近衛騎士団公開演習 後編
アルフレッド様はすぐにデリック様を引き連れて仕事に戻り、パオロが皇族への挨拶を終えて演練場に姿を現すと、近衛騎士団の騎士達が、それぞれの訓練を中断して集合し、さっと整列していっせいに右手を胸に当て踵を打ち鳴らして直立した。
紺色に白と黒のラインの入った軍服姿は、体格のいい彼らをいつもの三割増しには格好よく見せている。その彼らが一糸乱れぬ姿で動くさまは壮観だ。
こういう場で国の最高権力者として挨拶しないといけないんだから、皇太子は大変だ。
私は気楽に見物していればいいだけなので、真面目な顔で話は聞きつつも、視線だけ動かしてアランお兄様を探した。
まだ部外者だから、お兄様は前列の一番端に少し離れてひとりで立っていた。
揃いの制服姿の男達の中に、ひとりだけ軽装の男の子がいるのだから目立ちまくっている。
皇太子もアランお兄様が参加するのは聞いていたらしい。
「今日はアランから、ベリサリオ式の精霊獣の軍での活用方法を学ぶんだったな」
名指しで言われて、全員の視線がアランお兄様に注がれる。
「アラン、こちらへ」
パオロに呼ばれ、集団の中央に駆け寄るアランお兄様を見る騎士達の視線は様々だ。
ベリサリオだからと特別扱いされていると不満に思う者もいるだろう。反対に、有力貴族の関係者が近衛騎士団にはいることを喜んでいる者もいるはずだ。
どちらにしても、まだ成人していない子供から学ばなければいけないというのは、あまり歓迎出来る状況ではないだろう。
「ベリサリオの軍は精霊獣の属性によって部隊を分けていると聞く。今日はそういう話を聞けるのかな?」
「いいえ、殿下。私は軍に所属したことがありませんから、そういう話はわかりません。本日は、個人での精霊と協力した戦いの仕方について、私が普段やっていることをお話しする予定です」
「ほお」
「精霊獣育成は訓練をしながら出来るので、その方法も話す予定です」
まずは見てもらうのが早いだろうと、アランお兄様から皆が少しだけ距離を取り、後ろが見やすいようにと前列の人が腰を下ろした。
何が始まるのだろうと、観客席にいる人達も身を乗り出して見ている。
「私は全属性の精霊獣を持っていて、ぴちょ……水の精霊以外は剣精です」
「ピチョ?」
パオロ、そこは聞き流してあげようよ。
「妹が勝手に名前を付けたんですよ」
「ああ……」
目立つなって言ったくせに、私を話題に出さないでよ。
水の精霊がぴちょんで土の精霊がガンちゃん。風の精霊がビューちゃんで火の精霊がボウボウ。
ふざけて呼んでいたら、覚えちゃったのよ。反省はしているわ。
でも私は知っている。
実はアランお兄様だって、私がつけた名前で精霊達を呼んでいたことを。
パオロがちらっとこっちを見てから、気の毒そうな顔でアランお兄様の肩を叩いた。
いっせいに注目されたのでどうしようかと思ったけど、すぐにアランお兄様が話を続けたので、みんなの視線はお兄様に向けられた。
「私は戦闘訓練をする時に、土の剣精で防御力をあげます」
アランお兄様の手元が黄色い光に包まれ、その光が全身に広がっていく。
「次に風の剣精を手と足に纏い、移動速度と反射速度をあげます」
今度は手と足が緑色の光に包まれた。
「こうするとだいぶ早く動けますよね」
軽く地面を蹴って二十センチほど体を浮かせ、さっと横に移動したり、後方に移動したりするアランお兄様の動きを追って、みんなの顔が同じ方向に動く。
その顔にはもう、子供だと侮る色も不機嫌そうな表情もない。
一言で言って唖然としている。
「待て、アラン。ひとつずつやろう」
空気を読んだのかパオロがアランお兄様に、いったんやめるように指示を出した。
「まず聞きたい。ベリサリオの軍隊では、皆が今のように訓練しているのか?」
「あれは……無理でしょう」
「我々には出来ませんよ」
アランお兄様が答えるより早く、副官のふたりが言葉を挟んだ。
やっているとか、やれと言われてもそりゃ困るだろう。
「先程の、防御力を上げるために全身に光を纏わせるのは、出来るのはほんの一握りです。手と腕だけや、体の一部は出来る者もいるのですが、全身は難しいみたいです」
「なるほど」
「手だけなら、近衛にも出来る者はいるな」
「でも浮いて移動するのは一属性でも精霊がいれば出来るので、誰でもやっていますよ。私のようにそのまま移動したり、椅子に座ってその椅子を移動させたり、荷物も一緒に浮かせて移動したり」
「……誰でも?」
「女子供も?」
「彼は子供だろ」
「精霊車を動かせるんですから、自分を浮かせて移動するのなんて簡単じゃないですか」
騎士達が顔色を変えていても、アランお兄様はいつものポーカーフェイスだ。
この人達、何を当たり前のことを聞いているんだろうという顔をしている。
