同志発見
すっかり更新が遅れてしまいました。
風邪がしつこくて、いまだに声がハスキーなままです。
でも他は復活したので、ぼちぼち更新を再開していきます。
新年祝いとデビュタントのための舞踏会は、つつがなく……おおよそつつがなく終了した。
次はそれぞれの領地での、新年祝賀行事の始まりだ。
領地を持つ貴族は一斉に自領に帰り、それ以外の貴族は皇都で続く行事に参加する。
二日目からが各領地の新年祝いの本番だから。
各領地で祝い方はいろいろだけど、どこもこれから三日間は仕事を休んでお祝いするのだ。
うちでは休みの間出入国が禁止されて使用されない港に、安い入場料さえ払えば、屋台街で無料で飲み食い出来て、全国から商人が集まった市場で買物出来る催しが開催される。
入場料は街の孤児院に寄付されるの。
飾りつけされた街に一日中陽気な音楽が流れて、飲んで歌って踊って、日頃のストレスを発散して英気を養うわけだ。
ベリサリオ全域から人が集まるから、出会いの機会でもあるし、若い子は特に気合が入ってるのよ。
クリスお兄様の優秀さを知らない人間は領地にはいないから、次期領主の成人を祝う領民の顔は明るい。
当分ベリサリオの繁栄は揺るがないと安心してもらえてるんだろうね。
街が賑わっている中、貴族達はむしろ大忙しでお仕事中よ。
この三日間で誰を招いたか、どこに顔を出したかで、貴族内でどれだけ力を持っているか、人脈があるかが丸わかりになってしまうらしい。
高位貴族の領地には、領地を管理している貴族やら城で働いている貴族がたくさんいるでしょ。その貴族の子の中にも成人する子はいるんだから、デビュタントの舞踏会を開いてあげないといけないのよ。だからどこの領地でも二日の夜は舞踏会が開かれるの。
問題は領主の家族に成人した子供がいた時よ。
特に嫡男。
成人祝いは二日から四日までの三日間に行われることが多いの。六日には皇宮で近衛の公開演習があるし、七日から学園の後期が始まるから。
じゃあ、その三日間のどこでパーティーを開催するか、それを決めるのが大変なのよ。
せっかくお祝いしても招待客が来てくれないと困るわけだ。
二日に祝いの席を設けて高位貴族のパーティーとぶつかったりしたら、目を付けられるかもしれないし、誰も来てくれないかもしれない。
だからって身分の高い貴族が四日や五日にパーティーを開催したら、あそこの家は招待客を集める力がないんだと馬鹿にされてしまう。
ったく、めんどうだよね、貴族って。
招待される方だって大変よ。
どう頑張ったって二日からの三日間に集中するのは止められないんだから、招待客は何件もパーティーをはしごしないといけないのよ。同じドレスで何件も行くわけにいかないんで、途中で着替えて顔を出すの。
で、何件はしごしたかがステータスになるわけだ。
こんなに招待されちゃうのよ。人気で困っちゃうわって。
もちろんうちは二日の昼にお祝いしますわよ。
高位貴族の嫡男で成人したのはクリスお兄様だけなんですもの。
次男以下や娘は祝いもそれなりにすればいいし、デビュタントの舞踏会で一緒に祝って終わりって貴族も多いらしい。
金持ち貴族ばかりじゃないんだから、それで充分だと私は思うわ。
普通の伯爵家以下のおうちでは、仲のいいお友達が集まって、合同でお祝いパーティーやって終わりらしいよ。アットホームで平和でいいよね。
ただベリサリオではそうはいかない。
クリスお兄様の成人祝いは、招待客が思い思いに歓談しながらおいしい食事を楽しめるように、立食形式でラフな雰囲気のパーティーだ。
この時期のパーティーは、顔を出して主催者に挨拶して、飲み物にちょっと口をつければ参加したとみなされるの。何件もはしごするんだから、何時間もいられないもんね。
でも、今日は他でお祝いしている領地はないのかな。
ベリサリオの高位貴族が全員顔をそろえているだけじゃなくて、みんな、腰を落ち着けて飲み食いしてるんですけど。
城から避暑に来た来客用の別館まで、テラコッタが敷き詰められて白いテーブルセットが置かれた中庭があるので、そこも開放して、海を見ながら食事を楽しめるようになっているのよ。
皇宮は雪景色だったでしょ?
