こんなモテ方は望んでない
大勢人が出てきますが、重要なのは最後に話している三人だけです(ネタバレ)
「リルバーン連合国ソシアス侯爵家御令嬢クルス様、ロメリ伯爵家御子息フィデル様、メンデス伯爵家御令嬢アニタ様、モリーナ子爵家御子息サバス様」
従兄のハドリーお兄様がリルバーンに留学しているので、話ではよく聞いているけど、実際にリルバーンの人に会うのは初めてだ。
紹介された四人は、初めて見る帝国様式の内装や、左右に並ぶ人達の足元に座る精霊獣をきょろきょろと眺めて、会話しながら歩いてくる。
うちの国だったら、そこは無言でまっすぐ前を見て歩くのが礼儀だと教えられるところよ。この辺がお国柄の違いなんだろうな。
でも嫌な雰囲気じゃないの。表情が明るくて、楽しそうで、こっちまで笑顔になってしまう感じ。
見た目も服装も帝国とあまり変わらないけど、色の選び方が違う。原色の地に鳥や花が鮮やかに刺繍されているドレスはとても綺麗だ。図柄に合わせて宝石を使っているようで、光を反射してキラキラしている。
「ルフタネン王国リントネン侯爵家御子息ヘルト様、ハルレ伯爵家御子息キース様」
続いて登場したのはルフタネンの留学生だ。
リントネン侯爵家はカミルの母方の実家で、嫡男がやらかしたせいで北島から西島に移動した家ね。次男だったのに跡継ぎに繰り上がったのがヘルトだ。
彼は今年成人したばかりの十五歳。西島はまだまだ復興途中だから、精霊をどんどん育てたいんだろうね。
戴冠式に参加した皇太子とクリスお兄様は、ヘルトと話す機会もあったそうで評判は良かった。
カミルみたいにひねくれてなくていいとクリスお兄様は言ってたけど、お兄様には言われたくないと思うのよ。
初めての帝国にドキドキしていそうな表情のヘルトは、利発で真面目そうだ。
どことなくカミルに似ているかな。
それに比べてキースのほうは、歩いてくる姿に元気がない。
勉強なんてしたくないんだよね。もう全属性精霊獣がいるんだもん。
転移魔法まで出来るのに学ぶことなんてないし、カミルのお供で何回も帝国に来ているから、今更ワクワクもない。
それでもここにいるのは、私に他の国の男が近付かないように見張るためらしい。
でも、お兄様達がいるのに、その心配は一切いらないと思うのよ。
そこにキースまで加わるって、どんだけ守りを固くしようとするかな。
カミルの傍にいないと駄目な立場でしょうに。
「デュシャン王国オリヴェル王太子殿下、ハンナ第二王女殿下」
あれ? シュタルクはどうしたんだろう。あっちは第三王子じゃなかった?
順番が逆じゃない?
でも入場してきたのは、間違いなくデュシャン王国の人達だった。
デュシャン王国とは年々貿易が盛んになっていて、特にコルケットとの行き来が盛んで、ベリサリオとルフタネンみたいな関係なの。
一年の半分を雪に閉ざされる北の大地には、帝国にはいない魔獣や動物がいて、厳しい環境の中で生活しているために寡黙な人が多いんだって。
デュシャン王国の人は、ノーランドに負けないくらいに大きくて色素が薄い人が多い。
目が切れ長っていうのかな。横に長くて少し細い目が多くて、髪がね、基本は銀色なんだけど、青っぽい銀色とか赤っぽい銀色とか、ファンタジーっぽい色なのよ。王太子は青っぽい銀色で、第二王女は緑っぽい銀色だった。
そしてふたりの周りにはそれぞれ三属性の精霊がふわふわと浮いていた。
小型化していれば精霊獣にして顕現してもかまわないと伝えてあるはずだから、まだ精霊獣になっていないのかも。
厳しい冬の生活に精霊獣がいれば、とても力強いんじゃないかな。
彼らが挨拶を終えて広間に移動しても、次の入場を知らせる声はかからなくて、代わりに何人かの外交官とお父様が部屋に入ってきた。
「皇太子殿下、少々問題が……」
邪魔になるといけないのでクリスお兄様と立ち位置を交代して、私はアランお兄様と一緒に横で待っていることにした。
シュタルクが無理難題でも言い出したのかな。
「皆、広間に移動してくれ。賓客も交えて伝えなくてはならないことがある」
順番に案内されて向かった先は、謁見の間とは違いアイボリーを基調にした明るい部屋だった。
大きな窓からは秋の花々が美しい庭園と、色付いた並木が見える。テラスを開放しているので、外でお茶を飲んでもいいのよ。
でもまずは、国ごとに分かれている来賓客の席に何人か高等教育課程の学生が同席しているので、そこで学園に関する質問をしてもらって、その後、自由に席を移動する流れになっている。
高位貴族の未成年の子供はふたつのテーブルに分かれているんだけど、私は皇族兄弟と同じテーブルに座らなくちゃいけないの。
クリスお兄様も一緒だけど、アランお兄様だけはテーブルが違う。
アランお兄様が次男だからじゃないのよ。
クリスお兄様は皇太子の補佐のメンバーのひとりだし、私は妖精姫という特別枠だからなの。
アランお兄様が座っている席が本来のベリサリオの席で、ちゃっかりとパティの隣に座っていて、とても楽しそうで羨ましいわ。
あっちの方が気楽でいいのに。
「皆さんにお知らせしたいことがあります」
全員が席に着くとすぐに、外交官が話し始めた。
「シュタルク王国からの来賓の中に、ペンデルス人の青年が含まれています」
はあ?!
