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宮廷魔道士オタク説

「お初にお目にかかります。ディアドラ・エイベル・フォン・ベリサリオです」


 ドレスを摘まんでカーテシーを行い、ふと視線をあげたら、その場にいる全員が希少種でも見つけたみたいな真剣なまなざしで私を見ていた。


「ほお、きみがディアドラか。これは可愛らしい」


 エーフェニア陛下は、私の顔と私の頭上に並ぶ全属性の光の球を見比べながら微笑んだ。

 お母様は素敵な人なのよとよく言っているけど、それはお友達だからだ。

 油断のない眼差しで私を見ながら、頭の中はフル回転でいろんな計算をしていそう。

 そりゃそうよね。皇帝だもん。

 この人の決断ひとつで、国が滅びることだってあるんだから。


 将軍のまなざしも同じ。

 ただ彼は、私よりお父様の様子を油断なく見つめている。

 精霊王と繋がりを持ち、私という娘を持つお父様が今後、どのような態度で何を求めるのか、宮廷での発言権がどれほど強まるのか、将軍としてはそれが気になるのだろう。


「クリスが弟や妹を自慢していたのも無理はないね」


 アンドリュー皇子は優し気な笑顔を私に向けてから、クリスお兄様に話しかけた。

 この子も内心は穏やかな気分じゃいられないだろうな。

 今のままだと彼も第二皇子も精霊を手に入れることは出来ないんだから。

 ただそれは、森を壊して精霊王を怒らせた大人達のせいで、皇子達には何も問題がないんだってことがわかったのはよかったんじゃないかな。


「後ろにいる五人が宮廷魔道士どもだ。こんなに多く連れて来てすまんな。どうしても精霊獣や精霊王をこの目で見たいとうるさくてな」


 皇帝一家が横にずれると、転送陣の間から黒いローブに身を包んだ五人の男が姿を現した。

 先頭にいるのは三十代半ばくらいかな。陰気な顔で栗色の髪がぼさぼさだ。たぶん彼が宮廷魔道士長なんだろう。三属性の精霊が右肩の上で漂っている。

 彼のすぐ後ろにいる副魔道士長は、二十代半ばのなかなかに綺麗な顔をした人なんだけど、不健康そうに細くて姿勢が悪い。そして彼も興味津々な顔で私を見ている。

 他の三人も魔法や精霊について調べる事には興味があっても、自分の見た目にはいっさい興味がなさそうだ。

 こんなにのめり込んでいるのに精霊と対話してないってことは、研究しすぎて視野が狭くなってしまっていたのかな。


 なんというか、オタクの一団と遭遇した感じ。

 私にとってのオタクってアニメが好きとかゲームが好きなやつじゃなくって、自分の好きな物へののめり込み度がハンパないやつのことなのよ。

 ただアニメが好きなだけじゃなくて、監督や声優や制作会社まで調べちゃうとかね。

 広い意味で言うならば研究者もオタクだよね。

 のめり込んだ物が仕事になっているか、趣味になっているかの違い。


「その子供がそうですか。精霊獣はどこです? 出して見せてください」


 魔道士長が前に二歩くらい歩み出てこちらに近づきながら、急かすように言ってきた。

 敵意があるんじゃなくて、早く見たくて仕方ないって感じ。


 私も好きが高じて薄い本まで出して、不規則な生活して、それが原因で死んじゃうくらいだから、たぶん彼等とは仲良くなれそうなんだけど、絵面が悪い。

 前のめりに幼女に近づいてくるってやばいでしょ。

 それに私が下手に答えると話がややこしくなりそう。

 私はお父様の上着をぎゅっと掴んで、背後に隠れた。


「挨拶も名乗りもせずに、我が子を直接脅すとは。宮廷魔道士長は余程身分が高いのですな?」


 私の頭を撫でながら、お父様が怒りの籠った声で言った。

 あれ? 私が答えるよりやばい空気になっていない?


