自由に使っていいって言ったよね?
「皇都北側の土地で、元は琥珀様の住居だった森を潰して貴族の屋敷を建てた場所があるだろう。皇都に精霊がいなくなった時の原因の土地だ。バントック派の多くが殺害され、取り潰しになった家もあり、他の屋敷も人が寄り付かなくなってしまっている。それをまとめて渡すから、再利用してほしい」
「……それは褒賞じゃなくて任務では?」
事故物件に住む人がいないからって私を住まわせても、除霊は出来ないから!
「そんなことはない。森に戻してもいいし、誰かに屋敷を貸してもいい。皇都でのディアの拠点として自由に使っていいという話だぞ? すでに琥珀様には話してあるので、一度現地に足を運んでくれ」
もともと精霊の森だった場所だから、かなりの広さがあったはず。
領地としては狭いけど、貴族の屋敷としては広大すぎる。
琥珀に話してあるってことは、やっぱり元の森に戻せってことじゃないの?
ああでも、アーロンの滝周辺が今は琥珀の住居だから、特に森にする必要はないのかな。
「琥珀の怒りに触れて砂漠化しかけた時は、あの辺りは真っ先に植物が枯れたんでしたよね」
「そうだ。その怒りを恐れて、住人は屋敷を捨てて領地に戻った。しかし今はもう、あそこも他と変わらずに自然豊かな土地になっているぞ。なあ、ギル」
「……え……はい」
皇太子に話をふられて、ギルはちらりと私に視線を向けてから、俯いて横を向いた。
怪しすぎて突っ込み待ちに見えなくもない態度だ。
「先日様子を見に行ったんだよな」
「はい。確かに自然豊かと言いますか……誰も立ち入らないまま何年も放置していますので、屋敷に蔦が絡まり、庭は雑草が生い茂っておりまして」
ギルって真面目で正直よね。
それを聞いて住みたいって人がいると思う?
「それは庭師なりなんなり入れればどうとでもなるだろう」
「そうですね。たしかにそうです」
「蔦に雑草……何年も無人の廃墟……もしかして出たりして?」
「なぜそこで嬉しそうなんだ」
皇太子は私にそこに住んでほしいんでしょう?
だったら私が嫌そうな顔をするより、嬉しそうな顔の方がいいじゃない。文句言わないでよ。
「私がその場を訪れたのは夕闇の時間でしたが、うら寂しい雰囲気ではありました。正直、ひとりで夜にあの近くには……」
「出そうなのね!」
思わず身を乗り出したら、お父様に肩を掴まれて元の姿勢に戻された。
「皇太子殿下、ディアドラはまだ成人しておりません。そういう話はまず、私を通していただきたいものです」
お父様はご機嫌斜め。
そりゃね、せっかくクリスお兄様にブレインの仕事を引き継いで領地に帰ったっていうのに、アランお兄様は近衛の訓練に呼ばれて週の半分は皇都に行っているし、今度は私まで屋敷を与えるから皇都に来いなんて話をされたら迷惑よね。
「だから今、家族皆がいる場で話をしたのだ。なにも皇都に住めと言っているのではない。もう少し普通の令嬢くらいの頻度で、ディアも社交をするべきだとは思わないか? そしてディアの活躍を考えれば、皇都に土地と屋敷を与えるのもおかしな話ではないだろう」
クリスお兄様が無言を貫いているのは、私が皇都に来た方がいいと思っているからなのかな。
確かに最近、あまり会えなかったもんね。
私としては、どうなんだろう。
屋敷をもらうってお得に聞こえるけど、その後の維持費は自分持ちでしょ?
定期的に使うなら、屋敷をいつでも使えるように人を雇わなくちゃいけない。
お金は全く問題ないけど、自分用の屋敷がいるかと言われると……。
「皇都付近は、他の領地に比べて自然が少ないのですよ」
皇太子ではお父様を説得できないと思ったのか、パウエル公爵が話し始めた。
「中央に精霊が戻って何年も経ちますが、地方に比べて遅れた分を取り戻せてはいないのです。その原因のひとつが、精霊と出会える場所が少ないことです。貴族の子供達が安全に精霊と触れ合える場を作ってはいただけないでしょうか」
「それは中央の者が自分達でするべきではないですか? そうやってまたディアに頼ろうとしないでいただきたい」
「それにやっぱりそれは褒賞じゃなくてお仕事ですよね?」
「でもその土地も建物も差し上げるのですし」
「いりませんし」
今はいいよ?