ベリサリオも少しは寒いけど、ショールでもあれば外にいても平気な気温よ。
温度差すごいよ。
そこに引退した辺境伯ふたりと公爵がふたり。海の幸をずらりとテーブルに並べて、酒を飲みながら話し込んでるし、うちの両親と話しているミーアの隣にはパオロまでいるじゃん。自分の領地のお祝いどうしたのよ。ふつうは妻になるミーアがパオロの領地に先に行くだろう。
パオロだけじゃないわ。
当然と言えば当然だけど、侯爵以上の高位貴族が全員ベリサリオに集合しているよ。
なんだこの顔ぶれ。なにより、がっつり食べている人の多さに驚くわ。
立食パーティーというより、フードコート形式になっている。
両親とクリスお兄様は、挨拶回りでずっと動き回っている。ご苦労様です。
私はほら、存在していることに意義があって、おとなしくしていることがお仕事だから、お友達とお話でもしながら美味しい料理にかぶりついていればいいわけさ。
私としては、お土産用のチョコを無事にお客様たちに配り終えたので、今日の役目は果たした気分なのよ。この日に間に合わせるために、みんなが頑張ってくれたからな。
小さな箱に入った、たった二個のチョコレート。ほとんどナッツだったり、ラム酒やミルクの味がメインになってしまったりしていても、この世界に初めてチョコレートというお菓子が広まる記念すべき第一歩だ。
「黒いのね。なにかしら」
「これ何?! 美味しい!」
その場でお土産を開けるのはあまり褒められた行いではないけど、フェアリー商会のマークが入った小さな袋と奇麗に梱包された箱を見て、我慢出来なかった子供がいたみたい。
その子の反応が周囲に広がり、そっと箱を開けてみた人が何人かいたみたいだ。
反応は上々。明日には噂になっているだろう。
但し、もうカカオはない。
売りに出すのは何か月か後になってしまう。
しょうがないとはわかっているけど、自分で栽培地に乗り込んで直接買い付けて、抱えて帰ってきたいわ。
やっぱりここはもう一度、カミルにカカオを早めに送ってくれとお願いしておかないと。
きょろきょろと周囲を見回しつつ、パーティー会場を移動する。
知り合いがいたら無視するわけにはいかないから、なかなか先に進めない。
『ディア、あいつはあっちにいる』
「さすがジン。ありがと」
『ふふん』
『みんなで探したのに』
『おまえだけずるい』
『うるさいぞおまえ達』
「わかったわかった。みんなありがとうね」
それでもあまり邪魔されずにひとりで行動出来るのは、小型化して顕現した精霊獣達のおかげだ。
イフリーだけでもでかいからね。
知り合いじゃないと怖くて近づけないのさ。
「カミル、このまま帰るんですって?」
外交官の人との話が終わるのを待って話しかけると、振り返った彼は私を見て驚いた顔になった。
「なんだその服は?」
「色違いのサンタコス?」
「サンタ……なんだって?」
「このモフモフの受けがいいもんだから、ドレスにつけてみたの。いいでしょう」
別にクリスマスに思い入れがあるわけじゃないんだよ?
平日だから仕事してたし、ちょっといつもよりお高い総菜をデパ地下で買ったくらいの記憶しかない。その時期って冬コミ前でバタバタしてるしね。
ただ、前世でお手頃値段量販店の服ばかり着ていた私には、ファッションセンスは全くなくてさ、余っている魔獣の毛皮をご利用しようと思っても、どんなデザインにすれば可愛いのかわからないのよ。
裾にモフモフつけて、胸元と髪にポンポンつけることしか思いつかなかったのさ。
「このポンポンも可愛いでしょ? フェアリー商会で扱うから宣伝のために作ったのよ」
「きみの場合何を着ても可愛いんだから、参考にならないだろう」
「……え?」
こいつ、今何かしれっと言わなかった?
