みんな過保護
登場人物紹介をスマホ画面で見やすいように修正しました。
ちゃんと見えるでしょうか。
『普段は人間に姿を見せてさえいないだろう? おまえがいるから来ただけだ』
瑠璃はブランケットごと私の肩を抱いて、王太子に冷ややかな顔を向けた。
『こんな時間に女子の部屋に押しかけての暴言。失礼にもほどがある』
「暴言? いえ、私は……」
『このことをディアの家族に話したらどう思うか』
「それはまずいわ。結婚式に行かないで帰るって言い出すから。それと琥珀、テーブルの上に座っては駄目」
応接用の低いテーブルとはいえ、その上に靴を履いたままでしゃがんでいられては、前世が日本人の私には放っておけない。
『じゃあ詰めて』
瑠璃とは反対側に琥珀が座ったので、私は保護者に挟まれているお子様状態。
頭までブランケットを被って顔だけ出しているというのは、さすがにまずいかと思って、頭上の布はフードのように背後に下ろした。
「先程も言いましたが、私もカミルもディアドラ嬢が転生者だという話を、誰にも話す気はありません」
『問題はそこじゃないわよ』
いや、そこも大問題よ。
『心配するな。もしこの者達が、そのことを他者に少しでも話そうとしたら、ルフタネンという国は地上から消える』
「え?!」
『待って瑠璃。落ち着いて。私達が話させないから』
『しくしく』
なんだ、この空間。
「ねえ、なんでルフタネンの精霊王達より、瑠璃達の方が立場が強いの?」
『我らのほうが先に精霊になったため、ルフタネン建国を手伝ったからだ』
『ずっと何もしないで引き篭もっていた誰かさん達を、引きずり出したのも私達だしね』
「そうでした。それで、どうしてモアナは泣いてるの?」
『ディアに……嫌われた……』
あんたは子供か!
「王太子とカミルに思い入れが強いのはわかるけど、関与しすぎなのは駄目なんでしょう? 他の精霊王達も同じようにし始めたら、人間は精霊王に従属するようになってしまうんじゃないの?」
『それにこの子達が死んだらどうするのよ。今度はあなたが引き篭もるつもり?』
『わかってる……けど……』
琥珀にも注意されて、モアナは手にしていたハンカチを握りしめて俯いた。
他の精霊王がいない長い孤独な期間、この兄弟と一緒にいる時だけが楽しかったんだろう。
でも、だからこそ気を付けないと、人間の一生は短いよ?
『その話はあとにしましょう。それより問題はこの男でしょう。ディアに対して失礼なことを言ったのよ。前世でのディアの年齢なんて関係ないでしょ。彼女は一度死んで生まれ変わったの』
「でも記憶はあるんです。帝国にいくらでも男はいるのに、カミルを選ぶ理由が知りたい」
琥珀に睨みつけられても、引かない王太子はさすがというかなんというか。
「カミルは女性と接する機会が少なかったから、女性のことをよくわかっていないんです。帝国の女性は早熟だ。ディアドラ嬢もルフタネンの同年齢の女の子より、ずっと大人びている。そのうえ前世の記憶があるとなったら、カミルでは太刀打ち出来ません」
黄色人種は若く見えるのは、この世界でも同じだもんね。
確かに私はもう、日本人でいうと中学生くらいには見えるだろう。
プラス金色の髪で紫の瞳で、睫が長くて手足も長い。出るべきところはまだ成長途中だけど、ルフタネンの女の子に比べて色っぽいかもしれない。
喋らなければ。
動かなければ。
「だから、ディアは恋愛関係には鈍いって言ってるじゃないか。自分が恋愛対象になると思っていないんじゃないかってくらい考えてないんだよ。男を異性と思っているかどうかも怪しい。俺のことだって、今はまだ、おもしろい食べ物を持ってきてくれるやつくらいにしか思っていないんだ」
うぐっ。……く、くそ、カミルのくせに、鈍い鈍いと失礼な。
だが、まだだ。まだ私はやられはしないぞ。
「……カミルとの話に乗り気ではないと? カミルが不満なんて……ああ、前世で老齢だったから枯れて……」
「琥珀、王太子をぐーで殴ってもいいかな」
『いいわよ』
『許す』
「待ってください。本気でディアに殴られたら、兄が死にます」
おまえこそ待て。
ここにも私がゴリラだと思っている奴がいたぞ。
だいたい、私が騙したとか太刀打ち出来ないとか言っておいて、こっちに興味がないというのも不満って、いったいどうしたいのよ。
ブラコンか。ここにもブラコンがいたのか。
クリスお兄様とこの王太子が会話したらどうなるんだ。
『ラデク、あんたどうしてそう仕事以外のところでは、ポンポン失言するのよ。謝りなさい』
『本当にもう、うちの子がすみません』
アイナが王太子を叱りつけて、モアナはまだ目元が濡れたままで平謝りしている。
この王太子、タチアナ様にも同じようにずけずけと話しているのか?
