精霊のいない森 後編
キリのいいところまで書いたので、今回は長いです。
「精霊王に言う?」
「そんなに簡単に精霊王に会えるのか?」
宰相とその背後にいるふたりの補佐官が目と口を丸くして私を見た。
いや、こっちがびっくりだよ。
私とお兄様達は水の精霊王に招かれたって、さっき陛下も話していたでしょ?
「そうか。話していなかったか。なにしろここ何日かの忙しさは異常でな、連絡するのを忘れていた。彼女は水の精霊王の祝福を受け、四人の精霊王が後ろ盾になると明言した子供だ」
あれ? これ、わざとじゃね?
もしかして皇帝と宰相と、政権争いしているの?
お父様には子供の振りしているから、その辺の情報を知らないわ。
でも必要ならクリスお兄様が教えてくれるだろうし、お父様とクリスお兄様の機嫌が急降下しているのはなぜ?
「どうも皇宮の方達は現状がよくわかっていないようですね。精霊王は四人なので、皇都だけではなくその周りのいくつかの領地も、土の精霊王の担当になります。宰相のご実家であるトリール侯爵領は皇都の隣。精霊がいらないと聞けば、土の精霊王はそちらの土地の精霊も人間に近付けないでしょう」
お父様の言葉に、宰相とふたりの補佐官が露骨に敵意をむき出しにした。
他の補佐官は最初から顔色が悪かったし、魔道士達はうちの城に何度も来ているから事情はわかっているはず。
「つまり、この森から精霊が消えたのは、我々に精霊を近づけないためということか?」
「精霊王様が怒っている可能性が大きいのでは?」
「それとお忘れのようですが」
またクリスお兄様がにこやかな顔を宰相に向けた!
九歳の男の子が一国の宰相相手に冷ややかな笑顔。いろんな意味で心臓に悪いよ!
「精霊が多い場所は豊作になるそうです。土の精霊王が今年のベリサリオ領は大豊作になると明言してくださいました。来年からは多くの地域で豊作になるでしょう。皇都の周辺以外では」
「それが我々のせいだというのか!」
「はい」
ちょ……待って。らしくないよ、クリスお兄様。
なんで怒らせているの?
私もそりゃむかついているよ。政権争いに精霊を利用する皇帝も、関心を持っていれば報告の有無に気付けるはずなのに、精霊なんてどうでもいいと思っていそうな宰相も。
これ、やばくね?
精霊を持てない皇子達と全属性コンプしたベリサリオの子供達。
精霊王を怒らせた皇帝と、子供を通してであっても精霊王と良好な関係を築いているマイパパン。
これで皇都が砂漠化したら、下手したら国が二つに割れるのでは?
「精霊がいるかいないかより、我々に重要なのは皇都の砂漠化だ」
「話を聞いていましたか? 精霊王が陛下との接触を拒むほど怒っておられた場合、砂漠化は決定したも同じでしょう」
とうとうコルケット辺境伯も参戦した。
「精霊王の森を壊したお詫びをするために、彼らベリサリオの子供達に精霊王との橋渡しを頼んでおいて、自分達は魔道具があるから精霊は必要ないとは。よくそんなことが言えますな」
はい。ノーランド辺境伯参戦。冷ややかな声が迫力あります。
私は政治的なことなんてわからないから、みんなの様子を見ていた。
なんかさ、おかしくない?
水の精霊王に会った時に、陛下は迷いなく膝をついて謝罪していたんだよ。
仕事に穴をあけても、うちの領地まで飛んできたんだよ。
なのになぜ、精霊を育てないの?
将軍の精霊はけっこう育っているのよ。精霊獣になっていそうなほど。
一緒に生活しているのに、陛下の精霊だけ育たないのはなんで?
どうしても気になって、今日は罪にならないならいいやと、よっこいしょと椅子に上り、テーブルに手をついて身を乗り出して、ほぼ正面に座る陛下の顔をじっくりと眺めた。
会議室のテーブルみたいにでかいから、それでもだいぶ距離はあるけどね。
「ディアドラ?」
「陛下、ご飯食べてますか?」
出来るだけあどけない声で尋ねた。
「精霊にご飯忘れるだけじゃなくて、自分も忘れてませんか?」
はっとした視線が陛下に集まる。
お父様とクリスお兄様が険しい顔で目配せしていた。
「そうなのだ。陛下は眠る間もないほど忙しくてな。心配なのだ」
将軍が大きく頷くと、陛下は困った顔を彼に向けた。
「寝ないといけないんですよ。食べないと倒れるんです。宮廷の人は、みんなそんなに忙しいんですか? 魔道士長はうちにくるんで暇なはずです」
魔道士長、飲みかけていた紅茶を思いっきり吹き出していた。
「おかしいですな。ダドリー補佐官は夜会によく顔を出していると聞きましたが」
「宰相も顔色がいいですよね。羨ましいほどに若々しい」
ふたりの辺境伯の嫌味炸裂。
えーと、つまり、仕事を陛下に押し付けてるの?