「精霊獣が見たいなら、あとでゆっくりとご覧ください。うちの領地ではすでにディア以外に三人が精霊獣を持っていますから」


 クリスお兄様までもが冷ややかな口調で言いながら、私を守るように前に出ている。

 アランお兄様なんてお父様の後ろに回って、私と手を繋いで大丈夫だよって言ってくれている。


 やばい。

 宮廷魔道士長は四歳の幼女を怖がらせた我が家の敵になっている。

 だから、見た目も大事なんだよ。

 髪をちゃんと()かせよ。


「あなた達、エーフェニア様の御前ですよ。このくらいで怒らないで」

「いや、今のは魔道士長が悪い。そんな失礼な態度なら皇宮に戻れ」

「申し訳ありません。精霊獣に会えると聞いて気が急いてしまいました」


 お母様と陛下のおかげで、少しだけ空気がやわらかくなった。


「魔道士長と副魔道士長は氷魔法が使えるそうですな」

「はい。ここにいる五人とも使えます」

「ならば帰る時には、ぜひ自分の精霊獣を連れて帰ってください」

「は?」

「ディアドラが精霊を精霊獣に進化する手伝いをするそうです。そうだな、ディア」


 お父様にポンポンと愛情をこめて頭を軽く叩かれて、私はひょいっと顔を出して魔道士長を見上げた。


「はい。頑張ります」


 私が頷くと黒いローブ姿の魔道士達が、期待の籠った眼差しで笑顔を向けてきた。

 うん。その笑顔もちょっと怖いぞ。

 お兄様達の顔が引き攣っているぞ。

 でも研究一筋の魔道士には、子供との接し方なんてわからないよね。

 異性との接点もなかなかないんだよね。

 やだ。前世の私を見ているようで、涙がこぼれそう。

 

「剣精も精霊獣になるのか?」


 太い声で突然将軍が聞いてきた。


「なります。普通の精霊とそれは同じです」

「おおそうか」


 将軍は火の剣精がいるから、気になっていたんだろう。


「時間がもったいない。いつまでもここで話さないで湖に向かおう」

「そうだったな。では、案内してもらおうか」


 魔道士達に精霊獣について説明するために、アリッサが協力してくれることになっていたので、屋敷を出たところで合流した。

 彼女は水の精霊獣を出したままだったので、魔道士達が彼女の姿を見つけた途端ダッシュしたよ。もうびっくり。この運動不足間違いなしの集団が全速力だよ。

 驚いたのはアリッサの方だよ。

 突然、黒ローブ姿の男に囲まれたら怖いっつーの。

 

「おまえら、いい加減にしろ!!」


 陛下に怒鳴られても、彼らは何が悪かったのかきっとわかっていないな。


 アリッサの水の精霊は金魚みたいな水色の魚だった

 体に比べて大きくてひらひらの尾びれを揺らして、それは優雅に空を泳ぐ。

 湖への道を歩くアリッサの周囲を、ふわふわと泳ぐ魚を観察したくて、反復横跳びしながらついていく副魔道士長、怪しいからやめなさい。

 私に話しかけたくて、周りをうろうろする魔道士長も怪しいからやめなさい。

 

 クリスお兄様はアンドリュー皇子と、アランお兄様はエルドレッド皇子と話をしながら歩いている。

 年齢的にも同じ時期に学園に通うことになるし、今から親しくしておくのはお互いにとってプラスになるし、性格的にも仲良くなれるんじゃないかな。

 

 私はいつも通りふたりの執事に守られている。

 今日は人数が多くて、私専用の護衛はいないの。精霊獣がいるしね。

 

