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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
少女魔王と農夫勇者と吟遊詩人
18/38

第18話 勇者農夫と月海賊団

 赤い不穏な空気の中、目の前にミハスとクラウバーテの背中が見えた。先に入っていたコトルは初めて見る景色に見とれ、赤い世界を見上げていた。


「ようやく四天王が揃い踏みかい。だが食事が足りてねぇようだな。鎧の兄ちゃん以外ヒョロすぎるぜ」


 キョロキョロする私とコトルが声の方を見ると船、今にも轟沈しそうに猛炎を吹き上げる海賊船が浮いている。三日月の旗は海底で見たそれと全く一緒だった。


「お前らを倒したら小魔王様のお出ましかね」


 船の先端、船首像に手をかけ身の丈ほどもある山刀を担いで喋っているのは隻眼のドワーフだった。クラウバーテは腕を組んだまま鉄の像よろしくピクリとも動かない。いつもこんな調子だから応対するのは大抵ミハスだ。


「別にアタシら倒さんでも、お腹すいたら帰ってくると思うで」続いてこちらを見る「アンタまた来たんか。ほんまよう分からんタイミングで来るなぁ。その優男は誰や?」


 コトルはミハスを舐めるように見定めている。


「おぉ……あなたはもしや、噂に名高いミハスさんでは?」

「そうやけど、なんや『ミハスさん』って。気持ち悪いなぁ」


 コトルは臆す事なくミハスにかけ寄り、赤いリボンで括られた場違いの包みを手渡した。


「初めまして、私はコトルと申します。これ粗茶ですがよろしかったら」


 謙遜ではない、文字通り純血の『粗茶』だ。私が保証しよう。


「はぁ、ご丁寧にこりゃどうも。なんなんコトルさん? 誰か知らんが、急にこんなとこきて、しかもこんな場面やのにマイペースやな」

「あなたは私の命の恩人ですから」

「さっきから何の話をしてるんや」


 鎧づくめの巨漢、クラウバーテは黙ったまま兜はコトルに向いて離れない。戦況を分析しているとミハスは私の頭を叩いた。


「はよ説明せえや」

「私がか。取り込み中のようだから、事が終わったら話そう」

「アンタも大概、マイペースやな」


 私は状況を理解しようとするので手一杯だった。頭目を失った月の海賊団がなぜこんな場所に? クラインの計略である事が発覚し報復にやってきた、と考えるのが自然ではある。


「あれ? お客さん来てるの?」


 ニケがゲートを抜けて来た。ミハスがなぜか私を叩いた。割と思いっきり叩いた。


「なぜ叩く」

「何が『話は後で』や! 様拉致したのアンタかい!」

「拉致はしていない。状況がよく分からない」

「急にいなくなったから死ぬほど心配したんやぞ!」


 ニケを見ると、なんだか照れくさそうに笑っている。


「なんだ、誰にも言わずに来たのか」

「いや君が急かすから」

「言い訳しない。二人とも後で説教や」

「えぇ〜」


 私にも非があるのか?


「魔族団欒中失礼致しますがねぇ」さっきとは違うドスの効いた感じでドワーフが割って入った。「俺たちも命かけてここまで来たんだ」

「えらい行儀のいい海賊さんやな。魔族に不意打ちなんてあらへん。遠慮せんといつでも来ーや」

「それじゃあ遠慮なくそうさせてもらうぜ! と言いたいとこだが」


 ドワーフに続き、十数人の船員が船を蹴って魔界樹の巨大な枝に飛び移った。実力を推し量るまでもなく精鋭しかいないだろう。そうでなければここまで辿りつく事はできない。だが魔王とその直属の配下と比べると、どうしても格下に見えてしまう。


「うちの主戦力がもうここまでらしくてな」


 ドワーフは何故か口惜しそうな顔で笑っていた。その目線は落ちる海賊船を不乱に追って離れない。

 突如、クラウバーテが漆黒の鎧の奥から野太い声を発した。


「もしや貴公! 噂に名高きガナープ殿か!?」


 消えてゆく船をドワーフは最後まで見送る。


「嬉しぃねえ……魔族にまでこんな老いぼれの名が知れてんのかい?」

「法界きっての船大工とこうして相見えるとは、いやはやなんとも感慨深い」

「船を造る以外なんの取り柄もねえ老いぼれさ。だから俺の役目はここまでよ」

「拙者、船に関して素人なれど、恥を忍んで賛辞を述べたい。一目で見惚れた。まさに古今随一の船」


 このクラウバーテという古風な男、巨体に似合わぬ妙な趣味がたくさんある。自分の興味にはとことん詳しいが、専門外には無精の域を過ぎる。嘘や世事を言えない朴直な男なので本心に相違ないだろう。


