第27話 吟遊詩人と決戦前夜
私は新しい楽器作りに腐心していた。以前、地方の狩猟民族が狩に使う弓で楽器を弾いていたのだが、なめらかで広がりのある音色には手で弾くタイプの弦楽器とは違った味があった。小型の弓を作る手間がかかるし、それなりに納得の出来る音を出すのは試行錯誤が必要だった。
勤勉なクレイディアは多忙を縫って時々私のところに面白い、あるいはクラインに関係ありそうなニュースを持ってきた。
「新しい楽器、順調?」
その日、私はちょうど音色を確かめているところだったので、答える代わりに膝に乗せた試作品を鳴らした。
「私にはとっても綺麗な音に聴こえるけど」
「及第点ではある。だが満足じゃない。まだしばらく掛かりそうだ」
木片や糸が散らかった床に私はそれを置いた。実を言えば後で壊そうと思っている。音響を増幅するケースの部分にまだまだ改善の必要があった。弦の素材も定まっていない。
「掃除した方が良さそうね」
「心配いらない、もうすぐ出て行く。その時に綺麗に掃除しておこう」
「リュートさえ良ければ……」
そんな折、二人だけの廃屋にレダーグが駆け込んできた。現在はクレイディアが船長でレダーグが副船長だ。
「やっぱここにいたか船長」
「緊急そうね」
「ああ、月の海賊団が戻ってきた」
「あら、あいつら生きてたんだ。魔界樹目掛けて特攻したって聞いたけど。どこが緊急なの?」
「めずらしく仕事の話もって来やがった。しかもすげー美味い話」
「裏がありそうね。内容は?」
「船長と直接話したいそうだ」
青の雫の主力艦には遠くと通信する法石がある。二人は私に挨拶して廃屋を出た。
私はまた楽器を手にとって考える。ニケとコトルはおそらく荒野で魔界樹の研究に没頭しているだろう。では月の海賊団はあの後、何をしているのだろうか。興味深い事がおこりそうではある。
新しい木を削り始めると、しばらくして戻って来たクレイディアが珍しく少し怒っていた。
「あのチンピラ供、やっぱりゾハルさんがいないと駄目ね。口の利き方からしてなってないんだから」
「ゾハルも口は悪かったぞ」
「戦う時だけ二重人格みたいになるって聞いたわ。普段はとっても温厚な紳士だったのよ」
海底で見たゾハルの、あの牙も敵意も剥き出しに威圧する姿からは想像しづらかった。戦っている最中はクソだの反吐だのぶっ殺すだの、散々の言いようだった。
「交渉はどうなった?」
「決裂よ。あいつら何を要求したと思う? 最悪のものよ」
「検討も付かないな」
「それリュートの悪い癖よ。自分の考えを言おうとしないの。答えてくれなきゃお教えないわ」
私は少しカンナを止めて考えた。
「船員をよこせ、とか」
「それは確かに最悪ね……答えより最悪かもしれないわ」
「結局なにを要求したんだ」
「こっちの主力高速船一隻、さらに超無謀な作戦を手伝えって言うのよ」
「作戦?」
「世界樹の枝だか葉を盗むって、超ハイリスクローリターンな作戦。魔界の瘴気で頭やられたのかしら」
「ほう」
どうやら、ニケとコトルはまだ月の海賊団と繋がりが切れてはいないようだ。魔界樹だけでは飽き足らず、あの二人は世界樹に手を出すつもりなのだろう。二人はその巨大な枝でどんな魔法を起こすつもりだろうか。あの二人なら奇跡的な未来を創造する事さえ不可能では無いように思える。次の機会にコトルの家を訪ねてみたくなった。
「リュート、隠そうったってダメよ。私には分かるんだから。その顔は何か知っているわね?」
「よく分かるな」
「女って鋭い生き物なの。もしかしてクラインが関係してる?」
「無関係だろう。おそらく立案者はニケとコトルだ」
「コトルって……誰?」
「コトルは賢者シェラハの子孫で、植物を研究している」
クレイディアは目と口をポカンと開けて驚いた。
「なにそれ初耳だけど! なんでそんなすごいタッグが出来てるわけ?」
「話していなかったか?」
魔界での一件を話すと、クレイディアは悲しそうに空な目をした。
「そう、死んじゃったのね。ガナープさん」
「知り合いだったのか」
「有名人よ、うちの船も何隻かガナープさんが手がけたんだから。さっき言った主力の飛空挺も図面はガナープさんが引いたの」
「よほど腕の良い船大工だったのだな」
