ルフタネン到着
とうとう明日から三月です。
活動報告書に、第一巻に掲載されるSSについて書かせていただきました。
興味がおありでしたらチェックしてみてください。
「違う。そっちじゃない。向こうだよ」
私が向かおうとした建物は、なんの関係もなかったよ。
パウエル公爵まで違う方向に連れて行っちゃうところだった。
カミルと警護の人達に止められて慌てて方向転換して、両親の後ろを進み、広場の出口に停められていた精霊車に乗り込んだ。
その周りも人がいっぱい。警備の人が等間隔に並んで前に出ないように押さえているの。
私、VIP待遇よ。当たり前だけど。
「精霊王が姿を現したのは妖精姫のおかげだと、ルフタネンの民はみんな知っているんだ。ニコデムス教を追い出せたのだって、そのおかげだからね。帝国と妖精姫は大歓迎なんだよ」
「それに北島は貿易に携わっている人間が多いので、帝国の人は身近に感じているんです」
空間魔法で中がだだっ広くなっている精霊車には、サロモンとエリオットが待っていた。
出入り口の向かいの窓際に向かい合ったソファーが置かれていて、うちの家族はそこに座ってくれと頼まれた。
窓から外ににこやかに手を振る簡単なお仕事です。
パウエル公爵はルフタネンのメンバーと、奥の応接セットのソファーですっかりリラックスしてティータイム。
たった十分なんだから、そこ、お菓子まで食べない!
でも会話の内容は、これからのスケジュールや同盟強化のための真面目な話だ。
今回、私達が滞在している間に、事務次官レベルの話し合いの場がいくつも予定されていて、パウエル公爵はそちらの責任者だから大忙しなのよ。
うちの両親は帝国の代表として社交の場に顔を出して、結婚をお祝いしつつ、ルフタネンの貴族達に帝国のいいイメージを持ってもらうのが仕事だ。
たった十分。されど十分。
転移魔法なら直接迎賓館に飛べるけど、こうして外国からお客様が来てくれているって国民に見せるのも、お祝いムードを盛り上げるのには重要だ。
来年の戴冠式には皇太子が来訪して、今回は妖精姫が結婚を祝う。
帝国はルフタネンとの関係を重要視しているって、ルフタネンにも他の国々にも示す狙いもある。
それにしても不思議な気分だ。
初めて来た外国で、初めて私を見る黒髪の人達が、こんなに私を歓迎してくれている。
こういう立場になると、浮かれたり勘違いしたりする人がいるみたいだけど、私はやっぱり申し訳ない気分になってしまう。
ごめんね。あなた達の持つ妖精姫のイメージと私は別人だよ。
私がルフタネンのためにしたことって、カカオの大量買いくらいよ。それもチョコのためだ。
ここまでほぼ成り行き任せで、精霊王や大人達が動いてくれているのを、私はただ眺めていただけ。こんな歓迎されることは何もしていない。
あ、でも、フェアリー商会の新店は出すんだった。
美味しい料理やお菓子は、人を幸せにしてくれるはず!
ルフタネンでしか食べられない料理も出すから、旅行客を呼び込むのに少しは役に立つかもしれない。
それがこの島にプラスになるなら、この歓声は先行投資として受け取っておこう。
それに囮になるという仕事もあるしね。
やがて精霊車は立派な門をくぐり目的地に到着した。
門から建物まで、まっすぐに白い道が伸びていて、両側にシンメトリーに四角い池が作られている。緑の芝生と白い池や道のコントラストがとても綺麗だ。
迎賓館はオレンジ色の屋根に白い壁の建物で、テラスやバルコニー部分には濃い茶色の木材が使われている。やっぱりタイっぽいよ。
入口で大勢の人が出迎えてくれていて、前に並んでいる事務官や外交官達は黒い民族衣装を着ていて、その背後に並ぶ従業員達は揃いのアロハシャツ姿だ。
なんというか……観光旅行に来てリゾートホテルに来たイメージだな。
アロハシャツが場違いすぎる。
こちらの女性の正装は、帝国のような飾りの多いドレスではない。
淡い色や銀糸で刺繍をした、白を基調としたシンプルなドレスだ。
その代わりにこちらの女性がこだわるのが、ドレスの上に羽織る布のほうだ。
はっきりした華やかな色と、金糸銀糸で彩られる模様。今は精霊王の属性をアレンジした模様が人気なんだって。
その布をウエストでベルトで留めてドレスのように着こなしたり、肩にかけて長く後ろに垂らしたり、頭にかけている人もいる。
布はファッションのためだけにあるんじゃない。
テラスで床にクッションを置いて座ると、椅子に座る時と違って足元やドレスの裾が気になるじゃない? それを、その布を広げて隠す座り方をするから、その時に柄が奇麗に見えるように工夫されているの。
私詳しいでしょ。
ウィキくん、大活躍よ。
旅行のガイドブックにもなるんだぜ。
私達はすぐに昼食会に顔を出して、その間にレックスやネリーに部屋の準備をしてもらうことになる。ブラッドも部屋の手伝いだ。
