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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
少女魔王と農夫勇者と吟遊詩人
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第6話 吟遊詩人と法石賢者

 なけなしの金で安宿を探したが時期が時期なだけにどこも一杯で、私は仕方なく小さな時計塔の屋根裏に野宿した。


 英霊祭の目玉である式典の当日、歴々の勇者や大賢者の遺物や石碑を開帳するカーニバルで、大通りから中央の教会は礼拝者と買い物客と観光客で溢れていた。私は今後必要になりそうなもの、楽器用の木材とニスと糸だけ露店で安く購入して聖堂に向かった。


 私は不死だがもう一つ、私自身が最も実用的で便利だと考えている不思議な力がある。『無意識下に潜る能力』とでも呼ぶべきか。何故か知らないが、私は法族にも魔族にもあまり意識されない。全ての生命に意識されないと換言できる。音楽を奏で始めれば耳を傾けてもらえる事も多いが、そうでもしなければ魔族に襲われる事も、人に話しかけられる事もほとんど無い。極稀に感性鋭く私を見つける者もいる。高位の術師や無邪気な子供にそんな者が多い。

 ただ、いつしかこの能力を意図的に使える様になり、本気を出せば誰にも見つからない程度に上達した。私が吟遊詩人として史実を客観的に伝え聴かせる事が出来るのは、この能力のおかげと言っていい。どんな戦いの中でも、私は傍観者でいられる。

 以前、シェラハにそれを話したらこんな事を言われた。


「それは寂しい能力ね」

「私が雄弁に語るための、有益な能力だ」

「これは同情で言ってるんだけど……」

「同情? 同情される要素がどこにある?」


 今のような人の濁流で特等席を獲得するのに最適な能力だった。無言で横柄な教院の僧兵達が観光客の流れを制してくれるので、私はその内側に入って間近で彼女に容易に再開する事が出来た。法界で最も輝いた勇者にして賢者。遺物でも史跡でも無い本人の亡骸。

 

 大英雄、シェラハ=ジュエルウォール。シアン色のクリスタルの中で少し上を向いて、走り出しそうな勇ましいポーズを取っている本当の勇者。

 白く張りのある肌、白く輝く髪、自ら燃料にして焼け落ちた両腕……彼女はあの日のままの姿でそこにいた。


「ああ……なんて美しい……」

「世界樹が作り出した至高の法石だ」

「平穏を、法族の安寧の時代をありがとうございます」


 そんな感嘆が至る所で聞こえたし、敬虔な信徒の中には泣く者も少なくなかった。だが違う。生前のシェラハの美しさはこの比ではなかった。種類が違った。シェラハからは大事な何かが損なわれていた。それについ最近どこかで見た気がした。長く生きているとこういうデジャブが多い。


「花は咲いたか、シェラハ?」


 死んでしまったからだろうか? 喋らないからだろうか? 動かないからだろうか? 私はシェラハが死ぬまでの半年程、彼女の農園を手伝った。在りし日の彼女は病に弱りながら、それでも美しかった。忌々しいほどに眩しかった。


「もう会う事も無いだろうからこれで……さようなら」


 私はそれだけ残して、落胆とともに喧騒のレラを抜け出した。長々と見続ける価値もないような気がした。

 取り留めもなく考え眺めているうちに私は気がついた。クリスタルに閉じ込められた今の彼女は墨絵の中の私にそっくりなのだ。有り体に言えば浮かない顔をしている。だがもっと根深い部分、魂や生命の根幹が沈んでしまっているのだ。それはなんだか勿体ない様な気がした。

