転生した理由
クッションが大きすぎて身動き出来ない私とお兄様達のために、ふわふわと浮いている女の子やここに案内してくれた女の子が、果物を手渡してくれたり、天然果汁百パーセントジュースを持ってきてくれた。
私達の精霊は、四人も精霊王が揃ってしまっているせいで緊張しているのか、背後に固まっておとなしくしている。
でもいつもより光が強いのは、この場所の魔力量が多いんだろうな。
「こんな簡単に信じて受け入れてもらえると思いませんでした」
「こんな状況で嘘はつかないだろう」
「ディアが変わっている理由がわかったし」
『ならば我らからの話を聞いてもらおうか』
一番話しにくい部分を説明出来たから、今の私はすっきり元気。
お兄様ふたりが理解者になって味方になってくれるのが、こんなに気持ちを軽くしてくれるなんて。
ただ九歳と六歳に安心感を得るアラサーというのが、なんとも情けない。
犯罪も事故もあるけれど、現世では楽な人生を送らせてもらっていたんだな。
『ディアドラは自分だけが転生者だと思っているようだが、それは違う。この世界の人間は、おまえと同じ転生者かその子孫だ』
「はあああ?!」
『ただ、記憶を持っているのは、今はおまえだけだ』
『おまえのいた世界は人間が多くなりすぎたんだ。もう転生した人間を受け入れる余地がない』
『あそこまで自然を破壊したのだもの。あの世界にはもう精霊はいないのよ』
厳しい顔で腕を組む火の精霊王と、呆れた顔でため息をつく土の精霊王。
そうか、人間はあの世界でさんざん自然環境を破壊してきたのに、この世界でもまた精霊王の住処を破壊してしまったのか。
ああ、それでウィキちゃんに自然破壊につながる項目がないんだ。
『勘違いしないでね。他所の世界の事であなた達を責める気はないの。私達が守らなければいけないのはこの世界のこの国なの。そしてあなたは、人間と精霊が共存出来るようにと、神が記憶を持たせたまま転生させてくれたのだと思うわ』
『この国の人間達は、我々との共存の仕方を忘れてしまっていたからな』
『だから、思い出させてくれたあなたにはお礼が言いたいのよ』
『水の精霊王の得意げな顔が気に入らないがな。おまえ達の領地だけ、精霊の数が急に増えていやがる』
『瑠璃と呼べと言っただろう』
優し気で豊満な土の精霊王と好奇心旺盛で表情がころころ変わる風の精霊王。それに火の精霊王と水の精霊王が並んでしまったら、萌えのオンパレードよ。
もうさっきから話を聞きながらワクワクドキドキ。
隠し事がなくなって気楽だから余計に、雑念なく萌えられる。
あ、雑念だらけだった。
「つまり、あの世界で死んだ人はみんなここに来るんですか?」
『そんなことしたら、今度はこの世界が人間だらけになるじゃない。ここは開発させないわよ。持ち込む知識も気を付けてほしいわ』
『彼女は大丈夫だろう。どうやらあの世界での国や人種、仕事や志向によって転生先がいくつか分かれているようだ。もちろん、そのまま同じ世界に転生する者が一番多い。この世界は比較的のんびりとした人間が転生するようだな』
うーん。ヒロイックファンタジー好きが来る世界なのかな。
万歳、スローライフ的な。
てことは、好きなだけ科学を使って発達させてみろや!って世界や、ガンシューティングのゲームみたいなヒャッハー! な世界もあるのかも。
うん。転生したのこの世界でよかった。
神様、ありがとう。
「人間が増えすぎないように魔獣がいて、人間が自然を破壊しすぎないように精霊がいるんですか?」
『そんな難しく考えなくていいのよ。私達は人間と仲良く暮らしたいだけ。あなた達が私達の存在を認めて対話してくれたから、仲間がたくさん育ち始めているわ。今度の秋は楽しみにしていて。豊作にするわよ!』
うわーい。これでうちの領地だけ大豊作になったら、また大騒ぎだぜ。
エーフェニア陛下の立場がまた悪くなるぜ。
どうすんだよ、魔道士共。
「元の世界は文明が発達してたんだよね?」
アランお兄様に聞かれたので頷いた。
「じゃあ、この世界はディアには住みにくくない? ディアはこの世界の学者より知識があるかもしれないんでしょ? 話していてイライラしない?」
心配そうなアランお兄様が可愛くて、無言でぎゅっと抱きしめてしまった。
「ディア?」
「ぜんぜん住みにくくないです。毎日、楽しいです」
「本当?」
「はい。私よりクリスお兄様の方が頭がいいですよ。それは……知識はいろいろとあると思いますけど、広めても平気だと思えるもの以外は話しません。それに、お兄様達がもし違う世界に行ったら何を広めますか?」
「え? わからない」
「僕達は子供で広められる事なんか……あ、ディアも子供だったのか」
「病気で走れなかったんだ」
それは違うんですけどね。
転生や転移したって、一般人の広められる事なんてたいしたことないでしょう。
手に職のある人や専門職の人は別として、OLじゃあ知識が限られている。
私にはウィキちゃんというチートスキルがあるけれど、世界の常識がひっくり返るようなことは責任取れないから広めたくない。
そしてなにより、私の目標は長生きすること!
