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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
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第30話 吟遊詩人と月夜交渉

「操舵、適当な海に下ろして。ソナー手だけ交代でお願い。あとはもういいわ、歓迎の準備をしましょう」

「なあ、船長」レダーグが不思議そうに聞いた。「魔王って誰の事だ?」

「きっと会ったら驚く人よ。すぐに分かるわ」


 クレイディアに続いて私と数人が甲板へ出た。凪いだ海に飛空挺が着水すると、追ってきた海賊船から大きな包みを抱えたニケが手を振り上空からジャンプ、ふわふわ宙を舞って私の目の前に着地した。


「久しぶりだね。元気してた?」

「あいにく病気をした事が無い。そっちも元気そうだな」

「全然だよ。こっちの法力にあてられて具合悪くしそう」


 私は後ろの世界樹を見た。曇り空の夜にこの青はひどく目立つ。


「計画は順調そうだな」

「君の目は節穴だね。順調じゃないから世界樹まで盗んでるのに」

「なるほど、言われてみればそうか」


 なんという事か。私が伝え聞かせる物語が必ず通る道、この二つの目まで節穴だったら、それはもう滑稽という言葉では言い表せない虚しさが溢れてくる。虚構だ。


「それで、なんの用?」

「用があるのは私じゃない。このクレイディアだ」


 後ろでずっと肘を組んでいた船長は、腕を解いてニケに歩み寄った。恐れもなく、至って平静な様子だった。


「初めまして、私がクレイディア。この船の船長です」

「はあ、どうも。あ、これが約束のお金だって」


 ニケが置いた大袋を部下に持たせてクレイディアは命じた。


 「数えておいて。あいつら1万リルぐらいちょろまかしてるかもしれないわ」


 さらに片手で合図して、シェラハとコトルを月の海賊船へ受け渡す。コトルはもう自分の足で歩いていた。ニケはそれを見送る。


「コトル、怪我してるの?」

「うちの船医によると、命に別状はないそうよ」

「そっか、良かった」


 ニケを見た法族の多くが、最初この少女を魔王だと気付けない。法族にはニケがあまりにも凡庸に見えるのかもしれない。あるいは、魔王にあるまじき人間味を感じるのかもしれない。


「魔王ニケって聞いてるけど、間違いない?」

「間違いないと思うけど、なに? 何の用なの?」


 青の雫がどよめいた。目の前に魔を統べる王がいるのだから当然だ。クレイディアは海賊船を見遣った。


「まだ彼らにはクラインの計略を話していないみたいね」


 ニケが恨めしそうに私を睨んだ。クラインの事を彼女に話したのがまずかったのだろう。


「まあ言ったら問題になるのは明白だからね」

「騙しているのね」

「うぅん……」ニケは少し考え込んだ。「そういう事になるのかな。うん、騙しているんだと思う」


 クレイディア例のごとく、目を閉じてゆっくり羽を動かした。彼女は怒りや焦り、恐怖や軽蔑で言葉を左右しない。最も的確な言葉を模索しているに過ぎないのだ。だから次にどんな言葉を選ぶのか、常に興味深かった。クレイディアが極短い時間でニケをどう評価したのか。


「率直に聞きます。私がクラインの居場所を聞いたら教えてもらえる?」


 この言葉からどんな分析が出来るのか、私にはよく分からなかった。


「それは構わないけど、うち知らないよ」

「そう、分かった。ありがとう」


 それだけか? クレイディアはそれ以上追求するつもりがないのだろうか。


「あ、ちょっと待ってて。ミハスなら知ってるかも」


 言うが早いか、ニケはゲートへ逃げるように消えた。入れ替わるようにコトルが戻ってきて、私とクレイディアに相対した。


「これだけは言いたくて……青の雫の方々には助けてくれた事に。詩人さんには歴史を教えてくれたことに感謝致します」

「上手く花が咲くといいな」

「ええ、お陰様で農地の方も順調です。いつかまたおいでください。その時はきっともっと美味しいお茶が出せますよ」


 私はニケに意地悪を言われた気がしたが、あの茶を飲んだ時よりはいくらか気分がいい。


「ではいつか、私も花園でご馳走になろう」

「花園となると遠大かもしれませんが、あなたなら問題ないでしょう」


 そう言ってからコトルはなぜか決まり悪そうに頭をかき、クレイディアに視線をやる。


「それから実は……船長さんにひとつお願いがありまして」

「なに? 私が船長のクレイディアだけど、何かご用でしょうか?」

「端的に言いますと、月の海賊団の方々が『青の雫と一緒にお酒を飲みたい』と言っておりまして」


 クレイディアはふふっ、と声を洩らして笑いながらコトルを船内へ招いた。


「自分から言う度胸もないシャイなお子様はお断りよ。それと物騒で口の悪い海賊も要検討。ただ、品格と由緒と度胸を持った勇者様は大歓迎。質問攻めでもよければね。向こうより医療設備も整ってるわ」

「いや、私はしがない農夫でして、それにその旨を月の人たちに知らせてからでないと」

「あとで無線しておくから心配ないわ。実を言うと、もうあなたとニケさんのための宴席だけは整ってるのよ」


 半ば女衆に引きずり込まれるコトルを見て私は考えた。どうしてクレイディアはコトルに対して少し強引で、寛容なのだろうか? なんだか態度がずれていて滑稽の要素を持って見える。これは笑劇の種にはならないだろうか?


「ねえねぇあの人、さっきの女は?」


 急な背後の声に振り返ると、ニケが上半身だけゲートから出して小声で喋っていた。ゲートの生成と移動がだんだん早くなっているのは、気のせいではないだろう。


「船内に戻った」

「ミハスも知らないって、伝えといて」

「自分で言えばいいだろう」

「あの人さ……」さらに口を寄せてニケは囁いた。「うち、あの人めっちゃ苦手かも」


 それは意外だ。だが仮に私の推論通り、ニケとクレイディアが似ているとすれば、同族嫌悪を引き起こしても不思議はない。


「頭が良く、温厚で冷静だ。話してみればきっと打ち解けると思うぞ」

「そこだよ。なんか虫の居所が悪い時のミハスそっくり」

「怒らせなければいい」

「いやいや、もうクラインの事でめっちゃ怒ってるじゃん」


 私は漫然とではあるが直覚した。ニケはきっと怒られそうで、またクレイディアが怒ったら怖そうで潜在的に苦手なのだ。そして大した理由もなく、ニケとクレディアを引き合わせたくなった。


「これから宴会をやるそうだ。ニケの席もあるそうだし、コトルはもう船内に降りているが、行かなくていいのか」

「え、何それ。行く行く」


 ああ……そういう事か。ニケの為に船内へのドアを開けてようやく思い至った。クレイディアが強引にコトルを連れ込んだのは、ニケを誘い込むためだ。

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