ファーストダンス
仕事が忙しいと書きたくなる法則
あれ? うちの家族どこよ。
「きみの家族ならあっちだ」
カミルが顎で示した方向に目を向けると、うちの両親はノーランド辺境伯家やオルランディ侯爵家の人達と歓談中だった。
そりゃ、どちらかの娘さんを嫁にもらうんだからね。お話することはたくさんあるだろう。
でも、クリスお兄様の晴れ舞台よ。注目の的よ。見なくていいの?
感激した顔で娘を見ているモニカやスザンナの父親達とは、だいぶ態度が違うな。
嫁にもらう方はそんなもんか?
アランお兄様は両親よりずっと私の近くにいた。でも私に背を向けてグッドフォロー公爵家の方々と話している。
たぶん、パティにダンスを申し込んでいるんだろうな。
「アランはあの子狙いか」
「カミル、言い方」
背後のカミルとキースの会話を聞きながら、私はそっとため息をついた。
アランお兄様は猪突猛進すぎない?
今の曲が終わると次はデビュタントの人達だけが踊る曲が始まり、その次の曲からは、誰でも自由に踊ることが出来る。
未成年の子達にとっては初めてのダンスを踊る機会であり、普段舞踏会は夜会でしか開催されないから、成人するまでは二度とこういう機会は訪れない特別な場だ。
そこで踊った相手が家族じゃなかった場合、ふたりはかなり仲がいいだろうなと思われるだろう。
水面下で縁談がまとまっているカップルだと思われてもおかしくない。
「パティ、大丈夫かしら」
彼女の好きな人がアランお兄様ならいいけど、違うならちゃんと断れるかな。
「嫌がってはいないようだが?」
「そう?」
「どう見ても喜んでいるだろ」
困っているようにも見えたけど、そう言われてみれば照れているだけにも見える。
頬が赤い……かな。照明でよくわからないや。
「カミルに女心がわかるとは思えない」
「悪かったな」
「ベリサリオの御子息に誘われて、嫌がるお嬢さんはいないでしょう」
いつのまにかサロモンやキースも傍に来ていた。
私とはもう散々話しているでしょ。せっかくの機会なんだからよそにいけよ。
でも確かに、グッドフォロー公爵夫妻はアランお兄様を歓迎しているみたいだ。
次男でもいいのか。
え? てことはもう、アランお兄様とパティのカップル成立?
マジかーーーー。私のお友達、どんどん相手が決まって行ってしまうーー!!
「ディア……顔」
「?」
「口を四角く開けるのはやめた方がいい」
「うっ……そのための扇でしょう。他からは見えていないはず」
くそー。呆れた顔で見下ろすな。
どいつもこいつも、どんどん大きくなりやがって。
女の子と間違えるくらいに可愛かった、あの頃のカミルを返せ。
「ディアはアランとパトリシア嬢が婚約するのは反対なのか?」
「まさか。パティは私の親友よ。アランお兄様と付き合ってくれたら嬉しいわ。……それで、精霊王の話だったかしら?」
「ちゃんと聞いていたのか。近隣諸国の精霊王が六か国も集まったというのは本当なのか?」
「嘘を言うわけないでしょう」
「なら、なんで帝国のやつらは落ち着いていられるんだ。それがどういうことかわかっているのか? 自国の人間と何百年も顔を合わせていない精霊王まで勢揃いしたんだぞ」
帝国国民にとって、ここ何年かで精霊王はとっても身近な存在になっているのよ。
今では何かにつけて、精霊王に感謝の言葉を言うのが当たり前になっている。
豊かな実りに感謝を。
健やかな子供の成長に感謝を。
天気のいい日が続いたって、精霊王に感謝しちゃう。
実際、精霊が増えてから帝国はずっと好景気だからね。
何年も豊作が続いているのに、海峡の向こうへの輸出が増えているおかげで、作物がだぶついていないのが大きいのだ。
生活が楽になるって、人間にとってはわかりやすい御利益だもん。精霊王に感謝もするわ。
それに、精霊王の存在にも妖精姫の存在にも、国民が慣れてしまっているんだろうな。
精霊獣ってなんだ?! から始まって、精霊王が現れて、精霊車が街を走るようになって、街中でも精霊を連れて歩いている人がどんどん増えてきた。
そんな国って帝国だけでしょ?
