普通はどこに行った
赤ちゃんフェネックで検索すると幸せになれます。
光は徐々に大きくなり、突然ふっと消えた。
同時にバングルも消え、代わりに頭にバングルとそっくりな額冠を付けた白いモフモフが現れた。
小型化した状態だとしてもかなり小さい。手のひらサイズだ。
キツネの顔を犬に近づけたような可愛い顔で、耳が顔と同じくらいに大きい。
私、この動物を知っているわ。
SNSで、変わった動物の写真ばかり流すアカウントがあって、モフモフ好きの私はフォローしていたから。
このモフモフはフェネックだ。しかもこの見た目は赤ちゃんフェネックだ。
やばい。どえりゃあ可愛い。
いやいやいや。私の精霊獣のほうが可愛いし! 浮気なんてしないもんね!
『ディア!』
私の葛藤なんて知りもせず、黒いつぶらな瞳がきょろきょろと周囲を見回し、私を見つけて飛びついてきた。
「おい。新しい精霊獣を作ってしまったんじゃないか?」
「しかもあれ、全属性持ちの精霊獣なんじゃ……」
クリスお兄様とカミルが力のない声で話し合っている。
お友達や殿下は、私が掌に乗せた小動物に見入ってしまっていた。
『ディア! 会えて嬉しー』
背後から非常に殺気立った気配を漂わせつつも、私の精霊獣達は身を低くしてじっとしているから、このモフモフのほうが強いか、精霊獣に位があるのなら偉いのかもしれない。
でも機嫌が悪いのは確実なので、あとで瑠璃の湖に行って遊ばないと駄目かも。
『僕ね、カミルを守って見張るようにって精霊王様に言われているの。名前はシロ』
安易な名前だな。瑠璃のネーミングセンスを疑うわ。
それに、守るのはわかるんだけど、見張るって何さ。
「カミルにはもう全属性分の精霊獣がいるのよ? それにあなた普通の精霊獣と違うわよね?」
『そだよー。僕は精霊王に仕える精霊獣だもん。しばらくの間だけ、カミルを守って見張るようにって言われたんだよー』
うん。守るのと見張るのはわかった。
瑠璃達が、またやばいことをしでかしてくれたのもわかった。
「おまえは何が出来るんだ?」
クリスお兄様に聞かれて、シロはお兄様の顔をじーっと見上げてから、何も答えずに私の顔を見た。
「クリスお兄様よ」
『あ、知ってるー。クリスかあ。僕はね、敵意のある人をカミルに近付けないようにするよ。あとね、このバングルになんでも入れてあげるよ。船くらいならはいるよ』
「ディア……なんてものを作ってくれたんだ」
ああああ、殿下まで頭を抱えてしまった。
「でもあれですよ。生きている物は入れられないですよ」
『そうそう』
カミルを守るはずなのに、私に懐いちゃってるな。
瑠璃達は、どういう思惑でこの子を寄越したんだろう。
「やれることはそれだけ?」
『それとね、ディアが困っている時や危ない時は、カミルに知らせるー』
私の掌の上から浮かび上がり、見えない床に座った態勢で私とカミルの間をふわふわと浮きながら、シロは得意げに胸を張った。
「おお、それはいい」
カミルが嬉しそうな声で言ったのが気に入らなかったのか、焼きもちを妬いているのか、精霊型でふよふよ浮いていたカミルの精霊獣達が、とすとすとカミルの背中に体当たりを始めた。
カミルは平気な顔をしているから痛くはないらしい。
『いいでしょー。それでね、カミルが浮気したらディアに教えるー』
「それはいいな」
今度はアランお兄様が楽しそうに頷いた。
「浮気なんてしない」
「なら問題ないだろ」
あなた達、ここは皇宮ですよ。殿下の前ですよ。
殿下や友達も気になるけど、護衛や皇宮付きの侍女の人達の視線も気になるよ。
変な噂が広がったらどうすんのさ。
「アラン、問題はそこじゃない」
わなわなと拳を握り締めて俯いていたクリスお兄様が、がばっと顔をあげ、
「カミルの手に渡るとわかっている物に、帝国の全属性の精霊王が祝福したんだぞ。つまり彼らはこの男をディアの相手として認めたということだ」
一気にまくしたてながらカミルの顔を指さした。
「……そうか。それは助かる」
カミルのほうは、しみじみとした声で呟いてから笑顔になった。
「ディア、ありがとう。とても素敵なプレゼントだ」
「え? 公認? そ、そんな話になるの?」
子供が出来たらとか、瑠璃もゆっくり出来るソファーセットを部屋に置くとか、余計な話をしたせいか!
