目立たないように目立つ
恋愛ジャンルっぽくなってきました!(当社比)
ルフタネン三日目。
今日から両親とパウエル公爵は東島に移動だ。
「ブラッド、やっぱりきみもディアについて行ってくれ。レックスも戦闘訓練は受けているし、なによりここにはイースディル公爵家の護衛が大勢いる。ディアの大事な側近と執事を、きっと守ってくれるだろう」
「もちろんですとも!」
お父様の話を聞いて、サロモンがずいっと前に出てきた。
ここは迎賓館のホールだ。
もう東島に移動する時間なので、私達家族だけではなく、北島の人達も大勢集まっている。
気を付けて行ってらっしゃいと送り出す挨拶も終え、あとは東島に転移するだけなのに、まだお父様はぐずぐずしている。パウエル公爵はもう移動したのよ。
一緒に移動するはずのうちの両親が向こうにいなくて、今頃何が起こったのかと心配しているはずだ。 それか、お父様の性格を把握していて呆れているかも。
サロモンはお父様達に同行して東島に移動して、ここにはキースとファースが残るんだって。
「ルフタネンの民は妖精姫への恩を忘れておりません。カミル様ともたいへん親しいディアドラ嬢のお供の方々には、ぜひともゆっくりとお過ごしいただきたい」
サロモンの言葉に頷く護衛の人達の真剣さがすごい。
なんでこんなにやる気に満ちているんだろう。
もしかしてカミルが私と結婚する気だって、ここにいる全員が知っているんでは?
レックスやネリーもいずれ身内になるかもしれないと聞けば、そりゃ頑張るよね。
「たのもしいな。よろしくたのむよ」
お父様は何度か頷いてから、ブラッドの肩を抱いてサロモンから離れ、私の背後で話し始めた。
「きみはディアがやらかさないように、くれぐれも注意してくれ。それとカミルに気を付けて……」
小さい声で話していても、私には聞こえているわよ。
カミルに気を付けろって、どういうこっちゃ。
妙なことをしたら、ちゃんと自分で張り倒すわよ。
「あなたは変なところで世間知らずなんだから、流されないでね。ちゃんと考えて行動するのよ」
お母様まで心配しているの?
私ってそんなに頼りない?
「無茶も駄目よ。なんでも自分でやろうとしないでね」
「はい。出来るだけおとなしくしています」
「何かあったんですか? なかなかおいでにならないので、あちらで待っている方々が心配していますよ?」
パウエル公爵を東島に転移させたカミルが戻ってきた。
そりゃ心配するよね。パウエル公爵が移動してから、もう五分くらいは経つんじゃない?
「……ディア、きみ、本当にその格好で町に行くのか?」
両親に移動するように話さなければいけないはずなのに、私を見たカミルがそのまま足早に近付いてきた。
「おかしい?」
思わず自分の姿を見下ろした。
今日はルフタネン町娘風のスタイルよ。精霊王のアイナがよく着ているアオザイに似ている服装ね。
ただズボンではなくて、薄い足首までのスカートの上にスリットのはいった膝下ぐらいまでのワンピースを重ねるの。このワンピースの色や刺繍でおしゃれを楽しむんだって。
私が着ているのは、瞳の色に合わせて淡い藤紫に濃い紫の刺繍がはいったワンピースと白いスカートだ。
刺繍は裾にはいっているだけだし、紫と言っても薄い色だし、馬車から外を見た時、もっと派手な色合いの服を着た女性も男性もたくさんいたわよ。
「目立つ。帽子があった方がいい」
「確かにそうだね。ディアは可愛いから目立ってしまうよ」
容姿に関係なく、人種が違うから目立つのはしかたないでしょ。
確かに金髪は目立つ。
「顔を隠すわけにはいきませんから、帽子を深くかぶるのはどうでしょう」
「仮面は駄目かい」
「そっちの方が目立つでしょう」
私は囮なんだから、目立たなくちゃいけないのよ。
あまり不自然に目立つと警戒されるだろうから、自然に、目立たないようにしている振りをしつつ目立たないといけない。
なのにお父様は最初、護衛を大勢つけようとしたのよ。
それじゃ襲えなくなっちゃうじゃないね。
