英雄とは……?
それからは平和なお茶会になった。
最初のうちは、ほとんどの人が私を前にすると緊張していたけど、順番に三か国の席を移動して精霊王ともお話しているうちに、怖くないとわかってくれたみたいだった。
私は理不尽なことをされたり、大事な人達を傷つけられたりしない限り、基本的に平和主義者ですよ。
争うより、貿易や観光で互いの国が潤う方がいいに決まっているでしょう。
カミルは明後日の正式な誕生日の催しに参加するために、片付けなくてはいけない仕事があるそうで、すぐにルフタネンに帰っていった。
十四歳の子が仕事で忙しいってどうなのよ。
私は毎度のことながら夜会には出席する必要がないので、アランお兄様と一緒にベリサリオに戻った。
ベジャイアとシュタルクを監視するために、グラスプールに詰めていたお父様も城に戻り、夜会に出席しているクリスお兄様以外は全員での夕食だ。
小さい頃は両親がいなくて兄弟だけでの食事が多かったのに、今はクリスお兄様が城にいる時間がぐっと減ってしまって、両親は社交の季節ですら領地にいることが多くなっている。
それだけ両親が歳をとって落ち着いたと言えるし、出席する夜会を吟味するようになったとも言えるし、夜会に出なくても特に問題ないくらいに確固たる地位を得たとも言える。
来年アランお兄様が成人したら、今度はクリスお兄様と入れ替わりでアランお兄様がいなくなってしまうのよね。
クリスお兄様は休日前や時間のある時は、こまめに城に戻って来てくれるけど、アランお兄様はそう度々は帰って来られないんだろうな。
皇太子の護衛に就いたら、待機していないといけない夜もあるでしょう。今のようには会えなくなってしまう。
ちょっとさ、早すぎよね。
十八になってからでいいじゃないの。
そりゃあ若い子は皇都に集まりがちで、領地に引っ込んでばかりの私の方が少数派なんだけどもね。
お友達に会うのも、今では互いの領地に行くより、皇都のタウンハウスに集まるようになってしまったもんなあ。
「父上、ベジャイアとシュタルクは、ベリサリオが独立のために兵を起こす可能性があるほど、皇族と仲違いしていると思っていたようですね」
うえーん。せっかくの美味しい食事が不味くなるよー。
そういう話は、あとでじっくりとふたりでやってよ。
私は、今日はもう頑張った。頑張りすぎた。
だから食事中は楽しい話題をしたい。
「そのようだな」
「嘘の情報を流したんですか?」
「そんなことはしないよ。ディアが皇族ではなくルフタネンの公爵を選んだと聞けば、事情を知らない他国の人間は、皇太子はベリサリオが邪魔なのか、それとも皇族の力が落ちているのか……そう考えるだろう?」
「私のせい?」
皇太子がベリサリオの力が強まるのを嫌って、私を他国に嫁がせることにしたか、ベリサリオが皇族を疎んじているから娘を嫁に出す気がないか。どっちかだと思ったってことだよね。
「私はちゃんと説明したんだよ。ディアはどこの国の人間であっても王位継承者には嫁ぐ気がないとね。でも信用してくれないんだ」
「貴族の女の子の夢は、王子と結婚することだって思っている人は多いでしょうね」
帝国の場合は皇子だけどね。
私さ、皇太子がモテているところを見たことがないのよ。
エルドレッド殿下は……女の子に囲まれてたっけ? 興味なくて見てなかったな。
「ちゃんとモテてるよ。妖精姫が傍にいる時は、勝てる度胸がなくて女の子が寄ってこないんだよ」
アランお兄様、私に勝つのになんで度胸がいるんですかね。
「皇太子殿下はもっとモテてるよ。兄上と一緒にいる時なんて、女の子に囲まれて動けなくなるらしいよ。側近達が道を作って誘導しないといけないらしい」
「うわー。側近が気の毒だわ。でももう婚約が決まったんだし、落ち着いたんじゃ」
「いやあ、今頃も大変なことになっているんじゃないかな。スザンナやモニカが夜会に出席出来ない今が最後のチャンスだって、誘惑しようとする女の子がいるみたいだよ」
誘惑したってさ、相手はノーランド辺境伯やオルランディ侯爵の御令嬢よ。
やっぱり婚約しませーんなんて出来るわけないじゃない。
「私のお友達を裏切ったら、たとえ皇太子でもクリスお兄様でも許しませんよ」
「僕に言われても困るよ。ともかく、ベジャイアもシュタルクも、勝手にベリサリオが独立すると勘違いしていたということですか?」
「いや、そこはほら。あまりに妖精姫を寄越せとうるさいからね、ベリサリオに入り込んで諜報活動をしていたやつらに少しだけ……」
やっぱり騙したんじゃないかー。
