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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
少女魔王と農夫勇者と吟遊詩人
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第19話 吟遊詩人と笑劇転調

 大気に含まれる魔が奔流となって大きくうねり始めた。だがこれを操るコトルは人間だ。魔術を使う人間やその逆は稀に存在するが、せいぜい手品程度の小規模な術に過ぎない。

 私の知る限り、例外はニケだけだ。


「すごい、これだけのマナがあれば」


 自分でも驚いたようにコトルが空気の掌握する。ミハスが私の横にきた。


「なんやあいつ? 人間ちゃうのか?」

「人間だと思うが」

「それにしては妙な術や。ニケ様のとも違うし……しかも『マナ』なんて随分古風な言い回しや」


 コトルが手を挙げると海賊達がドワーフ以外全員真上に浮き上がってしまった。術で応戦した者もいたが、それらは全てコトルに辿り着く事なく溶けて無力化してしまう……原理がよくわからなかった。


「コトルはおそらく独学で学んだのだろう。家には祖母シェラハが残した古書が数え切れないほど積まれていた」

「ほー……」と感心してからミハスはコトルに怒鳴った。「おどれかダンゲーテを殺ってくれたんは!」


「仕方なかったんですよ。いくら言っても引いてもらえなかったんですから」

「アンタあとで一番長く説教したるから逃げんなよ!」


 戦闘中の会話とは思えなかったが、海賊はあまりにも無力だった。主戦力は皆ラナックの底に沈んでしまったのだろう。もとから力不足だとは思っていたが、コトルの術は想像以上に不可解で強力だった。ニケならば真似できるのだろうか?

 クラウバーテは気づいていたらしい。


「なるほど、やはり。弟が苦手そうな相手だ」

「弟?」


 クラウバーテの言葉にコトルの術が若干揺らいだ。


「愚弟、ダンゲーテを討ち取ったのであろう? 我が弟は強かったか?」

「ええ、とても……私を恨みますか?」

「魔を操るが、やはりお主は人間だなコトルとやら。魔族はそんな下らない事は気にしないものだ」

「下らない事……ですか」

「我々にとっては、な。気にするとすればニケ様くらいのものだ」


 そんな折も折だ、そのニケが出し抜けに現れた。遠くに見えていたピンクの家からではなく魔界樹の枝の下から現れ枝にピョイっと飛び乗ると、戦闘なんか興味はそっちのけでドワーフに駆け寄る。


「ねえ、これってまだ直せる?」

「これ?」

「そう、これ」


 鈍い空気の揺れを伴って、魔界樹の遥か下から先ほど墜落したはずの船がせり上がる。ニケの不思議な行動は、そこにいた全員の興味を一気に惹きつけた。火は消えていたが、まだ熱い煙を吹いている。


「竜骨さえ無事なら、な。だが新しいの作った方が安く済むぜ」

「手間が掛かるから楽しいんじゃん」


 ニケだったら何をやっても楽しめるだろう。


「そうは言ってもな、お嬢ちゃん。俺たちはこれから命を賭けて戦わなきゃなんねぇ」

「やめちゃえば。そんな下らない事」


 クラウバーテは弟の死を下らない事と断じた。ニケは戦いそのものを下らないと一蹴した。『戦いは進化のために道具でしかない』、ニケの言葉は不可思議だったが今にして思えば彼女らしい。