「魔族なんかに船の良し悪しが分かるもんかね」

「船の優劣に魔も法もござらん」

「世事でも一応、礼は言っとくぜ」


 このぶっきらぼうは世事どころか、愛想の一つも知らない。


「拙者は事実を述べたまで。キールの曲線からマストの先端に至るまで、機能美に依ってのみ造形が成されていた。誠に無二の合理的な高速船。いや遺憾ながら、昨今ああいった船は殊に少ないのだ。それというのも確かな腕を持った職人とその師弟制度が連綿と……」


 クラウバーテはまだしばらく喋っていたが、彼個人の深い趣味の範囲なので割愛しておこう。ただ、その博学たる見識には船の専門家たるドワーフも唸っていた。

 コトルが飽きて足元の魔界樹をナイフで削って観察を始めた頃、ようやく話が本題に戻った。


「だがそれとこれとは話が別。この小魔王ニケ様に楯つく者は誰であろうと……」


 クラウバーテは振り返ってニケを示すが、当人の小魔王が先程まで立っていた場所は虚空だった。私も見回すが、ニケはきれいさっぱりいなくなっている。無理もない、興味を無くしてしまったのだろう。おそらく彼らではあまりにも力不足なのだ。もっと言えば、船に関する長話がさらに興を削いでしまったのかもしれない。


「まあいい。敬意を表して四天王が一角、このクラウバーテがお相手しよう」


 どこからともなく特大の戦斧がクラウバーテの眼前に突き立った。クラウバーテの妙な拘りで、毎回演出のためだけにミハスが転移魔法で斧を転送するのだ。


「おやっさん。あとは俺たちの物語を見ていてください」

「船長の名は汚せねえからな」


 ドワーフをかばうように海賊全員が前に出た。その目は綺麗なもので、死を覚悟している。殲竜の言葉を借りれば、彼らはこれから生きるはずであった長い時間をこの一瞬に凝縮するのだ。その光が小さく暗いはずもない。


 数奇な巡り合わせという点において、私は幸運かもしれない。こんな大舞台、歴史の分岐点によくよく巡り会う。その頻度は偶然という確率を遥かに通り越している気がする。


「いざ尋常にッ……!?」


 培った人生を削り合う火花が散るかと期待した矢先、コトルが両陣営の中央に歩み出た。


「その……事情は察し兼ねますが、この戦闘は回避できないものでしょうか?」


 柔らかい声にふと場違いな質問だと感じたが、確かにその通りかもしれない。思い返してみると、数え切れない戦が理由も曖昧なまま勃発し、死を生み出してきた。戦いには理由が必要かもしれない。


「出来ないね」海賊の一人が答えた。

「どうしてでしょう?」

「俺たちにはもう家が……帰る船がねえんだ。海賊ってのはことさら不器用なやつばっかりでよ、そうとなったら前のめりに走る事しか出来ねぇのさ」

「船ならまた作ればいいじゃないですか。命を捨てるなんて勿体ない」


 私はコトルの人柄をまだよく知らない。だがこんな言葉の切れ端からでも感じるものはたくさんある。彼はおそらく情けや常識、倫理観からこんな言葉を発しているのではない。

 コトルはこの世界で誰よりも、命を紡ぐ事の難しさを知っているのだ。どれだけ強い種を集めても、どれだけ多様な植物を育てても、白い大地に搾取され死んでいった経験が、苦しいほど身にしみているのだろう。


「なんだか魔族ってな、そこらの人間より人間味があったりするんだな。でもそんな優しい言葉も、時に俺たちへの侮辱になるんだぜ」


 どうやら私とコトルは魔族、しかも四天王にカウントされているらしい。


「侮辱?」

「捨てるんじゃねえ。一瞬でも輝きてぇんだ。ならず者の見栄かもしれねえ。でも夢を馬鹿にされるのは我慢ならねえ」


 それを聞いたコトルは俯いた。反論はない、という調子だ。クラウバーテもそう思ったのか、大斧を片手に鈍い金属音を鳴らして一歩二歩と歩み出る。だがコトルの目は輝いていた。


「その通りかもしれませんね」盗賊まがいの、名ばかりの勇者ではない。ゾハルの、キルビスの、ニケの……そして彼の祖母シェラハの、あの目だ。私が時折直視できない、その真っ直ぐな目が激しく怒っていた。「夢を馬鹿にされるのは私も我慢なりません」


 何かを感じ取ったのか、クラウバーテがゆっくり後退する。コトルの実力を示すように魔界の大気が震え始めた。それほど大きな力のはずなのに、不思議とコトルの法力を全く感知出来なかった。


「それじゃあお互いの夢、どっちが本物か決めようや」

 

 海賊達はコトルへにじり寄る。私はコトルという温和な青年の戦いを前に、なぜか少し高揚した。

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