 生前のシェラハは生き生きとして、いつも独自で独創的なメソッドを語った。彼女しか描けない世界感をありありと、眩い力強さで表現した。

 ちょうどあんな絹のような金髪をなびかせて、さも当たり前の様に……


「シェラハ?」


 私はいるはずのない彼女の幻影を捉えて、東の街道から少し外れた草むらまで歩いてしまった。


「シェ……」

「何かご用ですか?」


 振り向いた顔と声で私は馬鹿げた妄想からようやく覚めた。顔も声も男のものだった。


「すまない、人違い……だった?」


 生き過ぎたせいか。古い記憶は曖昧になるのかもしれない。


「妙な方ですね」

「失礼した」


 私は逃げ出すように街道へ戻った。シェラハにそこまで深い思い入れがあった自覚はないが、もしかしたら私の奥底には彼女に対する強い感情があったのかもしれない。だからあんな幻影を見たのだろう。


「ちょいちょい、こっちこっち」


 感情、情緒の類が極めて薄い私にとって、その根源を掘り当てる事は大きな恩恵をもたらすかもしれない。それは私の奏でる音にも……


「おい、こっちやて!」


 今の私はどうかしている。ミハスの幻聴まで聴こえ始めた。と思い、声の方を見れば岩影からなつかしい顔が覗いている。幻視でもなさそうだ。


「ミハスか、久しぶりだな」

「あんたは相変わらず元気のかけらもなさそうやな」


 ミハスは四天王の一角の女で人に近い形をしているが、昆虫に似た艶やかな白い外殻に蛾の様な触覚と複眼を持つ。高位の時空魔術に長け戦闘でも無類だが、最近はニケの世話係が本業になりつつある。半透明の長く白い羽根が陽光を透かして虹色に輝いていた。


「こんな世界樹の麓まで来るという事は大規模な作戦でもあるのか」

「そんなどーでもええ話せんと、こっち来ぃや。アンタと違うてアタシ有名人やから見つかるわけにいかんの? 分かって?」


 私は岩影に連れ立って、ミハスと相対した。


「それでレラまでなんの用だ? よく私を見つけたな」

「寝言は寝て言え。クラインから連絡受けて来たんや」

「ああ、そういえばミハスが遣いで来たのか。私にそんな重要な用事が?」

「ニケ様がお呼びや。なるべく早く来て欲しいとさ」


 私はニケにもヴォルゴーにも忠誠を誓った事は一度も無い。魔族は自分勝手だ。彼らは私を魔族だと決めつけている。そして魔族は魔王に忠誠を誓うものだと勝手に決めつける。だからその絶対権力を争い、魔王の座を魔族同士で頻繁に奪い合うのだが、ヴォルゴーの時代にはほとんどそれが起きなかった。それほど彼が強かったのだ。だからヴォルゴー失脚の機会を窺い燻っていた名うての魔族たちは、彼の死と同時に狼煙をあげた。

 まさに魔界は群雄割拠の乱世だった。この頃の話は魔界でも法界でも大人気だ。だが結末は今ひとつドラマチックに欠けるもので、のらくらしていたニケが成り行きで魔界を総べてしまった。

 やる気のないニケは魔族も法族もほとんど殺さず、振り掛かる火の粉を払うだけなので挑戦者が絶えなかったが、最近はめっきりいなくなった。血の気の多い無頼の魔族たちは皆けんもほろろに、取りつく島もなく跳ね返されて、ようやく父親より強いかもしれない事に気がつき始めたのだ。


「なんの用事か聞いていないのか?」

「ニケ様、今回はアタシ等にも教えてくんないのさ。アンタに直接頼みたいんだと」

「面倒そうだな」

「ニケ様にそこまでつっけんどんなナメくさった態度とれんのマジでアンタくらいやで。ほれ、早くここ入り」


 ミハスは言いながら時空を歪め、ゲートを開いた。これほど短時間に長距離を繋ぐ時空系の術は大変難しい。世界と魔界を合わせても十人に届かないだろう。


「どうしても今すぐか?」

「答え聞かんと分かるとやろ」


 どうせ断っても無理やり押し込まれるだけなので、億劫ながらも私はそのゲートをくぐった。

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