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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
翼人義賊と法族狩りと吟遊詩人
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第23話 吟遊詩人と交換条件

 どうしてこんな荒唐無稽な仮説に行き当たり、あまつさえ実証しようと雪かき用のショベルまで借りたのか……直感や直覚の類だが、『長く生き、積み重ねた経験から帰結されるべき最適解』と言う表現が適切かもしれない。意訳すれば『長年の感』程度のものだ。


「ねえ? 本当に墓を暴くの?」


 クレイディアには答えず私はその墓、細いレイピア一本だけが目印の墓の根元に刃先を突き立てた。私の仮説が正しければ、ここは墓ではない。


「ほんとに変な奴だな。屍が土から這い出したとでも言いてぇのか?」


 レダーグに脇目もふらず、私はショベルを突き刺しては土を放る。屍体は土を掘り返して暴れたりしない。そこらの死骸にそんな事が出来るなら、先にシェラハがやっているはずだ。


「あなたは……何を知っているの? 吟遊詩人さん。私たちは真相が知りたいわ」

「私も真相を突き止めたい」


 ラナックとここ、セドゥンピア壊滅の経緯を。


「おっかしいな? もう骨の一本でも出てなきゃ妙だぜ? そんな深く埋めてねぇぞ。つーかちょうど腐ってる頃じゃね?」


 レダーグのその言葉に、私は一応確認を取った。


「棺には納めていないんだな?」

「あ? ああ。そのまま埋めたよ」


 私は掘った。シェラハの荒野で灌漑して以来の重労働だったが、作業自体は煩わしくなかったが、自分自身が少し煙たく、疎ましかった。

 

「痩せていたか?」

「あ?」

「その男は痩せていたか?」

「ああ、痩せてて細くて黒いスーツで……ちょうどお前みたいな感じだったぜ」


 見た目が非常に人間に近い。背が高く、手足が長く、自らを合理主義者と呼び、ほとんど戦わない。まるで自己紹介ではないか。なぜ今の今まで微塵も疑わなかったのか。


 クレイディアがその瞳に知性の炎を宿す。


「なるほど……段々分かってきたわ。あなたと同じように死なない人間だったと言いたいのね。あの背の高い男が」


 私はショベルを突き刺してクレイディアを見上げた。少し悲しい顔付きに見える。


「その男、私に似ていたか?」

「言われてみれば……すこし雰囲気は似ていたかも。スラッとした手足も。身なりはあなたより上品だったわ」

「同族嫌悪、と言うやつか」


 私がクラインを嫌いな理由がようやく分かった気がした。私は私が嫌いで、だからクラインも嫌いなのだ。そしてだからクラインにとっても私が『苦手なタイプ』なのだろう。

 十分に深い穴から這い上がり、私はクレイディア達のもとへ戻った。


「ねえ、教えて。あなたは知っているのね? あの男の事、それに殲竜との関係を」

「関係は知らないが、男の名前はおそらくクライン。魔王の四天王だ」


 私は彼に会って話を聞きたいような、逆に会いたくないような、不思議な拘束感を受けた。会えば私の事について何か分かるかもしれないが、会ってスラスラ会話できるイメージが浮かばない。


「名前は知っていたけど、あの男がクライン……。魔王の命令? いったいなぜそんな事をしたのかしら?」

「つかお前はなんで四天王の顔まで知ってんだよ?」


 レダーグの質問は耳に入ってこなかった。クレイディアの言葉ばかりが気にかかる。ニケはそんな事しない。クラインの独断だ。それどころか彼は魔族ですらないかもしれない。


「おい、なんとか言えよ! こっちは仲間を半分以上殺されてんだぞ!」


 レダーグは見た目通りの力強さで私の胸ぐらを掴みあげた。左目に翼、右目に雫の刺青を入れた瞳が細かく震えて見えた。


「私は死なない、魔界の瘴気も関係ない。だから何度か旅をした。クラインにはその途中で出会った」


 嘘は吐いていない。さらに疑心を生む様な事は言わないが。レダーグの手が緩み、解けた。クレイディアが真っ直ぐ私を見る。


「ねえ、吟遊詩人さん。どうしてすぐにその男の企みだと分かったの? 私はあなたが墓に行く前、背格好や特徴はおろか、男か女かも言っていなかったのに。あなたの仲間?」


 経験則か判断するにクレイディアは聡明で鋭い。嘘や隠し事に対して直感的で鋭い刃を向けてくるタイプだ。そういった相手に嘘や隠し事を続けるのは、ただただ自分の立場を不利にする。


「言っても信じてもらえない上に、信じられても帰れなそうだから、あまり言いたくない」

「言わなくても帰せないわ。吟遊詩人さん、私たちは飛空艇団『青の雫』。義賊なの」

「知っている。悪者は容赦なく殺す、卓越した兵団と名高い」

「それは皮肉かしら? 仕方ないのよ。時にはそんな『箔』が必要な時もある。そしてあなたは悪者じゃない。そうでしょ?」


 どうだろうか。今までは何者でもないと思っていたが、クラインと同族なら悪者でもおかしくない。悪が何かは知らないが……彼はいったい何者だろうか?