あ、好きだっていう気持ちを、ずけずけ話すのはいいのか。見た目はガラスのような瞳のせいか、エキゾチックな美形なのに、中身はガンガン行くぜタイプか。
あれ? そう言えば彼って二十代半ばの美形で、総受けに見えるからむしろ攻め、みたいな顔をして、以前の私なら、近寄らないで! 観賞用に離れてて! って思うような相手なのに、なんだろ。ぜんぜんなんとも思わないや。
瑠璃とお父様のせいで美形を見慣れてしまった?
体の年齢に心が近付いて、二十代は対象外になった?
それとも本当に枯れてしまった?!
がーーーーん!
恋愛する前に枯れるとか、ありえない!
『前世のディアは病弱だったのよ』
ん?!
『だからこの世界ではその反動で健康に注意しているの』
「それで訓練場で走っているのか」
待って、琥珀。なにを言おうとしているの?
それと、なんでカミルが私が走っていることを知っているのさ。誰がばらした?
『結婚どころか恋人が出来る前に死んでしまった彼女は、恋愛経験がないんですもの。カミルを手玉に取るなんて出来ないわ』
ごふっ! 前世でも恋愛経験がなかったと、こんなところで宣言しなくてもいいじゃないか!
『若くして死んでしまい、親を悲しませてしまったことを後悔して、今度は幸せな結婚をして親孝行して、孫を見せてあげたいと、そう思っている少女におまえは何を言った?』
「そ……うだったんですか」
わ……若いよ、若い。瑠璃よりは間違いなく若い。
二十代で死んだんだもの。早死にしたんだもん。
でもこのうしろめたさ、申し訳なさ。いたたまれない。
「だから言っただろう? ディアは商会の仕事では大人に負けないけど、恋愛事は全く疎いんだって」
「そうだったな。ディアドラ嬢、大変失礼なことを言ってしまい、申し訳なかった」
いやあ、やめて! 頭を下げないで!
確かに中身はおばさんだから!!
も、もう、ダメージが大きすぎて、いっそ気絶してしまいたい。
「あの……本当に私が前世で老齢だったとしても、それを転生した今、あんな言い方をするのは失礼ですよ」
「そうなんですか。私なら大往生は誇れることなので気にしませんが」
『男と女は違うんだって』
とうとうアイナまで怒り出したぞ。
「ともかくですね……前世の年齢は」
『いいじゃない。あなたが恋愛経験が全くないまま死んだのは事実なんでしょ?』
琥珀、抉ってる。抉ってる。
「それは、そんな誇らしげに言うことじゃないからね」
「病気だったなら仕方ない」
「本当に申し訳なかった。家族を亡くす悲しみは私も身に染みている。あなたが、両親にその悲しみを背負わせてしまったことを悔やみながらも、新しい人生を生き抜く姿勢は称賛に値する」
今度は褒め殺しですか。
みんなで、悪気なく精神攻撃を仕掛けてくるよーー。
「それより! 私は大切なことに気付いたんです! カミルは、厳密には私の結婚相手の条件を満たしていません!」
そうだ。話題を変えよう。
もう私の前世の話は終わりよ。終わり!
「どういうことだよ」
テーブルに手をついてカミルが身を乗り出す。
瑠璃がさりげなく私を腕で庇い、ブランケットを摘まんで私の頭に被せた。
「王位継承権を持つ人は駄目なの」
「持っていない」
「でももし、王太子が今、何かの事故で亡くなったら? あるいは子供が出来なかったら? 次期王になれるのはあなただけでしょう?」
「ああ、それなら大丈夫だ。タチアナ様のお腹には、もう赤ん坊がいるらしい」
「はああ?! 出来ちゃった婚かよ!」
この男、こんな恋愛なんて興味ありませんみたいな顔をして、もう婚約者に手を出したの?!
「出来ちゃった婚?」
「ディアはたまによくわからないこと言うんだ。前世の言葉かな」
『でも今のは、なんとなく意味がわかったわ』
さすがです、琥珀様。
「私のことをいろいろと言っておいて、王太子殿下ってば、やらしーー」
うわ、一瞬で真っ赤になっている。
ふって、鼻で笑って終わりかと思ったのに。
「ディアドラ嬢、女の子がそんなことを言っては駄目だよ。カミルも! 笑わない」
「兄上がたじたじになっているのがおもしろくて」
『あなた達、楽しそうなのは結構だけど、もう時間が遅いのよ。それに、今一番大事なのは、第三王子と第四王子をやっつけることでしょう? それが終わらなければ、カミルの結婚どころじゃないわよ』
「ああ」
「そうだ」
琥珀先生に注意されて、王太子もカミルも、モアナとアイナも、真面目な顔になって頷いた。
「私にまっかせなさい。ふん捕まえてあげるから」
腰に手を当てて胸を張ったけど、ブランケットにくるまれているから見えないな。
「なるほど。本当はこういう子なんだね」
「おもしろいだろ? 他の女の子とは違うんだ」
「そうだね。カミルと仲良くやっていけそうな子だね」
そこのふたり、勝手にほのぼのしない!
私はカミルと結婚するなんて決めてないんだからね!
話がこれで終わりなら、いい加減に私を寝かせてちょうだい。
いつまでも居座りそうな王子兄弟と精霊王を追い返し、日付が変わる前にしっかりとベッドにダイブする。ブランケットは本来の役割に戻り、私はすぐに爆睡した。
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