すっかりその気になっちゃったのか!
「ともかく、なぜこんなシロモノが出来上がったのかはわかった。至急、父上に報告しなくては。戻るぞ、カミル。詳しいことはそこのシロに聞けばいいんだろう」
「わかった」
クリスお兄様が部屋を出ようと歩き出したので、カミルも帰るんだろうなと思って見送ろうとしたのに、彼は扉のほうに向かわずに私のほうに近づいてきた。
「?」
「次に会えるのは秋になりそうだ」
「そ……うなんだ」
秋の皇族兄弟のお祝いに参加するのか。
またしばらく帝国にいるのかな? なんて、ぼんやりと考えているうちに、カミルは私の手を取り身を屈めて、手の甲に唇を押し付けた。
「……」
あまりに驚いて息を吸い込んでしまって、声も出ない。
流れるような動きで一連の動作が行われたから、手を取られても違和感がなかったわよ。
「あれ? いつもみたいに騒ぐかと思ったのに」
唇を私の手に触れさせたままでしゃべるな!
なんだそのいたずらが成功したみたいな得意げな顔は!
目がキラキラして可愛いじゃないか!
イケメン限定の特殊エフェクトがかかっているように見えるのは、とうとう私の頭がいかれたせい?
「こ、このくらい……騒ぐことじゃ……」
「ほー」
「カーミールー!!」
クリスお兄様がカミルの腕を掴んで私から引きはがし、アランお兄様が背後から私を抱えながらカミルを睨みつけた。
なんなんだ、この状況。
「どうでもいいが、おまえら、僕の存在を忘れていないか?」
お行儀悪くテーブルに頬杖を突いた殿下は、呆れた顔で私達を見上げていた。
その場にいた全員がはっとして、睨み合っていたのは即中断。全員、殿下に注目した。
「いえいえ、とんでもございません。お騒がせして申し訳ありませんでした」
クリスお兄様の丁寧な口調が白々しい。
「ご無沙汰しております、殿下」
カミルの場合、ここに存在しちゃまずい立場だということを思い出そうよ。
『この子、えらいのー? ねえねえ、えr……』
殿下の目の前をふよふよ飛んでいたシロをガシッと捕まえ、カミルに押し付ける。フリーダムすぎるだろう。
「もういい。僕は何も見ていない。さっさと行け」
いやそこは怒っていいですよ。そんな大人の対応をしてくれてありがたいけど、本当は皇宮に直接転移してくるのは禁止だからね。精霊王と自称私の弟子の前魔道士長とで、転移したら地下牢に出てしまうようにしたはずなの。
でも、無事にここにいるってことは、皇太子が特別に許可を出したか、シロが特別な力を持っているか……両方の気がする。
その辺も考慮したうえで、今回は特別に目を瞑ってくれるって言うんでしょ?
クリスお兄様は感謝しなきゃダメよ。
「エルドレッド殿下。こんなにご立派になられて、ばあやは嬉しい」
「年下のばあやがいてたまるか」
「それに比べて、うちの兄達は。本当に申し訳ありません。シロ、ルフタネンに行ったら皇太子殿下に、ちゃんとクリスお兄様を止めてください。エルドレッド第二皇子殿下のおかげで助かりましたけどまずいですよと伝えてね」
『おーーー。オシゴト?』
カミルに捕まえられたまま、シロは大きな耳を揺らして嬉しそうな声をあげた。
『まかせてー。僕オシゴトするよー。皇太子殿下っていう人に伝達だねー』
不安だ。
なぜかとっても不安だ。
「いいから早く行くぞ。それを忘れるなよ」
『ソレって僕ー? 僕はシロだよー。クリス覚えて』
「わかったわかった」
「ではまた」
本当にもう時間がなかったらしく、ふたりはその場で転移した。
さっきまであんなに賑やかだったのに、一瞬で部屋が静まり返ってしまったわ。
「おまえも苦労しているんだな」
殿下にしみじみと言われてしまった。
それにしても、カミルだって全属性の精霊獣を持っているのに、シロを預ける必要なんてあるのかな。
ルフタネンの精霊王達だって、あまりいい気分じゃないんじゃない?
近いうちに、瑠璃に聞いてみないと。
いつも誤字報告ありがとうございます。
とっても助かっています。