平民のレックスやブラッドは、どうしても行動に制限がついてしまう。
クリスお兄様の執事に伯爵のカヴィルがつくはずだ。セバスはきっと、いろんな苦労をしたんだろう。だから息子には男爵になるように言ったんだろうな。
精霊車にいたメンバーがそのまま移動しただけで、顔見知りの人達ばかりの昼食会が終わったら、夕食の時間までは自由行動よ。
とはいっても、これっぽちも自由じゃないけどね。
部屋に戻ると、ネリーがそれはにこやかな笑顔で待っていた。
男性陣は控えの間に追い出して、お色直しのスタートだ。
着ていた衣服は全部脱ぎ、髪をほどき、化粧も落として湯浴みまでするのよ。
いるのかこれ。服を着替えるだけでいいじゃん。
まだ十一のぴちぴちの肌なんだから、一日に何度も磨く方が肌荒れしない?
夕食用に用意したのは、形はルフタネン風にシンプルで、でも白ではなくて水の流れる様子をイメージして刺繍のされたシーグリーンのドレスだ。スカートにひだがたくさんついているから、床に座ることになってもふんわりと広がって足を隠してくれるわよ。胡坐をかいてもばれないぜ。
代わりに上に羽織る布は淡いラベンダー色しか使っていない。でも花の透かし模様が入っているので、川面を花が流れていくようにも、川辺に花が咲いているようにも見えるの。
布の使い方はよくわからないから、天の羽衣みたいに腕にかけておくことにした。
髪型は、よくわからん。
ネリーが張り切って編み込んでいたけど、その間にジェマが夕食会に参加する人に関しての説明をしてくれていたから、そっちに意識が行ってしまって気にしていられなかったわ。
夕食会の会場は部屋と広いバルコニーが一体となった広間で行われた。
濃い木目の美しい床と細かい彫刻の施された柱は、帝国では見られない様式で、異国に来たんだと実感させてくれる。
置かれている家具はすべて籐家具で、バルコニーには円形のテーブルがいくつか置かれ、周りにクッションが並べられている。
全部オープンなスペースなのかと思ってたんだけど、正面の中庭を見下ろせる部分以外は薄いカーテンで遮られていた。天井側にドレープ状にカーテンがあるやつ、えーっと、スワッグバランスってやつだってウィキくんが教えてくれた。
細い柱や背凭れになる壁もあるから、外とは違う空間だという感じがして落ち着くわ。
帝国側のメンバーが広間に到着する時には、王太子を含むルフタネン側の人達はもう全員勢揃いしていた。
ルフタネン側はエリオットとサロモン、キースのお父様のハルレ伯爵やサロモンの実家のマンテスター侯爵を始めとした北島の主な貴族達と、西島に領地が移動になったカミルの母方の親戚のリントネン侯爵が出席している。
平均年齢が高いぜ。
ラデク王太子はあと二か月で二十五歳。肩まで黒髪を伸ばした細身の男性だった。
うちの皇太子は実はけっこう気さくな人だけど、近寄りがたさというか、オーラがあるというか、さすが皇族、尊大な態度がよく似合うぜってタイプで、一国のトップってこんな感じかなと思っていたのに、この王太子は優しい雰囲気で艶のある人だった。
「きみが妖精姫か。カミルがお世話になっているんだってね。いつもありがとう」
弟の友達に会った保護者みたいなことを言いつつ、眩しい笑顔なんだけど、目が怖い。普通の人の瞳とは虹彩の模様が違うんじゃないかしら。
ガラス玉のようにも見えるくらい薄い琥珀色の瞳は、ルフタネン人としては珍しい色よね。カミルの瞳ともだいぶ違う。彼は濃い茶色だから。
帝国の皇族も黄金の瞳をしているけど、彼らより赤みが強くて、光を反射する感じ。
確か賢王もこういう瞳をしていたのよね。
そしてなにより魔力が強い。精霊獣はカミルのより一回り大きい竜だ。
第三、第四王子に命を狙われながらも、保身に走り何もしなかった前王を王宮から追い出し、いつの間にか病死という扱いにした男だもん。見た目に騙されちゃいけない。王に必要な冷酷さも持ち合わせている。実の母親の第二王妃の病死も、正妃に毒殺されたのか、王太子がこれ以上の争いを恐れて片を付けたのか、どちらか不明なのだという。
でも弟を大事にしているのは間違いない。
第二王子が亡くなり、カミルが行方不明になっていた間は、人形のように無表情になって、まともに食事もとらないで仕事だけしていたらしい。
彼にとっての家族は、弟だけだったのかも。
「こちらが私の婚約者のタチアナです」
紹介された女性は、大きな黒い瞳が印象的な色っぽいお姉さんだった。
艶やかな黒髪と少し厚めの唇がエロい。いやマジで。
東洋系だからスタイルはほっそりしているんだけど、仕草やまなざしもエロイ。
嫌な感じがまったくしないのは上品なエロさなのと、王太子大好きオーラ全開だからだな。
うちのお父様もパウエル公爵も、年齢は上だけどかなりの色男なのよ?
