寮での女子会 後編
そしてカーラは、ようやくヨハネス侯爵家とベリサリオが表面的にとはいえ和解したのに、新しい問題に巻き込まれていた。
「カーラ。内緒でお婆様のところに行けない? あなただけなら皇都のタウンハウスで一緒に暮らせるかもしれないわよ」
モニカとしてはさりげなく言ったつもりなんだろうけど、話題が話題だから、思わずみんな注目してしまった。
「でも、御迷惑じゃないかしら」
カーラは今日もあまり元気がなかったのよね。最近、ひとりでいる時に暗い顔をしていることが多くて、今も肩を落としてため息をついてる。
「大丈夫よ。さすがに孫達がかわいそうだって、お婆様がおっしゃっていたもの」
「なにかあったの?」
「クラリッサ叔母様ったら、お父様が味方になってくれないのに腹を立てて、ノーランドはお爺様の代はベリサリオに負けない勢いがあったけど、今の代になったら影響力がなくなりましたわね。領主の度量が狭いんじゃありません? なんて言ってしまったもんだから、城の貴族全員を怒らせてしまったの」
「うひゃあ」
どんなに腹を立てていても、たとえ兄妹でも、いや兄妹だからこそ言ってはいけない言葉があるでしょ。
確かにコーディ様は、見た目からして歴戦の猛者のバーソロミュー様と比べたら、細身だし、威圧感は少ないかもしれない。
でも魔力の強さはコーディ様のほうが上で、空間魔法だって操れる。
冒険者達からも慕われているし、高位貴族の中でしっかりと足場を固めているのよ。
まだ代替わりして一年なのに、先代と同じ功績をあげられるわけないじゃない。
「お父様ったら、二度とノーランドに戻ってくるなと、クラリッサ叔母様を空間魔法で飛ばしてしまったの」
うひーー。
気付いたら自分の屋敷にいたのかな。
クラリッサ様、大パニックになったんじゃない?
「そんなことがあったの?! 実は最近ずっと、お母様はかなり御機嫌が悪かったのよ。ハミルトンがお母様を置いて領地に帰ってきてしまったの」
「ハミルトン……カーラの弟だったわよね。クラリッサ様が溺愛していたって聞いたけど」
「そうなの。でも彼ももう八歳でしょ。お友達にね、いつまでも母親にべったりなのは気持ち悪いって言われたらしくて」
あーー、男の子ならではの問題だなあ。
そろそろ親にくっついているのが嫌になる時期だよね。
「ハミルトンはジュードに懐いていてね、彼にも領主の勉強をしなくちゃいけないのに領地にいなくていいのかって言われたんですって」
「お兄様がそんなことを? ヨハネス侯爵家のことには関わるなと言われているのに」
「モニカだって私と関わっているでしょ? ハミルトンからしたら、ジュードは頼りになるかっこいいお兄様なのよ。相談に乗ってもらっているみたいなの」
モニカとカーラが以前のように話せているのが嬉しい。
仲のいい従姉妹だったのに、大人達のせいで関係が悪くなるのは気の毒よ。
「でも弟が領地に戻っているのなら、バーソロミュー様のところに行かなくてもいいんじゃない?」
「どうなの? ヨハネス侯爵とはうまくいっているの?」
エルダとモニカに聞かれて、カーラはちょっと俯いて考えて、あいまいに笑って頷いた。
「ようやくベリサリオ辺境伯と和解出来て、今度の夏は避暑地として忙しくなりそうで、お父様は準備に追われているの。領地内の貴族に、どうなっているんだと聞かれていたから説明もしなくちゃいけなくて、最近はあまり会っていないの。おかげで弟と平和に過ごしているわ」
うーん。でも仲直りはしていないんだよな。
大丈夫かなあ。
「もう親のことはいいの。それより早く婚約者を捜さないと。ずっと領地にはいたくないわ。ディアはもう決まっちゃったでしょ。パティ、頑張りましょう」
「あ……私は」
突然話を振られて、スザンナと話していたパティは驚いた顔で振り返った。
まさか、カーラが知らないとは思っていなかったんだろう。
「え? もしかして決まったの?!」
「え……あの……決まったのかな?」
「決まったでしょう!」
「そのブレスレットはなんなのよ」
私とスザンナにすかさず突っ込みを入れられて、パティは赤くなった頬を押さえながらカーラに向き直った。
「ちゃんと知らせなくてごめんなさい。知っているとばかり思っていたの。私……その……アラン様と……」
「えーーーー!!」
叫んだのはカーラじゃなくてエセルだ。
「知らなかったよ。そうなの。おめでとう!!」
「ありがと」
「そ……そうなんだ」
カーラは呆然とした顔で、小さな声で呟いた。
