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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
少女魔王と農夫勇者と吟遊詩人
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第16話 少女魔王と農夫勇者

「そんな事があったのですか」


 他人事のようにコトルは言った。実際、他人に近いのかもしれない。彼はシェラハの何代後の子孫になるのだろう。


「シェラハは未来を変える大切な事業だと、そんな事を言っていた」

「ここで育つ植物が見つかった時、それがいったい何になると言うのでしょうか?」

「私はそんな事まで聞いていない。コトルこそ意味も目的も分からず、こんな事を続けているのか」


 聞いておけばよかった……なぜあの時、聞かなかったのだろう。不毛な地でも育つ食物を作るぐらいの事だと勝手に解釈していた。


「私は今まで、ここを植物で満たす事が私の仕事だと、そう父に教わって生きてきました。父も理由は知らず、ただそれがシェラハ様の念願だったから、と」

「念願ではあっただろう。魔王を倒す以上の」

「ではやはり大きな意味、何か特別な英志があったのでしょう……私はそれが知りたい」


 私も知りたい。魔王を打ち倒した英雄的行為を徒労と断じ、それよりも大きな意味を未来にもたらすと言った、シェラハの真意を。


「ではここに咲く花を見つけるしかないだろう」

「どれだけ試みても結果はダメでした。シェラハ様から三代、ありとあらゆる草花で、何通りもの育て方を試してみましたが、とてもかたちになりません」


 さして残念な顔を作ろうともしないでそう言った。コトルの父親があの時の赤子という事になる。たった一つ、荒野に残った命は、まだひとりぼっちだ。


「外にはいくつか草が見えたが」

「精々そこまでです。花や実をつけるところまでとても辿り着きません」


 当然だろう。魔を強く宿す植物は魔界樹に近づくほど紅く色づき、世界樹に近い草花は法力により青く、力強く根付く。どちらも遠くなるほど樹木は細く白っぽくなり、ある程度遠くなると自生出来ない。それはこの世界の常識だ。

 彼の経緯について、私は気になっていた質問を投げた。


「いったい誰に聞いたんだ? シェラハとこの土地に関して」


 コトルの父親は赤子の時に孤児になって以来、自分の素性に関して誰かに聞く機会があったのだろうか?


「ある時、ある魔物が教えてくれたらしいのです」


 魔物……魔族を魔物と呼ぶのはとても古い呼称だ。ボロ小屋のあちこちに積まれた本も全て古書に類するものに見える。ボロ小屋よりも年季の入った、甘い香りがする。


「魔族の話を信じたのか」

「父は信じていました。『他に信じられるものなんてなかったから』と」


 私はこの言葉に棘を感じた。信仰、あるいは四皇院に対する敵対心……そんなところだろうか。だから私の話も信じる気になったのかもしれない。


「どんな魔物だった」

「全身を鎧に包んでいたので姿は分からなかったそうです。でもあなたの話を聞いて、あの魔物の話が真実だったと今は確信しています」


 それはおそらくクラウバーテという四天王の一人で、ダンゲーテの兄だ。弟とは正反対の性格を持ち、実直……悪く言えば愚直であり、嘘を吐かない。

 私はたまらず一つため息を吐いて、考え耽った。


 ニケはいったい何を考えてコトルの父親を助けたのだろうか? そしてなぜ私をここへ差し向けたのか?


 誰にも言うなとニケに釘打たれているが、ニケの命令でコトルの父親を助けたのはミハスだ。話を聞く限りニケはシェラハの意思、自分の父親を殺した相手の意思を汲み、全面的に協力している。その子孫にまで目をかける始末だ。

 そこにどんな魂胆があるのか、いつもの事ながら私には見当がつかない。


「祖父が四皇院に殺された話もその時に聞いたのか?」

「ええ」

「それも信じたのか?」

「ええ、何せその魔物は『使命を果たせぬ場合、この場で自害する』なんて言って、実際に左腕を切り落としたそうですから」


 クラウバーテに間違いない。そういえばしばらく以前に左腕がなくなっていた。理由を聞いても『自分で切り落とした』としか答えなかったが、その時の彼は酷く落ち込んでいた。


「魔物が意味もなく協力的なんて不思議なものですよね。あの方はなぜ私に親切にしてくれたのでしょうか」

「知らん」


 だんだん苛立って来た。私は煩わしい事が嫌いだ。いったいニケは何をしたいのだろうか? 全て自身で直接やれば済む事を、クラウバーテ&ダンゲーテ兄弟やら私を遣い、無為に労力を浪費している気がしてならない。徒労であり、私の好むシステムとは正反対のものだ。


 私はボロ椅子をはね上げてドアに向かった。


「どこへ?」

「ちょっと待っていろ」


 私は荒野に出るなり地面に光の球を投げつけた。ここで使えるか半信半疑だったが、ニケの強力な魔法がはっきりと展開され、丸い空間が開いた。

 顔を覗かせたニケは水玉ピンクパジャマ姿で、目が半分くらいしか空いていなかった。


「何? ってかココ……」

「ちょっと来い」


 私が手を引っ張ると、ニケはすごい勢いでそれを振り払い、目を見開いた。


「ちょっ、待って! なになに?」

「クラウバーテ兄弟やら私を差し向けて、シェラハの意思を汲んだ理由をコトルに説明しろ。このままでは埒があかない」

「コトル? 話がよく分かんないけど、せめて顔あらって着替えて来るから待っててよ」


 心なしか早口にそう言って、ニケはそそくさと帰り、ゲートは消えてしまった。

 しばらくつまらない風景を眺めて待っていると、後ろからニケの声がした。


「変わらないね。ここは何も変わらない。何も無い」

「ニケ、いたのか」


 ニケはしゃがんで、白く枯れた草を一本引き抜いた。この場所に不思議な程不釣り合いな、この前ガジョウで買った白いワンピースを着ていた。


「こんなところに植物なんか育つと思う?」

「さあ、私には分からない」


 ニケは白い草……以前草だった亡骸を風に捨てた。


「ここに咲く花はどんな色になるのかな?」

「白だろう」


 風の舞う先にコトルがいた。コトルは葉の一枚を摘んでニケを見つめた。


「そちらの方は?」

「ぅわっ! シェラハ!?」


 ニケは私と同じリアクションで刮目する。馬鹿馬鹿しいが、それほど似ているのだ。


「そんなに似ていますか? 魔物のお嬢さん」

「……の子孫か。そっくりだなー。てか魔物って……お嬢さんて……」


 ニケはなぜか私を盾に隠れた。コトルはうっすら笑っている。


「コトルと言います。あなたは?」

「うちは……えぇっとぉ……」

「名乗りたくないのであれば無理強いはしません。さあ、ここは暑いですから、中へどうぞ」


 さっきは私に名前を求めたのに、そのままコトルは小屋へ引き返してしまった。ニケをその姿を追いながらも、しばらく足が前に進まない。


「うちの事、なんも喋ってないよね?」

「ああ。ニケが説明すればいい。私やダンゲーテではなく」

「魔王の言う事なんか、勇者が聞いてくれるかな?」

「彼は勇者じゃない。それに魔族を信用している」

「でも勇者の素質はある」

「コトルがそれを望まないだろう」

「コトル……か」


 ニケは少しゆっくり、後ろに指を組んで歩き出す。角が二本、日差しに煌めき、真っ白なスカートが風になびいた。

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