ベリサリオの女性
また説明回になってしまいました。
帝国内の登場人物はこれで出揃いました。
涼しげな音を立てて水が流れる壺を抱えた女性の像が立つ、中庭の噴水をぼんやりと眺めて、あんな中腰でずっといなくてはいけないのは大変だろうなあとくだらないことを考えた。
うん。現実逃避中ですがなにか?
誕生日会は、秋の穏やかな日差しが差し込む大きな窓のある、金色と茶系でまとめられた広間で行われている。
夜には舞踏会も開かれるので、昼の部に参加する貴族はそれほど多くはない。
メインは夜なので、そこに出られない成人していない年齢の子とその家族、そして半分仕事の話をしている外交官がほとんどだ。
ただ今回は、皇太子とクリスお兄様の婚約者が発表されたから、盛り上がりはすごいよ。
会場の中央では、皇太子とモニカ、クリスお兄様とスザンナ、そしてそれぞれの家族が大勢の人に囲まれているはずだ。
あまりに人が多すぎて、窓際に座っている私の場所からじゃ全く見えないけどね。
今日は席は決められていなくて、ビュッフェスタイルで料理を持ってきて自由に過ごせる形式だ。
立って食べるのははしたないという考えが根付いているので、立食パーティー方式と言っても、ちょっとだけ料理を皿に盛って、それを食べている間席に腰かけて会話して、食べ終わったら料理を取りに行くという理由で席を立ち、違う席に移動する人がほとんどだ。
でも私の前には皿が三つも並べられて、肉からスイーツまでが奇麗に並んでいる。
ここから動くなというクリスお兄様と皇太子の圧力が、美味しそうな料理から発せられているみたいよ。
「カミル。せっかく帝国まで来たのに、ここに座っていては仕事にならないだろう。今日はいろんな国の外交官が来ているよ」
私の右手にはアランお兄様が座っていて、
「もうアンディに挨拶したし、うちも外交官が来ているから心配はいらないよ。毎日くそ忙しいのを頑張って、ようやくここに来れたんだ。のんびりさせてくれ」
左手にはカミルが座っている。
他国は外交官しか招待していないのに彼だけはここにいるのは、成人の祝いに来た時に何日か皇宮に滞在して皇太子と親しくなったからと、ルフタネン国王の婚儀に出席した時のお礼の品とお祝いの品を、国王の名代で届けるためだそうだ。
「皇太子殿下といいきみといい、ディアには癒しの力でもあると思っているのか?」
「皇太子? 婚約者がいるくせにディアの元に通っているのか?」
「カミル、誤解を招くような言い方はやめて。アランお兄様もですよ。変な噂がたったらどうするんですか。皇太子殿下はベリサリオの城から海を眺めるのがお気に入りなだけです」
ふたりとも私のすぐ横に座って、室内の様子を観察しながら会話している。
だから顔はそれぞれ違う方向を向いているの。
それも刑事みたいな油断ない目つきなものだから、護衛ふたりに囲まれているようなもので非常に安心なんだけど、誰も私に近づけないのよ。
しかも精霊獣を小型化して顕現しているでしょ?
三人とも全属性の精霊獣を持っているから、かなり賑やかよ。
アランお兄様の精霊獣が小型化すると手のひらサイズなのがありがたい。テーブルの上でわちゃわちゃやっていて、見ていて飽きないのもありがたいわ。
「ディアが癒しになる人なんているのか?! 信じられない!」
余計なことを言ってふたりにぎろっと睨まれたのは、ひとりだけ少し離れて座っている従兄のハドリーお兄様だ。
短く切った銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳。クリスお兄様と全く同じ色合いなんだけど、あまり似てはいないかな。彼は美形というよりは親しみやすい顔をしている。ちょっとたれ目なところが私と似ているかも。
「穏やかで優しい女性ならわかるけど、ディアは行動力がありすぎてハラハラしてしまうよ」
「他の女性と違って、ディアは話しやすいんだよ。それに、思わぬことを言い出して楽しい」
「それは癒しなのか? カミルくん、ベリサリオの女は強いよ。よく考えた方がいい」
ハドリーお兄様は成人してからずっと連合国に留学しているから、年に何回かしか顔を合わせる機会がない。
彼は、海峡側の港のあるグラスプール一帯を治めている叔母様の息子だ。
「女性が強い? ナディア様も優しい方だと思うが」
「あの方は嫁いできた方だろう。知らないのか? うちの祖母は自分で婿を選んで、口説いてベリサリオに引っ張ってきた女傑だぞ。しかも夫を選ぶ基準が、ベリサリオ軍を強化出来る男だぞ」
「貿易や領地経営はお婆様が自分でやっていたんだよ」