「皇宮は馬車で移動しますけど、馬糞を片付けるのが大変でしょう? ベリサリオでは馬車を使用出来る道を限定したので、城が奇麗になりましたよ」
ファンタジーの世界で問題になりそうなのに話題にならないことのひとつが、馬糞公害だよね。
お馬さんは、ちょっとトイレに行ってくるって馬車から離れて指定の場所には行ってくれない。
だから街には馬糞掃除を仕事にしている人がいるし、街道は気を付けて歩かないと馬糞がそこかしこに落ちていたりする。
でも精霊車なら、そんな心配はないぜ。
「子供達も遊びながらやり方を覚えています。浮きながら移動するためには、体を支える筋肉が必要ですし、体重移動をちゃんとしないとひっくり返りますから、体も鍛えられるんです」
子供もしていると聞いてしまっては、出来ないとは言えない。
騎士達はどうするんだこれって顔をしているけど、やれば出来るよ。
体を鍛えている近衛騎士団の人達なら、割と簡単に出来るって。大丈夫大丈夫。私も出来るんだから。
「あの、次もやりますか? 次のはベリサリオでも私しか出来ないので、やめましょうか?」
皇太子に観てもらうための訓練の前に、この空気はやばいのではないかと私も思う。
近衛騎士団の優秀さをアピールするための公開演習だもん。
でもパオロは、騎士達に危機感を持たせたかったらしい。
剣の腕や体力を鍛えるのには積極的でも、魔力量を増やすとか魔力を強める訓練を進んでやる騎士は少ない。精霊も一属性でもいればそれでいいだろうと、精霊を探しに行かなくなってしまう人もいる。特にベテラン陣がね。
今までそれで戦ってきたんだから、何も精霊に頼らなくてもって思ってしまうみたいだ。
「いやこの際だ。見せてもらおう」
「そうですね。知っておいた方がいいと思います」
パオロと副官に言われ、アランお兄様は更に一歩みんなから離れた。
「これは、やっている間ずっと魔力を消費するので短時間しか出来ません。警護などで武器を持ち込めない場所に行く時や不意を突かれた時に役に立つと思います」
右手を少し前に出し、小声で火の剣精の名を呼ぶと、待ってましたとばかりに手が赤く輝く。
すぐに輝きは強まりながら地面に向かって細長く広がり、すっと光が消えた時には、アランお兄様の手には炎を纏った剣が握られていた。
「剣?! いつの間に?」
「何年も前、妖精姫が初めて皇宮に来た時に、ベリサリオの次男が炎の剣を作り出したという噂は聞いていたが……」
「ああ、属性を付与した剣を見間違えたのだろうと思っていた」
騎士達も見学席も大騒ぎだ。
ちらっと横を見たら、皇太子までが身を乗り出していた。
「幼かった頃、訓練場以外では木刀すら持たせてもらえなかったので、木の枝を振り回しながら、これが剣になったらなーと愚痴っていたんです。そしたら精霊が剣にしてくれたんですよ」
長い棒やら木の枝を何度も剣にして稽古しているうちに、何もなくても剣を作ってしまうようになったんだって。
「これは……すごいな」
「剣に属性を付与出来るようになれば、いずれは誰もが出来るんじゃないでしょうか」
「出来ないだろう。簡単に言うな」
「魔力量の多い者ばかりではないんだぞ。炎の精霊を持っていない者もいるんだ」
「出来ないと思ってしまったら出来ませんよ。まして口に出して言ってしまったら、精霊が自分は出来ないんだと思ってしまいます」
炎の剣を消し、すべての精霊獣を小型化して顕現させながらアランお兄様が言った。
「騎士団は訓練をしながら魔力量をあげられ、精霊との対話も出来る職業なんです。平民の多いベリサリオと違い、近衛騎士団は全員貴族なんですから、もっと精霊を増やせるはずです」
「そうは言うが私はもう四十だ。今からでは精霊獣には出来ないだろう」
パオロが若い分、副官にはベテランを起用しているようで、もうひとりの副官は三十代半ばくらいだ。
彼らは中央に精霊がいなかった時期以前に精霊を得ていたようで、ふたりとも二属性の精霊を精霊獣にしている。もうそれで充分だと思っていたんだろう。
「精霊獣にしなくても精霊は魔法を使えます。魔力を少しずつ増やしながら、精霊を少しずつ育成すればいいんです。これは、ベリサリオの隊長さんが話していたことなんですけど、年をとると体力が落ちますよね。若い頃のようには戦えなくなる。でもその頃に精霊が精霊獣になってくれたら、精霊獣にならなくてもいろんなことを覚えてくれたら、引退を引き延ばせたり、怪我をしないで長く戦えたりするんじゃないかって。引退してからも、精霊がたくさん傍にいてくれた方が楽しいって」
「なるほど」
「それはそうだな」
いやいや。
私が言うのもなんですけど、十二の坊やが偉そうなことを言うなと怒る人がいてもいいんじゃないですかね?
