将来は最強夫婦?
「この度、ルフタネンの精霊王達が、私の後ろ盾になってくださることになりました」
「…………は?」
私も何年か前はよくやったけど、精霊王を後ろ盾にすると使える技みたいなものかしら。
その場の空気が凍り付いた。
「急だね。この場で話すとは思わなかった」
クリスお兄様が答えたのではっとして息を吹き返した帝国の人達は、今度は私とカミルの顔やクリスお兄様の顔をちらちらきょろきょろ。離れている両親の方まで首を巡らせて顔を向ける人もいた。
「つい先程、すべての国の精霊王の承認を得られたんだ」
「待て。話が唐突すぎるだろう。順序だてて話してくれ」
皇太子に言われてカミルが話したのは、先程ベリサリオで聞いたのと同じ話だ。
私と対等に肩を並べて歩いて行ける関係になるためと、誰も文句を言えない確固たる立場を得るために、ルフタネンの精霊王に後ろ盾になってくれと頼んだこと。
賢王の子孫で魔力を見ることが出来て、モアナがひとりだった時にずっと交流があり、私と結婚すると決まり命を狙われるようになったことで、条件をクリアすれば後ろ盾になると了承してくれたこと。
その条件が、すべての国の精霊王の承認を得ることだったこと。
「南方諸島や東方の島国の精霊王には、すでに了承を得ていました。リルバーン、デュシャン、タブークの精霊王には、今後私とディアが各国の精霊王と人間の橋渡しをするならという条件で承認が得られ、それはディアも承諾してくれています。ベジャイアとシュタルクの精霊王は、学園に留学する生徒の態度があまりにひどく、以前から国の者が迷惑をかけているからと先程承認の返事がきました」
ベジャイアの精霊王も承認したんだ。
他の国の精霊王達全員にそっぽを向かれたのが効いたんだろうな。
すごいな。
記憶持ちの転生者じゃないのに、精霊王を後ろ盾にしたんだ。
「最強の夫婦か。どうするんだこれ」
皇太子が額を押さえながら呻いている。
誕生日会をやると必ず何かが起こるってジンクスが出来そうよね。
私もカミルもまだ成人していないので、今日は報告だけということで、後日改めて今後のことを話し合うという約束が交わされ、ざわつきが収まらない中カミル達は退室した。
ルフタネンにしてみれば、これで帝国と対等な立場になれるわけで、先程のシュタルクの一団とは対照的な意気揚々とした退室の様子だった。
「本当にルフタネンに嫁ぐんですか?」
カミル達が退室した後、不意にローランド様が近付いてきた。
彼は父親であるグッドフォロー公爵にとてもよく似ている。
よく言えば真面目で誠実。悪く言えばお堅くて融通が利かない。
弟のデリックとは気が合わなくて、あまり仲はよろしくないみたいだ。
「帝国は……」
「待て、ローランド」
私を守るように一歩前に出たクリスお兄様の表情が冷ややかになるより早く、皇太子が立ち上がった。
「ディア、カミルに決めたんだな」
皇太子の表情と声はいつもと変わらない。
世間話をしているような雰囲気だ。
「はい」
「精霊王はそれを承認しているんだな」
「はい」
「よし、この話は以上だ」
「しかし……」
「おまえに妖精姫の決断に、異議を唱える権利があると思うか?」
静かな声で皇太子に言われて、ローランド様ははっとして一歩後ろに下がり頭を下げた。
「失礼いたしました」
私が望んだことを邪魔したら、ローランド様が精霊王の怒りを買う。
カミルにもルフタネンの精霊王がついているから、八人の精霊王を敵に回すことになるのよね。
だからこれ以上誰も何も言えないんだけど、それで余計に空気が暗く重くなってしまっている。
せっかくの誕生日会でこれから食事会があるというのに、この空気をどうするのよ。
そんなに私が嫁ぐのは不安なの?
「ディア、結婚しても会えるでしょ?」
モニカまで立ち上がって隣に来て、不安そうに私の手を取った。
「当たり前じゃない」
「そうよね。連絡だって取れるのよね」
「あのね」
モニカと手を繋いだまま、皇太子とローランド様の方に一歩踏み出す。
アランお兄様がクリスお兄様の横に並んだのに気付いて足を止めたら、アランお兄様がちらっと背後に視線を向けたので、私もそちらを見て、肩の力がガクンと抜けたわ。
バーソロミュー様とグッドフォロー公爵とその補佐官達、つまり私の性格を知っている方達がおろおろしてるんだもん。
はあっとため息をついて前に視線を戻したら、今度はローランド様の後ろでコルケット辺境伯とドルフ様が、気を鎮めてくれと言いたげに、親子揃って掌を下に向けて上下に揺らしてるのはなんなの?
