エピローグ
ルフタネン編はこれで終わり。
次からはたぶん長くなるでしょうけど最終章になります。
翌日、カミルは朝食を食べてすぐの時間に迎えに来た。
昼前からは王宮前の広場に集まった国民に、王太子と王太子妃が顔見せをすることになっている。カミルもその場に顔を出さなくてはいけないので、この時間しか空いていないんだって。
昨日、あの後すぐにネリーが呼びに来て、私に礼を言うためにルフタネンの貴族と王太子が来ていることを告げられた。式と舞踏会の間には、着替えをして休憩を取るために時間があけられていたので、準備の早く済む男性陣がやってきたのだ。
ホールで待っていたのは、それぞれの島の代表者やその関係者だったようで、私を取り囲んだおっさん達の平均年齢はだいぶ高かった。
私の無事を確認したくてお父様も同行していて、パウエル公爵は南方諸島や東の島国の人達と会談中だということだった。公爵ばかり仕事してない?
エリオットもサロモンも、若手はみんなお仕事中。
島の代表者だけは王太子と精霊王から事情を聞いていたので、どうしても私に感謝を伝えたかったらしい。
もうね、英雄を褒め称える人達みたいな感じよ。
プラスで可愛いとか聡明だとか、誉め言葉が並ぶ並ぶ。
それをにこにこと楽しそうに聞いている王太子は、
「いつでも遊びに来てね。カミルを帝国に留学させようかなとも思っているんだ」
カミルを全面的にバックアップして、私とくっつける気になったらしい。
今日だって忙しい日なのに、私の案内をカミルにさせてるしね。
畑の見学をするのにヒラヒラした服ではだめだろうと思って、今日の私はパニエをつけずに足首までの長さのスカートを着てブーツを履いている。薄手のブラウスの上に、こちらの女性たちのように大判のストールを羽織っているけど、布はさすがにパウエル公爵の領地で作られたシルクのストールよ。
今日は帝国の代表として来ていますよってわかる服装にしないと。
ルフタネンの服装をしてカミルと一緒にいたら、変な誤解をされそうじゃない?
カミルのほうは、帰ってすぐに行事に参加出来るように民族服だ。この照り付ける日差しの中、黒い長袖の服よ。ひとりだけ周囲から浮きまくってる。
……似合うんだけどね。
南島の歓迎もすごかった。
私はチョコが作りたいからカカオを買っているだけなのに、そのおかげでお金が手にはいって生活が豊かになったって、今にも拝みそうな勢いよ。
町中の人達が集まったんじゃないかってくらい、大人から子供までが大歓声で迎えてくれた。
南島と北島はかなり南北に離れているから、気温がまるで違うの。
あっつい。
精霊がいなかったら、冷房を抱えて歩きたくなる暑さよ。日差しが痛いんだもん。
南島の人は北島の人より肌の色が黒くて、褐色に近い人も多かった。
自然が豊かなおかげか精霊のいる人がほとんどで、暑さは苦にしていないけど風通しのいい服装が多く、男性はアロハを着ている人ばかりだった。
カカオの木は人間の背丈より大きいから、畑に近づくと全体を見渡せないので、まずは働いている人達の様子を見せてもらってから、丘の上にある建物の上階から一帯を眺めることになった。
畑での労働ってどんな感じだろうって、ちょっと心配していたのよ。
貧しい国では子供も労働力だし、この世界って貴族と平民で待遇が段違いだから、強制労働なんてさせられていたらどうしようかなんて、ルフタネンの人達にはちょっと失礼な心配もしていたの。
だけど、そんなことは全くなかったよ。
畑のすぐ近くに新しい町が出来ていて、労働者のほとんどが、その町の新しい家に住んでいた。
ずらりと並んでいる家はどれも同じ作りで、豪華とはとても言えない小さな平屋だ。道路も都会とは違って地面を平らに踏み固めただけで、レンガが敷き詰められたりはしていない。それでも、どの家も家族四人くらいで住んで子供部屋を作る余裕はある広さだし、今も下水道の工事が着々と進んでいた。
私、そんなに金をばら撒いたっけ?
カカオの買い占めはしたけど、いくらなんでもこんなには。
「南島の貴族達が、島の主産業に育てるために投資したんだよ。帝国だけでも、今の三倍くらいカカオが欲しいんだろう?」
「ほしい!」
「タチアナに南島でもチョコを製作出来るようになった方がいいって話していたじゃないか。まだまだ需要に足りていない」
「そっか」
働いている人達の笑顔は、底抜けに明るかった。
みんなが仕事につけて、新しい家を持てて、ちゃんと毎月給料がもらえる。
第四王子のせいで肩身の狭い思いをして、王太子から南島は憎まれているんではないかと不安だったのが、島の御令嬢が王太子妃になって、いずれは王妃だ。
第四王子はこのまま行方不明でいてほしいと、ぼそりと小声で呟いた人がいて、周囲が慌てて話をそらしていたけど、おそらくそれが皆の本音なんだろう。
「うわーー、畑、広いのね」
畑で働く人達に土産で持ってきたチョコを手渡してから、丘の上に建つ建物に移動した。
ここはタチアナ様の御実家なんだって。
四階に上がって案内された部屋の扉を開けると、正面の壁はほとんど開口部になっていて、広いバルコニーに繋がっていた。
丘の上の建物の最上階だから、まず空が見えた。空しか見えなかった。
バルコニーに近づくにつれて徐々に視界が広がり、遠くの山が見えて、カカオ畑が広大な土地に広がっているのが見えてきた。
新しく広げられたカカオ畑は、賽の目に通路が走り整備されていて、以前からあるカカオ畑との違いが一目でわかる。
「すご……ぶはっ」
雄大な景色に暫く見とれていたいところなんだけど、風が強いのよ、ここ。
周囲に遮るものがないから、バルコニー部分から吹き込んで反対側に抜けていくの。
ぶわっと煽られて、よろよろと一歩下がってしまったし、おでこは全開。ネリーにセットしてもらった髪が一瞬でぐしゃぐしゃになった。
「そうなんだよな。だからこの部屋は風のない日しか使えないらしい。普段は二階のバルコニーを使っているそうだ。でもいい景色だろ?」
そうね。でもなんでカミルはおでこ全開になっていないの?
