三月になりました
今回は公開演習が本来の目的なので、精霊獣教室は十分くらいしか行われなかった。
それでも自分達に教えてくれているんだということがわかると、精霊達は大興奮。今回は人間側も練習の必要な浮いて移動する方法を教えたので、早速それぞれの主の元に戻り実践を始めた。
普段から体を鍛えている騎士達は体幹がしっかりしているからか、ちょっと練習をするだけでもコツを覚える人がちらほらと見受けられた。それ以外の人も、そつなくクリスお兄様がベリサリオからセグウェイもどきを五台ほど持ってこさせたので、浮いて移動する体験は出来そうだ。
人間は地面を移動する生物だから、足の下に何もないというのは精神的にも体のバランス的にもむずかしいし、恐怖もある。でも板が一枚あるだけ全然違うんだよね。
「これはいい。荷台付きも欲しいな」
「欲しいです!」
皇族兄弟まで欲しがり出したぞ。
エルドレッド皇子なんて、目を輝かせてぴしっと手をあげている。
「ベリサリオは今、生産が追い付かない状況なんですよ。中央にも作れる工房はあるでしょう。あの五台は置いていきますから、参考にして作ってください」
「いいのか? せっかくの商売の機会だぞ」
「これ以上ベリサリオだけ儲けるのはまずいでしょう。それにこれは軍事機密になるんじゃないですか? 近衛の運用のために、いろいろと工夫して見栄えのいい物を揃えた方がいいですよ」
「確かに」
「ベリサリオ軍より格好いい物を揃えましょう」
そこで対抗意識を燃やすんかい。
これから帝国軍は遠征の時、徒歩で移動する部隊はなくなって、精霊車とセグウェイで移動するようになるのかな。
川があろうと、道が悪かろうと問題ないしね。
歩くより早いし、馬がいない分、エサなどの荷物が減る。
それに、魔力を貯めておくカートリッジの需要が高まる。
あらいやだ。結局ベリサリオは儲かってしまいますわ。
その後、三十分遅れで普段通りの演練が行われた。
アランお兄様が生意気なガキだと嫌われずに、近衛騎士団の方々に受け入れられて一安心よ。
むしろ気に入られすぎて、定期的にアランお兄様に近衛の訓練に参加してほしいと要請が来てしまった。
週に二回、皇宮で演練に参加ですって。
今のうちから取り込んでおいて、成人したら騎士団の一員にしてしまおうという魂胆が見え見えですよ。
最初からアランお兄様も、近衛での立場をよくするためにデモンストレーションしたんだから、期待した結果が出たってことなんだけど、まさかすぐに訓練に参加することになるとは思っていなかったようだ。
後期の学園は、前期よりも受けなくていい講義が多かったから、クリスお兄様もアランお兄様も、皇宮と寮の往復で忙しそうだったわよ。
その間、私のほうは魔道具の講師のカルダー先生と、カートリッジ型魔力貯蓄機開発にいそしんでいた。
彼は優秀な研究者だったけど、自由に好きな研究をしてもいいよと言われると、何をするか迷ってしまうタイプだったみたいで、学園の講師になったおかげで時間にもお金にも余裕があったのに、研究する気力が低下していたそうだ。
私のほうは前世の記憶とウィキくんのおかげで、完成させたい形はあるんだけどそこに辿り着く方法がわからない。
カルダー先生をフェアリー商会に引き抜けたのはラッキーだわ。
こういうものを作りたいと目標が設定された途端、先生はあらゆる手法を使い、それは嬉しそうに実験を開始した。
目的に向かうためのアイデアならいくらでも出てくるみたいなのに、完成形の製品のアイデアが湧かないというのが不思議だ。
後期の学園が終了次第、ベリサリオに引っ越してくることになったので、フェアリー商会近くに実験室と必要な人員、道具を用意中よ。
授業にあまり出ないということは教室にあまり顔を出さないということで、相変わらずクラスメイトの顔と名前が一致しない。
でもいいの。後期になったら御機嫌を取って気に入られようって子が増えて、クラスにいるのが苦痛だったから。
舞踏会や年末年始の社交の場で、みんな自分の家が帝国貴族の中でどのあたりのランクにいるか、嫌でも自覚させられたんだと思う。
もう、私に突っかかってくる男子も、ライバル視して睨んでくる女子もいないの。みんな、嫌われたらやばいから、怯えた目をして礼儀正しく接してきている。
それに、伯爵家以上の子のほとんどが家庭教師に勉強を習っているから、授業に出ない子は多いのよ。学園の存在意義って勉学より、社交界の予行練習の意味合いのほうが大きいと思うわ。後期の教室は、半分くらいしか生徒が出席していないんじゃないだろうか。