情けなく眉を下げるのはやめてよ。あなた達、この国の重鎮でしょう。
私がローランド様に何かすると思ってない? 殴り掛からないわよ。
ローランド様はパティのお兄様でもあるんだし、虐めないからね。
「みなさん、よく考えてください。八年前と今では違うんですよ? 私がいなくなっても何も変わらないでしょう?」
「いなくなる?」
「言葉の綾だから。いなくならないから。心配しないで」
モニカの声が震えていたので、慌てて両手で手を握り直した。
「皇太子殿下もエルドレッド殿下も琥珀と親しくなっているでしょう? 連絡しているんですよね?」
「それは……まあ」
「親しいというのとは……よくしていただいている」
「ノーランドだってコルケットだって、蘇芳や翡翠とやり取りしているでしょう? もう妖精姫なんて通さないで、自分達で精霊王と話をして、もっといい関係を作っていけばいいじゃないですか。それに私、週の半分はベリサリオにいると思いますよ。カミルはそれでいいって言ってくれているし」
「あいつ……ディアのわがままを聞きすぎだろう」
皇太子が気の毒そうな顔になっているのは解せぬ。
それはさっき、お父様がしていたのと同じ表情よ。
「ルフタネン王はディアのために屋敷を建ててくれましたし、ベリサリオにもカミルとディアのために別館を建てて、転送陣で繋ぐ予定でいるんです」
クリスお兄様もみんなの心配そうな表情を見て、気の毒に思ったみたい。いつもより口調が少し優しい。
うちの両親も近くにいる人達に説明したり、質問を受けたり、忙しそうよ。
今日って何の集まりだっけ?
カミルのせいで大騒ぎよ。
「転送陣は新しく作れるのか?」
「そもそもあれは、精霊王達が一部の人間にやり方を伝授したものだそうですよ」
門外不出にしたせいで、伝授された人間がいなくなって作れなくなったのよね。
「この後の予定もあるでしょうから、改めてお話させてください。戴冠式だって、私が王冠を被せるなんて話もあったけど、カミルと婚約しているのにそれはまずいでしょう? 妖精姫より精霊王に祝福されたほうが話題になりますよ」
「それは確かに」
よかった。少しみんなの表情が明るくなった。
どうしようかと思ったわよ。
「モニカ、帝国はずっと私の故郷だし、モニカはずっと私の友達でしょ?」
「ええ。もちろんよ」
やっとモニカも微笑んでくれたので、続きの話は別の日にしてベリサリオに帰ることになった。
戴冠式まではまだ時間があるんだから、今気になるのは違う話よ。
ルフタネンに帰るカミルと一緒に、私とアランお兄様はベリサリオに戻った。
短い距離だけど、いつものように中庭の転移魔法を使えるポイントまで見送りに行くことにして、アランお兄様やキース、それぞれの執事や護衛達と歩く途中、先程カミルが退出した後の話をした。
「そうか。そんなことが」
「あのタイミングで話さなくてもよかったじゃない。皇族兄弟の誕生日が波乱続きで気の毒だわ」
「早く話してしまいたかったんだよ。俺とディアの婚約は噂にはなっていたんだろう? 裏でディアを帝国内に引き留めるために動いていたやつは絶対にいるはずだ」
「そうなの?」
アランお兄様に聞いたけど、肩をすくめただけで答えてはくれなかった。
「私が決めたら決まりなのに」
「見た目が可愛くておとなしそうだから、いまだに丸め込めると思っている奴らがいるんだよ」
「うえっ。まだそんな幻想を抱いている人なんていないでしょ」
もうあちらこちらで本性を見せているのよ。
むしろ、あれは近付いたらやばいやつだと思われているわよ。
「だから、口を四角く開けるのはやめなよ」
アランお兄様に軽く頭を小突かれた。
「猫がたまにそういう顔をするよね」
カミルが言っているのは、フレーメン反応のことよね。
匂いを嗅いだ時に、それを記憶するために深く吸い込むんだっけ?
「かなり不細工な顔ってことね」
「そんなことないよ。かわいいよ」
「それはちょっとおかしいんじゃない? カミル、大丈夫?」
痘痕もえくぼとは言うけど、さすがにあの顔は可愛くはないでしょ。
「カミルは、ディアがルフタネンに来た時からもう大丈夫じゃないよ」
「キース」
「だってそうだろう。町娘風の服がすごく似合っていたとか。可愛かったとか。うるさくて」
「そんなことまで言うな」
カミルが慌ててキースに掴みかかって、キースの方は笑いながら逃げている。
ちょっと照れくさいけど、ルフタネン風の服が似合っていたのなら嬉しいな。
外国の街並みを見ているだけでも楽しかったし、屋台で買物したのも楽しかった。
「ふーん。囮になっていたはずが、デートになっていたのか」
アランお兄様が不満そうな顔になっている。
留守番だったもんね。
でも私だって遊びに行ったんじゃないし、苦労だってしたのよ。
「そうだ。お兄様もパティとお忍びデートをすればいいじゃないですか。町の女の子のような服は用意しておきますよ。隣町まで行けば海を見ながら、美味しいブイヤベースが食べられる店があるし」
「そうなのか?」
「カミルに言ったんじゃないの」
がっかりした顔をしないで。お子様か。
さっきの謁見の間とは別人みたいよ。
「悪くないかもしれない」
アランお兄様もその気になっているみたいだ。
パティとデートの時には、空間魔法使用の特製精霊車も貸してあげちゃうよ。
そこで生活出来ちゃうような広さよ。
あ、狭い方がいいのか。くっつけるもんね。
「次に来られるのは年が明けてからだ」
学園生活が心配みたいで、カミルは最後までおとなしくしていろよと何度も言ってからルフタネンに帰っていった。
ごめんね。私におとなしくするのは無理だわ。
「アランお兄様、難民の話をお聞かせいただきたいです」
カミル達が消えた後、体ごと向き直って言ったら、アランお兄様は露骨に嫌そうな顔をした。