「それはもちろんだけど、人柄がね。俗世的なしがらみを度外視して人のために生きるタイプだったから」
私の見てきた勇者たちの中で、真に勇者と思える連中はみんなそんなタイプだった。あるいはあのドワーフも勇者だったのかもしれない。無類の船を手がける、職人気質のドワーフの勇者……彼と人生を共有する時間がもっとあれば、そんな隠れた勇者の物語も紡げたかもしれない。
「彼の最後の夢は叶ったろう。なにせ魔界樹で作った純正の船だ」
「もっと早く知りたかったわ。断っちゃったもの」
「すまない。そこまであの船大工に恩義があるとは知らなかった」
「そうじゃなくてさ」クレイディアは急に立ち上がった。「リュート、さっきから一つ大切な事を忘れていない? この件は決して、クラインと無関係なんかじゃない」
私は目を往復させてからようやく思い当たった。無意識でニケとクラインを切り離していた。二人の全てが対極すぎて結びつかなかった。つまり私とニケもきっと遠い存在なのかもしれない。
「ああ、そうか。ただニケもクラインの居場所は知らない可能性が高いぞ」
「元から見込みが少ないんだから、藁でも魔王でもすがるのよ。ほら早く準備して!」
「私も行くのか?」
「当然よ。リュートがいれば話がスムーズに進むでしょう? それにさすがに魔王と事を構える蛮勇はないわ」
私はクレイディアに急かされて主力艦、そのブリッジまで乗り込んだ。クレイディアは右舷側に佇む中年の通信手にささやきかける。
「月の連中と繋げる?」
「やってみます」。通信手は法石に手を当て目を瞑った。辺りがほのかに青く光る。「繋がりました。待っていたみたいです」
「女々しい連中ね」
通信手が法石に手をかざすと、どこかで聞いたような男の声がした。
『よぉ、どおした? 金ならこれ以上はホントに無理だぞ』
「それは構いません。先ほどの作戦ですが、どうしても理由を話したがりませんでしたね?」
『ああ、依頼主の意向でな。足がつくと困るってんだ。なにしろ四皇院はネチネチしつこいからな』
「足ならこちらで付けました。勇者と魔王の狂想曲なんて、素敵じゃありませんか」
クレイディアが不敵に口を笑わせて、悪戯っぽく私にウインクした。向こうでガタガタと何かが崩れるような音が鳴る。
『なんで知ってんだ!? そんな事ある?』
「吟遊詩人の幻想曲に導かれて、ね」
私の事だろうが、幻想曲という響きにどうも馴染めなかった。言われてみれば、私の話はいかにも幻想的かもしれない。事実をありのままに歌い伝えてきただけだが、時間という力がそれを幻想的なまでに歪曲させ、人々を魅了する。多くの生き物が私の話、悲しく虚しい閑話に耳を傾けるのは、そういった引力が原因かもしれない。
『あれ? 詩人さんそこにいんの!? あいつ男じゃん! なんでなんで!?』
「情報は宝ですから。どうしましょうか? このまま四皇院に作戦の内容全てバラして小銭で我慢しても、こちらは問題無いのですが……」
『そりゃあねえよ! 同胞のよしみだろ? それに詩人さんもそんなの望まないと思うぜ?』
クレイディアがまた私を見る。確かに、このまま物語……つまりは戦いも未来も潰えてしまうのは勿体ない。私は静かに頷いた。
「一つだけ追加条件があります。成功した際には小魔王ニケとコンタクトを取れるよう計らって頂きたい」
『あ”? そんな事急に…………』
向こうでくぐもった、ガソゴソという雑音が続いた。
「どうしました?」
『オッケーオッケー! その条件難しいと思うけど、頑張ってみるよ!』
「頑張ってみる?」
『いや絶対! 絶対なんとかするから!』
クレイディアはその後、終始事務的な態度で話をまとめた。通信を終えると横にいた通信手は怪訝な顔で船長を見上げていた。
「船長、今の話本当ですか? 向こうの依頼主が魔王って」
「というより、現在進行形で乗ってそうね。あの感じ」
確かに手で通信機を抑えて、誰かに確認を取っていたようにも思える。真横で聞いていたのかもしれない。
「四皇院を敵に回すんですね?」
「なるべくそうならない様に配慮するわ。危ない橋は極力むこうに渡ってもらいましょう」
「上手くいくでしょうか?」
「上手くやるのよ。あれがけ大きい樹だし、なんとでもなるでしょう」
聡明な彼女なら上手くやるだろう。驚くべき事に、決行は明日の深夜だ。