向きか。真正面から風を受けた私が悪いのか。
乱れた前髪を直すカミルの仕草は格好いいけど、前髪が全部上に向いてしまった私は、せっせと髪を押さえるしかなくて情けないわよ。
「なあ、ディア」
「んん?」
「すっかり兄上は、俺とディアの縁談を進める気でいるようなんだけど、ディアはどうなんだ? 誰か他にいいなと思うやつがいたりするのか?」
おおお。急にそういう話?!
ああ、気付いたらふたりだけになっていた。
みんな遠慮して部屋の中で待っていて、バルコニーには誰もいない。
「えーーっと。十五までに決めればいいから急いではいないかな?」
「答えになってない」
ですよねー。
「他にって言われても、他国の人達にはまだ会っていないし。……でも、帝国にはいないかな」
「いないのか」
「さっきも言ったけど、まだ縁組の話は早いのよ。帝国では十五にならないと婚約出来ないの」
「知ってるよ。でも発表しないだけで、家同士で約束を取り交わしているんだろ?」
「ま、まあ……近い」
話をしながら、こっちに来んな!
昨日の今日で、まだ心の整理がついていないんだってば。
せっかくさっきまでお仕事モードだったのにー。
「じゃあ、今のところは俺だけが候補者ってことだよな」
「それはそうだけど、カミルってさ……その……国のために私と結婚したいわけでしょ?」
「……は?」
「商会の仕事は続ける気でいるから、無理に……」
「待った。たんま。えええ? そこから伝わっていないのか?!」
「え? だって……好きって言われてないし」
「うっ……」
うわーーー、やめろ。目元を赤らめるな!
なんだこの沈黙は! 恥ずかしいから、黙っている方がつらいから。今の会話を思い出すだけで顔が熱くなるから!
なんで余計なことを言っちゃったんだろう。私ってば乙女か!!
「好きって説明したつもりだった」
「え?」
「ディア以外の女の子じゃ、一緒にいても楽しくないって」
「ま、待て待て待て」
「なんで耳を塞ぐんだよ。逃げるな」
「うわーーー、なんだこれはーー」
「ディアが言わせてるんだろう」
「すみませんでした。私が悪かったです。許して」
「……顔、真っ赤だ」
ぎゃーーー! どうしよう。空気が甘い気がするーーー。
やばい。顔が熱い。
「ディアはどうなんだよ。少しは脈があるんだろうな」
「ぶえ」
「その声は何?」
笑うな。必死なんだよこっちは。
「そ、そりゃ条件はいいし、話しやすいとは……」
「条件の話じゃねえし」
「そうだけど大切でしょ。この世界は男社会で当主の命令が絶対なんだから。カミルは私の意見も尊重してくれるし、一緒に仕事も出来る。対等の立場に立ってくれるって貴重だわ」
よし、落ち着いてきたぞ。
「対等?」
「うん。夫婦として一緒に人生を歩むのに、私はどちらかがどちらかのために生きるんじゃなくて、対等に生きていける関係がいいの」
「……妖精姫と対等か」
「カミル」
どうしたんだろう。腕を組んで真剣な顔で考え込んでしまった。
「確かに今のままじゃ、他国が今後も横槍を入れてくるだろうな。特にベジャイアとシュタルクはうるさそうだ。……よし。時間はかかりそうだが仕方ない。ディア、約束してくれないか?」
「なにを?」
「きみと対等になれるように俺は頑張るから、出来れば時間をくれると嬉しい。待っていてほしい。でもその間に誰か好きな奴が出来たら、付き合う前に俺に教えてくれ」
好きな人……たぶん、今目の前にいる人だと思うんだけど。
カミル以上に、いいと思える人って今後現れるのかな。
「それはいいけど、何を頑張るの?」
「今は言えない」
「その結果が出るまで、もう会わないとかそういう話?」
「え?」
「え?」
「なんでだよ。今でさえ、帝国の連中とハンデがあるのに、会えなくなるなんて冗談じゃないぞ」
ハンデ?
転送陣を使うか転移してくるかの違いだけしかないんじゃないかな?
え? じゃあ今のはどういう話?
「ディア、おでこ出てる」
「うぎゃー。そういうのは見ない振りをすればいいの!」
「なんで? おでこ可愛い」
こいつ、そういうことをさらっと真顔で言うな!
「なんか……」
「なによ」
「今までと反応が違うな。ようやく少しは意識してくれた?」
ば、ばれてる?
「と、ともかくよくわからないけど、好きな人が出来たら知らせればいいのね」
「おい、ちゃんと話を聞けよ」
そう言ってたじゃん。目つき悪いよ。
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