精霊と共存する方法を広めるのが転生理由なら、私はもう任務完了したも同然よね。
あとは国中に広めれば、外国にだって広まるでしょう?
そしたら、転生四年目にして私は自由よ!!
「あ、私はうちの領地を観光地として人気のスポットにしたいです」
「スポット?」
「私、料理が出来るので、名物料理を増やしたいですね」
『おお、異世界の料理か。我らにも食べさせてくれ』
「下着も変えたいです」
「え?」
「ドレス可愛いのに、このだっさい下着はなんなんですか。ありえない!」
ドン引きするな、男ども!
下着、重要だろう。
可愛くて心地いい下着は女性を幸せにして、同時にその恋人も幸せにするんだぞ。
「そういえばこの世界の男性はどんな下着を穿いているんですか」
『どんなってこんな……ぶっ』
ズボンをおろそうとした火の精霊王に、風の精霊王が無言で魔法をお見舞いしていた。
人間だったら一撃で御臨終だわ。
『見せるな。馬鹿!』
『下着を穿いているんだからいいだろう』
『よくないわ!』
誰か私にカメラちょうだい!
ビデオカメラだともっといい!
録画させて!!
「ディア、その話は帰ってからでもできるだろう?」
「はい。もう子供の振りはしなくていいので、これからはクリスお兄様に相談させてください」
すっごくうれしそうな顔で頭を撫でてくれる。
転生した話をしたのに、ここまで対応が変わらないってなんなの?
お兄様達の中で、私の存在は大人びているけど四歳児のままってことはないわよね。
最近は子供の振りをするのがめんどくさくて、だいぶ本性さらしていたからなあ。
もしかして今更なのかしら。
え? それって大人としてどうなの?
精神年齢子供だったって事?
やばい。否定出来ない。
「それよりも他にしなくてはいけない話がありますよね」
この場にいる者達の中で、ちゃんと話を進めようとしているのは、クリスお兄様だけだ。
精霊王達は時間が有り余っているから、話を進めようなんて気はないし、もともと私に会いたかっただけ。
『名前だな』
「え?」
『そうよそうよ。ルフタネンの精霊共が名前をもらったって喜んでいて悔しかったのに、今度は水の精霊王まで!』
「ルフタネンって南の島国ですよね。そこの精霊王は名前があるんですか?」
『二百年くらい前にあそこにも記憶持ちの転生者が現れたのよ。そういえばあなた、風の精霊だけいないじゃない。連れて帰りなさいな』
「ありがとうございます」
風の精霊王が掌にふうっと息を吹きかけたら、緑色の淡い光が生まれてふわふわとクリスお兄様の元に飛んでいく。
これでクリスお兄様も全属性持ちよ。
『ならば、我も精霊をやろう』
『ちょっと待って。全部剣精より水は普通の精霊がいいわよ。回復魔法覚えるもの』
『おお、そうだな』
『土は防御をあげられるから、剣精にするわね』
『いっそ精霊獣にしてしまうか』
「待って。やめて。悪目立ちしすぎるから!!」
これで兄妹そろって全属性コンプリートなのよ。
うちの国で、三人だけなのよ。
辺境伯は広大な領地と軍を持っているの!
貿易で隣国との繋がりも強いの!
それで精霊王に精霊をもらったなんて事になったら、下手したら国がひっくり返るわ!
「自分で対話して育てた精霊だからこそ、大切に出来ると思いますので、精霊獣は遠慮させてください。いなかった属性の精霊をいただけたおかげで、精霊を捜す時間を他の地域に行く時間に当てられます」
『コルケットに来てくれるの? だったら人間に会ってもいいわ』
『俺のところは魔獣が多いからな。人間の住処の傍にも精霊はいるが、俺のいる場所には精霊獣がいないと来られないぞ』
こっち見んな!
四歳児に魔獣のいる草原を走破させようとすんな!