でも私が結婚したら、皇都近郊にルフタネンの公爵夫人の土地がドーンと出来ちゃうんだよ?
しかもそこは精霊に出会える精霊王御用達の土地ですなんて話になったら、まためんどうじゃない。
妖精姫に権威を与えるようなことはしないでほしいのよ。
もう大丈夫だって。
私がいなくても、みんなと精霊王は仲良くやっていけるんだって。
「ディアがいらないというのでしたら仕方ありませんなあ」
お父様が嬉しそうでなによりです。
「ちょっと待っていただけませんか?」
意外なことにローランド様が立ち上がった。
「ベリサリオの方々は妖精姫が、どれほど帝国国民にとって大きな存在かわかっていらっしゃらないのではないですか? 精霊王が集まる時はいつも妖精姫がいる時なんです。学園に妖精姫に会いに精霊王が来たこともありますよね? チョコレートを作ったのも妖精姫だ。その上に頭脳明晰で聡明でやさしく、光り輝くように美しい。そんなきみのような麗しい御令嬢にひと目会いたいと焦がれる者がいるのは当然のことでしょう」
え? ナニソレコワイ。
いやそれより、ローランドってこういう話し方をする人なの? 今まで挨拶しかしたことがなかったから知らなかったよ。
そうだ。彼は、デリックのアニキだ。
彼みたいにとっかえひっかえで女性とお付き合いしているという話は聞いたことがないけど、女性に対する態度に共通点があってもおかしくはない。
「モニカ様が皇太子婚約者になり、友人が皇都に顔を出すようになったので、今年は妖精姫も茶会や食事会に参加するのではないかと期待していただけに、一度もお目にかかれないとなると失望も大きいのです。今でもその美しさなんですよ。これから年を追うごとに大人びて、太陽のように光り輝く美しさになった時、それでも公の場に出ないままルフタネンに嫁がれたとなれば、皇太子との仲違いを噂されかねません。ベリサリオはやはり、皇族の下につくのは嫌なのではという話になる可能性もあります」
「私の行動でそこまで?!」
「そうでなくても、こんなに美しい方が他国に行ってしまわれるなんて、国家的損失です。夜空で輝く月が失われるように、帝国の社交界が輝きを失うでしょう。ディアドラ嬢は、御自分の魅力を自覚なさるべきです。人の身でありながら、精霊王と共にあって遜色のない美しさを持つあなただ。注目の的なんですよ」
グッドフォロー公爵家イタリア系疑惑。
なんだこの大袈裟な褒め方は。背中がかゆくなるからやめて。
皇太子もブレインのメンバーも驚いていないってことは、これが通常運転なの?
ローランドとデリックが揃ったら、暑苦しくてしょうがなくなりそう。
パティが、やさしいけど態度が少しぶっきらぼうなところのあるアランお兄様に惚れたのは、こういう兄貴達に囲まれていたからじゃない?
「妖精姫への不満は、二年ほど前から耳にするようになってはいました。学園では茶会を開いていろんな生徒と交流しているのに、それ以外ではベリサリオから出て来ない。中央の貴族を嫌っているのではないかという話です」
「まあ……わかりました。人見知りなのと、フェアリー商会の仕事をしている方が茶会に出るより楽しいので、出たくなかっただけなんですけどね。今までよりは出るように……」
「いいえ、皇都の屋敷は必要です。夏や冬の社交シーズンに、ディアドラ嬢も皇都で茶会を開く必要があります。妖精姫という立場上、自分の屋敷で主催するというのは重要です」
「ローランド」
「クリスだって、わかっているはずだ。ディアドラ嬢は帝国社交界の中心になるべき女性だぞ。直接文句を言う勇気のある人間がいないだけだ。今回、モニカ様の立場が弱くなったのは、妖精姫が皇太子婚約者の主催する茶会に参加しないせいも大きいんだぞ」
女性を褒める言葉以外は普通なんだな。
全部に対して形容詞だらけの喋り方だったら、どうしようかと思った。
「わかったから落ち着いてくれ。まずはモニカ様の問題と精霊の森を混同させるな。ディアにその気がなければ、皇都に住んでも茶会には顔を出さないだろう。どこにいるかが問題ではない。その話はあとで女性陣で話してもらうとして」
「ちょっと待って」
静かな声で言いながら、お母様がにっこり微笑んだ。
「女性同士の問題だから自分達は関係ないという態度はいかがなものかしら?」
