成人した人を祝ってあげようよ
年末年始は何かと忙しく、更新が遅くなるかもしれません。
目立つなんてことは、全く心配する必要がなかった。
成人する人より目立たないようにって考え方が、日本人ぽかったのかもしれない。
今回は未成年の御子息御令嬢も参加出来るため、多くの子にとって初めての舞踏会だ。そりゃあリキ入れて着飾ってくるわ。
成人済みの人達だって、いろんな人に出会う最大のチャンスだ。昼の舞踏会なので露出は控えめだが、柄の入ったドレスや鮮やかな色合いを身に着ける人が多い。
デビュタントの人達だって負けていない。
白を基調にしてはいるけど、刺繍に宝石がちりばめられていたり、裾にいくにしたがって鮮やかな色にグラデになっていたり、お金とセンスをふんだんに使っている。
お友達もみんな、とっても奇麗だ。
ミーアなんて幸せにあふれてきらきらしている。
カーラだって優しい陽だまりのような色のドレス姿が似合っているのに、ヨハネス侯爵家は家族全員の表情が冴えない。
三日前、学園に顔を出してカーラと話してきたのよ。
あの一件以来、公の席で家族が顔を合わせるのは初めてだから、私はカーラにだけ挨拶しようと思っていたんだけど、カーラに止められてしまったの。
ノーランドとの仲がどうとかベリサリオと喧嘩したとかより、家族内の軋轢がひどいらしい。
いまだにヨハネス侯爵も夫人も、何のかんの言ってノーランド辺境伯家が味方になってくれると甘く考えているんだって。夫人は散々甘やかされてきたし、辺境伯家が代替わりしたじゃない? 新辺境伯のコーディ様はヨハネス侯爵夫人のお兄様に当たるわけだ。両親が厳しいことを言っても、お兄様なら助けてくれると思っていたみたい。
でもそうはいかないわよ。コーディ様にしたら娘のモニカが皇太子妃候補になったと発表される大事な日なのに、皇太子と結婚したら苦労させられるだろうから娘は候補に入れるな、なんて言い出したヨハネス侯爵と仲良くするはずがないのよ。
私のことも、そろそろ機嫌が直っているだろうから、カーラに声をかけてきたら、家族全員と仲がいいと周囲に思われるように振舞おうって話が出ていたそうだ。せこい。
だからカーラは、私に責任を押し付けるような手紙を書いて、茶会に参加させてくれなかった父親も、弟ばかりを可愛がり自分にあまり興味を示さなかった母親も嫌いだし、私に迷惑かけたくないから素通りしてくれって言っていたの。
私達が近付いているのに気付いているだろうに、カーラは後方にいる御令嬢と話し込んでいる。両親がヨハネス侯爵家を素通りして、カーライル侯爵家に挨拶するのに合わせて、私も彼らには視線を向けずに前を通り抜けた。
カーライル侯爵家で両親が挨拶している間、私は後方から来るカミル達を気にしていた。カミル達は知り合いが少ないから、もう私達に追いついてしまっているのよ。
ここにダグラスがいてくれてよかった。アランお兄様と三人でしばらく話して時間を稼いでほしい。
次に並んでいるチャンドラー侯爵家には、ちゃんとご挨拶しなくちゃいけないんだもの。
今は派閥はなくしたんだっけ?
それでもチャンドラー侯爵家はパウエル公爵にとても近しい侯爵家で、うちとは因縁の深いおうちだわ。
エーフェニア陛下と仲違いしていたパウエル公爵も、今では政治の中心人物でベリサリオともとっても親しい。精霊獣大好きな公爵と親しいだけあって、チャンドラー侯爵も夫人のキャシー様も精霊獣をしっかり育てている。
キャシー様は学生時代にお母様と恋敵だったけど、つい最近、和解して今ではお友達よ。
そして、今日は私がブリジット様と和解しなくちゃいけない。
コルケット辺境伯のパーティーに紛れ込んで、私に高飛車な態度で話しかけてきた、あのブリジット様よ。
お兄様と同学年のブリジット様も、今日がデビュタントだ。
彼女と話したのは、もう四年も前だもの。見違えるほど大人になっていた。
もともと美人さんだったところに艶やかさが加わった感じ。白い肌にゴージャスな赤毛。深いブルーの瞳が印象的なお嬢さんだ。
きっと四年前は大勢の人に怒られたんだろうな。
その結果、こんな落ち着いた艶やか美人になったんだったら、もう黒歴史なんて忘れちゃえばいいと思うの。
私だって、前世を含めて忘れてしまいたいことはいっぱいあるわよ。
「アラン、ディア。チャンドラー侯爵夫妻とは初対面だったな。ご挨拶を」
うちの兄妹が、如何に皇都に顔を出さないかよくわかるね。
まだまだ初対面の高位貴族が何人もいるわよ。
チャンドラー夫妻は年齢差があるみたいで、侯爵は夫人よりずいぶん年上に見える。穏やかそうな感じの侯爵と色っぽいマダムという感じの夫人は、だいぶ見た目のタイプは違うけどとても仲良さげだ。
「ディアドラ様、以前うちの娘がご迷惑をおかけしたそうで、大変申し訳ありません」
「まあ、そんな昔のこと、まったく気にしていませんのよ。今日はデビュタントおめでとうございます」
チャンドラー侯爵夫妻に丁寧に詫びを入れてもらって、こっちが恐縮してしまう。
ブリジット様も緊張しちゃっているみたいだ。
「ありがとうございます。でも、お詫びはきちんとさせていただかなくては」
「お気持ちは確かに受け取りましたわ。それであの件は終わりにしましょう。ブリジット様とお呼びしてもよろしくて?」
「はい」
「では私もディアドラとお呼びくださいな。高等教育課程には知っている方があまりいないので、お友達になっていただけると嬉しいですわ」
「あ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
ほっとしたのか泣きそうな顔になってしまっているんですが。
本当にこの子が、あのブリジット様なの?! 別人じゃなくて?