そうやって潰す気だったの? せこいな!
「ご自分の仕事が片付けられないという事は、皇帝としての技量に問題があるのではないですか?」
「さようですな。この場では発言が罪に問われないという事ですから、はっきりと申し上げましょう。ジーン皇子は今年で十六歳になられた。もうそろそろ皇帝の座をお譲りになるべきではないですか?」
精霊の話題をほっぽりなげやがったぞ、こいつら。
「アランお兄様、ジーン皇子って誰?」
「陛下の弟君」
おいおいおい。アンドリュー皇子だってもう十歳だよ?
そういえば立太子してなかったの?
皇位継承権は弟より長男が上だよね?
いや、そもそもそんな話しする場じゃないし!
どさくさに紛れて私達家族を巻き込まないでよ。
「これは驚いた。補佐官という地位にありながらそのような発言をなさるとは。十一年前、この国を外敵から守り抜いたのは皇帝陛下と将軍閣下ですぞ」
「え? それでわざと仕事を陛下に押し付けてたの?」
罪にならないなら私も言っちゃうもんね。
子供だからわからないもーーん。
「オジサンたち、陛下をいじめていたんですか」
「おじさん……」
そこに傷つくなよ。
「まさか自分達からこうもあっさり言い出してくれるとは思わなかったな」
「彼らも不満が溜まっていたんだろう。娘のような歳の私に命じられるのが許せないようだったからな」
「話は聞いていただろう?」
将軍と皇帝が振り返った先の木の陰から、陛下と同じ見事な赤毛を後ろで一つに結わえた青年が現れた。すらりと背が高く優し気で、肩の上にタツノオトシゴの姿の水の精霊獣とフクロウの姿の土の精霊獣を連れている。
「ジーン殿下! 精霊獣をお持ちだったんですか?!」
「おお。さすが皇帝の座にふさわしいお方だ」
「今さっき、精霊はいらないって言ってなかった?」
冷ややかな声と眼差しに、宰相と補佐官が息を飲む。
ジーンは陛下と将軍の間に歩み寄り、陛下の肩に手を置いて心配そうに顔を覗き込んだ。
「顔色が悪いね、姉上。少し痩せた? 私が顔を出すとうるさいやつらがいるからと、全部まかせてしまっていたせいだね」
「大丈夫だ。心配するなジーン」
肩に置かれた手に自分の手を重ねる陛下。
えーっとなんだこれ。
辺境伯会合にあとから参加表明して、ここで騙し合い?
うまくいけば辺境伯達を自分の味方に引き込める?
えー、引くわー。精霊関係ないじゃん。
「きみがディアドラ? 精霊獣は出さないの?」
だから、なんでどいつもこいつも私に振るのよ。
精霊獣は見世物じゃねえよ。
「ジーン殿下は精霊にご飯をあげる時間があったんですね」
「ははは。そうなんだ。陛下のおかげでね、精霊を育てる時間も子供でいられる時間ももらえたんだ。その間陛下はひとりで、いや将軍とふたりで国を支えてくれていたんだから、今度は私が陛下を支えないとね。実は将軍ももう精霊獣を持っているんだよ」
「やっぱり?! そうじゃないかと思っていました」
「なんだ。気付いていたか」
将軍の腕が赤く光り、その光が上空に浮かび炎の鳥になった。
「不死鳥ですね」
「陛下にまだ精霊獣がいなくても、私とジーンとでお守りする。そのためにも早く育てたくて少し無茶をした」
ベリサリオに負けてはいられないもんね。
愛する人を守るため、魔力が切れるまで与えながら対話したんだろうな。
吐いたのかな。
気絶したかも。
ゲロインじゃなくてゲーロー? ゲロロー?
