関係の変化の始まり
第四章始まりました。
書籍二巻の発売日が決定。予約が開始されました。
詳しくは活動報告をご覧ください。
宣伝の文章は読み飛ばしてもいいので、麗しいカバーイラストだけでもぜひ見ていただきたいです。
今回は蘇芳と琥珀が登場ですよ。
ルフタネンで無事に一仕事終え、私は平和な日常に帰りました。私は……。
報告のために一緒に帝国に来たカミルや外交官達は、皇太子に挨拶したり同盟のために会議をしたりと忙しそうだった。
カミルはお兄様達とも話し込んでいたのよね。特にアランお兄様。
ふたりして悪そうな笑顔で握手していたけど、あれはなんだったのかな。
それ以外でも、私の周囲ではいろんな変化があった。
まず、ヨハネス侯爵家と和解しました。これ重要! すっごく重要!!
皇太子からヨハネス派とベリサリオ派に分かれたり、これを期にヨハネス侯爵家を取り込もうとする動きが出ているから、いい加減に仲直りしろとの要望があったんだって。
さすが皇太子。出来る男は頼りになる。これでもうカーラと以前と同じように、仲良く出来るんだもんね。
ただお母様が言うには、クラリッサ様は心からの謝罪をしたわけではなく、表面上和解したという振りをする気でいるみたいで、ノーランド辺境伯家とヨハネス侯爵家は、このまま疎遠になりそうなんだって。
うちも今後は公式の場ではちゃんと挨拶するけど、個人的なお付き合いはお断りらしい。
ヨハネス侯爵は必死に謝ってくれたみたいなのよ。
社交界で彼らに関わる人がどんどん減り、雅風派からも抜けて行く人もいたらしいから、観光を主産業としているヨハネス侯爵領からしたら大打撃よ。
この夏の予約がほとんど入っていなかったらしいの。
そりゃね、ノーランドとベリサリオを敵に回した人の領地に行く勇気のある貴族はなかなかいないわ。
それ以外にも問題はあるらしい。
お祝いだーってうちにお友達みんなで集まった時、カーラの表情は暗いままだったの。両親が仲違いしていて、別居状態なんだって。
「皇都のタウンハウスにお母様と弟が住んでしまって、私を邪魔にするのよ。でも領地の屋敷には帰りたくないの」
辺境伯令嬢だったクラリッサ様にとって、うちのお母様は最初から気に食わない人だったみたい。お父様を狙っていた時期もあったみたいなのよ。身分としてもつり合いは取れていたしね。
なのにお父様はお母様を選んで、しかもベリサリオは貴族の中で特別待遇。お母様は現在、帝国で一番高貴な貴婦人と呼ばれ、子供は妖精姫と神童だ。アランお兄様まで近衛騎士団で注目されて、今や話題の人だもの。
なぜ彼女ばかり……と嫉妬する気持ちはわからなくはない。
でも彼女には、ひとつだけ大逆転の方法があった。
子供が皇太子妃になれば、ヨハネス侯爵家の発言力が増すでしょ?
いずれは皇妃の母親よ。大注目でちやほやされること間違いなしよ。
なのに、ヨハネス侯爵はその夢をぶち壊してくれたわけだ。そりゃ怒るわ。
ヨハネス侯爵が娘を溺愛するせいで、元々クラリッサ様はカーラをよく思っていなくて、ふたりの仲はぎくしゃくしていたけど、カーラも皇太子に憧れていたからこの話には乗り気で、せっかく母娘が仲良くなって頑張って準備していたのに、お茶会ドタキャンだもんね。
「領地に帰るしかないのかしら。お父様が何かと干渉して束縛するのが嫌なのに」
代替わりしちゃったから、クラリッサ様にとっては父親ではなく兄が当主になってしまったわけでしょう? 兄は父ほど甘くはなかった。妹の態度に怒って、ベリサリオとの関係のほうが今後のノーランドにとっても帝国にとっても大切だと、ヨハネス侯爵家とは適度に距離を置くと宣言されてしまったの。
おかげでカーラはノーランドに避難させてもらえなくなってしまっている。
自分の家族の問題は、自分達でどうにかしろってことよね。
それに、皇太子をコケにした男と仲良くしていたら、皇太子妃に娘が選ばれないじゃんね。
そのせいもあって、カーラとモニカの間には今までにはない壁が出来ているみたいだった。お互いに遠慮しているというか、居心地悪そうな感じ。
それはスザンナも同じ。
彼女も皇太子妃候補として皇宮に通っているから、カーラの気持ちを考えると話しかけにくいみたいだ。
年を重ねて、恋人が出来たり婚約したり環境が変わるに連れて、仲の良かった八人の関係も変わってしまうのかな。
イレーネはエルトンとの婚約が内定していて、スザンナとモニカだってクリスお兄様か皇太子のどちらかとの結婚が決まっている。
エセルは近衛騎士団で頑張りたいと、将来をしっかりと考えているし、ネリーは私の側近として一生傍にいると決めてしまっている。
年少組の私とパティとカーラを除いて、みんなしっかりと将来を決めつつあるのよね。
あれ? 誰か忘れてない?