顔に面影があるもんな。すごいな、たった四年でここまで成長するもの?
私はこの四年で、身長しか成長してないわよ。
「学園の後期が始まりましたら、ぜひ寮にいらしていただきたいわ。予定が合うといいんですけど」
うんうん。いい感じに仲直りが出来た。
アランお兄様は、自分は関係ないって顔でさっさと歩きだしているけど、寮にお招きしたらちゃんと挨拶してよね。
「あの……妹は、ブリジットはきちんとお詫びしたんでしょうか」
ここまで来ると、あとは辺境伯家と公爵家しかいない。
パティとは笑顔で言葉を交わしていたら、挨拶を終えたばかりのレベッカ様がひっそりと声をかけてきた。
「はい?」
「ディア、レベッカ様はブリジット様のお姉さまなのよ」
あああああ、思い出した。
コルケット辺境伯の令嬢とお友達で、間違えて招待状を届けられて、捨てたはずの招待状を使われてしまったお姉さまだ。
うわ、グッドフォロー公爵家嫡男のお嫁さんになっていたの?!
高位貴族の世間て狭い。
「ちゃんとお詫びいただいて仲直りしましたのよ。これから仲良くしていただきたいと思っていますの」
「まあ、ありがとうございます!」
すっごい感謝されてる。
レベッカ様だけじゃなくて、グッドフォロー公爵家全員から感謝されてる。
これはこれで居心地悪いわ。
無事に挨拶を終えて自分達の立つ位置に並んだ。これでもう私の仕事は終わったようなものよ。
私達より上座にルフタネン一行が並び、その横がもう皇族が並ぶ台に上る階段の一段目よ。
皇族とテラスに出た人達と皇太子婚約者候補は別の入り口から入ってくるから、貴族の入場はこれで終わったことになる。
アーロンの滝に参加できなかったことを考慮したのか、グッドフォロー公爵家がうちの隣に並んでいた。パウエル公爵が上座を譲ったみたい。
「デビュタントの方々はフロア中央に移動をお願いいたします」
成人した人とエスコートする人される人が一緒に中央に移動するので、かなりの人数が中央に移動した。
婚約者や恋人がいない人は、家族がエスコート相手になるのが普通だ。
中には成人した者同士のカップルもいて、とても初々しい。
やばい。お兄様にエスコートされる自分の未来が見えるわ。
皇太子殿下がエルドレッド皇子とクリスお兄様を引き連れて入場すると、大きなざわめきが起こった。元辺境伯や公爵は、いつの間にか自分の家族たちのいる場所に移動しているので、皇太子の周りには若い人達しかいない。
皇太子の側近もいるけど、全員十代の男の子よ。
ちょっと頼りない印象にならない?
