閑話 妖精姫の兄貴達 カミル視点
今年の更新はこれが最後になると思います。
このサイトに登録してからのこの一年。
たくさんの方に小説を読んでいただけて書籍化までされるという、思い出に残る有意義な年でした。
皆さんはどんな一年を過ごされたのでしょう。
来年が皆様にとって良い年になりますように。よいお年を。
ディアとは今まで何回も接する機会があったが、あまり会話をしたことがなかった。
女の子にどう接すればいいのかわからないのと、帝国の大貴族であり取引相手でもある彼女に、失礼になってはいけないと距離を取ろうとしていたせいだ。
でもディアは全然令嬢らしくない子だったので、結果的に全て無駄になった。
ベリサリオの城に滞在中、何度か話をしているうちに気づいたのは、彼女があまりにもちぐはぐな反応を見せることだった。
十歳とは思えない知識と判断力があるくせに、誰でも知っているような常識を知らなかったり忘れている。
家族や友人を守ろうとする意識が強く、緻密な計画を立てるくせに、自分のことになると無防備だ。
人生経験豊かな大人のような顔をして黙っていることがあるのに、恋愛には疎くて、年相応の子供っぽい反応をするときもある。
それに、令嬢として振る舞っている彼女はとても窮屈そうだった。
その気持ちは俺にはよくわかる。
城の敷地とはいえ小さな別宅で育てられ、側近も護衛も侍女も平民だった俺には、貴族らしくするというのはかなり面倒だ。
でもベリサリオ辺境伯の御令嬢として生まれ、城からほとんど出たことがなく、必要な教育を受けてきたディアにとって、平民のような言葉遣いや態度は接する機会のないものではないのか?
「で? ディアと何を話したんだ?」
昼の舞踏会が終わりようやく解放されたのに、すぐにアンディに呼び出されたから、どうせその話だとは思っていたさ。
「その質問、何回聞かれただろう」
「いいから答えろ。妖精姫を連れ出したんだ。聞かれるのはわかっていただろう」
帝国の皇太子に最初に夕食に招かれた時には、馬鹿でかいテーブルの端と端に座り、何人もの給仕に囲まれて冷え切った食事をするものだと思っていたのに、実際は、互いに手を伸ばせば届きそうな大きさのテーブルに、出来立ての料理が並べられた。
毒の有無は精霊獣に調べさせて、自分の身の安全は自分で確保して、好きなものを好きなだけ食べろと言われて、あまりにも意外で笑ってしまった。
あらかじめ俺の生い立ちは調べつくして、こういう接し方がいいと考えたのか、アンディの性格からして普段からこうなのか。
五歳の頃から両親と距離を置いて、ひとりで食事をすることが多かったと聞いたから、彼にとってもこれが楽なのかもしれない。
「近隣諸国の精霊王が勢揃いしたというのに、帝国は特に何とも思っていないやつが多いみたいだから大丈夫なのかという話だ」
「舞踏会で慌てても仕方ない」
「ディアの自分の置かれている立場への危機感のなさはやばい」
「……ベジャイアとタブークの精霊王が、ディアを誘っていたのを聞いたのか?」
「タブーク?」
「ペンデルスを見限った精霊王達が北方の人間と協力して、新しく国を興したんだそうだ」
その話を聞いたペンデルスはどう出る?