「まさか、カーラもアランが?!」
「え?!」
カーラの様子に慌てたパティが、とんでもないことを言い出した。
やめて。人間関係を複雑にしないで。
「それはないわ」
ないんかーい。
「でも、ディアとパティは姉妹になるんでしょ? それがちょっと羨ましくて……それに、みんな相手が決まっちゃったんだなって」
「はーい。私、来年成人だけど決まってません!」
エルダが、元気よく手をあげながら立ち上がった。
「私も! 全く縁談なし!」
続いてエセルも手をあげる。
「ふたりはやりたいことがあるんでしょう? 婚約する気ないでしょう?」
「うーん。理解者ならいいけど、そうじゃなければいらないかな」
どさりと椅子に座り、エルダは頬杖をついて目を細めた。
「好きにやらせてくれる人って、なかなかいないじゃない?」
「私にとっては、周りの男達はライバルかな」
それは仕方ない部分もあるよね。
特に高位貴族の嫡男と結婚したら、屋敷の中を仕切るのは夫人だし、派閥の茶会に出たり舞踏会に出るのだって一種の外交だ。
近衛の仕事をしながらそれは無理だもん。
エルダも引き篭もって本を書きたい! って思っているから無理でしょう。
「私は何もないから」
「そんなこと言って。まだ皇太子殿下のことを引きずっているんじゃないの?」
エルダの言葉に、場の空気が凍ったわ。
彼女も時を止めるスキルを持っていたのか。
「エルダ!」
子供の頃はおとなしい子だったのに、いつのまにこんな性格になったのよ。
「私もね、好きだった人がいるのよ。まったく気付いてもらえないままだったけどね」
「え?! 誰?」
「私の知っている人?」
そして時は動き出した。
女の子は好きだよね、コイバナ。
元気のなかったカーラまで食いついている。
「ディア、結界張っている?」
「あたぼうよ」
「それはどこの言葉よ。まあいいわ。私ね、ずっとレックスが好きだったの」
は?
は?!
「はーーーーーーー????」
うわ。私やっぱり鈍いわ。
全く気付いてなかったわ。
それでフェアリー商会にこだわっていたのか。
平民になってもいいって言っていたんだ。
よかった。今日は女の子ばかりのお茶会だし、側近の子達も慣れてきたからレックスは来ていないのよ。
いたら、つい見てしまっていたかもしれない。
「レックスって、ディアの執事の?」
「たしか男爵になったのよね」
パティとスザンナは、さすがにベリサリオの内情にも詳しいよね。
そのうち、私より詳しくなったりしてね。
「でも、ディアが結婚した時についていくって言ってたでしょ。私はいけないもんね。それに最近、ネリーとレックスが急接近だし」
「なんですと?」
そりゃあ、ふたりともルフタネンに行ったし、昼間は一緒に留守番組だったし、私に一生ついていくってふたりして話していて、協力体制にはなっているみたいだけど。
「まじか」
「まだ付き合っているわけじゃないみたいだけど、少なくとも、私の出る幕はもうないわ。だからね、私は自分で自分の生きる道を探すことにしたの」
「エルダって強いのね」
「カーラ、あなただって頑張っているじゃない。自信を持って。私でよければいつでも相談に乗るわ」
「ありがとう」
ふたりの世界を作るのはいいけど、エルダに相談は要注意よ。
彼女、最近まじで我が道を突き進んでいるからね。
小説で結構稼いで、親に知られずに自由に使える金が出来て、皇都のアパートメントの部屋を借りて仕事場にしようとしているから。
そっちの道に引き込んでしまった私としては、責任があるから応援するけどさ。
「ところでディア。クリスタルには連絡ついたかしら。次のイラストをそろそろお願いしたいのだけど」
クリスタルって、私のペンネームね。
みんなには、うちの城で働いている女の子だって話してあるの。
「連絡はついたけど忙しそうなのよ」
「まだ挿絵だけでは生活出来ないから仕方ないわね」
「他にも誰か探したらどうかしら」
「あの繊細な線を描ける人はそうはいないわ。読者にはファンも多いのよ」
ありがとう。嬉しいよ。
この世界でも、私の絵を好きだと言ってくれる人がいて。
でも忙しくてね、なかなか時間が取れないのよ。
執事にも内緒で描いているからね。
どこで描いているかって?
…………瑠璃の住居。
だって精霊王はそんなこと興味ないし、黙っててくれるし。
そこなら絶対見つからないんだもーん。
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