「彼の祖父母がペンデルスからの亡命者で、彼はシュタルク生まれだそうです。手の甲に菱形の痣がないことを確認しております」
そっか。ペンデルス人というから驚いたわ。
ペンデルス系のシュタルク人ということね。
移民ならベリサリオにもいるわ。
彼らはベリサリオ人と変わらない暮らしをしているし、精霊を育てている人もいるのよ。
精霊に対する悪意が消えて、共存する意志が増えると痣は消えて、精霊を育てられるようになるの。
先祖がひどいことをしたからって、何も知らない子孫まで苦しみ続けなくちゃいけないのは気の毒だ。
精霊を愛し、共存する気があるのなら、私はペンデルス系の人でも歓迎するわ。
「しかし国によってはペンデルス人と同席するのは出来ないと思う方もいるでしょう」
だけど、思いやりがないよね。
自分の誕生日の茶会の席で大勢の人が亡くなって、トラウマになっていたエルドレッド殿下が、皇太子と合同とはいえ、ようやく誕生日祝いをしようとしている時に、事件に絡んでいたニコデムス教を思い出させるペンデルス系の人間を、わざわざ連れてくる意図がわからない。
「うちはかまわないですよ」
意見を聞く前に、ガイオが話し始めた。
「選民思想の強いシュタルクが、ペンデルス系の人間をこのような席に連れてくるには、何かあるんでしょう。むしろ、どんな奴か見てみたい」
「我々もかまいません」
続いて声をあげたのはキースだ。
「彼らだけ別室で話すより、ここで話してもらった方がいい。どうせ彼らの狙いは妖精姫なんですから」
キースくん、やめようか。
一気に私が注目の的になってしまったじゃないか。
たぶんそうなんだけどね。言っていることは正しいんだけどね。
「他の方もよろしいですか?」
デュシャン王国やリルバーン連合国にとっては、ペンデルスもニコデムス教も関係ないもんな。
噂は聞いている程度だろう。
だから全員無言で頷いただけだ。
「殿下、よろしいのですか?」
一番深刻な顔をしているのは、聞いているお父様のほうなのよね。
主に私が心配で。
「かまわん。通せ」
「はあ」
「心配なら同席したらどうだ? ただし、今回は学生ばかりの茶会だから、発言は控えめにな」
「かしこまりました」
お父様はこっちを向いて満足げに微笑んで、壁際に移動した。
けど、目立つ。
子供同士の集まりで、ひとりだけ父兄同伴になってしまった子供の気持ちって複雑よね。
「シュタルク王国シプリアン第三王子殿下。バルテリンク侯爵御子息アルデルト様。オベール辺境伯御子息ギヨーム様」
シプリアンは金髪に青い目の、ザ王子様っていう綺麗な顔をしているんだけど、細い。顔色も悪い。そして表情がもう、不遜というか。顎をツンとあげて、相手を見下ろすように見ている。
こちらをちらっと見た時に、片方の口端だけ上げて笑ったのはどういう意味かしらね。
この王子、十九歳なのに精霊について学びたいから特別に通わせてくれってゴネているの。
その後ろにいる精霊を連れている青年が辺境伯子息かな。
確か、地方の一部と少数民族は精霊を育てられるのよね。
てことは、侯爵家の子息があの黒髪の青年?