中には授業を受けるのが好きな子もいるし、生涯の友と学園で出会うことも多い。
寮生活だけでも新鮮だし、冬の間だけの貴重な体験の出来る機会であることは間違いないな。
学園ではカーラともお話したよ。
夫人が謝罪すると言ってくれれば、ノーランド辺境伯家がすぐにベリサリオとの橋渡しをしてくれるはずなのに、夫人は兄である新しい辺境伯までが自分よりベリサリオの肩を持つのが許せず、すっかり意固地になってしまって、領地に引っ込んでしまったそうだ。
だからカーラは皇都のタウンハウスで生活することにしたんだって。
皇都に引っ越す子が多いな。
お友達のほとんどが引っ越し組だよ。
でも私は、ベリサリオに残るぞ。
瑠璃がいるのもベリサリオだし、フェアリー商会の仕事もしたいからね。
学園が終了して三月になり宣言通りにカミルが顔を出した時、ベリサリオの城には私とお母様しかいなかった。
お父様とクリスお兄様は仕事の引継ぎで、アランお兄様は近衛の演練参加のために皇都に出かけているからだ。
「クリスとアランがふたり揃っていない?!」
「そんな驚くこと?」
今はもうイースディル商会とフェアリー商会はお得意様同士だし、カミルは商会長であり公爵として商談に来ているので、カカオを持ってきた時のような厳しい警備はない。
むしろ、ソファーに座ったカミルとキースの背後に、警護のごついおっさんが立っている。
私のほうは背後にレックスとブラッドが立っているだけよ。
「そりゃあ驚くだろう。じゃあ今日は、ディアひとりだけなのか?」
「まさか。お母様がもうすぐ来るわ」
「……なんだ」
警護のふたりはお母様が来ると聞いて、すぐに髪や服の乱れを整え始めた。
人妻でも美人だもんね。意識するよね。
カミルとキースは年齢的に親子みたいなものだから、全く普段通りだな。
「あの後、学園の後期があったんだよな。どうだった?」
「どうって?」
「舞踏会で顔見せしただろ。他国の精霊王まで顔を見に来る妖精姫なんだぞ。近づいてくる男がいただろう」
「うーーーん」
天井を見上げながら首を傾げる。
前から友達だった男の子とは、一緒にお昼を食べたり茶会で会ったりしたけど、他の子ねえ。
教本制作と魔道具制作に夢中だったしなあ。
「ディアが鈍いのか、帝国の男達がアホなのか」
「本人がよくわかっていなくても、親が口説いて来いと言うでしょうにね」
おい、聞こえてるぞ。
「じゃあ、ベジャイアやシュタルクの反応は?」
「特に何も?」
「まじか」
「いくらなんでも、この短期間で何かしては来ないでしょう」
年末年始にずっと城に滞在していて何回も顔を合わせていたせいで、ふたりともすっかりさばけた接し方をしてくるけど、いちおう仕事の打ち合わせじゃないんですかね。
いいけどさ。話しやすくて。
「まだ内乱の後始末が片付いていないのか?」
「牽制しあって動けなくなっているとか」
「東の同盟諸国も動き出しそうなのに……」
とうとう私を無視してふたりで話し始めたぞ。
なら私のほうは、そういう対象としてきちんと考えるって決めたんだから、ゆっくりと観察させてもらいましょう。
初対面で可愛い女の子だって思ったくらいだから整った顔はしているんだけど、今のカミルを見て女の子と間違えるなんてありえない。
目つきが鋭くなってしまったし、背も伸びた。
健康的に日に焼けていて、室内で見ると瞳は真っ黒に見える。外だと濃い茶色なんだよね。
きっと大人になるにつれて、もっと格好よくなっていくんだろう。
でも私は知っているぞ。
恋愛なんていずれは冷める。
結婚したら、旦那は家族だ。年を取れば外見は衰える。
うちの両親みたいに、いつまでもいちゃいちゃしている夫婦なんてそうはいないでしょ。あれを基準にしちゃ駄目よ、
見た目なんかより、一緒にいて楽しい人、話しやすい人がいい。
「ディア?」
「え?」
「どうかした?」
あ、考えに没頭しすぎたかな。
「もうお話は終わったの?」
「ああ、ごめん。こちらの話は終わったよ。それでディアはルフタネンについてどれくらい知っているのかな?」
「歴史や経済の話?」
「いや、そういう堅い話じゃなくて、五月にルフタネンに来るだろう。その時の参考にしたくてね。食べ物とか服装とか観光とかの話」
おお、そうよね。観光も少しはしたいし、おいしい物も食べたい!