でもさすがに格好いいわよ。
皇太子は、白を基調とした色ではなく皇族の色であるディープロイヤルブルーの上着を着ている。
それに比べてクリスお兄様は、白を基調にするどころか真っ白よ。日本の結婚式の新郎くらいに真っ白。皇族より皇子様っぽいかもしれない。
ふたりが並ぶとね、女性が思わずため息をついてしまいそうなくらいに素敵。
ちょっと特殊な趣味をお持ちのお嬢様も、この組み合わせには満足するだろう。
「新年の始まりの日によく集まってくれた。先程精霊王方への挨拶のために、アーロンの滝において面会を行ってきた。これも今年で三年。精霊王との仲は良好で、さらに今年は近隣諸国五か国の精霊王も訪れ、アゼリア帝国に祝福をいただけた」
おおお……とどよめきが起こり、その場の視線がいっせいに私に向けられた。
あ、元辺境伯や公爵が自分の席に戻ったのは、私のせいだ。
近隣五か国の精霊王を集めた妖精姫より上座にいたくなかったんだ。
皇族とクリスお兄様は問題ないし、側近は皇太子をお守りするのがお仕事だから仕方ない。でもそれ以外が妖精姫より上座で、台の上に並ぶのはまずいという気遣いだ。
まったく気にしないんですけどね。
むしろ、私の存在は無視してくれてかまわないんですけど。
「全ての精霊王が我が国を好ましく思ってくれているようだ。今後も精霊と共存し、精霊王とともにこの国を繁栄させていこう」
やばいよね。
自分の国の人間の前に姿を現していない精霊王まで勢揃いしたんだもん。
話を聞いた他国の指導者達が、帝国にどんな態度を取るかが問題だ。
私も巻き込まれるんだろうな。
「この祝いの席で、私の婚約者候補を紹介させてもらう」
ルフタネンから来た客人への言葉と、ルフタネン王太子の婚礼の祭典にパウエル公爵とベリサリオが訪問するという話の後、とうとう皇太子の婚約者候補が決定したことが発表された。
今までとは違う雰囲気のどよめきの中、あちらこちらで小さな悲鳴が上がっている。
「ノーランド辺境伯家令嬢のモニカ嬢とオルランディ侯爵家令嬢スザンナ嬢だ。彼女達は私の婚約者候補であると同時に、ベリサリオ辺境伯家嫡男クリスの婚約者候補でもある。今後、どちらがどちらの婚約者になるかは、皇宮で妃教育をしながら本人達とそれぞれの家の意向を考慮して決定する」
紹介されて広間に入ってきたモニカとスザンナは、一際輝いて見えた。
モニカのドレスはバッスルスタイルに近い。前と横には膨らみが少なくすっきりと見えて、身長の高いモニカのスタイルの良さがよくわかる。背中側だけに膨らみを持たせ、腰に大きなリボンがついているおかげで、大人びた雰囲気が優しく緩和されていた。
アクアマリン色を基調としたドレスは、モニカの金色の髪を更にゴージャスに見せてくれてるわ。
スザンナは最新流行の横スリットからレースが覗くカメリア色のドレスだ。
ピンク系統のドレスを、こんなにシックに着こなす人はそうはいないわよ。本当にこの子十三歳?
発育がよすぎるし、この大人びた美しさはおかしいだろ。そりゃ男がいろいろちょっかい出してくるわ。
でも内面は普通の十三歳の女の子だから、そういう男が嫌いになっちゃうんだよなあ。
「うそだろ……」
背後で誰かが小さな声で呟いた。モニカかスザンナを好きだったのかな?
あちらで倒れた御令嬢がいるみたいだけど大丈夫か。
皇太子やクリスお兄様の相手が決まるまでは、少しでも可能性のある令嬢は、もしかしたらと可能性にかけて相手を決めずにいたそうだ。
それも今日で終わり。
少女たちの夢が幕を閉じたわけだ。
新年なのにね!
死にそうな顔をしている令嬢や、倒れた令嬢が、少しでも早く立ち直ることを祈りたい。
「また、近衛騎士団長でもあるランプリング公爵がエドキンズ伯爵家令嬢ミーア嬢と、私の側近であるブリス伯爵家子息エルトンがリーガン伯爵家令嬢イレーネ嬢との婚約が決まった」
この皇太子、新年早々絨毯爆撃しているぞ。
もう死屍累々だからやめてあげて。
新年最初のダンスはデビュタントの人達が踊る決まりだけど、今年だけはお披露目ということで、皇太子とクリスお兄様が婚約者候補をエスコートして踊ることになっている。
いつも公の席で見せる近づきがたい表情を一瞬緩め、皇太子がモニカに手を差し出す。はにかんだ笑顔でモニカがその手を取ると、またあちらこちらで小さな悲鳴が聞こえた。
クリスお兄様も負けてはいない。視線を絡めて手を差し出しながら何か言ったんだろう。スザンナは一瞬目を見開いて、すぐに笑顔になった。
惚れさせればいいんだろうと言っていただけはある。クリスお兄様のエスコートは完璧だ。でもスザンナも負けてはいない。どこか面白がっているような笑顔で、踊りながら言葉を交わしている。
音楽が切り替わるところでふた組のカップルが交差し、今度は皇太子がスザンナを、クリスお兄様がモニカをエスコートしてダンスを続けた。
なにこれ、練習したの?
素敵だけど、みんなの注目を一身に浴びて踊らなくちゃいけないって地獄だろ。
「他国の精霊王が集合したって本当なのか?」
話しかけられてふと周囲を見回したら、いつの間にか家族がいなくなってカミルが隣に立っていた。
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