうなのよ。なのであのドロワーズを廃止して太腿までのタイツを作りたいです」


 日本のストッキングやタイツなんて無理だろう。

 でも薄手の靴下なら作れるでしょう。

 パンツはへそまで隠れるおばあちゃん愛用みたいなやつでいい。

 これガードルじゃないの? ってくらいおしりも包み込んだやつにする。

 そうじゃないとお上品な貴族の女性は着てくれないと思う。


 この世界、結婚するまで(くるぶし)だって滅多に見せないのよ。

 独身の女性に、肩だろうと手だろうと触るだけでお叱りを受けるのよ。

 それが奥さんのドレスをめくったら、ドロワーズの代わりに体にフィットした下着にガーターベルトをつけていたらどうよ! 出生率あがるぜ。


「みんな、ついてきてるかい?」


 クリスお兄様に笑い交じりに言われて、固まっていた室内の空気が和らいだ。


「これは……気を引き締めないといけませんな」

「いやもう最高ですね。来てよかった」


 商人ふたりは切り替えが早いね。

 がんばれ、元執事達。


「クリスお兄様、商会用の別館に厨房は造っていただいてますよね」

「言われた通りに作っているよ。料理人も今、何人か選別している」

「いずれは店舗を出したいですし、最初の料理人がレシピを覚えたら彼らに教育もしてもらいたいです」

「店舗か。土地は押さえておこうか」 

「ちょっと待ってください。まだ商会で使える建物も出来ていないうちに話を広げすぎるのは危険でしょう」

「そうだね、まずは何から始めようか」

「じゃあ最優先で急いで始めてもらいたいことがあります!」


 元気よく手をあげて宣言する。


「馬車の改造をしてください」

「……今までの話はどこにいったんだい?」

「馬車のどこを改造するんですか?」

「車輪を取ります」


 私、場を凍らせる天才よ。

 



感想、評価、誤字脱字報告、いつもありがとうございます。

反応が嬉しい今日この頃、温暖差が激しいせいか風邪をひきました。

皆さんもお気をつけて。

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