「一通りは知っているわ。帝国の料理とは、香辛料が違うんでしょう?」
「そうだね。食べられない物や嫌いな物はある?」
「あんまり辛いのは苦手だわ」
ぶわって汗が出ちゃうのよ。鼻水だって出そうになるよ。
「へえ。意外だな、子供用にした方がいいのかな」
「辛いのが全くダメなんじゃないわよ。普段、私だけ甘くなんて作ってもらってないし」
そこ! ふたり揃ってにやにやするな!
言いたいことがあるなら言え!
「子供って言われることに抵抗あるんだ」
「な……べつに」
あるさ。
中身は三十過ぎなのに、十三……十四? カミルって誕生日いつよ。
ともかく、そんな年下の男の子に子供扱いされるってどうなのさ。
「そういうところは年相応なのか。まだ十歳だもんな」
「ルフタネンに行く時には十一です」
「そうかそうか」
「なに大人ぶっているのよ。たいして変わらないでしょう」
むっとして答えていたら、扉が開く音がした。
そこからのカミルとキースの変わり身の早さが見事よ。
私は扉に背を向けていたから見えないけど、お母様がやってきたんだろう。
ふたりはすっと立ち上がり、お母様が近付いて来るのを出迎えた。
「遅くなってごめんなさいね。カミルもキースも変わりない?」
「おひさしぶりです。ふたりとも元気でやっています」
「よかった。忙しいと聞いていたので気になっていたのよ。さあ、座ってお話しましょう。ずいぶんと楽しそうな声が聞こえていたじゃない?」
お母様が来たら部屋の空気が変わった気がする。
今日はドレス姿ではなくて、春らしいシフォンプリーツの足首まで隠れるロングスカートに、ウエストを絞った襟の大きな上着を着ている。お仕事用の動きやすい服装ね。
裾にいくほど濃い色になっていくアクアマリンのスカートには小さな花の刺繍が入っているし、上着だってあまりカチッとしたデザインではなくてエレガントだ。
私もね、同じようなスカートをはいてるんですよ。ウエスト丈の上着も着てるの。
十一歳って日本人で想像しないでよ。欧米人で考えてね。中学生と間違えるくらいの体型と雰囲気よ。少女のくせに色っぽかったりするじゃない。透明感があってさ。
おかしいな。銀色の髪に紫の瞳の、自分でいうのもなんだけど美少女よ。透明感じゃなくて存在感があるって言われるのはなんでだろう。
エレガントとか繊細なとか言われたいのに、隙がないとかキレがある動きをするねって言われるのは、運動しすぎ?
「ルフタネンに来た時にこちらの食事が合わないといけないと思いまして、苦手な食べ物を教えてもらっていたんです。夫人はどうですか?」
「せっかくルフタネンに行くんですもの。皆さんと同じ料理をいただきたいわ。味の違いに驚くのも旅行の楽しさよ」
なるほど。そう言えばいいのか。
馬鹿正直に答えてしまったよ。
「ディアは? なんて答えたの?」
「あまり辛いのは苦手だと答えました。そうしたら、カミルが私用に特別メニューを考えてくれるそうです」
ふふん、ハードルを上げてやったぜ。
お子様扱いしたお返しだ。
「まあ、そんな我儘を言っては駄目でしょう。カミル、気にしないでいいのよ」
「いえ、大丈夫です」
にっこりと奇麗な笑顔を向けられてしまった。
なにさ、その余裕の笑顔は。
あのうさん臭い笑顔はどうした。
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