そこに精霊王が集まるって、まあそんなこともあるよねみたいな。
「自分達を差し置いて、帝国に精霊王が現れたと知った各国の反応を考えろよ」
「私が来てってお願いしたわけじゃないもの。そういえばルフタネンの精霊王達は、とても礼儀正しかったわ。モアナみたいに、自由な人達ばかりなのかと思ってた」
「陽気だけど、平和を愛する穏やかな方達ばかりだぞ」
「そのようね。それに比べてベジャイアは……押しが強いというか、自己主張が激しいというか」
「あそこは国民性もそんな感じだ。まず自分の主張を言う。戦闘民族だしな。そうじゃなかったら、ニコデムスにそそのかされて我が国に攻めるなんてしなかっただろうし、内戦状態にもならずに済んだかもしれない」
主張の激しい人同士じゃ、話し合いは難しそうだもんな。
「うちの国に来いと誘われたんじゃないか?」
「え? よくわかったわね」
「その魔力量と魔力の強さを考えれば当然だろう」
前世の記憶を持ったままの転生者だからっていうのが本当の理由なんだろうけど、そんなに魔力も強いのか。
魔力量に関しては、祝福をされてから容量が増えたなと感じて、後ろ盾になってもらってまた増えて、それでも魔力を使いまくっていたら更に増えた。
誰にも言ってないけど、実は範囲魔法の範囲がえぐいことになっているのよね。
この大広間にいる全員に重力魔法かけて、跪かせることが出来ちゃうわよ。押しつぶせるし。
「いずれ各国からうるさくいろいろ言ってくるぞ」
「うえー」
音楽が終わり、広間が慌ただしくなる。
踊り終わって移動する人。このままもう一曲踊る人。次の曲を申し込む男性に囲まれている人もいる。
アランお兄様は、やっぱりパティの手を引いてダンスフロアーの中央に歩いていく。
「決まった相手がいないなら踊らないか?」
「え?」
「一曲踊ればノルマ達成だ」
「……私も踊らなくちゃ駄目なのかしら」
「さあな。でもここにいると、妖精姫と踊りたい男に囲まれるんじゃないか?」
「それはないな」
でも、ここでひとりでぽつんと立っているのはみじめよね。
本来なら、十歳の女の子なんだから両親にくっついていればいいんだけど、きっとうちの両親は、私がアランお兄様と踊ると思っているんだろうな。
それよりなにより、他国からのお客様であるカミルをほったらかしってどうなの?
知り合いの女の子なんてほとんどいないし、どの子がフリーかも知らないのよ?
踊る相手はあらかじめ決めておくべきでしょう。
「踏んだらごめんね」
差し出された手をそのままにしては、恥をかかせてしまうわよ。
これは、友好条約を結ぶ隣国との外交よ。
カミルなら昨日踊ったから、私のダンスの腕前はわかっているし、三回くらいなら足を踏まれる覚悟もしているだろう。
「あら? この曲」
始まったのは、昨日みんなで練習した曲だ。
「踊る必要があるならと、アンディにこの曲をリクエストしておいた」
「すっかり殿下と仲良くなったようね」
「彼は、死んだ二番目の兄に性格が少し似ている。一見、近寄りがたく見えるが懐が広い」
「そうね。彼は素晴らしい人だと思うわ。きっといい皇帝になる」
「……なのに皇妃になるのは嫌なのか」
踊りに集中してカミルの肩ばかり見ていたから、カミルがじっと私を見ていたのに今まで気付いてなかった。
ダンス踊っているんだから、普通は相手を見て会話するよねー。
でも近いんだって。抱き合っているのと同じくらいの距離なのよ。
美形は遠くから眺めるものなのに……。
「彼が嫌なんじゃないわよ。王族はみんないや」
「アンディに、きみの条件は聞いた」
「どんな会話してるのさ」
「いてっ」
「あ、ごめん」
だからさ、踊りながら話すなら、頭を使わなくていい会話にしようよ。
「なんで王位継承者は嫌なんだ?」
「それ、あなたが聞く必要ある?」
「あたりまえだ。きみが誰を選ぶかによって世界情勢が変わるんだぞ」
「はあ?!」
世界情勢?!
なんて大袈裟な。
「たった一声でアゼリア帝国の精霊王を動かし、ルフタネンの精霊王を寝床からひっぱりだして戦争を終わらせ、ベジャイアの精霊王を動かして内戦起こしたやつが何を驚いている」
ええええええ?!
私はただ、働けって叫んだだけなのに?!