「あなた、皆さんをお待たせするのは失礼です。移動しましょう」
「しかしね、きみに似てディアは美しいから目立ってしまう」
「目立たなくては、ただの観光旅行になってしまうわ。カミルも結婚式に出られるように、早めに決着をつけたいのでしょう?」
「やっぱり式の日は、私ひとりで」
「「「駄目!」」」
ええーー! お兄さんの結婚式だよ? たったひとりの家族だよ。
王太子はカミルに出席してほしいと思っているよ。
結婚式の前に身を清めるとか、精霊に祈りを捧げる儀式があるから、結婚式は明日なのよ。
私がルフタネンに滞在するのも明日までだよって、それとなく噂は流しているから、もう敵も北島にいると思うんだよなあ。
「今は駄目だ。第三王子は俺を憎んでいる。離れていた方が式の邪魔をされないで済む」
「カミル、あなたも無茶は駄目よ」
「え? あ、はい」
自分の心配をされるとは思っていなかったのかな。
お母様に話しかけられてどう反応すればいいのかわからないのか、カミルはあいまいに頷いて助けを求めるように私を見た。
「ディアには精霊王もついているわ。だから頑張りすぎては駄目よ。あなたに何かあったら、悲しむ人がいることを忘れないで」
カミルの戸惑いを気にせず、お母様は彼の襟の位置を正し、腕にそっと触れてから離れた。
彼も今日は平民のよく着ているあれよ。アロハシャツ。
とうとう着たかー。やっぱりそれかーーー。
でも、あまり派手ではないからまだましだ。白い袖なしのシャツの上に、青藤色の地に同系色の濃淡で花の絵が描かれている。
アロハにも地味な色合いのものもあるのね。
ただちょっと色が似ているせいで、私と並んでいると色を合わせたように見えるのが気になるのと、目つきが悪いせいで堅気に見えないのが難点だわ。
「……気を付けます」
「そうして。あなただってまだ十三歳なんだから。あなた、行きましょう」
まだ心配そうなお父様の腕を掴み、もう片方の手をひらひらと振って、お母様は魔導士に連れられて転移していった。
「母親っていう存在に慣れていないんだ」
頭を掻きながらぼそっと呟いたカミルの横顔は、困ったように眉尻が下がっていたけれど、口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
いやー、今日もいい天気だ。空が青い。
ふんわりと軟らかそうに見える雲が風に流されて、ゆっくりと海の向こうから流れてくる。
野原に敷いた布に足を投げ出して座って見下ろす町や海は、ベリサリオの城から見る港町や海の風景にどことなく似ている。
両親を見送った後、私達がまず向かったのは布地屋さんだった。
お友達へのお土産に、ルフタネンの女性達が愛用している奇麗な布地を買いたかったのよ。
でね、店に行ってから気付いた。
私は今まで、店で買い物をしたことがなかった。
欲しい物があった時は、商人が城まで持ってきてくれるの。
馴染みの商人達は私の好みを把握しているから、商品を選ぶのは簡単だし、選べなかったら両方とも買っちゃえばいいのよ。
服が欲しい時にはフェアリー商会のデザイナーが来る。
茶会に着る服が欲しい、皇宮に行く時に着るドレスが欲しいって言えば、デザインから考えて作ってくれちゃう。
それに、お母様にお願いした方が間違いないし、そもそも新しいドレスはほとんど作らないから、自分で布や宝石を選ぶことなんてほとんどない。
背が伸びて着られなくなったら、裾を伸ばしてもらえばいいじゃない。
一回や二回でタンスの肥やしにしたらもったいないもんね。
なので、何をどう選べばいいのか全くわからなかった。
ジェマに聞いてみたんだけど、彼女も着飾ることに興味がないタイプだった。
カミルやブラッド、キースも全く役に立たない。
お手上げよ。
それでお友達の髪の色と瞳の色、よく着ているドレスの色やどういう子なのかを簡単にまとめて箇条書きにして、店員さんにあとはよろしく!! と渡して来たの。
いつもの七人のお友達とミーアとブリたん。ネリーにだってあげたいじゃない?