「今日の彼らの態度で、リルバーンもデュシャンも海峡の向こうの国々がどういう国か理解出来ただろう。もう報告が各国に飛んでいるはずだ。これで何かあった時も、非があるのはベジャイアやシュタルクだと言いやすくなった」
「まさか本当に戦が起こるんですか」
え? 嘘でしょ。
「こちらからは起こす予定はないよ。だがシュタルクは特にボロボロだからね。自棄になって何をするかわからない。ニコデムスが宮廷内にまで入り込んでいる以上、何かあったら徹底的に潰してしまいたい」
そのための大義名分がほしかったのか。
ニコデムスってあらゆるところに侵入して、侵食して、周囲に悪い影響を与えて、まるで病原菌みたいだわ。
「それにしてもガイオでしたっけ? ディアとスザンナを侮辱するなんて許せないわ。私もその場にいたかった」
お母様は食事の時でも、所作が美しい。
お妃教育の手伝いを頼まれるのも納得よ。
でも美しくナイフで肉を切り分けながら、にっこりと口元に笑みを浮かべるのはこわいです。
「あれで英雄って、戦争がなくなったらどうするつもりなんでしょう」
アランお兄様は、ともかく食べる。
クリスお兄様も細身の割にたくさん食べていたけど、アランお兄様の食事量に比べれば可愛いもんだ。
前世で男兄弟がいなかったから、成長期の男の子の食べる量には本当にびっくりしたわ。
「英雄って、どういう人間だと思う?」
お父様に聞かれて、私もアランお兄様も食べる手を止めて首を傾げた。
「戦争で功績をあげた人じゃないですか?」
「お爺様は戦争していないけど英雄と言われているじゃないですか」
「あ、そうか。でも功績はあげているよ」
「そうだね。功績は大事だ。でも多くの英雄は、意図的に作られるんだと私は思うよ」
作る……英雄を作る?
「ニコデムスのせいで精霊の数が少なくなったと聞いても、自分の周りにあまり変化がない平民達は、内戦するよりは国王の統治のままでいいと思うだろう。ペンデルスとの戦いで影響が出ていたのは国境沿いだけだし、ルフタネンには攻め入ったから、国内には直接影響がないしね」
「兵士の損害は大きいですよね。農民も駆り出されたんじゃないですか?」
「だから余計に、これ以上戦いたくはないだろう?」
「……そうですね」
パンを握ったままの手を顎に当てて、アランお兄様は真剣な顔で頷いた。
「たしか内乱で先代が亡くなって、二十九歳の公爵が後を継いで王家と戦ったんですよね。だいぶ人気のある公爵だと聞いています。その公爵の軍で先陣を切って、数々の戦いで功績をあげたのがガイオでしたよね」
あ、そうか。広告塔だ。
「若い公爵と、彼に賛同して功績をあげた青年の英雄。しかも格好いい」
「あー、物語としては人気になりそうだね」
「そういうことだ。英雄は作れる。新しい時代を作る指導者と見目のいい英雄の活躍は、すぐに国中の話題になっただろう。彼らと共に戦いたいという志願兵も多かったんじゃないかな」
「その英雄が妖精姫を妻にしたとなったら、ベジャイアの国民は喜ぶでしょうね」
冷ややかーなお母様の声に、静かな怒りが伝わってくるわ。
だからベジャイアは私と縁組したいのか。
それで精霊が増えて、精霊王との関係も強固になったら一石三鳥くらいはあるもんね。
「でも妖精姫に嫌われて、ベリサリオを本気で怒らせた英雄はどうなるのかしら?」
「次期国王になる予定の公爵次第だな。どの程度、ガイオを買っているのか。親しいのか」
「戦争が終わった後の英雄は、処遇に困ることが多いですし」
「帝国と外交させようとして大失敗か」
両親の会話を聞きながら、私は別のことを考えていた。
英雄は作られるっていうなら、もしかして将軍は?
エーフェニア様としては、結婚相手に功績が欲しかったのよね。
バントック侯爵としても、派閥の力を拡大させるために将軍の存在を利用したかったはず。
ちらっとアランお兄様を見たら、気付いたお兄様は片目だけ細めて嫌そうにこちらを見た。
「なにを言い出そうとしてるの?」
「帝国にも似たような話があるのかなあって」
「今更、どうでもいいじゃないか。何も変わらないよ」
そうなんだけどね、だとしたらそれをネタに脅されて、実家に強い態度に出れなかったってこともあったのかなって。
アランお兄様の言う通り、それで何か変わるわけじゃないんだけどさ。
やっぱり権力の中心って怖いよね。やだやだ。
「こうなるとディアがカミルと親しくなっていてよかったな」
「そうね。あなた、ちゃんとルフタネンの国王陛下にご挨拶しないと」
「へ?!」
ど、どどどして急にそんな話になるの?!