「アラン。私が言いたいのはそうじゃない。若い女性が結婚相手に望むのが、軍事強化というのはおかしいだろうという話だ」
ハドリーお兄様とアランお兄様の説明に、カミルはむしろ楽しそうに目を輝かせた。
「それはすごいな。ぜひ会ってみたい。きみ達の祖父というのは、先の戦争の時に精霊を持つ兵士を乗せた軍艦を、港にずらりと並べてみせた人だろう?」
「そうだ。やるなら受けて立つぞ、こっちはこれだけの戦力を持っているぞとデモンストレーションしたんだな。アランと同じ赤茶色の髪をした人だよ」
その頃はまだ、精霊を持っている人はそう多くなかった時期だ。
中央では精霊の森が壊され、シュタルクもベジャイアも精霊の重要さなんて知らなかった。
ルフタネンだって精霊王が引き篭もっていて、精霊の数は少しずつ減り始めていた。
なのに精霊の力に目をつけて、兵士に精霊を持つように指導したお爺様はすごいと思う。
そしてお爺様のもっとすごいところは、出来れば精霊を実際の人殺しには使いたくないから、そして大事なベリサリオの地を戦場にしたくないからと、精霊がこれだけ揃っているんだぞと牽制に使って、戦争を回避したところだ。
「牽制? シュタルクやベジャイアは、どさくさに紛れて侵略してくる気なんじゃないかと、本気で恐れていたと聞いているぞ」
他国から見たら、そんなに怖かったんだ。
だって帝国だもんね。
それまで軍事力で領土拡大してきた大国だもん。
「そういえば、ベリサリオには何度も行っているのに、その方にはお会いしたことがないな」
「いないからね。先の戦争でベリサリオは戦地にならなかったけど、お爺様の故郷は戦場になったのよ。それでお父様に当主の座を譲って、戦うために故郷に帰ったの」
「戦争が終わっても、夫婦そろって旅行に行っちゃって。……タブークの建国を手伝ったらしいよ」
アランお兄様と私が遠い目になるのも仕方ない。
ベリサリオにいない時期が長すぎて、祖父母の存在は都市伝説レベルになった時期があったんだから。
お爺様の髪の色をアランお兄様だけが受け継いでしまったせいで、ひとりだけベリサリオらしくないと言われて苦労したりもしたのだ。
今じゃ、誰もそんなあほなことを言う人はいないけどね。
「ああ……タブークの精霊王が、それでディアを誘っていたらしいな」
「よく知っているわね」
「モアナが教えてくれた」
あの精霊王、なんでも話しちゃうんだな。
「でも今は、お爺様もお婆様もグラスプールの別邸にいるわよ」
「ええ?!」
「ハドリーお兄様、知らなかったんですか?」
「我が母上とお婆様が揃っているだと!? ……城に泊めてくれ」
「あいかわらずだなあ」
アランお兄様は呆れ顔だけど、ハドリーお兄様は本気だ。
「なんで彼はこんなに嫌がっているんだ?」
「ハドリーお兄様は強い女が苦手なんですって。お婆様も叔母様も強いから……」
「うちの父上も婿養子なんだ。ハリントン伯爵家は何世代もかけて伯爵まで爵位をあげた中央の貴族なんだけど、領地を持っていないんだ。代々、文官揃いでね。仕事に関しては優秀でも、社交は苦手だった。優秀なだけじゃ、貴族は成り上がれないだろう? 伯爵になれただけでも御の字だったんだよ」
「中央だと縦社会が強くて、優秀でも上の命令が絶対でしょ? だから叔母様は、土地はやれないけど港をひとつ、好きに運営していいよと言って叔父様をスカウトしてきたの」
「母子揃って」
「そうなのよ」
お父様だって、当主になったばかりの頃は苦労したのよ。若い当主に無理難題を吹っ掛ける貴族もいたしね。なのに戦争が終わっても祖父母が帰って来なくて、これは私が兄の手助けをしなくてはと、叔母様が叔父様をスカウトして港の運営に乗り出してくれたんだって。
ベジャイアは内乱で、シュタルクは精霊王を怒らせていて食料の不足がひどいから、今は帝国からの輸出量がかなり多いのよ。
おかげで町の規模としては、城のそばの港町よりグラスプールのほうが発展している。ただ治安がいまいちらしい。
「土地がもらえなくてもよかったのか」
「父上は領地経営じゃなくて、貿易と港の拡大をしてみたかったらしい。好きなことが好きに出来て大満足のようだ。でも僕までその仕事の後を継がなくてはいけないのは迷惑だ」
「嫌なのか?」
「僕は地方の領地に引っ込んで、まったりと生活したい!」
なのに商業の発達した連合国に留学してるのはなんなのさ。
「家から出たかったらしいよ。叔母様も妹もこわくて」
「アラン」
「本当のことだろう?」
「くっ。そうだよ。僕は普通の女性と知り合いたいんだ。優しくて可愛くて放っておけないような女の子だ」
「ディアも放っておけないよ。怪我しそうで」
「アランお兄様?」
もう転んでないでしょう?