 木漏れ日に照らされた小径はそよ風が涼しくて、あまり外に出る機会のないエーフェニア陛下は楽しそうに将軍と談笑しながら歩いていた。

 草原は誕生日パーティーの時とは違ってひっそりとしていて、湖はどこまでも澄んで静かで美しかった。


「じゃあお願いね」


 私の言葉にイフリーとリヴァが精霊獣の姿になると、魔道士達がどよめいて近づいて来ようとして近衛兵に止められている。

 とうとう近衛兵にまで危険だと思われているじゃん。しょうがないなあ。


『精霊王、おられるか』

『おお、来たか』


 声と共に湖面の表面が光り輝き、やがてその光が空に浮き上がると共にスモークブルーの髪の美しい男性が姿を現した。

 もう私は何度も会っているので、すっかり近所のお兄さん気分の水の精霊王だ。

 私にとっては顔見知りでも、皇帝一家や魔道士にとっては初めて会う人外だ。

 姿の美しさも存在感も威圧感も、人間とはまるで違う様子に呆然としている。

 

「精霊王、今日は願いを聞き届けてくださりありがとうございます」

『かまわぬ。そこの者が土の精霊王の森を壊した皇帝か』

「知らぬこととはいえ、申し訳ありません」


 皇帝が頭を下げると、続いて将軍も皇子達も魔道士達も跪き頭を下げた。

 私達家族は彼らの会話の邪魔にならないように、脇に退いて静観の構えだ。

 下手に口出ししては駄目だってお父様に注意されているし、怖くて口出しなんて出来ない。


『我に謝っても意味がない。あの地は我の領分ではないからな。そこの辺境伯に頼まれたから、土の精霊王に話をしてみたが、今更知るかとそっぽを向かれた。どうしても自分達と話がしたいというのなら、森を同じ場所に元通りにして返せとの話だ』

「それは……」


 無理を言う。

 今から木を植えても、森に育つまでには何年もかかる。

 その前に、その場所にはもう家が建ち人が住んでいる。

 でも精霊からすれば、自分達の住処は壊しておいて人間の住処は壊せないのなら協力なんてしないという、わかりやすい言い分なんだろう。


 『彼らはもう新しい住処を捜していた。その地に拠点を移せば皇都は砂漠化する。学園周辺の森も消え去るだろう』


 まじか。

 もうそんな話になっているのか。

 

「わかりました。あの地に住む人間を移住させ、再び森に戻します。どうか暫くの猶予をいただきたい」

「私からもお願いしたい。此度の事は我らの無知が招いた事とはいえ、精霊王に敵対する気は毛頭なかったのだ。一度でいい。我らと会って話をしていただきたい」

『何度も言うが、我には関わりのない事。話を通すのは一度きりという約束だ』

「くっ……」

「そこを何とか……」

『ならば言葉より態度で示して見せればいいだろう』


 女帝と将軍が人間を移住させると言っているのに、なんとも冷たい態度だ。

 私達家族に接する時とは別人のよう。


『時にディアドラ』


 やめて。

 私に振らないで。


『おまえの事を他の精霊王に自慢したらな、ぜひ会いたいと言い出してな』

「……瑠璃」

『ふふふ。そなたに名をもらったと話したら、皆も欲しがっていた』


 勝手に自分達でつけあえばいいじゃない。

 精霊獣に名前を付けたら羨ましがったから、仕方なくつけてやっただけなのに。


『我ら四人とおまえだけが出る会合だ。その場なら、土の精霊王も少しは態度をやわらげるかもしれぬ』


 皇帝一家がはっと顔をあげ、期待を込めた眼差しを向けてきた。

 え? これ、失敗したらやばいんじゃないの?

 成功しても、もっとやばいんじゃないの?

 私、皇都砂漠化を救った幼女になっちゃうんじゃないの?

 目立ちたくないんだって。

 そっとしておいてほしいんだってば。


『おまえが我ら四人との会合に出てくれるのなら、我ら四人は今後おまえの後ろ盾になろう』

「あの……それはどういう……」

『おまえの意に添わぬことをする者は排除する。国がおまえの意に添わぬことをした場合は、全ての精霊がこの国を去る』


 ……え?

 ……はい?


「ディアドラ、ありがたく受けておいた方がいいお話だと思うよ」


 クリスお兄様に言われて驚いた顔を向けたら、真剣な顔で頷かれた。


「いつか、精霊王の庇護が必要になる日も来るかもしれない。きみはもう目立ちすぎている」

「……やっぱり?」

『どうする、ディアドラ』

「会合に出るのはいいのです。喜んで。ただあの、土の精霊王にお話する自信がなくて」

『ははは。あまり心配するな。では話はこれで終わりだ』


 は?