いい加減、精霊と共存しないことには、砂漠の緑地化は無理だと悟っているだろう。
それでも王を中心とした貴族達は、いまさら自分達が間違っていたと認めるわけにはいかないはずだ。認めてしまったら、王族と貴族達の責任問題になる。
国民は国を捨てるか、あるいは貴族を襲って収拾がつかなくなるかもしれない。
「ディアはどちらの国にも行かないそうだ」
「それでも次は人間が誘いに来る。ペンデルスにとっては、ディアの存在は邪魔でしかないはずだ。拉致しようとするかもしれないぞ」
「ディアを拉致? 自殺行為だな」
面白そうに彼が笑うのは、ディアには精霊王という後ろ盾がいるからだろう。
でも、彼女を拉致する犯人が、明確な敵とは限らない。
ベリサリオは辺境伯ということもあって、下働きの者であっても、かなり厳しく身元を調べていると聞く。特に子供達に接する者達は、メイドや執事だけでなく、その家族まで城内で生活させているようだ。
家族を人質に取られて、あるいは理不尽な借金を背負わされて、誘拐に手を貸してしまう危険があるからだ。
「ディアは友人を守ろうという意識が強い。彼らの身に何かあるなら、進んで自分から拉致されに行くかもしれないぞ」
「たとえそうであっても、彼女の魔力と精霊獣の強さなら、その国の王宮ごと潰して帰ってくるだろう」
「きみならな。だけど彼女は両親に愛されて平和なベリサリオで育った女の子だ。戦う力があるのと実際に戦うのは違う。アンディはディアが人を殺せると思っているのか? 自分の大事な精霊獣に人殺しをさせられると思うか?」
「……なるほど」
「そんなことになるくらいなら、ルフタネンも手をこまねいてはいない」
アンディはフォークを持った手で頬杖をついて、じーっと俺の顔を注目した。
ルフタネン人には、瞳が濃い茶色か黒しかいない。金色の瞳の人間なんて初めて見た。
ディアの紫の瞳も彼女以外では見たことがないが、あの色はとても奇麗な色だと思う。それに比べるとアンディの瞳の色は、人形のように作りものめいて、自分とは違う世界を見ているのではないかと思わせられる色だ。
「一つ聞かせてほしい」
「なんだ?」
「ルフタネンが妖精姫を欲しいと思っているのか、おまえがディアを欲しいと思っているのか、どっちだ?」
俺が? ディアを?
そうか、そうだよな。
ルフタネンに連れ帰るのに、俺なら条件に当てはまるという話をしたんだ。
俺は、ディアの結婚相手に立候補したっていうことだ。
……やばい。
他国に渡すわけにはいかないという気持ちが強くて、結婚を申し込んでいるんだという意識が抜け落ちていた。
結婚? 俺が? ディアと?
「なぜ答えない」
「……どちらもだ」
「嘘つけ」
「どちらもだ」
他の女の子と違って、彼女なら話しやすいし話していて楽しい。
商品開発だって新しい事業だって、一緒にやれば両国の懸け橋になれる。
「ならおまえは、ちゃんとディアの幸せを考えているんだろうな」
「え?」
「帝国の、ディアの周りの男達が行動に移せないのは、それだけディアのことを真剣に考えているからだとは思わないのか?」
「だとしても、あんたやベリサリオの家族、それにディアと対等に渡り合えるやつが何人いる? その中で全属性精霊獣を育てていて、更に商会の仕事についてわかっている奴は何人だ?」
「あいつの条件の厳しさは何とかならないのか」
おい、皇太子。
ぐさぐさとフォークで肉に穴をあけるな。行儀が悪いし、俺の精霊獣達が臨戦態勢になるだろうが。
「どうしてあんたは手を引いたんだ? 皇宮が窮屈だと言っても、今ならいくらでも変えられるだろう?」
「せっかく精霊王達の信頼を勝ち取ったのに、無駄にする気はない。それに俺は皇帝になる身だ。まずは国のことを最優先。次に自分のことを優先させる。その次は後継ぎで妃の幸せはそのあとだ」
「そういうことに順番はつけないほうがいいぞ。仕事以外の時間に家族のことを考えてもいいはずだ」
「……まあな。妻の幸せを考えられないやつが、国を治められるかとディアは言い切っていたな」
皇太子婚約者候補は彼女の友人らしいから、そりゃ泣かせたら大変なことになるだろうな。
「他人事のように考えていられるのも今のうちだぞ。ベリサリオ辺境伯と夫人は恋愛結婚だ。ディアの考える夫婦像の見本は両親だろう。それにあそこは家族全員仲がいい。あの中に入っていくだけでも一苦労だぞ」
「だから帝国の男共が尻込みするんだろ」
「それな」
しかも皇太子自ら、こうして話題に振ってくる。
精霊王達だって、ディアが沈んだ顔をちょっとしただけで顔を出してくるだろう。
そうやって周囲が、彼女の結婚を遠ざけているんじゃないか。
「あいつは基本的にベリサリオのことしか考えていない。領地経営に手を貸した相手は、同じ民族の隣の伯爵領だ。他の領地には全く興味がない。他国と帝国では帝国を守ろうとしても、それも帝国への愛国心というより、知り合いの貴族達の手助けをしたいという発想だ。あれは妃には、全く向いてないんだ」
「あーー」
王太子を失脚させて俺を王にしようなんてしやがったら、ルフタネンを滅ぼしてやるなんて宣言した俺としては、ディアの考え方を理解出来るけど、皇太子としてはそれでは困るわけだ。
「そう考えると、おまえは悪くないな……」
妖精姫がこれ以上力を持つ前に、帝国と距離を取らせようって思ったか?