『瑠璃というのはどういう意味なの?』
精霊王が四人もいて、それぞれが思いついたことを話すから、ちっとも話が進まない。
ようやく風の精霊王が名前の話に戻ってくれた。
「石の名前です。前世で住んでいた日本という国では、ラピスラズリを瑠璃とも言うんです。その石と同じ綺麗な青色を瑠璃色って言うんですよ」
『ほう。ラピスラズリか』
『いい名前だ』
『ルフタネンの水の精霊王の名前はモアナだったかしら』
和気藹々という雰囲気で話した後、期待を込めた眼差しを向けられた。
そりゃ用意はしてきたよ。
ひさしぶりにウィキちゃん大活躍よ。
「同じように色の名前で選んできました。気に入ってもらえるといいのですが」
『おお。私は何?』
「翡翠です」
風の精霊王は翡翠。これもラピスラズリと同じでパワーストーンでもあり、翡翠色という色もある。
土の精霊王は琥珀。上質なウイスキーを琥珀色って言うわよね。
天然樹脂の化石の名前も琥珀。中に虫やアンモナイトが入っている物もあって、それはちょっと気持ち悪いけれど、色は綺麗なのよ。
そして火の精霊王は蘇芳。苦労したのよ、この名前。
これは花の名前で、蘇芳色って火の色からは遠いんだけど、炎に近い色で和名って、緋色や紅? それだとピンと来なかったし、石の名前だと珊瑚や紅玉くらいしか見つからなかった。なので蘇芳。
『似合っているわよ』
『よし、これからはこの名で呼び合おう』
私は生まれた時に名前をもらっているから、あって当たり前だけど、自分だけの名前があるって重要よね。
各国に精霊王がいるのなら、今までどうやって呼び合っていたんだろう。
『ありがとう、ディアドラ。とても嬉しいわ』
「気に入っていただけたのなら、私も嬉しいです。それであの、皇帝に会っていただく話なのですが」
『そうねえ』
『会ってやるくらいかまわんだろう』
『直接文句を言ってやればいい』
水の精霊王……もとい、瑠璃と蘇芳が肩入れしてくれたのに、琥珀は天井を見上げて考え込んでいる。
森が壊されたことで多くの精霊が消えて、住処を追われて、簡単に許せない気持ちはわかる。
でも人間を嫌ってはいないと思うの。
私にもお兄様達にもとっても優しい。
「皇帝にはふたりの皇子がいるんです。彼らに全く精霊がいないというのは、跡継ぎとしては問題があって、このままだと国が荒れて精霊にも影響が出てしまいます」
頑張って。クリスお兄様。
私が全力であなたを応援します!
応援だけしか出来ないけどね!
『あら、あの子達は駄目よ』
「駄目?」
『魔力なさすぎ』
『魔力量調べられるんでしょ? 見てごらんなさい。三人の中で一番少ないアランちゃんの半分もないから』
なんですとーーー!!
「ああああ。物理攻撃する職業を目指しているからって、魔力を増やしていないんだ! でも剣精にも魔力が必要なのは、将軍ならわかっているんじゃないんですか?」
「アランちゃん……」
ちゃん呼びでへこたれるな、六歳児。
「あの、アランくんでお願いします。お兄様が……」
「ディア!」
『きゃあ、かわいい。アランくん、こっちでお菓子食べましょう』
『赤くなってる』
余計なことを言ってしまったらしい。
アランお兄様が琥珀と翡翠に攫われた。
向こうで挟まれてかまい倒されている。南無。
「なんの話でしたっけ」
「魔力量」
アランお兄様が困っているのを、クリスお兄様はにやにやして見ている。
なんなら、あなたも巻き込まれてみるかい?
「クリスお兄様も……」
「ディア」
「はい」
「話を戻すよ。将軍は別格なんだよ。皇帝と結婚するために魔力量を増やしたんだ。魔力量が高いほど、元気で才能豊かな子供が生まれるって言われているんだよ」
おおう。
皇帝に釣り合う男になるために魔力をあげたら、偶然、剣精が育ってしまったでござる。
剣精にも魔力が必要とは、誰も知らなかったでござるなのか!
「なんでそんなにいろいろ忘れているの!!」
「ディアはなんで知っていたの? 元の世界に精霊はいなかったんでしょ」
「だから楽しかったんです。魔法も精霊も珍しくて、せっかくだからいろいろやってみたかった」
「それで気絶するまで魔力使っていたんだ」
「私のことより今は皇子の話です」
「魔力を増やしてもらうしかないね。魔道士長はディアの弟子なんだから働いてもらおう」
あいつら、本気で私の弟子のつもりなの?
どうなっているんだ、皇宮は。
『皇帝は住民を移動させて森を復活させてもいいと言っていたぞ』
『そんなことをしたら精霊達が恨みを買うじゃない』
「あの、学園の森では駄目なんですか?」
『あそこがどれだけ寂しい場所だか知っているの? 子供達は冬しか来ないから、寒くて外には出ない。他の季節は建物の管理をする人しかいない。なのに、万が一があってはいけないからと、森にいた大きな動物達は排除されたわ。周囲は人間の住む場所だから、新しい動物は入って来ない。あそこは動物がいないまま取り残された陸の孤島なの』
ちょっと責任者出せ!
一発殴らせろ!
もう皇帝でも構うものか。
皇子に精霊がつく要素がひとつもないじゃんか!