ペンデルス系の女性と当主が結婚したか……養子縁組か。
顔はほとんどシュタルク人と変わらないけど、元々、海峡の向こうの人達は国が違っても見た目的には違いがない。
黒髪ってことはルフタネンの血も入っているのかな。あの薄い灰色の瞳はペンデルス人の特徴よね。
ものすごいイケメンで、クリスお兄様といい勝負なくらいに綺麗な顔をしている。
ただ、なんて言えばいいんだろう。無駄に色っぽくて、夜の仕事をしてそうな印象なの。
着崩しているわけでもないのに、生活が乱れているような雰囲気。貴族らしくないのよね。
「本日はお招きいただきありがとうございます。どうやら、アルデルトの母親がペンデルス人であるということが問題のようですね。彼女の両親はペンデルスの貴族で、亡命して我が国に来ました。彼はシュタルク生まれのシュタルク育ちですよ」
シプリアンが説明している間、当の本人はずっと私を見ていた。
薄い灰色の目ってガラス玉みたいだから、ほとんど瞬きしないで注目されるとかなり不気味。
あーこれは、小さい時に私もよくやって怖がられたやつだわ。
真剣に話を聞こうとすると瞬きの回数が少なくなって、人形みたいで不気味になっちゃうやつだ。
彼もそうなのかも。
「彼がペンデルス系でも我々は気にしない。我が国にも大勢、ペンデルスからの移民はいるからな。手の甲の痣さえなければ問題ない。むしろ問題があるのはあなただ。本日は留学する生徒のための茶会だ。あなたは学園に通う年齢ではないと思うのだが」
「私は精霊の育て方だけを受講したいのだ」
私を注目しているのは、アルデルトだけじゃなかった。
皇太子と会話しているのに、シプリアンもこっちをちらちら見ている。
「それも学園の授業である以上、十五から十八でなくては受講出来ない」
「私はシュタルクの王族だぞ。この私が留学すると言っているのに断るというのか!」
「それに精霊関連の授業は、精霊のいない生徒は受けられないと伝えたはずだが?」
「精霊を得るために受けるんだろう!」
「シュタルクは精霊王が王都を去っているから、受講しても精霊は得られない」
「あなたの意見はいい。妖精姫に聞きたい!」
皇太子が穏便に話しているのに、その態度はどうなのかしら。
声が大きいから、他のテーブルの人にも会話の内容が全部筒抜けよ。
せっかく皇太子が恥をかかせないように、小さい声で話していたのに意味ないじゃない。
「妖精姫に我が国に来ていただいて、精霊王との橋渡しをお願いしたい。そして精霊の育て方についても、貴族に広く行き渡るように何か月か滞在してほしいのだ」
「そういう話は、別の機会にしよう。今日は学園について話す日だ」
「こういう機会でもないと、妖精姫に会えないだろう!」
「ディアドラ」
じーっと私を見ていたアルデルトが、話の流れをぶった切って、突然私の名前を呼び捨てにしてくれやがりましたわ。
「やっと会えた。再会出来るのを楽しみにしていたよ」
声はいい。
でも、言っている言葉が理解出来ない。
「おい、あいつを知っているのか?」
「ディア?」
皇太子とクリスお兄様が驚いた顔で聞いてくるけど、一番驚いているのは私だから。
「全く知りませんわ。初対面です」
「覚えてない?!」
え? なんでそんな悲壮な顔をしているの。
悪いの私じゃないよね。会ったことないもん。
「話に割り込んですまないが、きみ達は少し礼儀をわきまえた方がいいんじゃないかな」
話を聞いてイライラしたのか、ガイオが席を立って私達のテーブルの横まで近づいてきた。
私にウインクかましてきたやつが、礼儀について話し始めましたよ。
「彼女は私の婚約者になる子なんで、勝手に話を進めないでくれ」
「今度は婚約者だと?」
「ディア?!」
「誰と誰が婚約者ですって?!」
さすがにびっくりして聞き返したら、ガイオも驚いた顔で片手をテーブルについて身を乗り出してきた。
「きみと私がだよ。私の好みは、あと三年くらいは育ったほうがいいんだけど、まあしょうがない。精霊王の意向だしね。顔は文句なしに可愛いんだ。いずれはいい女になるだろう」
ニヤッと笑いながら差し出された手を、クリスお兄様がべしっと全力で叩き落とした。
「勝手に妹に触ろうとするな。そんな話は聞いていない」
「はあ?! ベジャイアの風の精霊王が、婚約者に会いに行けと言ったんだぞ」
あいつのせいか。
ガイオは婚約の話が進んでいると思っていたのか。