「母上、そういう意味ではなく……」
「でも私とディアに任せれば解決すると思っているでしょう? 私達女性は、夫や父親が妻として娘として認め、立場を守ってくれるからこそ社交の場で毅然としていられるんです。モニカ様はまだ十三歳ですよ。成人していないために正式な婚約者ではない微妙な立場です。その彼女が軽んじられているというのなら、それは皇太子殿下とあなた方が彼女を守ろうとしないからです」
「いやしかし女性だけの集まりには、一緒には行けないだろう?」
皇太子の場合、傍に参考になる人がいないのよね。
エーフェニア様は女帝だったから将軍が守る必要なんてなかったし、祖父母に当たる先々代は生まれる前に亡くなっている。
皇妃が社交界の中心にいる場面を見たことがないんだわ。
「殿下、あなたの婚約者を軽んじるということは、あなたを軽んじるのと同じです。不敬罪にしてしまえばよろしいのです。もちろんまずは警告するべきでしょうし、伯爵家の子供などディア達がどうとでもするでしょう。でもこれ以降、そういう態度を取る者がいたら、皇太子殿下は愛する婚約者を守るのだという態度をしっかりと見せてください」
「わ、わかった」
「皇太子殿下にブレインがいるように、今後は私とグッドフォロー公爵夫人とエールス伯爵夫人、そしてディア達友人がモニカ様のブレインになりましょう」
「うふ。私のお友達を悲しませて、大きな顔をしていられると思っている人がいるなんて驚きですわ」
可愛く微笑んでみたけど、男性陣の顔色が一気に悪くなった。
でも少しくらいは脅したい気分よ。
褒賞なんて言い方はしても、皇都にもっと顔を出せ。社交の場にもっと顔を出せって言いたいだけでしょう?
屋敷だってさ、皇太子が妖精姫に精霊の森をプレゼントして、妖精姫は喜んで精霊がたくさんいる美しい森を復活させました。めでたしめでたしって話にしたいんじゃない。
「ディアはどうなんだい? 精霊の森がいらないのなら、断っていいんだよ?」
面倒そうでもあるけど面白そうでもあるのよね。
成人したり結婚した後のことを考えると、皇都に屋敷があるのは便利だし。
「あ」
「え?」
やだ。いいことを思いついちゃった。
女流作家になりたいエルダは、この年明けにデビュタントだっていうのに、縁談を断りまくっているの。
それでブリス伯爵が怒っちゃって、おまえはもう家を出て行け、平民として暮らせって、婚約するか平民になるか今年中に決めないといけないんだって。
エルダは、それなら高等教育課程に通わないで平民になるって言ってるけど、苦労知らずの御令嬢が平民として生きていくのは厳しいよ。
学べるうちは学んでおいた方がいいって。
小説を書くのに、どんな知識が役に立つかわからないでしょ?
それに、ずっと売れ続けるとも限らないから、住む場所くらいは確保しないと。
だからさ、屋敷の管理をさ、エルダにしてもらえばいいじゃない?
私のために働くということなら、ブリス伯爵が断るわけないわ。きっと大喜びしてくれる。
私の屋敷のすぐ近くにエルダの家を用意すれば、そこで執筆作業も出来るでしょ?
ブリたん達も結婚したら自分の屋敷では小説の編集なんて出来ないかもしれない。そしたらエルダの家を使えばいいじゃない。私の屋敷でもいいわよ。
そうして素敵な本を作ってもらって、私も挿絵を描いて……。
ナイスアイデア。私ってば賢い。
「ディア?」
「わかりました。精霊の森の管理をします」
「ええ?!」
「おお!!」
「そうかやってくれるか」
「ただし期間限定で。ひとまず一代限りとか、二十年くらいとかの無料貸し出しで賃貸契約を結びましょう」
皇太子は精霊の森を活用出来る。
私はお友達に小説を書くスペースを提供出来る。
素晴らしい!!
「契約ではなくてだな」
「褒賞なんてアホな話ならいりません。次の代、その次の代のことも視野に入れてください。あ、またいいことを思いついてしまったわ。モニカの別宅も敷地内に作りましょう! ひとりになりたい時や皇太子殿下と喧嘩した時には、ふらりと遊びに来れば私が慰めてあげて、愚痴も聞いてあげられます」
「報復もしそうだからやめろ」
俄然、楽しくなってきたわ。
さっそくあとでどんな場所か見に行ってみよう。