 それを知る為に、彼女達『青の雫』が新しい物語を紡ぐために、私自身が語り継ぐために、私は言葉を考えた。一番システマチックな言葉だ。


「交換条件でどうだ?」

「内容に依るわね」

「私の身の上以外は知っている事を全て話そう」


 クレイディアは目を閉じて両肘を抱え、その大きな翼を何度かゆっくり動かした。それから瞼を持ち上げ、目線で私を射抜く。


「駄目ね。今回の件、クラインとかいう奴とあなたが無関係とは思えない。だからあなたの身の上を聞かなければ『知っている事を全て聞いた』事にならない。前提から矛盾してる」


 どこまでも鋭敏で洞察力に優れる女だ。私が次の作戦を思案する間にクレイディアが続けた。


「吟遊詩人さん、さっき私はあなたを信用すると言った。だから手荒な真似はしないし、したくないわ。だからあなたも私を……青の雫を信じて。確かに私達は殺しもやる、悪名は嘘じゃない。でも根底にあるのはいつだって『義』なの」


 義というものを私はよく知らないし、そんな事を気にしているのではないが、クレイディアの発言、声の抑揚、目線や仕草、全てが信用に及第する一級品に思える。

 だが、今最も肝要なのは『彼女達が魔界へ行っても無駄死にするだけ』という事だ。だから私はクレイディアとの最後の別れに、もったいないがとっておきの品を取り出した。


「分かった、ではこれを」

「これ……ガジョウのお酒、しかもブランドものじゃない、でもなんで今このタイミング?」

「交渉は決裂だ。私はもう消える。それは餞別だ」

「帰さないんじゃなくて帰せないの。ここまで言えばいくらなんでも……!?」


 私は誰にも意識されない。本気を出せば楽器を弾こうが、大声を出そうが気が付かれない。透明になるのではない。相手は私に触ろうが、たとえナイフを突き刺そうが私という存在を意識できなくなるのだ。私はその数少ない有能な能力を全力で発揮した。


 レダーグの部隊だろう、精鋭らしい数人が彼女を頂点に一瞬で防御陣形を形成した。


「消えた!? そうか、あいつ時空系の魔術師なんだ! だからラナックから!」

「いいえ、魔力は全く検知していないわ」


 もう何をしても無駄だ、何をしても私は姿を現さない。誰もいないセドゥンピアをこのまま観光するだけだ。もっとも、観光するような名所が無傷で残っているとは思えないが。


「手当たり次第に攻撃しろ! 動けなくするんだ!」

「やめなさいレダーグッ!」


 そのクレイディア一言は凄まじい怒号だった。思わず青の雫全員が凍るほどに、私を振り返らせるほどに。


「何度も言わせないで。私はあの人を信用する。それに何をしてもきっと無駄よ。初めて出会った時もそうだった……あの悲しい音色が聴こえるまで全く気がつかなかった。きっとそういう能力なんだわ」


 彼女達はきっと『青の雫』を立て直し、うまくやっていくだろう。クレイディアという頭脳はそれを確信させるほどに知的で冷静だ。『あなた達なら大丈夫。青の雫を任せたわ』。キルビスがそう満足げに言っていたのも頷ける。


「ねえ、吟遊詩人さん。きっと聞いているんでしょ?」上空の強い風のせいで、遠くに行くと声が聞き取りにくい。私は彼女に歩み寄っていた。クレイディアの言葉をもう少しだけ聞きたくなった。「こんな事言える立場じゃないのは知ってる。でも一つだけ、私からの交換条件、聞いてもらえない?」


 叡智に富む彼女がどんな交換条件を持ちかけるのか、知りたくなった。


「ほんの少しでもいい。何か教えて。関係なくったって、あなたの名前だけでもいい。対価はこのお酒。ガジョウでも最高級のやつよ」


 私の心の深くで何かが蠢いた。その感情を私はとっさに『共感』と直覚したが実際は分からない。ただ、共感し合えない相手とは心の底から笑いあえないだろう。共感できない音楽を悲しくは感じても、楽しいとは思わないだろう。

 だから私はその芽生えた感情が楽しい音楽を奏でるために欠かせない足掛かりだと予感した。もしかしたら、彼女は私が楽しい音楽を弾くためのきっかけになるかもしれない。だから私は酒瓶を取り上げ、栓を抜いた。

 その小気味の良い破裂音で、彼女達が私を見つける。クレイディアは笑っていた。


「名前、教えてくれる気になった?」

「名前はリュートだが、それは重要な事じゃない」


 こらえきれず息を漏らして彼女はさらに笑う。きっと本当に楽しいのだろう。


「本当に変わった人。自分の名前よりお酒が大事なのね」

「酒と同じくらい大切なものがもう一つある」

「それなら私も知っているわ」


 次の会話に、私はまた不思議なまでの『共感』を覚えた。


「グラスがなければ」

「お酒は飲めない」


 なぜか少し、私の心が私の意思を無視して、勝手に緩んだ気がした。

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