そんな真顔で、ごく当たり前のことのように言われると、反応に困る。
「目立つなと言っただろう。各国が注目しているのに、このタイミングで新しいことを始めるのを、兄貴達は何と言っているんだ?」
「……止めても無駄だろうって」
そして、また叱られている私。
昨日からずっと、叱られっぱなしなんですけど。
「カミル、いつの間にそんなにディアと親しくなったんだい?」
あ、クリスお兄様。もう挨拶回り終わったのかな。
「クリス! きさま、ディアに甘すぎるだろ。なんで目立つことをさせるんだ」
「ディアが目立たないって、どういう状況? いるだけで可愛さで目立つんだよ?」
「このシスコン、いっそ感心するな」
「否定出来ないだろう」
クリスお兄様を、きさま呼ばわりしたうえにシスコンと言い切ったやつを初めて見た。
ダグラスも幼馴染だけあって、割とはっきりとお兄様達に意見を言うけど、こんなふうに文句言っているのは見たことがないぞ。
しかも婚約者候補に対する態度についても叱ってくれている。
「いいぞ! カミル! もっと言ってやって!」
「え? ディアはこいつの味方なの?」
「私はモニカとスザンナの味方です」
「ひどいよ、僕の味方に……」
クリスお兄様とカミルの視線が、私の背後に向けられていたので振り返ったら、エルダとブリジット様が身を寄せ合って立っていた。
「ブリジット様? まあ、ご自身も成人になられたのに、ベリサリオに来てくださったんですか?!」
「うちは今夜、夜会をいたしますの。この時間は平気ですのよ」
きゃぴきゃぴしていた頃の印象が強くて、クリスお兄様は今でも彼女が苦手だと言っていたけれど、赤い髪を結いあげて、サルビアブルーのドレスを着た姿はとても可憐な御令嬢に見える。
「ディア、昨日話していた精霊の本の制作に、ブリジット様も力を貸してくださるそうなの」
「精霊の育て方教本?」
「そうそう。実はブリジット様も本が大好きで、学園でいつも本を貸し借りしていたの」
「私……しばらく、部屋に籠っていることが多かったので……あの」
ああああ、私に突撃したせいで謹慎食らっていましたものね。
エルダと交流があったとは知らなかったわ。
「では、あとで私のお部屋で少しお話しませんか?」
「よろしいの?」
「もちろんです。でもその前にご両親に大丈夫か確認してくださいね。ご挨拶しないといけない方もいるかもしれませんし。私はこのあたりにいますので」
「わかりましたわ」
「うちは平気だけど、イレーネにも声をかけてくるわ」
いや待て、エルダ。
彼女は婚約発表したばかりで、挨拶しなけりゃいけない相手がいっぱいいるだろう。
「妖精姫のお気に入りで、本の制作を手伝っているって話が広まる方がいいに決まっているじゃない」
「そうなの?!」
思わず、背後に呆れた顔で並んでいたクリスお兄様とカミルに聞いてしまった。
つか、その呆れた顔は何さ。私が御令嬢モードで話すたびに引くのはやめてよ。
「そうじゃないかな? 本の制作は瑠璃様の希望でもあるしね」
カミルは無言で首を傾げ、クリスお兄様は苦笑いしながら答えてくれた。
よく考えてみると彼女達やイレーネより、主役のクリスお兄様と隣国からの賓客のカミルが、そこでボケーっと並んで立っていることの方が問題だわ。
「わかったから、ふたりとも挨拶回りに戻って。ああ、カミルはカカオよろしくね。次に会うのは五月だろうけど、出来れば早めに納品予定を……」
「三月に来るよ」
「え?」
「おい」
「西島の復興のために南方諸国や東の大陸から、いろんな作物や商品を集めた中に、いくつかきみの気に入りそうなものがあるんだ。それを持ってこようと思って」
「素敵! 特に作物!」
思わず前のめりになってしまったわ。
ファッションには疎くても、食べ物にはうるさいわよ。
「ディア、少し離れて」
「でもお兄様、新しい作物ですわよ。何種類でもどんと来いですわ」
「一種類しか持ってこないよ。どうせ気に入ったら、またまとめて輸入したいって言うんだろう?」
「当然です!」
「だから話しながら、ずんずん前に出るのをやめなさい」
クリスお兄様に腕を掴まれて、えーーって振り返ったところで、心配そうにこっちを見ているパティに気づいた。
いつもの癖で、小さく手を振って挨拶したら笑顔になって、でも手を振り返すより先に近づいてきた。
「ディアったら、何をしてるの? カミル様に迫っているように見えるわよ」
「新しい作物をたくさん持ってきてほしいの」
「うん。そういう話だとは思ってた。でも迫っちゃダメ。よくディアのことを知らない人達からしたら、帰るカミル様を引き留めているように見えるわよ」
まじか。
それはまずい。
「三月にまた会えるさ」
カミル! どさくさに紛れて、誤解を生むようなことを言わないで。
「引き留めてないから!」
「新しい作物持って」
「……カカオも」
くそう、笑うな。
どうせ私は色気より食い気よ。
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