 皇帝一家がわざわざ来たのに?!

 今のやり取りで終わり?!


「えーーーーー!!」

『精霊王が揃ったら迎えに行く』

「私の都合は無視ですか!!」


 それはそれは楽しそうに笑いながら消えていく精霊王を、唖然と見送る私達。

 湖に石をたくさん投げ入れてやろうか。


「クリスお兄様。くそめんどくさい事になってしまいました」

「そんなことないんじゃないかな。たぶん、きみが顔を出すことに意義があるんだよ。普段のままできみは面白いから大丈夫。それより、四人の精霊王という後ろ盾が出来たってことが重要だよ」


 いやそれやばいだろう。

 うちの発言力をどれだけあげるつもりなの。


「まだ四歳の子供に大役をまかせてすまない。だがたのむ」

「おやめください。エーフェニア陛下」


 女帝が頭を下げようとするのをお父様が慌てて止めた。


「私達も帝国の国民なのですから、皇都が砂漠化するなんて事態を放置は出来ません。我が娘が役立つのならこんな嬉しい事はありませんよ」

「辺境伯。なにか希望があったら言ってくれ。そなた達がいなければ我が国はペンデルス共和国のようになっていたかもしれない」


 もとは一つの国だったのに砂漠化によって往来が厳しくなり、独立する地域が増えてしまった結果、共和国としてどうにか国としての体裁を整えている状態になっているのがペンデルスだ。


「特に希望と言われましても……おお、そうでした。他の精霊王のいる地域の領主達との会合の場を設けていただきたい。今はまだ我が領地と一部の皇宮の人間しか今回の事を知りません。他の地域も精霊王の怒りを買わないうちに、我々が知った情報を伝えないと」

「それは……私が主催して場を設けるという事か?」

「はい。そのつもりで話しておりました」


 あくまで皇帝が中心で話を進めているという事にしないと、全てお父様の実績になってしまうもんね。

 それに精霊王のいる地域同士が手を組んだりしてもやばいし、他の地域への情報の伝達や、精霊の育て方のレクチャーなんていう面倒な仕事も残っている。


「そうか。わかった。急いで場を設けよう」

「ありがとうございます。それとディアドラについてお願いが」


 また注目の的です、私。

 もうね、悪意とか好意とかじゃなくて、この子なんなの? って視線なの。

 なんでそんなに精霊に好かれちゃってるの? って視線。


 私が聞きたいわっ!!

 どういうこっちゃねん!!

 

「他領で精霊についての説明が必要な場合は、宮廷魔道士の方々にお願いしたい。そのためにもぜひ、精霊獣を手に入れて帰っていただきたい。ディアドラはまだ四歳です。彼女と精霊王との繋がりを広めないでいただきたいのです」


 ありがとー!! お父様!!

 もうこれ以上の注目はいりません。






 お父様の要望を快く受け入れて、皇帝一家は皇都に帰っていった。

 もっといろいろ吹っ掛けられてもおかしくないのに、私の事を広めないだけでいいならお安い御用だよね。


 宮廷魔道士達はさすがにオタクだけあって、魔力量も多く、精霊との対話もそれは楽しそうにやっていた。見ている方がつらくなるくらいに。

 ただ魔力量を測る道具があって、それで私の魔力量を測ったら魔道士長より多くて、かなり驚かれた。


「生まれてから三年以上、魔道具の玩具で遊び、精霊と遊び、魔力を使い切って気絶して、目覚めたらまた使い切るまで遊ぶを繰り返していましたから、そりゃ誰よりも多いでしょう」


 クリスお兄様が説明してくれていたけど。

 天才ってこわい。

 なんでばれたんだろう。


 おかげで宮廷魔道士達から、師匠と呼ばれるようになったよ。




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