いや、そんな考えをするような男じゃないな。
「なんだその顔は? せっかく友人になった隣国の公爵と、今後もいい関係を築きたいと思っているのに」
口端をあげてにっと笑う腹黒い顔で、何を言っているんだか。
一癖も二癖もある公爵や辺境伯に、この男なら皇帝にふさわしいと太鼓判を押され、普段から彼らに囲まれて皇太子として公務をこなしている男だ。
さばけた態度も、気さくなやり取りも、そのまま信じるほどには貴族のやり方を知らないわけじゃないぞ。
「ディアには兄になってほしいと言われているからな」
「は?」
「あの子を幸せにしてくれる相手じゃないと、兄としては許せないな」
ただでさえくそ面倒な兄貴がふたりもいるのに、更に兄貴を増やしているのか。
そうして家族のように親しくなった相手は、守りたいと思うんだろ? 友人だって幸せになってほしくて動いてしまうくせに。どんどんそういう相手を増やして、がんじがらめになっていく。
他国にそれをやられたら……。
そうか、それをわかっているからのアンディの態度か。
そうなる未来が回避出来ないなら、その中でもましな相手を探したいんだ。
……帝国内に、ディアを幸せにしようっていう男はいないのか?
翌日のベリサリオの式典は、昨日よりはずっとラフな立食形式のパーティーだった。
皇都と比べて温暖なベリサリオなので、テラスも開放して、客が思い思いに楽しんでいる。
転送陣を出たところで配られた土産の箱には、男性用、女性と子供用で種類の違うチョコが入っているそうだ。男性用にはラム酒を使用しているという。
甘いチョコに酒が合うのか。
兄上にと土産をもらっているので、ぜひ感想を聞きたいところだ。
「カミル、このまま帰るんですって?」
今日のディアは、若葉のような淡い緑の濃淡のドレス姿だ。シンプルで装飾のないドレスだけど、裾と襟元にはもふもふとした白い毛皮がついている。ドレスに魔獣の毛皮?
「なんだその服は?」
「色違いのサンタコス?」
「サンタ……なんだって?」
「このモフモフの受けがいいもんだから、ドレスにつけてみたの。いいでしょう」
満面の笑顔でその場でくるりとディアは回ってみせた。
服の裾が大きく膨らみ、胸元を飾っていた毛糸で作った丸い球が揺れる。横の髪も耳の上で結わいて、小さな毛糸の球をつけているので、それもディアの動きに合わせてぴょんぴょんと跳ねている。
「このポンポンも可愛いでしょ? フェアリー商会で扱うから宣伝のために作ったのよ」
「きみの場合何を着ても可愛いんだから、参考にならないだろう」
「……え?」
「目立つなと言っただろう。各国が注目しているのに、このタイミングで新しいことを始めるのを、兄貴達は何と言っているんだ?」
「……止めても無駄だろうって」
おい! どうしてそこで甘くするんだ。
俺にガン飛ばす暇があったら、こいつを押さえておけよ。
「カミル、いつの間にそんなにディアと親しくなったんだい?」
ほーら、さっそくシスコン兄貴がやってきた。
「クリス! きさま、ディアに甘すぎるだろ。なんで目立つことをさせるんだ」
「ディアが目立たないって、どういう状況? いるだけで可愛さで目立つんだよ?」
「このシスコン、いっそ感心するな」
「否定出来ないだろう」
思わずクリスと同時に振り返り、ディアの姿を足元から頭の先まで見てしまった。
確かに可愛いけど、この場には他にだって可愛い子がたくさんいるだろう。
「自分の婚約者候補はどうした。彼女達だってディアに負けないくらいの美人だろう」
「とてもよく僕のことを理解してくれているんだ」
「甘いな。そうしてのんびりしていると振られるんだ。皇太子妃になれなくてもクリスとも結婚したくないって、他の男を連れてくるかもしれないぞ」
ヨヘムやファースがそういう話をしていた。
女は、ついこの間まで普通に接していたのに、ある日、急にもう無理だって言いだすんだって。
「そんなことは……」
「逆の立場で考えてみろよ」
「いいぞ! カミル! もっと言ってやって!」
そもそもディアの行動が問題だって話だっただろうが。
大丈夫なのか、この兄妹。
アラン! 遠くで他人の振りをしてないで、こっちに来い!
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