「そうなんだよね。ディアはちゃんと捕まえておかないと、何かやらかしそうで心配なんだ」
周囲を見回す時もお兄様と話す時も目つきがきついのに、私を見る時だけ少し目元が緩むように感じるのは、私の気のせい? 自意識過剰?
でも好きだと言われたせいかこうして会話していても、隣に座るカミルの存在をどうしても意識してしまって、あまりカミルのほうに顔を向けられないんだよなあ。
「ベリサリオの女性が嫌なら、留学先に素敵な人はいたの? そろそろ結婚相手を決めないと駄目だろう。叔母様に勝手に決められるぞ」
ハドリーお兄様はもう十七歳なのよ。
そろそろ婚約相手だけでも決めないと、アランお兄様の言う通り、親が縁談を決めてしまうかもしれない。
「連合はな、仕事をしている女性が多いんだ。商売に関わる女性も多くてな」
「ベリサリオの女性と変わらなかったの?」
「いや、もっと強かった」
まあ。
是非とも連合国の女性とお話してみたいわ。
「あら」
話をしながらずっと周囲を眺めていたから、カーラとパティが遠慮がちに近付いて来るのに気付いた。
私が笑顔で立ち上がって、いつものように小さく手を振ったので、話しかけても平気だとわかってくれたみたい。小走りで近づいてきてくれるふたりの笑顔が可愛い。
格好いい男三人に囲まれていたのに贅沢な意見かもしれないけど、野郎ばかりよりは女の子もいた方がいいよ。
他から見たら、私ってば男三人を侍らせているみたいに見えるんじゃないの?
そのうちのふたりは兄と従兄なんだけどさ。
「お邪魔じゃない?」
少し手前で足を止めて、そこからはそーっと近づいてくる様子も可愛くて、つい笑顔になってしまう。
ハドリーお兄様が嬉しそうな顔になっているから、このふたりなら癒しになるらしい。
「全然邪魔じゃないわよ。ふたりはハドリーお兄様は御存じ?」
「ええ、ずいぶん前ですけど御挨拶させていただきましたわ」
「ハリントン伯爵の御子息ですよね。ご無沙汰しています」
パティもカーラも、挨拶したことがある程度の付き合いか。
「こちらにお帰りに?」
「いえ、すぐに戻らなくてはいけないんです。来年までは連合暮らしですよ」
「まあ、お忙しいのですね」
カーラの言葉に、ハドリーお兄様はあいまいに微笑んだ。
母親と祖母が苦手なんですとは言えないよな。
「よかったらここで話さない? 私はここから動いては駄目なんですって」
「どうして?」
「初めて外国の方と接するのは、相手を選んで、そういう機会を作って計画的にやりたいんですって」
「外国の方って外交官しかいませんもの。ディアに話しかけられる人なんていないんじゃなくて?」
「あ……」
そうよ。そうじゃない。
今回は帝国の精霊の様子を窺うためと留学方法を打ち合わせるために、外交官を送り込んできた国ばかりだもん。なんで私がここにいないといけないのよ。
「話しかけて来なくても、観察はしているだろう」
アランお兄様に言われて気付いた。
そうか。私は皇宮にあまり顔を出さないし、外交官がいる場所に姿を見せることもあまりない。
今までだと……皇太子の成人式くらい?
どの国も、私の情報が欲しいんだ。
「待って。観察されているのに、ずっと隣にカミルがいるのって……」
「わざとに決まっているだろう。早めに牽制しておきたいからな。今まで気付いていなかったのか?」
うぐう。どうしてこう、自分のことになると鈍いんだ、私は。
でもこの場合、カミルが邪魔だと思う国もあるんじゃない?
危険じゃ……ないな。精霊獣が全属性いて、転移魔法を使えるんだから。
「カミルに負けたくなくて、留学するやつが増えるかもしれないけどな」
アランお兄様、それがわかっているなら早く言ってくださいな。
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