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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
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第25話 吟遊詩人と鏖殺記録

 100年程前、私とクラインは『万丈の図書塔オーブルマス』で初めて出会った。


 古代のエルフが建てた静謐で荘厳な万丈の塔は、吹き抜けで見上げても天井が見えないほど高かった。私の後ろから入ってくる観光客のほとんどが同じように天を仰ぎ感嘆した。

 私は静かで飽きないその場所がすぐに気に入り、毎日大した目的もなく気になる本を手に取っては、旅を忘れて読む日々を送っていた。読む本には旅行記が多かったから、あの場所で空想の旅に切り替えただけかもしれない。


 私が初めてクラインを見つけた時、彼は塔の中腹で高い脚立の最上段に座って分厚い本を読んでいた。私と同じような黒一辺倒の格好だったが、断然上質そうな服だったのは覚えている。赤いラインの入った固そうな詰襟のジャケット、漆黒のスラックス。手足が細く長い黒髪を一本に結わえているので最初は女かと思った。


「お前、いま俺を見たな」


 その落ち着いた声で男だと気がついた。目が険しく、ひどく寝不足のような紫の隈が印象的だった。あの時は『図書館まで来て因縁をつけてくる輩がいるのか』と鬱陶しく思ったが、いま考えれば納得がいく。私自身も話しかけられた事を不思議に思ったのだから。


「それがどうかしたか」

「どうして俺を見た」


 因縁をつける様子でも無く、真面目に変な質問をする男だと、当時はそれくらいにしか思わなかった。


「偶然だ」

「……まあそういう事もあるか」


 それっきり、クラインは本に見入った。古い歴史に関する本だったことは記憶している。法力に富むエルフたちが守る図書塔が魔族の手によって陥落したのは、そのしばらく後だった。

 数少ない自分の場所が燃え上がり崩れ落ちる様を少し離れた草はらでぼーっと眺めていると、塔の方からクラインが魔族を連れてこちらに来た。なぜか私の方にまっすぐ向かってくる彼らは、クラインを先頭に私の目前で足を止めた。私は聞くまでもない事を尋ねていた。


「お前達がやったのか」

「そんなことを聞いてどうする。仇討ちでもするのか?」

「仇を討つほどの恩義もない。本が燃えるのは勿体ないが」

「心配するな。貴重な本は俺が助け出した」


 クラインは後ろに控える魔族達を一瞥した。確かに抱えた袋や荷馬車が多く見えた。


「それはよかった」

「嫌な奴だ」クラインのその言葉の意味がわからず私はただ首を傾げた。「この魔族の群を前にしても、落ちる塔を前にしても何一つ感じていない」


 そう言って、クラインは魔族を引き連れて去った。クラインのその言葉にすら、私は何も感じていなかった。


====


 数十年後、次に魔界樹の上で会った時クラインはもう四天王になり、相変わらず部下の魔族を引き連れていた。久しぶりに会った彼は、私に形骸的な握手を求めた。


「これは驚いた。なるほど大魔王ヴォルゴーの旧友か」

「私も驚いた。もしかしてオーブルマス壊滅と何か関係があるのか」


 全く驚く様子も無く、クラインは左手で掴むように口を隠した。時折そんな仕草を見せた。


「下らない事を聞く男だ」

「歌い、伝え、広めるのが私の仕事だ。興味はある」

「あいにく俺は長話が好きじゃない」

「それは残念だ」


 クラインは詰襟をさすりながら私を観察しはじめた。


「なるほど道理で。いや……しかし、あるいはそういう事もあるか。だが納得はいく」


 独り言と思い、私も彼を観察していると、クラインはそのまま私の横を通ってどこかへ行ってしまった。真横を通る時に「苦手なタイプだ」という言葉がはっきり聞こえた。


 余談だが、入れ違いにしょげたクラウバーテが私の所に来たのがこの時だ。いやに大きい全身鎧の外からでも落ち込んでいるのが分かった。


「はあ……怒られたでござる」


 図太い声でそう言って、ガシャリと大の字に寝で兜を脱いだ。浅黒いゴツゴツした顔は鎧の戦士に相応しかったが、左腕がなかった。


「どうしたんだ、その腕」

「いたのか詩人」

「怒られたのか。ニケに」

「うむ、腕を無くした上に怒られた……踏んだり蹴ったりでござる」

「なんで怒られたんだ」

「腕を無くしたから」

「なんで無くしたんだ」

「自分で切ったから」


 ひょっとしてニケはイロモノ、キワモノ、変人、奇人という観点から四天王を選抜しているのではないだろうか? 私は当時、本気でそう思い。魔族の将来を憂いた。


====


 そのすぐ後、ミハスにクラインの様子を見てくるよう言われた私は、しばらく戻らないかもしれない、という条件でそれを引き受けた。

 クラインは魔族を率いて人間の街を襲撃、全滅させ、やはり左手で口を隠し炎と煙に潰された街を見下ろしていた。


「これも歌にするのか」

「その価値があれば」

「この場合はどんな音になる? 鎮魂歌か哀歌か、あるいは福音の音か」


 不思議な言い回しだと思った。


「いつでも即興だ。ただ、こんな惨憺な風景が福音の音になるだろうか」

「ありとあらゆるものが時として福音になる。人も魔も妖精も草木も、晴空や雨空に対して、あるいは生や死に対して、喜びか怒りか悲しみか……どんな感情を抱くかは千差万別。逆もまたしかり」


 そういう事もあるかもしれない。クラインの言葉の中には高い密度と想像以上の重さがある。多くの人が生を望むが、私は生を望まない。だからこの惨憺と表現した光景になんの情緒も見出せない。


 私は昔からそんな疑問ばかりを提起しては、どれも未だに碌な答えの一つも出せずにいる。


「クラインは詩人だな」


 クラインは笑った。目は鋭いまま口だけで笑うのを、私は手の間から確かに見た。私には出来ない芸当だ。


「詩はお前の仕事だろう」

「仕事だが、おそらく得意ではないのだ」

「俺も同じだ。殺すのは仕事だが得意ではない」

「私の見る限りは天職に見える」

「それは皮肉か?」


 怒る調子でもなく、クラインの眼差しが私を射抜く。いつもどおり目の隈が色濃かった。


「皮肉ではない。目の前の光景を分析しただけだ」

「……やはり俺の苦手なタイプだ」


 そう言ってクラインは踵を返してしまった。強そうな魔物達がそれに続く。私は最後に気になっていた事を尋ねた。


「お前は福音のためにこの街を壊したのか?」

「そんな筈もあるまい。鏖殺が福音とはけったい極まりない」

「ではどうして……」


 その続きは叫ばないと届かなそうなので、飲み込んだ。『やはり苦手なタイプだ』、クラインの背中がそう言っている気がした。


 次に会ったのがレラで一緒に酒を飲んだ時、ついこの間の話だ。私はそこまで全てを青の雫に伝え聞かせた。

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