でも、王太子以外の男はみんな、カボチャに見えていそうなほどに興味がなさそうなの。
で、食事をしていて気づいたんだけど、王太子ってそもそも自分のことにあまり興味がないみたいで、話に夢中になっていると全く食べないし飲まない。
だからタチアナ様が小皿に料理を取って、定期的に渡してあげているの。
「ラデク王太子って、仕事以外駄目な人?」
「……もうばれたか」
王太子とタチアナ様が並び、タチアナ様の横にうちの両親が並び、王太子の横にパウエル公爵、私、カミルの順で並んでいるから、思わずカミルに小声で聞いちゃったわよ。
あれだ。研究所とかにいる、興味のあることにはめちゃくちゃ優秀だけど、それ以外は駄目な人だ。食べるのも寝るのも忘れちゃう人だわ。
「そのドレス、似合ってる」
「……どうも」
突然そういうことを言わないでくれないかな。
どう返答すればいいかわからないじゃない。
今はもう仕事モードだったのに。
今回、女性は私とお母様とタチアナ様しかいないでしょ。
普段はルフタネンでも、こういう席には配偶者同伴するものなのよ。
つまり、女性陣には聞かせられないか、ごく少数の人間にしか聞かせられない話があるってことだ。
「私の結婚式にご招待させてもらったというのに、危険なことに巻き込み、大変申し訳ない」
「我々は結婚式に参列するだけですし、妖精姫は精霊王の依頼に応じただけ、ですよね?」
パウエル公爵がこちらを見たので、笑顔で頷く。
「ですから、詫びの言葉は必要ないと思いますよ」
「ありがとう。では、現状を改めて説明させてもらいたい。エリオット」
「はい。では私が説明させていただきます。第三王子を脱獄させた犯人がわかりました。先代のボスマン伯爵です」
「先代?」
「すでに引退して子息に家督は譲っています。勇猛果敢な武人で、ニコデムス教との戦いでは活躍した方です」
エリオットの説明に、帝国側は顔を見合わせた。
「そうなんですか。てっきりガイゼル伯爵かと……」
ガイゼル伯爵は第三王子の実家の末っ子で、正妃の弟だ。
ガイゼル家に婿養子に入り、実家とは縁を切っていたそうで、第三王子の関係者としては唯一存命の人だ。
「彼はとても優秀な人で、今更、第三王子を脱獄させても何の意味もないとわかっています。精霊王は西島の貴族を信用していなかったので代表には出来なかった。だから北島からリントネン侯爵に出向いてもらったのですから」
罪を免除する代わりに西島に移動させたのは、そういう理由か。
「西島の人間にしてみれば、私達は他所者です」
カミルの伯父さんでもあるリントネン侯爵は、年齢よりもずっと老けて見える。
思えば彼も大変だ。
妹は暗殺され、嫡男はカミルを利用しようとして罪に問われ、その罪の免除の代わりに住み慣れた土地を追われて西島に行き、また面倒事に巻き込まれている。
「当初は私の存在を疎ましく思う西島の貴族はかなりいたんです。でもガイゼル伯爵が彼らと私達の橋渡しをしてくれたんですよ。ただ強硬派のボスマンは、仲間の貴族達が私と親しくなるのも許せず、同胞をふたり殺害し、第三王子を脱獄させたのです」
「その折にもふたり殺害している」
王太子の言葉にその場が静まり返った。
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