第26話 吟遊詩人と一刻休息
前回、王都レラでクラインに会った記憶を最後に話し終え室内を見渡すと、誰も少なからず落胆らしい表情を見せていた。
レダーグが呆れた調子で私を見ていた。
「ただの思い出話じゃねえか」
「大して面識はないと言っただろう」
「収穫なし、っと」
拍子抜けした様子でレダーグがため息を吐いて出ていってしまった。女たちはみなそれに続いて出ていってしまう。しばらくして私とクレイディアだけが残った。
「詩的ね」
「詩人だからな」
「ああ、ごめんなさい。これは悪口じゃなくてポロっと口から出ちゃっただけなの。あなた達二人とも、詩的でどこか幻想的」
不思議な感じだった。船員が出て行った途端にクレイディアがいくらか子供に見え、言葉の調子までも幼く感じた。
「クレイディアはどこかニケに似ているな」
「私が? うそっ、そんな強そうに見える?」
足を組んで座っていたクレイディアは不思議そうに自分の身体を見回す。
「ニケは強そうには見えない」
「じゃあどんなところが?」
「どんな、と聞かれてもよく分からないが」
向かいの席から彼女はずいっと顔を寄せてきた。
「ねえ、小魔王ってどんな女なの?」
私はそれからしばらく、彼女にニケやヴォルゴー、見た事もない都市や歴史の話を聞かせた。クレイディアは終始興味津々で、話の世界に入っている様だった。私にはその静かな空間が心地よかった。
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翌日、私は旅支度を整えてクレイディアに面会した。彼女は甲板の手すりから、朝日に映える世界樹を見ていた。
「私はそろそろ行く。他に何か聞き残した事はないか?」
「急がなくても大丈夫だけど」
「約束がある」
「誰とのどんな約束?」
「アニスティと精霊祭に行く約束だ」
「精霊祭……それってディケティアの?」
「よく知っているな」
「有名だもん。アニスティって誰? 吟遊詩人さんの恋人?」
「違う。そんな事を聞き残していたのか?」
「違うわ。」世界樹の深い青を吸い込んだクレイディアの瞳が私を捉えた。「これは閑話よ」
言語を操る者はみな閑話で笑い合う。私は真面目に話しているのに笑われる。私は閑話を真面目に喋っているだけなのかもしれない……滑稽だ。
「閑話は苦手なんだ」
「じゃあ閑話休題ね。ディケティアの精霊祭はまだしばらく先のはずだけど」
「歩いて行くと時間がかかる」
「歩いて行くの!?」
クレイディアの翼と目が大きく開かれた。大袈裟でコミカルな所作だ。
「おかしいのか?」
「ディケティアくらい飛空挺で連れていくわ。そのくらいは正当な対価よ」
「それは助かる」
「しばらくセドゥンピアでゆっくりしていって。必要なものは私が買ってくるから」
道中いくつか町をブラブラしながら、ゆっくり旅をするのが数少ない楽しみの一つなのだが、それを言うのが少し憚られた。私はいつもどこか急いていたのかもしれない。
『ゆっくりする』という行為は私にとってなぜか罪悪感があった。
「では……そうしよう」
壊れた天空の町。孤立した孤独の廃墟。私の住処には似つかわしいかもしれない。
私はセドゥンピアの小さな廃屋で気ままな生活を始めた。青の雫はその間義賊らしい振る舞いは見せず、ただセドゥンピアの再建と復興に努めた。私は建物や法炉を直す仕事を時折手伝い、昼夜を問わず働いて驚かれたりした。クレイディアは時折必要な生活用品を聞きに来たり、特に用もなく訪ねてきた。彼女は私が食事や睡眠を必要としない事を不思議がらなかった。
その間、人を笑顔にする音楽というものを真剣に考え、作曲した。物語も面白おかしいストーリーを選択しようとしたのだが、それが何か分からなかったのでクレイディアに相談した。
復興の仕事が終わった夜に船まで赴くと、クレイディアは書斎で手記を付けている最中だった。
「面白い話が知りたい?」
「そうだ」
「そんなのリュートの方がたくさん知っているんじゃない?」
「知っているかもしれないが、区別がつかない」
クレディアが笑い声とともに机から頭をもたげた。私は音楽でこの笑顔にしたい。
「なるほどそういう事か。いいよ、時間あるし面白そうな話を片っ端から聞かせて」
「……」
「どうしたの?」
私が歌にする話は膨大な数になる。滑稽そうな話だけに絞ってもどれから話していいか見当も付かなかった。
「どんな話を人は面白いと思うだろうか」
「よく笑い話にされるのは突飛な勘違いね。登場人物が言葉や人物を勘違いして失敗をするのが落ち。どれもとてもテンポがいいわ」
そういった話は後学のためいくつも見てきた。確かに分析としてはクレイディアの言う通りの展開が多い。大抵の登場人物は聖人君子ではなく、欠点やミスが笑いを誘うらしい。
「それの何が面白いのだろうか」
「言われてみると『面白い』とか『楽しい』って複雑な感情かもしれないわね。『ピッタリはまったズレ』みたいな?」
論理的なクレイディアの発言とは思えない複雑怪奇な発言だった。『ピッタリはまったズレ』……矛盾しかない。
「複雑だな」
「複雑すぎると駄目なんだと思うんだけど、うまく言葉にするのは難しいわね」
書斎を薄暗く灯すカンテラを眺めながら、私は少し記憶を探った。
「ずれた話ならいくつもある。昔、城主の娘と高名な騎士、それに砦を守る悪名高い法術師がいた」
「設定は面白そうね」
「騎士は雇われて娘のお付きになった。だが実は城主の資産が目当てで、結局は嫌われ者の法術師に助けられる、というのがこの話の結末なのだが……」
続きを聞かずクレイディアは小さな笑い声をあげた。ずれた話というものはここまで人を笑わせる力があるのかと、私は感心した。
「そんなに面白いか」
「違うわ。リュート先に落ちを言っちゃうんだもの。今のはリュートのずれが面白かったの」
私は閉口した。笑われる事は出来るのに、笑わせる事は出来ないのだ。それはあたかも物語に出てくる道化師のようで、決して語り手ではない。
「私はやはり吟遊詩人に向かないのかもしれない」
「そんな事ないわよ。悲しい曲を悲しく聴かせるって、よっぽどの才能よ。練習すればいつか楽しい曲だって」
私は気をとりなおして次の話題を探してみた。ピッタリはまったズレ……
「ではこれはどうだろうか。海になりたかった翼人と、空に憧れた魚魔の古い実話だ。しかも舞台はここセドゥンピアだった」
「私の祖先かしら、それだけ聞くと期待感はあるわね」
「二人の男女のすれ違いの物語だ」
「ラブロマンスかしら、術でどうとでもなりそうだけど」
「ところが当時は今ほど術が成熟していなかった。空を飛ぶにも海に潜るにも、適した法石や魔石に頼りきりだった上、それらの石はラナックやセドゥンピア建造のために使われ、大変貴重で高価だった」
「ずいぶん昔の話なのね、それたぶん歴史的にとても貴重な情報よ」
「ではその手記にでも書き残しておいてくれ」
私が語り継いでもおとぎ話にされてしまいがちだが、クレイディアなら別かもしれない。彼女は羽ペンを振って『了解』とでも言いたそうな合図をした。
こんな風に、私は空の歯車と悠久の滝に囲まれて、閑話に興じ、楽器を作り、曲を練って過ごした。月の海賊団が弩級の依頼を持ってきたのは1ヶ月を過ぎた頃だ。




