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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
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第32話 吟遊詩人と其々旅路

翌朝の暁、海から日の出を見に甲板へ出ると、コトルがまだ暗い朝を見つめていた。


「怪我はもういいのか」

「僕はやっぱり法族ですね。こっちにいると怪我がすぐ治ってしまうみたいです」


 それは勇者にとても大切な資質だ。本人がそれを望もうと望むまいと、勇者の血はコトルの中に色濃く受け継がれている。だが彼はありがちな勇者とは違う道を歩み始めた。魔王と協調し、誰も知らない未来を模索している。


「二日酔いではないらしいな」

「そんなに飲んでいませんから、お酒弱いんです」


 いつも通り何を考えているのか分からない微笑だが、この朝は少し弾んだ声に思える。私は彼に習って夜明けに一際明るい枝葉を眺めた。傍にはクリスタルが寄り添っていた。


「魔界樹は元気か?」

「元気ですよ。なにせ生命力が桁違いですから。ですがそれはおそらく時間の問題でしかありません。根本的な解決には至っていない」

「それは世界樹でも同じ事だろう」

「その通りです。ですから魔界樹と世界樹の交配や接木を試してみようと思い立って、こんな大胆な強奪を……言い出したのはニケですが」


 その発想に驚いて、私は目を見張った。他の誰かが言おうものなら一蹴、あるいは嘲笑の的になりそうだ。


「何も生まれるはずがない。魔力と法力はぶつかれば消える」

「皆がそう思い、試した者はいないでしょう。しかし樹、それ自体は別です。そしてあの二つの大樹は系統的に大変よく似ている。見た目こそまるで違うけれど、根や幹に見られる形質はそっくりなんです」


 デタラメに思えて、しかしそこには当人なりの道筋がある。彼もまた凡夫と呼ぶには縁遠い存在なのかもしれない。純朴そのものに思えるこの青年の中にはどれほどの炎が猛り狂い、どれだけの濁流が駆け巡っているのか。


「魔も法も宿さないものが生物と成り得るのか……そこに何が残る。白く朽ち果てるだけではないのか」


 私という例外を棚に上げて反射的に訊いたその言葉は、自分でも負け惜しみに聞こえた。コトルは真っ直ぐ私に向いた。その顔を見て一瞬、無礼な物言いに怒ったのかと思った。


「何も残らなくてもいいのかもしれません。私の命はもともとニケがいなければ失なわれていましたから。いえ、だからこそ、この鼓動が続く限りは従事したいんです。試せる限りの事はしたいのです」

「何も結果が残らなければ、従事した事にすらなり得ない」


 こんな世迷言で真の傑物は揺るがない。彼は命に対する研究者であり先駆者だ。どんなに言葉を尽くそうと、その探究心と信仰心を犯す事は誰にも出来はしない。


 私はきっと……私のこの反論を打ち砕いて欲しかったのだ。そして彼は望み通り論理的に、雄弁にそれを説いた。


「私の見地から言えば、世に生きる法と魔のほとんどがそこを勘違いしています。私に言わせればどんなに結果を出しても、それが一代で終わってしまっては意味がありません。ですが、普遍的な理論や方法を残せば、例えそれが当世で芽吹かなくともいいのです。数百年を経てもその種に水を撒く誰かさえいてくれれば」

「なるほど、システムを残せばいいのか」

「そうです。私はそうやって、千年を紡ぐ糸になりたい」


 これまでの自身の倒錯に気づき、心が急に軽くなった。

 私はシェラハに嫉妬していたわけでも、コトルに悪態を吐いたのでもない。眩しかったのだ。彼らの生き様、言葉、思想、ありとあらゆる精力と活力が強く濃すぎて遠大すぎて、どこかに隠れる場所を探していた。日傘を差す様に、私は自分の隠れ蓑になる言葉を探していただけだ。三千年も孤独な音を奏でるしか出来なかった矮小な自分を隠したかったのだ。


 彼は光で、そして植物だ。意思や自我といったエゴの先にある繁栄だけを見通している。


「結果は己の目に見えずともいい、のか」

「私なんかとても恵まれていますよ。だってもしかしたら、あなたが結末を見届けてくれるかもしれないんですから」

「植物の唄なんか、退屈過ぎて飽きられてしまいそうだ」


 だがもし万が一見届ける事があれば、私はそれを聴かせ奏でるだろう。遠い未来を夢見た一人の農夫の美しい生き様と、その傍らにいた心強い魔王の物語。もとより悲しく冗長な唄を語り継いできた身だが、事実であれば客は意外と退屈などしない。


「唄ってもらうなんて高望みはしません。もとより唄になるような劇的な人生じゃありませんから」


 否定しようとした時、船内から荷物を背負ったニケが出てきた。白んだ空の中ニケはまっすぐこちらへ来る。私にはいつも通りのニケに見えた。


「ニケ、顔色が優れませんね。まさか二日酔い?」

「いや、なんか分かんないけど全然寝られなかった。あの枝のせいかも」


 三人並んでその枝を見る。不意に空が明るくなり、三人揃って日の出の瞬間に見入った。美しいとか綺麗だと感じる思考さえも奪うような光景に、私たちはしばらく閉口した。すっかり明るくなるとニケが切り出す。


「さ、そろそろ行こう。別れの挨拶なんて柄じゃないし」

「そうですね。実は僕もそう思って甲板で待っていたんです」

「あの荒野へ戻るのか」


 私の質問には答えず、二人はこっちを見た。


「というわけで、説明頼むね。海賊の皆へのお金とお礼はここに置いてくから」

「もし機会があればいらしてください。百年後だって千年後だって構いませんから」


 それだけ残して二人は浮かび上がり、巨大な枝とクリスタルが二人の力で音もなく吊り上げられた。母と父が巨大な子供と手を繋いでいるようだ。

 私はそっけなく手で返事した。それ以上は必要ない。天才に凡夫がかける声援など必要ないだろう。


 なぜか気が軽くなった。私の目は確かに光を捉えている。鼻は磯の香りで満ち、海鳥の鳴き声も、肌寒い空気も確かに感じる。ただ例外なのは痛みや死が無い事、それだけではないか。前向きに考えればそう思えた。今しがた聞いた大きな志に比べれば、取るに足らない些事だ。


「あら、やっぱり行ってしまったのね」


 空から舞い降りる翼人は朝日を背に輝いていた。『なぜ外にいたのか』なんて聞くのも忘れた。


「彼らには彼らの旅がある」

「私たちには私たちの旅、か」

「私もそろそろ旅立たねば」


 長居をしすぎた。漠然とそんな観念が私を突き動かした。


「ずっと居たっていいのよ? もちろん青の雫の船員としてではなく、セドゥンピアの復興人としてだけど」

「私はどうも旅をしてないと落ち着かないらしい」

「放浪の気質があるのね」

「強迫観念だろう」

「またそうやって自分を卑下する。それ、リュートの悪い癖よ」


 それはそうかもしれない。私は妙な違和感を振り払って胸を張った。


「では自信を持って旅をしよう。それが生きがいなんだ」


 クレイディアは笑ってくれた。

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