第28話 吟遊詩人と狂決死行
馬鹿らしくて誰にも言っていないが、私は常々、四皇院こそケルの底なのではないかと密かに考えている。
四皇院という巨大な宗教団体は誕生以来、根本はなにも変わっていない。私に言わせれば『魂の救済という名目で金と死を生み出すシステム』だ。異教徒、異端者、魔族、背信者、蛮族……ありとあらゆる者をありとあらゆる理由で弾圧する。それで信者は救われた気になり金まで納めるのだから、人の心理を余すところなく利用した、本当によく出来たシステムだ。
『長期に渡り、死を生み出すシステムに似たバグ』、それは私の伝え聞くケルの底の特徴と酷似している。バグかシステムか、という概念的な違いしかない。自由奔放な義賊や海賊が最も嫌う種である事は当然の摂理かもしれない。
「進行方向に魔力の反応……しかも途轍もない密度です」
「月は魔界樹を材料に船を新造したらしいわ。そこで間違いない」
深夜、青の雫は月の海賊団の潜む海域へ航行した。クレイディアは船員に詳しい経緯を話さなかったのに、船員は誰一人疑問を呈さず船に乗り込み、それぞれの配置についた。ひとえにクレイディアの人望と信頼の賜物だろう。指図一つで機敏に動き、メインマストを交換して雫のマークを消した。
「到着しました」
「私と副船長で行きます。他は待機」
真夜中の雲の上、月明かりを手掛かりにクレイディアとレダーグが颯爽と歩き出し、私は気配を消してそれに続いた。甲板に出ると隣の一隻、月の海賊船では松明を持った船員が二人見えた。そこにレダーグはジャンプ、クレイディアはふわっと羽ばたき、飛び移る。
「いやホント助かったぜ。つっけんどんに断られた時はどうしようかと思っちまった」
「余計な話はいりません。時間がないから本題に入りましょう」
月の海賊団がクレディアに要求した働きは主に二つ、先にレラに潜伏して下準備をしている仲間を世界樹の中腹で回収する事、回収したら陽動しつつ逃げ去る事。
「いいでしょう。金額に見合うだけの作戦かと思います」
「よく言うよ。誰が見たって破格だぜ」
クレイディアは冷たく、レダーグは不敵に笑った。
「金額に見合う働きはしますよ」
短いやりとりのあと二隻の船は別れ、青の雫の飛空挺は世界樹の指定されたポイントが見える、やや街から離れた草むらで時刻になるのを待った。今夜を決行日にした理由は雲だろう。分厚い雲があれば、有事の際に逃げ込める。
ブリッジで作戦を全員に伝えると、レダーグが張り詰めた空気をほぐした。
「しっかし貧乏海賊団がああも気前いいと気持ち悪いぜ」
「確かに私達の負うリスクは少なく、見返りは十分。リッチなパトロンに恵まれたんでしょう」
「世界樹を欲しがるパトロン……ね」
「最近では人工法石の研究が流行ってるわ。武具の素材としても最高クラス、魔界においては強力な魔除け、需要は無限にある」
だから四皇院は数多くの船と僧兵で警邏し、世界樹を盗まれないようにしている。好き勝手に持ち去られて値崩れを起こすのを防ぐためだ。四皇院に言わせれば『神の遺物を千切って持ち去るなど、神への冒涜に他ならない』という調子になる。
「いずれにせよロクでもねぇ事に使われそうだな……あ、分かった! あいつらも世界樹の船を造るつもりなんだ!」
「考え出したらキリがないわ。もしかしたら世界樹の実を食べたいって、酔狂な美食家かもしれないわよ?」
「スポンサーが? 実を? 世界樹って実がなるのか?」
「私が小さい頃に読んだ絵本では大きな実が成っていたわ。泣き虫さんが流した涙で初めて実をつけるの」
「あんだけデカい木に実がなるまでって……どんだけ悲しい事があったんだそいつは」
クレイディアは答えず、そのまま時計に目をやった。
「そろそろ時間ね」
その言葉に呼応するように、世界樹の根に近い部分が連続して青く光った。光は止む事なく、無数の法力の爆発は何かを追うようにうねり、上方へ伸びていく。船員全てがその意味を一瞬で把握した。
「月の馬鹿、ヘマしやがったんだ! 船長!?」
クレイディアは肘を抱えたまま、落ち着いた声で即座に号令した。
「操舵、全速で光の先へ」
レダーグは駆動したエンジン音に負けない声を張り上げる。
「もう沈んでるって! 百害あって一利なしだ!」
「言ったでしょう。金額に見合う働きをするって。誠意くらいは見せましょう」
風の隙間を縫って飛ぶ高速の飛空挺は一瞬で光の近くまで駆けつけた。クレイディアが目を鋭くして身を乗り出す。
「妙ね? 船らしきものが見えないわ」
「もう燃え尽きたんだろ」
「じゃあなんであいつら攻撃をやめないの?」
私も不思議だった。黒い十字架をマストに刻んだ船団は、青の雫の飛空挺にも気づかないほど躍起になって、目先の何もない世界樹の幹を撃っているのだ。
「違う! 何かあるぜ!」
「法石、水色の法石だわ。そんなこと……」
半ば真偽を分かっていながら、レダーグは引きつった笑いでこう言った。
「人……なワケねぇよな?」
「まさか!? 生身で逃げてるの!?」
法石とその上に乗る青年を見た瞬間、全てがうまく噛み合い連動する歯車のような、胎動の時から規則正しく脈打つ心臓のような、そんな美しい何かが私を揺らし、思わず嘆声が溢れた。
「いつからだ」
こんな事態になるとは想像もしなかったが、いまにして思うと私はずっとこうなる事を期待していたのかもしれない。私がシェラハの死にまつわる真実を伝えたから?
「いや……私に会うより以前からだ」
彼に初めて出会った日は英霊祭だった。年に一度のまたとない機会に下見に来ていたに違いない。だとすれば、それよりもずっと以前からこの馬鹿げた計画をたった一人で実行する気だったのだ。
荒野で再会して昔話をした際も、彼は憎しみを顔に浮かべるような素振りはいっさい見せなかった。それ以前にこれほどまでナンセンスで無謀な復讐劇を演じる人間だとは想像していなかった。これではまるで魔族の特攻だ。
コトルはニケと話し、クラウバーテの話で確証に至り、四皇院の凶行に怒り、私に扇動、あるいは後押しされたのかもしれない。それが海賊と義賊の協力、二重の強奪作戦という巧妙な構図を完成させたのだ。
クレイディアの言う『ピッタリはまったズレ』という表現が最も近いかもしれないが、これは狂気の沙汰だろう。
コトルは四皇院が崇める至高の英霊、祖母シェラハ=ジュエルウォールを奪還したのだ!
「下から直角に上昇して。マストで掬い上げましょう!」
男女の区別もつかないそのシルエットはクリスタルに乗って急上昇しながら、四皇院の砲弾を全て不思議な時術で受け流していた。だが長時間はさすがに無理だろう、近づくと流血らしき赤が流れていた。
「雲に隠れるまでの辛抱よ。蛇行しながら逃げ切って!」
操舵手が荒っぽくも精確な舵さばきで人影とクリスタルを拾い上げると、砲口が全てこちらに向く。クレイディアは手すりに摑まりながら皮肉った。
「違約金と追加の成功報酬はいくらになるのかしら」