候補をいくつかあらかじめ選んでもらって、その中から決めるのなら私にだって出来るわよ。
夕方までに決めてくれるっていうから、またあとで店に行くことにした。
他の子や商会の女性陣には、ルフタネン風のアクセサリーをあげる予定よ。
ちょうど隣に可愛いアクセサリーのお店があったから、五十個くらいまとめ買いしたら、今日は売るものがなくなったからって嬉しそうに店じまいしてたわ。
この世界に大量生産品なんてないもんね。全部手作りだから、在庫がそう多くはないんだね。
「あんな小さなお店なんですから空っぽになりますよ。目立たないようにって言ったじゃないですか」
「でもジェマも欲しいんでしょ?」
「……欲しいですけど」
貴族御用達の布地屋さんの隣にあるだけあって、安すぎず高すぎず普段使いにちょうどよかったのさ。
テーブルに並べて、好きなのを持ってけー! って自分で選んでもらえば楽だし。
あとは男性陣のお土産だね。何がいいかな。
「で、ここで昼食にするの?」
「嫌か?」
「外で食べるのは嫌いじゃないけど」
海の見下ろせる丘の上で草原に布を敷いて、バスケットからお弁当を取り出して並んで座って食べるって、デートか? デートなのか?
でもふたりっきりじゃないしな。
カミルが私にあまり近付くとブラッドが止めに来て、ジェマがそのくらいはいいじゃないかと文句を言うやり取りを、もう何度したことだろう。
「料理はフェアリーカフェの料理人に作ってもらったんですよ」
「仕事を増やしちゃ駄目でしょ」
「料理人が作りたいって言ったんですよ」
「妖精姫のためだからな。これ美味いぞ」
もう食ってるんかーーい!
この公爵、食い意地が張ってるぞ。
「商会を始めた時からの付き合いだもの。ジェラートを作るために、調理場にあった食材を全部凍らせて泣かれたのはいい思い出よ」
「ほどほどって言葉を知っているか?」
「あったりまえでしょ」
しょうがないじゃない。精霊獣達がどのくらい魔法を使えるか、まだよくわかっていなかったんだから。
「調理場全部を凍らせたりはしなかったわよ。食材だけよ」
「災害みたいなやつだな」
バスケットから出てきたのは、ルフタネン風に香辛料のきいた鳥の串焼きや、チーズのはいったパン。薄くカットしたアーモンドを衣にして揚げた魚にほうれん草のキッシュ。サラダとスープもついていた。
それが六人分だよ。大荷物だよ。
空間魔法は素晴らしい。
「本当は店で食べてもらえればよかったんだが、襲撃された時に他の客を巻き込んでしまう危険があるからな。外で食べるほうがいいと思った」
「襲撃って、馬車で移動して店の前に乗り付けて、また馬車で移動したでしょ。私がここにいるってわかっている人なんているの?」
「今、アクセサリー屋で目立ちまくっていたことを忘れたのか」
「……店の中にいたんだから目立ってないでしょ」
カミルから視線をそらしてバスケットに手を伸ばした。
風に揺れる黒髪や、整った横顔はやっぱりイケメン。
よく考えてみれば、お兄様のどちらもいない場所で、男の子のこんな近くにいるって初めてじゃない?
うちのお兄様達すごいな。しっかりガードされていたのね。
「ディアは、自分がそこにいるだけで目立ってしまうということを、いい加減に理解した方がいい」
他のみんなは呆れた顔で私を見ているのに、カミルはおもしろがっているのか笑っていて、鋭い目も少し和らいで見える。ただしお説教口調だ。
「わかった。わかったから、食事にしましょう。襲撃されて、せっかく作ってもらった料理がめちゃくちゃにされたら、怒りのあまりモアナの出番を奪ってしまうわよ」
「それはまずいな」
襲撃は怖くない。
でも、いつどんな状況で襲撃されるかわからない状況は疲れる。
いっそこちらから襲撃したくなるわ。
「やっぱり私ひとりで」
「たのむからおとなしくしていてくれ」
大丈夫よ。言ってみただけよ。
みんなして拝まないでよ。
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