きな臭くなってまいりました
第三者視点から見たら、復興の大事な時期だというのに何をやってるんじゃって思うだろう。
でもベリサリオに生まれたディアドラとしては、彼の気持ちがわかってしまう。
もしベリサリオで何かあって、辺境伯家には任せられないからって中央から貴族が来たら、暴動が起こるわよ。
ルフタネンは単一民族国家だけど、元は島ごとに違う国だったのだから同じようなものだ。
今回、西島の者達が暴動を起こさなかったのは、ニコデムスの連中のやらかしたことがひどかったのと、半分の貴族が精霊王に砂にされてしまったせい。そして、リントネン侯爵とガイゼル伯爵が協力して対処したおかげだ。
「当初は他の貴族達にも、特に年配者には不満も多かったようです。しかし、たびたび精霊王マカニ様が姿を現してくださり、一度は砂漠化しそうだった土地も戦いで荒れた土地も順調に蘇り、以前より質のいい作物が実るのを目にして、島民達の感情に変化が見られるようになりました」
ぶっちゃけ、家族が幸せに暮らせるのなら、島の代表が誰だろうと平民は気にしない。
ニコデムスと結びついた貴族達はプライドが高く、権力志向の強い者達だったから、平民を自分達と同じ人間だとは思っていないような態度だったのも大きいようだ。
「では、第三王子の裁判が行われないのも、島民感情のためですか?」
パウエル公爵が尋ねると、説明係のエリオットが苦笑いを浮かべた。
「そうです。彼は島民には非常に人気があるんです。王になると思い込んでいましたから、島民から好かれるのは必要なことだと思っていたんでしょうね。見た目もいいですし。今でも島民の中には、悪いのは正妃のほうで、王子は母親と祖父母に無理矢理命令されていたんだと信じている者もいるんです」
「裁判にかけ、処刑した場合、せっかく軌道に乗り始めた復興がとん挫する危険があったんだ」
つまり第三王子は詐欺師の才能があったんだな。
西島がどうなろうと、自分は王になって王宮に住むのだからかまわないと思って、ニコデムス教と手を組んだんだもんね、たしか。
「まさかとは思いますが……第三王子と妖精姫を近づけても大丈夫でしょうか?」
「え?」
思わず自分を指さして、エリオットの顔をまじまじと見てしまった。
「なかなかに魅力的なんですよ、第三王子は」
「うちのお兄様達よりですか?」
「え? あ、いや……どうでしょう」
そこで悩むくらいには魅力的なのか。ほーーー。
「そんなことはない。クリスのほうがずっと顔がいい」
カミルがむすっとした顔で言った。
食事が始まった当初は普段通りだったのに、話が進むにつれて機嫌が悪くなっていないか?
目つき悪いぞ。
「大丈夫ですわ。ディアに関しては、悲しいくらい心配ありません」
お母様、今ちょっと、何か言い方に引っかかるものが……。
「第三王子は国王になりたいのでしょう? ディアは王位継承権を持つ方は対象外ですのよ」
「それは聞き及んでおりますが、本当にそうなのですか?」
「はい。私は精霊のたくさんいる自然の中にいるのが好きなんです。皇妃や王妃になったら、自由に森に行くことも出来ませんでしょう? 瑠璃のいる泉に行けなくなっては困りますし」
食べかけの料理の乗ったお皿をそっとテーブルに置いて、口元を手で隠して微笑む。
帝国令嬢代表として、変なことはしては駄目だぞ、自分。
だからあまり私に注目しないでほしい。ゆっくりご飯を食べさせて。
「ほう……では心配ないですね」
「ボスマン伯爵は、仲間であったはずの西島の貴族を殺害したとおっしゃっていましたね」
「はい」
ちらっと私を見た後、パウエル公爵は何もなかったかのように話を続けた。
おとなしくしているから気になったかな。
「リントネン侯爵と親しくしたというだけの理由で?」
「……といいますと?」
「つまりそれだけ危険で短絡的な方なのでしょうか?」
「西島に対する郷土愛の強い方なのですよ。ベリサリオの方にはわかっていただけるのではないでしょうか?」
「郷土愛が強ければ、そもそもベジャイアやニコデムス教を上陸させませんよ」
お父様、あっさりとぶった切ったな。
てことは、それ以外にも何かあるだろうってことか。
あれ? 今の音はなんだろう。 鈴?
ルフタネンには風鈴があるの?
「ああ、モアナが話をしたがっているようです」
猫?
あの精霊王は首に鈴でもつけているのか?