「……吐いてはないぞ」
「ぇー」
「お待ちください。殿下」
せっかくのほんわかした雰囲気を壊して宰相が立ち上がった。
「エーフェニア様が皇帝として認められたのは、殿下がまだ幼かったからです。今はもう……」
「宰相」
「……はい」
「宰相にも補佐官にも皇帝を決める権利なんてないよ。陛下は必要な手順をきちんと踏んで皇帝になられた。国民にも絶大な人気を持っている。女性の命令を聞くのが嫌だなんて言うくだらない理由で、これ以上問題を起こさせはしない。私はアンドリュー皇子の立太子を求める」
テーブルに置いた手をぐっと握り込んで、宰相は険しい表情でジーン殿下を睨んでいる。
こんなにはっきりと拒絶するくらいだから、前から断っていたんだろうに、なんで彼を皇帝に出来ると思ったんだろう。
今の私、だいぶ疑い深くなってるから。
十一年前、一度に多くの者を挿げ替えては政治が進められなくて、残ってしまった対抗勢力を綺麗にするために、わざとジーン皇子が気のあるそぶりを見せたんじゃないの? とか思ってしまっている。
「もうひとつ、この場でお話しなければならないことがあります」
「ベリサリオ辺境伯。発言を許す」
「陛下が皇位に就かれたのが十一年前。精霊王の森が開拓されたのが十年前。何があったのかを調べました」
「何?!」
「開拓自体は国境沿いの戦火を逃れ、中央に集まった者達の住居を作る為でした」
「ああ、憶えている」
「では誰がその場所を選び、開拓を推進したか。……あの場所を開拓したおかげで、トリール侯爵領と皇都の行き来が楽になり、今ではあの場にトリール侯爵関連の建物が多く存在しています」
「……ああ、そこまでは私も把握している」
「私は正式な手続きを踏んで、あの森を開拓しましたが?」
もう椅子に座っているのはお兄様達だけ。
特にアランお兄様、話はちゃんと聞いているくせに興味なさそうな顔で将軍やジーン殿下の精霊獣を眺めている。
私は椅子の上に登ったまま、座面の上で膝を抱えて座って成り行きを見ていた。
「それについては魔道士長からお話があるそうですよ」
お父様の言葉に宰相の顔色が変わった。
「あの男の話など当てになるか!」
「黙れ。それを決めるのは私だ」
皇帝陛下の声がいつもより低い。
将軍なんて宰相と陛下の間に仁王立ちですよ。
「あの森を開拓する決定が下される前に、我々はあの森が精霊王の森であると書かれた文書を見つけ、宰相に伝えたのです」
おい! 重大発言出たぞ。
知ってたんかい!
「しかし宰相はその文書は間違っているとおっしゃいました。精霊王がいるのはアーロンの滝のある森だ。だからあの地は皇帝の私有地として立ち入り禁止になっているんだと。そして証拠の文書を見せてくださったのです」
「そんなことを言った覚えはないな。その文書を見せてもらおうか」
「はい。お見せしますよ。お渡ししたのは魔法で転写したものですから原本がありますし、あの時は重大な内容だと思ったので、魔道具に会話を記録させて残してあります」
「……ならばなぜ、今まで黙っていた」
「本当にアーロンの滝の森が精霊王の森だと信じていたからです。まさか宰相が、皇都が砂漠化する危険を冒すなんて思いもしませんでした。……八日前、水の精霊王の言葉を聞き、急いで記録を捜し、皇宮内では処分される危険があると思い、ベリサリオ辺境伯の協力の元、今日、お話を聞くことに決めておりました」
やるな! 魔道士長。ただのオタクじゃないと思っていたよ!
「クリスお兄様、御存じだったんですね」
「精霊王達とお会いしてから、今日までの八日間で全部手配したんだよ」
「教えてくださればいいのに」
「みんなに話す覚悟がついたの?」
うっ……そうか。四歳児ぶりっ子が苦しくなっているからな。
こんな話にかかわったら、ばれる自信ありまくりだわ。
それにお兄様にカミングアウトしてから、まだ五日しかたってなかった。
最近、一日が濃いなあ。
「宰相、私を皇帝の座から引きずり下ろすために、皇都を砂漠化するつもりだったのか!」
「まさか」
陛下の怒りなど気にせず、宰相は鼻で笑ってみせた。
「ジーン殿下は精霊に愛されていた。だから陛下が怒りを買って、ジーン殿下が精霊王の許しを得て皇帝になる予定だったんですよ。それをベリサリオの子供が邪魔をして!」
『そうか。おまえが私の森を破壊したのか』
不意に強い風が吹き、枝葉が揺れ、光が煌めいた。
先程まで映画のセットのようだった森に、鳥のさえずりが響く。
『おまえの一族に精霊はやらん。そっちのおまえ達もだ』