エルダよ。エルダ。
エルダはすっかり執筆作業にはまって、今ではブリたんやそのお友達の伯爵令嬢ふたりと一緒にいる方が楽しいみたいだ。
今は特に教本制作が佳境に入っているから、イレーネも加わって頑張ってくれているの。
特にエルダは教本だけじゃなくて小説を書くのに夢中になっちゃって、それがまた才能があったらしくて面白いのがやばい。
つい挿絵を描いた私もいけないとは思うのよ。
でも漫画風の挿絵がどう受け取られるのか確認したかったのよ。それで、知り合いのお嬢さんに頼んで描いてもらったということにして渡したのさ。
そしたらもうブリたんとお友達が大喜びで、お友達のひとりが行動力のあるオタクだったからたいへんだ。本にして友達に売り捌いてしまったの。
もちろんちゃんとエルダにお金を払ってくれているわよ。というか、実質かかった経費以外、全部エルダにそのまま渡してる。
御令嬢だから、お金に全く困っていないから。
金は払うから続きをくれと、エルダの顔を見るたびに拝んでいるの。
もしかしなくてもこの流れだと、エルダは女流作家になると言い出すよね。
今はペンネーム使っているから正体ばれていないけど、成人しても婚約する相手がいなかった場合、ブリス伯爵家はどうするんだろう。エルトンは味方になってくれるんだろうか。
いやだなあ。私が動かないと駄目になるんじゃないかなあ。
周囲ではそういう個人的な問題がいくつも起こりつつも、私本人はのんびりしたもので、教本作りに没頭して夏が過ぎ、秋の気配が色濃くなってきた。
カミルは……しょっちゅう遊びに来てたわよ。
でもべつに、話をするだけだし。仕事の話も多いし。特に何もないし……。
それよりも、皇太子の誕生日が近付いてきたある日、クリスお兄様が改まった様子で私の部屋に訪ねてきた。
「アンディーの誕生日の茶会で、婚約者を発表することになったから」
私だけじゃなく、その場にいたネリーやレックス、ブラッドまでが、えっ? と驚いた顔でクリスお兄様に注目してしまったわよ。
本人は余裕の顔でひとり用の椅子に足を組んで座って、私の反応を観察しているみたいだった。
カヴィルとライが無表情で後ろに控えていてただでさえ威圧感あるのに、今日は私相手だから顔つきは優しいけど、普段の仕事の時はこれに更に冷ややかな表情がセットされているんでしょ?
十六になって大人びて、最近更に凄みを増したというかなんというか。
「決めるの早くありませんか?」
「そうかな? あまり長くなるよりはいいんじゃないかな」
「そ……うですか。それで……」
「皇太子婚約者はモニカだ。僕はスザンナと結婚する」
順当な決断……なのかな。
モニカは皇太子ラブだし、スザンナは特にどちらでもなかった。
ノーランド辺境伯の娘で、先代のバーソロミュー様の孫という境遇は、後ろ盾が強力で皇妃として動きやすいだろう。
「明日、うちの両親と一緒にオルランディ侯爵家に挨拶に行き、その後、今度はスザンナがうちに顔見せに来る手はずになっている」
「うわ。着々と事が進んでいますね」
まるでもっと前から決まっていたみたいに。
「婚約の準備も考えると、実はけっこうギリギリなんだよ。モニカは一年余裕があるけどスザンナはもう十四歳だ」
「まだ十四歳ですよ。成人式は十五歳になったあとの新年ですから、来年丸々一年あるじゃないですか」
「ディア、高位貴族に嫁ぐのにも学ばなくてはいけないことがたくさんあるんだよ? しかもうちは辺境伯だ。港や貿易について。隣国との関係について。ベリサリオの歴史や民族について。精霊王の泉の管理やフェアリー商会について」
「わかりました。わかりましたよ。聞いているだけで頭痛がしてくる」
皇妃になるために学ぶことと、また別のことを学ばないといけないのね。
大変だな……って他人事じゃないのか。
カミルと結婚することになったら、ルフタネンの歴史や習慣を学ばなくてはいけないのか。
でもウィキくんがあるし。
って、なんでカミルのことを考えているのよ。
「そういうことだからよろしくね」
「あ……」
いや、やめよう。
スザンナが好きなんですか? なんて今更聞いて何になるの。
もう国全体が、皇太子妃を迎えるために動き出しているはずだ。
「お姉様って呼んだ方がいいのかしら?」
「え?!」
え? って驚くのはこっちよ。
なんでそんな照れた顔になったのよ。
「それはスザンナに聞いて」
「わかりました。やめてって言われる気がするけど」
「新しい土地で大変だろうから、彼女の力になってあげてね」
「あったりまえですわ。全力で応援します!」
「ふふ。よろしくね」
機嫌よく立ち去るクリスお兄様の背中に、んべって舌を出してやった。
なーにが、力になってあげてね、よ。
さりげなく自分のほうがスザンナに近い位置にいるってアピールしたな。
ふーん。私だってスザンナの友達で仲良しだもんね。
でも安心した。
クリスお兄様はきっと、スザンナを大事にしてくれるわ。
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