「妖精姫がいらしているので話したいのでしょう」
「大事な話をしているのに?」
どうやら私が素直に頷かなかったのが意外だったらしい。
王太子も、周囲のルフタネンの貴族達も目を丸くしている。
「ええ。今回のことには精霊王も関与していますから」
「人間の生活に精霊王が関与してはいけませんよね。精霊王から依頼されていることはきちんとしますけど、今は帝国とルフタネンの食事会です。この場にまで顔を出すのは、干渉しすぎではないかしら?」
リンリンと鳴っていた鈴がピタッと止まった。
「では続きをお話しましょう? ボスマン伯爵はリントネン侯爵と親しくする者は裏切り者だとでも思ったのかしら? 第三王子を脱獄させたのは、彼を西島の指導者にするため? 無理ですよね。彼は王になりたいんですから」
さっきまで私のことを、大人しくて可愛いだけの子供だとでも思っていたの?
突然唖然とした顔や、薄気味悪い物でも見てしまったような怯えた顔をするのはやめてほしいわ。
噂は聞いていたでしょう?
変なことはしないけど、必要なことは言うわよ。
帝国の女は強いのよ。
「あ……はい。そうですね。第三王子を国王にして、彼にリントネン侯爵に西島から出ていくように命じさせようとしているようです」
「エリオット様は、ボスマン伯爵側の情報にお詳しいですね」
もう一度にっこりと笑顔で首を傾げてみせた。
「内通者がいるんだよ」
答えたのは王太子だ。
そういうの、さっさと言おうよ。
ルフタネンてさ、後出しが多くない?
国と国の折衝なんだから、馬鹿正直に全部話すわけはないんだろうけどさ、私が手伝わなかったら終わる状況でしょ。
「当初はボスマン伯爵と同世代の者達全員が、余所者を追い出そうとしていたんだよ。彼らは正妃とその一族のやり方に反対して、ベジャイヤやニコデムスと戦った貴族達だ。その功績を無視して余所者が指導者になるのが許せなかったんだ。精霊王に対しても、西島の精霊王なのに西島の貴族を信用出来ないとはどういうことだと反発していたらしい。でも、彼らの息子の代の人達は違った。そんなプライドより、島民を食べさせることの方が大事だ。復興が先決だと意見が食い違って、余計に意固地になったんだろうな」
王太子の言葉に、相槌を打つように頷くリントネン侯爵の顔には、深い皴が刻まれている。
大変だったんだろうな。
「でも、目に見えて復興が進みましたし、カミル様が新しい作物を紹介してくださったおかげで、少しずつ考えを変える人が増えたんです。そういう者達が強硬派のボスマン伯爵が何かしでかすのではないかと心配して、情報をくれるようになったんです」
あれか。ボスマン伯爵にしてみれば、最初は西島の同年代の人達はみんな仲間で、一緒に余所者を追い出そう! おーー! とかやっていたのに、気付いたら寝返っていて自分ひとりだったってことか。
どんどん復興が進んで、島民達も新しい生活を喜んで、でも彼は時代の変化に乗れなかった。
「ベリサリオでリーゾを大量に買ってくださるそうで」
「はい! イースディル公爵様が持ってきてくださったお料理が、とても美味しかったんです。ね、お母様」
「そうね。ぜひフェアリー商会の料理に使いたいわね」
「ありがとうございます。私達も少しですが、チョコを食べさせていただきました。素晴らしいですね」
先程までの疲れた雰囲気が消えて、リントネン侯爵の表情が一瞬で明るくなった。
成人祝いにカミルが帝国に来た時に、王太子へのお土産として多めにチョコを渡したから、西島の主だった貴族にも配ったのか。
「カカオが新しい食べ物になり、輸出量が飛躍的に伸びたのを西島の者も知っています。今度は自分達も南島のように豊かになれるように頑張ろうと士気が上がっているのですよ。クカを特産品にする動きも始まっています」
カミル、暗躍。
王太子のために働いてるなあ。
ともかくこれで状況をやっと理解出来たわ。
精霊王が絡んでいるせいもあって、ウィキくんで調べていると、どんどんリンクが増えて違うページに飛んじゃって、元のページが迷子になるんだもん。
簡単に言うと、もう西島の人達にとって、第三王子もボスマン伯爵も邪魔なのね。
彼らが何かしでかしたら、大多数の西島の人達は困るんだ。
だけど王族や貴族を排除するには、それなりの理由がいる。
第三王子大好き島民も納得する理由が。
そこで妖精姫のお出ましよ。
精霊王を後ろ盾に持つ妖精姫に手を出したら、精霊王が敵に回るかもしれない。
だから処刑された。
しょうがないよね? って。
しかも、モアナが第二王子の仇を取りたいと言っている。
精霊王が依頼したのだから、帝国への借りにはならない。
やるな、王太子。
それともエリオット?
でも、どちらにしても私は瑠璃と琥珀の依頼を受けただけ。
それで、モアナに貸しひとつとルフタネンに貸しひとつ。
悪い話じゃないんだけど、どうやって返してもらおう。
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