「下らねえからやめとけ、か。船長も同じ事言ってたっけ」

「この船があれば魔界樹の枝を運ぶの楽なんだよね」


 なるほど。ゲートを通れないほど大きな魔界樹の枝をあの荒野に運ぶつもりなのだ。


「馬鹿野郎。魔族の下働きする海賊があるか」

「じゃあこうしよう。うちがあの船員たちを助けだしたらうちのために船を直す。コトルが勝ったら黙って引き上げる」

「俺達は死に場所探してここまで来たんだぜ」

「弱いと大変だね。死に場所も選べない」


 こんな言葉の中にニケの魔族らしさがある。


「選択権はねえのか。というかお嬢ちゃん、そんな魔王に楯突くマネして大丈夫なのか?」


 このドワーフ、目の前の少女がその魔王本人である事にまだ気づいていないらしい。ニケはそんな言葉全く気にせず、軽い足取りでコトルに相対する。

 奇怪な成り行きで戦況は人間側の代表が魔王、魔王側の代表が勇者の子孫になった。


「面白い術を使うね、コトル。ちょっとうちにもやってみてよ」


 ニケの目がドラゴンのそれに非常に近い鋭さと覇気を宿した。この目をした時のニケは相手の全てを見切り、自分の術にしてしまう。


「はあ」


 気のない返事でコトルはニケを持ち上げた。右手で海賊を、左手でニケを掌握して両手を掲げている。やられたニケは感激してはしゃいでいた。


「すごい! なにこれ?」

「そんなにおかしな術ですか? なにせ他人に見せるのは初めてなので」

「吸収、操作……どれも違う。同化、が近いかな」

「あそこではほとんど術と呼べるものが使えなかったものですから」


 魔術も法術も根本は似ている。基本的には魔界樹と世界樹から溢れ出るエネルギーを流用しているのだ。そのどちらからも最も遠い最果ての場所で、コトルはいったいどんな術を身につけたのだろう。


 ……それは術と呼べるのだろうか? 

 

 ミハスも興味深々だった。


「同化というより同調、って表現が近いかもなぁ。あんなん好き放題できたらシャレにならんわ」

「すぐには真似できなそうだなー」


 コトルは知るはずもないが、これは小魔王ニケの賛辞として至上無類のものだ。

 最強だった魔王ヴォルゴーよりも強い娘と、最強だった勇者シェラハの孫、奇しくも運命的な死闘の先触れに私は期待した。

 だが私の期待を他所にコトルの手は下がり、海賊もニケもそれに従い降ろされてしまった。


「ご満足いただけましたか?」

「うん。やっぱりうちは間違っていなかったよ」


 ニケは不思議がる様子もなくコトルに歩み寄る。ミハスはにやにやしている。


「なんやあの二人、ええ雰囲気やんか」

「そうなのか」

「アンタが奥手やから」

「それは……笑うところか?」


 そんな戯言でふざけている間に海賊達は私たちに詰め寄る。


「アンタらもうやめとき。実力差は分かったやろ」


 実力を示したのはコトルだが……ともかく海賊は引きそうにない。ミハスはその術で彼らを法界へ強制的に転送させようとした。


「待ちなお前ら!」ドワーフの言葉にようやく船員が振り返る。ドワーフは皆に背中を向けたまま船を見上げ、なぜか隣でクラウバーテも同じポーズを取っていた。「もう一回だけ造ってみねぇか、船。なんだか船長もそう言う気がするんだ」


 クラウバーテが満足そうに頷いている。私とミハスはしばらく惚けてしまった。


「いや、展開が全くよう分からんわ。誰か説明してくれ」

「私にもさっぱりだ。これは喜劇か笑劇か?」


 魔界がうるさくなりそうな、タダ働きさせられそうな、長居させられそうな、いやな予感ばかりが募る。だが肩を掴んだミハスに先手を取られ、私の退路は絶たれた。


「まさか逃げへんよな?」

「私は関係ない」

「アンタいっつも木とか削ってるやんけ。それに乗りかけた船や」

「沈んだ船じゃないか」


 ミハスは両手で私の肩を掴んで、複眼を真っ直ぐこちらに向けた。肩の骨が軋むような音がした。


「最近ただでさえ人手が足りんのや。薄情なこと言わんと助けて」

「……少しなら」


 ノーとは言えない力強さだった。


「あと、こうなった以上余計な事言うなよ」

「余計な事?」

「クラインの事や」

「ああ、そのくらいは私も弁えている」


 なぜだろうか。この喜劇の舞台において、クラインという言葉は異質で不吉な響きを持っていた。

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