エーフェニア陛下のすぐ後ろの上空に、ベージュ色の衣を風になびかせて土の精霊王が浮かんでいた。
宰相と補佐官ふたりに手を伸ばすと、彼らの肩の上にいた小さな精霊が一直線に精霊王の元に飛んでいく。
『皇帝よ。この三人以外にも、精霊をなくした者達が他にも五人いるはず。その者達が我が森を壊した者達だ』
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」
淡い光に包まれた精霊王は、飾り気のないドレス姿で供さえ連れていないというのに、そこに存在するだけで力の違いを感じられ、精霊王を利用しようとした宰相まで顔色を変えて跪いた。
地面と仲良くしている大人達を、椅子に座ったまま見ている私とふたりのお兄様に、土の精霊王はちらっと視線を向け、それはそれは優し気な笑みで微笑んだ後、片目をつぶってみせた。
「こわい……」
アランお兄様、女性の怖さがわかってきているな。
『それは何に対しての詫びだ? 我らが加護を与えている子供まで巻き込み、精霊をおざなりにして政権争いに利用した詫びか? それとも己では森を破壊した者を見つけ出せなかったことへの詫びか?』
皇帝も将軍もジーン皇子も青ざめた顔で精霊王を見上げ、そのまま私達に視線を向け、跪いていないことに気付いて驚愕の顔で慌てて視線を地面に戻した。
辺境伯ふたりは口をほけっと開けたままで、私達と精霊王の間を何度も視線を行き来させている。三度見どころじゃないよ。
お父様は跪いたままちらっとこちらを向いて苦笑い。
瑠璃に招かれて楽しいひと時を終えて、また遊びにおいでねと誘われた時、私達はもう友達だから跪かなくていいんだよと言っていただいたの。だからお兄様達も平気で椅子に座っているの。
精霊王に気に入られている娘。後ろ盾になると言われている娘としては理解していても、どうせ相手は四歳の子供。嫌がることをしなければ放置でいいと思っていたのかもね。
まさか人間達の前に、こんな簡単に精霊王自ら顔を出すとは想像もしていなかったんだろう。
やだなあ。だってあなた達新たな精霊獣を連れて来てるじゃない。
ここ何十年も現れなかった精霊獣を瑠璃がどれだけ喜んでいたか。
それを他の精霊王がどれだけ羨ましがっていたか。
ジーン皇子の精霊獣は、たぶん私のより前に生まれていたんだろうけど、森を壊した人間の住居にまで行く気にはなれなくて、ようやく今日会えたんだ。
彼らは精霊獣を自分の持ち物くらいにしか思っていなさそうだけど、精霊王からしたら人間の方が精霊獣の付属品みたいなものよ、たぶん。
『犯人はわかっても、森を破壊された事実は変わらない。アーロンの滝の周囲の森を私達の住処とする。この森を陸の孤島としないためにも、我々への詫びとして、アーロンとこの森を繋げてもらおう』
「は?」
そうなのよ。まだ伝えていなかった琥珀先生の要望は、学園の森とアーロンの滝まで続く精霊のための道を作る事なのよ。
大きな神社の参道ぐらいの幅で、中に道がなくて全部木が植わっている感じを想像してもらえればわかりやすいはず。
要は繋がっていて、その中は人間立ち入り禁止になっていればいいらしい。
でも徒歩で二十分の距離ですよ。
大事業ですよ。
「植林て出来るの?」
「ペンデルス共和国が砂漠化を止めるために苗木を輸入している。ノーランド領で育てられているよ」
あれええ? 苗木も植林もあるの?
また私の異世界の知識が役に立たないじゃん。
おかしいな。ここはすぱっと私が知識を披露してさすが転生者と言われるところじゃないの?
私、まだラジオ体操を広めたって実績しかないよ?
『この森には魔力が足りない。森がつながるまでの間、魔力を与えに人をよこすがよい。魔力が満ちれば早く森がつながる。そうすればおまえ達にも精霊を与えよう』
「え? 道が繋がるまで精霊をくれないことになっちゃった」
「しっ」
この間は、道を繋げると約束すれば精霊をくれるって言ってたのに。
皇子達、最低でもあと三年は精霊なしだよ。
『ベリサリオ』
「はっ」
『今回犯人を見つけられたのはおまえの手柄。皇帝への大きな貸しにするといい』
「……」
『ああ、そうだ。皇帝、早く動けよ。皇都の砂漠化はもう始まっているぞ』
琥珀先生、実は激おこ?
空中に浮いたままソファーに座っているみたいに足を組んで、どこから取り出したのか羽根の付いた扇を優雅にひらひらさせている。
なんだろう。包容力のある母なる大地の土の精霊王が魔王に見えた。
いつも感想、評価、脱字報告等ありがとうございます。
脱字多くてすみません( ;∀;)
いつも助かっています。