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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
36/38

第36話 吟遊詩人と深淵絶望

 私は記憶の中をただ泳いでいた。それしか出来なかった。

 私が殺した全ての生命に再開していた。三千年分の感情が堰を切って、号泣したい様な、叫びだしたい様な激情が私の心を燃え上がらせる。だがもう私には涙を流す機構さえ存在しない。私は悔しかった。


『でも私、リュートの悲しい話好きだよ』


 ありがとうクレイディア。そして済まない。私もクレイディアを好きだった。

 私は出会ったたくさんの命が大好きだった。ヴァレスティが、アニスティが、ヴォルゴーが、シェラハが、ニケが、ミハスが、コトルが、クレイディアが……皆と過ごした時間に数え切れない笑顔があった。


 不思議な事に記憶の中の私はよく笑っていた。目を細めて、大きく口を開け、声を出して。本来私がこんな呪われた存在でなければ、あんな風に笑えたのかもしれない。

 だが私は違った。おそらく気づかない振りをして無意識に避けていたのだ。これから殺す人間と、真に笑いあえるはずがない。

 

 ……これから殺し合うというのに、笑い合っていた二人がいつかどこかにいた気がする。


『花も悪かねぇか』


 そうだ、ヴォルゴーとシェラハは笑い合っていた。あの短い時間にお互いを認め合って……笑顔とは誰かとの関係性の中にしか生まれないのだ。ずっと一人だった私が笑えた筈がない。それどころか私はその関係性を断ち切る刃だった。

 私の感情や人間性に欠陥があったのではない。私は欠陥そのものだった。私が死を生み出すシステムなら、出会った全ての生き物を殺すなら、誰もいない荒野で朽ち果てよう。最期だけはシステムに殉じない。誰も殺せない死のシステムというナンセンスでいい。


 ……その方がいい。その方がいいのに、私はニケとコトルの待つ荒野へ向かっているらしい。


『お兄さんはいっつも一人っきりで弾いてるね』


 一人でよかったのだ。出会った人を全て殺すなら、出会わない方がよかった。ディケティアもオーブルマスも私が長居しただけで崩壊してしまったのだ。私はそれに気づかない振りをしていただけで、心のどこかで分かっていた。だから旅を続けていたのだ。けれど、ずっと一人ではいられなかった。悲しい曲でも誰かに聞いてほしかった。


『もしこの大地に芽吹く命があったら……それは世界を変えるの。少なくとも私はそう思っているわ』


 私から遠い存在だった彼女は、私が死を生み出す存在である事を知っていたのかもしれない。これから自分を殺す存在にあんな笑顔、真夏の太陽みたいな笑顔を向けるから、私はシェラハが眩しすぎて苦手だったのだ。でも好きだった。だからひび割れた大地を耕し、水を引いた。


『初めてリュートを見た日、綺麗な人だなって見とれてたの。信じてもないくせに四皇院の聖典にある天使が舞い降りて来たのかの思っちゃった』


 綺麗だったかもしれない。永遠に死を生み出す死神なのだから。だが私は綺麗でなくていいから、クレイディアに生きて欲しかった。もっと話を聞きたかった。私の歌を聞いて欲しかった。彼女は温かかった。

 だがそのせいで彼女は死んだ……私が殺した。


『私は、千年を紡ぐ糸になりたい』


 最高の勇者と最高の魔王なら、最高の物語を紡ぐだろう。彼らの邪魔だけは絶対にしたくない。シェラハの命と使命を受けついだ天才は、きっと未来を変えるだろう。


『いつもより……少しだけ悲しくない曲だったね』


 あの日、ニケのために作った曲は傑作だった。悲しいとか、嬉しいとか、そういった人知を超えた美しさをほんの少し捉えた気がした。もう少し時間があれば、あの続きを……人が踊り、魔族が口ずさむ曲を作れる気がしたのに。もう楽器を持つ手はなくなってしまった。


『ここを一面の花で埋め尽くしてよ。そしたらうちはまたここに来る。その時はここで採れた美味しいお茶が飲みたいな』


 どうして私は二人のいる荒野へ向かっているのだろう。今更、手遅れな今になって、ニケとコトルの言葉を聞きたくて仕方がない。自分自身がその糸を断ち切る刃であることに絶望しながら、その衝動を抑えきれずにいる。

 誰もいない場所へ行きたいのに、生き物が恋しい。私の誰もいない場所へ向かいたい意志なのか、ケルの生を求める習性なのか、もはや分からなかった。私はニケとコトルのもとへ向かっている。その両方かもしれない。


 それにニケ、コトル……お前たち二人ならきっと私を殺せる。だからあそこへ向かうのだ。


 どれだけの時間が経ったか分からない。心は退行し、感情や思考はほとんどなくなっていた。進路にあるものを飲み込みながら進み続けたのだろう。ただ、荒野に懐かしいボロ屋を見つけた時は心に篝火が灯ったように嬉しかった。目の前が明るくなった様な気がした。


 私にとって最後の灯火、最高の勇者と最高の魔王は庭にいた。ニケとコトルは長椅子で幸せそうに寄り添って、本当に嬉しそうに手を取り合って死んでいた。


「すまない」


 間に合わなかった……私が二人を殺したのだ。ニケの遥かな夢を奪い、コトルの千年の糸を断ち切った。私は悔しくて、辛くて、絶望して、死にたかった。


「殺してくれ」

 

 早く消えたい。この世界に存在していたくない。してはいけない。私は本当に絶望した。

 

「誰か私を殺してくれ!」


 涙が止まらなかった。私は生まれて初めて慟哭した。

 体があることに気づいたのは、しばらく後だった。

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