ベリサリオの次男を怒るのはやばくても、もっと不満そうな顔をしてもいいと思うんだけど、炎の剣を目の前で作り出されたせいで、みんな、アランお兄様は普通じゃない、おかしい、目をつけられたらやばいとでも思ったのかな。
中には目をキラキラさせて話を聞いている人もいる。
体を浮かせたり、剣を作り出したり、男の子は好きだよね。やれるならやりたいって思うよね。
子供達が夢中になってたもん。
「炎の剣精がいないと剣は作れないのか?」
「私がさっきやったことは、どの属性の剣精でも出来ます。身体強化も土は防御力を上げ、風は素早さをあげ、水は少しでも傷ついたらすぐに治癒されるようになります。炎は攻撃力が上がるので、剣に付与した方がいいですけど」
「なるほど。つまり自分の持っている精霊によって、いろいろ試した方がいいのだな」
パオロって普段は優しい話しやすい人だけど、伊達に近衛騎士団長をやっていないね。
すぐにでも自分でもやりたいのか、前のめりに質問している。副官のふたりのほうは、まだ少し呆然としているようだ。
「精霊も大事です。剣精は範囲魔法が使えません」
「ベリサリオでは精霊と剣精のバランスや持っている精霊の属性で部隊分けをしているそうだな」
「そう聞いてはいますけど、具体的にどうやっているかは知りませんよ」
「ふーん」
「本当に」
「まあいい。少しずつ訓練に取り入れた方がいいだろう。一度では皆も覚えられないだろうからさっそく……」
「違います」
「え?」
「覚えるのは精霊です。魔法も身体強化も、やるのは精霊ですから。家族や仲間内で誰かの精霊が新しい魔法を覚えたら、他の精霊もその魔法をいつの間にか使えるようになっていたことはありませんか。精霊達は、目の前で新しいことをしている精霊を見ると、そんなことも出来るのかと自分も使えるように学ぶみたいなんです」
「精霊が学ぶ…か。つまりアランがやるのを精霊に見せればいいんだな」
「……まあそうですけど」
自分が覚えなくてもいいのだと知った途端、みんなの顔付きが明るくなった。
「精霊が覚えてやってくれるのか?」
「やば。対話していないと協力してくれないんじゃないか」
「うちのピーちゃんは賢いぞー」
「そんな楽でいいのか? まじで? だったら俺も浮いて移動したいな」
「静かにしろ!」
さすが騎士団長。一瞬で場が静まり返った。
「よし。さっきのやつを一通り精霊達に見せてくれ」
「あの、パオロ。いや、騎士団長、バランスのとり方は人間が覚えないと駄目ですよ」
「それは体で覚えればいいのだろう? それより今は精霊に見てもらうのが先だ」
「はあ、わかりました。じゃあ、私の周りに精霊獣を集めてください。精霊の段階の人はあまり離れられないでしょうから、その辺に座ってもらって……」
騎士団の演練てこういうのだっけ?
アランお兄様の周りに、種類も大きさも様々な精霊獣がぐるりと並んでいるんですけど。
もっとこう行進したり、剣や槍を使って模擬戦をしたりするのかと思っていたのに、精霊獣の臨時教室みたいになっているよ。
「あそこにいるの皇太子殿下の精霊獣じゃない?」
聞きながら隣にいるパティを見たら、胸の前で祈るように手を組んで、頬を少し赤らめてアランお兄様を見つめていた。
私の声なんて聞いちゃいないな。
そっか。パティはアランお兄様が好きか。両想いか。
いずれは私とパティは姉妹になるのか。
うん。悪くないかも。
「かわいい……」
「実は子供好きなのではないかしら」
「きっとそうですわ」
女性陣から楽しそうな声が聞こえるのは、目の前で繰り広げられている微笑ましい訓練のせいだ。
男の子が教えているのは、真剣な表情で話を聞いている精霊獣達だ。
その少し上空には、何十という数の精霊が淡く光りながらふわふわと浮いている。
それを取り囲んでいる騎士達は、自分の精霊獣や精霊がちゃんと学んでいるか心配していて、父兄参観に参加した父親のような顔になっている。
帝国は今日も平和だな。
ここにいる精霊獣や精霊が、アランお兄様の教えをマスターしたらだいぶ軍事力上がるから、やっていることは平和なことじゃないんだけどね。
「んふっ」
今、変な声がしたぞ。
可愛い精霊獣と近衛騎士を見て悶えている奴がいるぞ。
やっぱり、ビディよりブリたんのほうが似合ってるな。
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