「精霊王は、精霊が被害にあっているのに放置するのかって文句を言ったのはあなたでしょう」
「文句じゃない。伺いを立てただけだ」
「いいえ。あの時精霊王を煽っていたのは、私じゃなくてあなただからね。……って、あ」
「あぶない」
転びそうになった私をカミルはひょいっと持ち上げて、もともとそういうダンスだったように、ふわりと床に着地させてくれた。
ルフタネン風の上着と私のドレスが花のように広がって、きっとドローンで空撮したら奇麗だったと思う。
「踊りながら話すのは無理だな」
「昨日からそう言ってるでしょ」
「じゃあテラスに行こう」
さっくりとダンスをやめて、カミルは私の手を引いて歩きだした。
え? いいのかこれ。
曲の途中だけど、踊ったことにはなるのかな。
カーテンを開くと、明るい午後の日差しが眩しい。
広間の中と外で別世界みたいよ。
そして寒い! 晴れていたって、庭には雪が積もっているんだから。
カミルは、ルフタネンやベリサリオと同じ感覚で外に出ようって言い出したでしょ。
「そうか、寒いのか」
「馬鹿でしょ」
「おい。いくらなんでも」
「ここに来るまで気付かなかった、私も馬鹿でしょ」
「……結界を張ろう」
「イフリー、寒いよー」
『馬鹿だろ』
『馬鹿だな』
くそー! 精霊獣達にまで言われた!
「カミル、どうしたんだ?」
「ディア様、こちらでお休みですか」
ほらーーー。急にテラスに出たりするから、キースとシェリルとアイリスが慌ててやってきたじゃない。
吐く息が白くて気の毒だわ。
「せっかくの舞踏会だから、気にしないで楽しんできて。ほら、ジェマが来たから大丈夫よ」
ジェマも子爵令嬢なんだけど、もう舞踏会はいつでも出られる年齢なので、ここはお仕事をしてもらいましょう。
「少し話をするだけだ。足を踏まれるだけならいいが、彼女は転ぶから」
「世界情勢なんて話を、ダンスをしながらするのがおかしいって気づけ」
「自分の行動が、帝国だけじゃなくて世界に影響するって自覚しろ」
どんだけーーーーー!!
私はなにもしていないわよ。
行動力がありすぎる帝国の精霊王達がいけないのよ。
まさか精霊王サミットがアーロンの滝で開催されるとは思わないでしょう。
「おふたりとも、あまり大きな声を出すと広間の中に届いてしまいます。温度調整だけでなく防音をしてください」
ニックまで来たのか。
ジェマに連れて来られたのかも。
この姉弟、ベリサリオのために働きすぎだわ。
おかげでふたり揃って、いまだに独身よ。特にジェマはやばいんじゃないだろうか。
「そうね。あちらに座るわ。みんな、周囲の警戒と防音よろしくね」
私の指示に精霊獣達が嬉しそうに動き出す。
広間では、精霊の状態でおとなしくしていないといけなかったのがつまらなかったんだろう。カミルやキースの精霊まで、私の指示に従って動き始めた。
「で? なんの話だっけ?」
「どうして王位継承者じゃダメなのかって話だ。本当はアンディと婚約するのが一番丸く収まるんだぞ。それが、婚約者候補が他に発表された。きみを誘った精霊王は自国に帰って人間達に話すだろう。今度は各国の王族を納得させなくてはならないぞ」
「なんで? 私が誰と結婚するかは私が決めるのよ。他の国の王族がどう思おうと知ったこっちゃないわ」
「……アンディの苦労を増やすなよ」
だから、なんでカミルが帝国の皇太子の心配をしているのよ。
「私はね、誰かのためだけに生きるなんて出来ないししたくないの。皇妃になったら、家族にだってそうは会えないでしょ? 子供だって次期皇位継承者になってしまって、自由にベリサリオに連れて帰ったりは出来ない。そんなの嫌よ。国のため、皇帝のため、個人的なことは後回しにして公人として生きる? 三日ともたないわ」
「帝国よりベリサリオが大事か」
「うーん。そうなのかも。ベリサリオは生まれて育った場所だもの。愛着があるわ。でも他の領地や皇都は、同じ帝国だけど、そこの領主がちゃんとしなさいよって感覚ね。でも他国と帝国だったら帝国のために動くわよ。シュタルクの精霊獣を育てた女の子の話は知っている?」
「モアナに聞いた」
ジェマが持ってきてくれたティーカップを手に取った。あったかい。
カミルは、なんでそんなことを聞くんだろう。
ルフタネンにはたいした影響があるとは思えないのに、彼は私がカップで手を温める様子を、じっと見つめていた。
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