第13話 吟遊詩人と間奏閑話
私が玉を投げて砕くと、暗いゲートが煙のように立ち昇った。しばらく待ったがミハスが迎えに来る様子もないので、私は勝手にゲートをくぐろうとした。しかし、次の瞬間にすごい勢いで腕を引っ張られ、気がつけば魔界樹の巨大な枝に転がりミハスを見上げていた。
「何をする」
「こっちのセリフやアホンダラ! 臭くて鼻が折れるかと思ったわ!しかもめっちゃ寒いわ」
確かにミハスの鼻はエルフよりも高いが、臭いで折れる事などさすがにないだろうから、比喩的な表現に違いない。私は埃を払った。
海底の死臭も魔界の空気も、私にとって臭さはさして変わらない。ミハスは少し震えていた
「ああ、しばらく居たせいで慣れてしまった」
「にしても、今回はえらい早いお帰りやな。ホームシックか?」
「ラナックに閉じ込められた」
「なんやそれ? 殲竜が定期船でも壊したんか?」
殲竜というワードが引っかかった。いくらミハスとはいえ、ここまで早く経過と結末を知っているはずがない。
「事前に知っていたのか」
「詳しくは知らんけど、クラインがライ=ラナックで殲竜を使った作戦するって豪語してたから好きにやらしといたんや」
「なるほど」
言われてみればあの男らしい手腕だ。殲竜はラナックの法族を殺していないと言っていた。クライン達が魔族を率いてやったのだろう。月の海賊団、青の雫、それに魔族ではあるが支配下になく不安要素となる殲竜を、クラインは最小限の労力で見事に片付けた。
「なんや? クラインには会ってないんか?」
私はラナックで見た一部始終を説明した。
「あいつらしい手口やなぁ。デカそうな勢力が三つ共倒れか」
「彼らは、なぜ戦っていたんだろうか?」
私はあの激闘をふと思い返して、取り留めもない疑問をミハスに投げかけた。別に答えが欲しかった訳ではない。
「なんや突然?」
「ただなんとなく気になった。なぜ生き者が戦うのか」
「そら生き残るためやろ」
原始的な魔族や動物はそうかもしれない。だが少なくともラナックで戦っていた三人は違う。
「きっと『遠さと広さ』だ。その先に見いだす未来が遠く広いほど、戦いは美しくなる」
そして儚くなる。
「また始まった。アンタたまに自分の世界入るなぁ」
私はガジョウでニケの戦いを見学していなかった事を少し後悔した。ニケの戦いには遠さと広さがあっただろうか? 少なくとも生き残るための戦いではなかったはずだ。
「まあいい。私はもう行く。どこか送ってくれ」
「あんたアタシの事便利道具か何かと勘違いしてへん? とりあえずニケ様に挨拶くらいしてきぃや」
つい先日会ったばかりで挨拶する理由もなかったが、言われた通りにした。ノックして『どうぞー』と間延びした声が返ってきたピンクのドアには鍵さえ掛かっていない。
「あれ、今回はずいぶん早かったね」
「危うく氷漬けになるところだった」
ニケにもラナックのいきさつを聞かれ、同じように説明した。ニケは興味なさそうに、レラで人気の女性誌をパラパラめくっている。中に写る女を見ていると、キルビスが載っていそうな気がした。
「ねぇそのゾハルって人かっこよかった?」
「獣人の美醜は分からないが口の悪い男だった」
「口が悪いのはちょっとねー。でもあんまり上品だとこっちも身構えちゃうかなー」
土産話を受け流すニケに私は先ほどの質問をしたくなった。
「なあニケ。彼らはなぜ戦っていたと思う?」
「そんなの人それぞれでしょ。クラインなら何か事情を知ってるかもね」
私はクラインがあまり好きではない。と言うより、どちらかといえば嫌いな部類に入る。あまり会話をしたくなかっし、次にいつ会えるか分かったものではない。
「ニケは魔王だから勇者と戦うと言っていたな」
「あんまり他人の言う事、鵜呑みにしない方がいいよ。クラインの言う事なんかは特にね」
婉曲するニケはどうにも戦う理由を話したくない様な気がして、私は追及せずにドアを開けようとする。
「肝に銘じておこう、私はこれで」
「あ、ちょっと待って!」
ニケがピンクのパジャマのまま飛び起き、私の目の前まで駆け寄ってくる。無表情なのか笑っているのか微妙なところだった。
「今日はうちが送ってあげるよ」
「……助かる」
が、その笑顔にどこか不安がよぎる。
「どこ行きたい?」
「行くのは私一人だぞ」
なんとなくニケが悪巧みをしている様な気がして、私は釘を刺した。
「わかってるって」
深い海の底にいたせいか、なんとなく空に憧れた。天空に噛み合う歯車に思いを馳せる。そういえば確かあそこは青の雫の本拠地だったはずだ。
「セドゥンピアがいい」
「あっ! そこ、うちもいつか行きたいと思ってたんだよねー」
「行くのは私一人だぞ」
「わかってるって!」
ニケが満悦そうなのが気になるが、それ以上は聞かない事にした。
「では頼む」
「ほいさ」
言うが早いか、すでにゲートは出来上がっていた。ミハスのそれより生成が早く、輪郭のはっきりしたゲートだった。
「助かる、では……」
私の腕を掴んで、ニケは無理やり何かを掴ませた。
「はいコレ、うちが作ったの。どうせコレないと来てくれないんでしょ?」
先ほど割ったばかりの光球を渡される。私はその玉をありがたく受け取った。非常に、この上なく便利な物には違いない。
「売ったらいくらになるだろうか」
「えぇ……ちょっと止めてよそういうの。ドン引きだよ」
「冗談だ」
「なんだ冗談か。たまには冗談言うんだね」
ニケが笑った。ニケの笑顔は見ていて晴れやかだ。殲竜のうすら恐ろしいそれや、キルビスの冷たい微笑とはどこか違う。
『笑顔』と『楽しい』は、おそらく切っても切り離せない。私は上手く笑えない。練習をしてみたが、逆に笑われるばかりだ。楽し曲を弾こうとしても笑われる。まるでピエロだ。
「いずれまた来よう」
だから私は変わりばえしない無表情で手を振って、小魔王にまた別れを告げた。
「うん! 近いうちに、また来てね」
天空の歯車へ向かうゲート航路は一瞬で終わった。上空の風と見晴らしのいい景観を期待していた私は思わず呟いた。
「どこだここは」




