第12話 吟遊詩人と海底死闘
私は見晴らしのいい屋根に立ち、観戦の準備をして気配を消した。戦いは美しい。それは火花が美しいのとよく似ている。
殲竜は二人を見比べて品定めしている。
「ここで待っていてよかった。想像以上の上玉だ」
「今日で落とし前だ。テメェが今まで奪った命全てのな」
「生に価値を見出そうなんて、凡そ俗物的で法族らしい発想だ。だが安心しろ、お前たちには紛れもなく生きる価値がある」
魔と法どちらの竜も存在するが、殲竜の力は赤いので魔族だろう。慇懃無礼な魔族最強の竜だ。彼の喋り方がだんだん昔に戻っているようだった。
キルビスは二人の会話には興味がないのか、宝石の上で左腕に巻いたバングルを愛でている。
「テメェと価値観なんざで議論する気分じゃねえんだがな」
「圧縮した極短い時間にしか生きられない貴様らの生に対する執着、命を繋ごうと跳躍する輝き、死を越えようとする一瞬の中で、俺は快楽に到達する」
だからだろうか、殲竜が私にいつも興味なさそうなのは。私という存在がきっと面白くないのだ。私は帽子を抑えながら、自分の思いに耽る。この戦いをどう伝えるか、どう歌おうか。
「テメェはいますぐ散れッ!」
ゾハルが曲刀を投げて戦闘が始まった。ゾハルは変幻自在に飛び交う二刀の間に電撃を走らせ、キルビスは黒い法石で殲竜の攻撃を吸収し、白い法石でそれをカウンターにする。二人とも噂に違わぬ達人だった。
「殲竜にダメージが無い。実力差がありすぎる」
遠距離をキルビスが守り、ゾハルが近距離で応戦する連携は冴え渡り、芸術的ですらあったが、そんな曲芸を殲竜相手に続けるのは神業的な技術と集中力が必要になる。その上殲竜の圧倒的な魔力を前に、二人は致命打を与える手段がなさそうだった。二人の戦法がこれだけではあまりにも心もとない。殲竜もそれに気づいたのか、実力の半分程度で遊んでいるようだった。
「綱渡りだ。時間の問題……か」
私の思惑を他所に、戦いはしばらく続いた。私の想像の倍近い時間を二人は戦い抜いた。キルビスとゾハルには鬼気迫る、どこか自分の生死を超越した覚悟が感じられた。
そのせいだろうか、二人の決死の舞は美しく、私は見入ってしまった。『綺麗』と『美しい』にどの様な差異があるのか知らないが、とにかく二人は美しかった。
『美しい』は儚く、『綺麗』は永続性を内包するのではないだろうか。
思えばいつの時代、いかなる場所でも、すべての種族が似たような争いを繰り返している。そこに何か意味があるのだろうか? 植物や原始的な生物は生きる事を切望し、それ以上を望まない。生きるために戦い、生きるために逃げる。
だが彼らは違う。二人の戦いは何か……その先を見ている様に思える。
先先代の魔王と勇者の激闘は砂漠の砂をすべて吹き飛ばし、荒野に変えてしまった。ヴォルゴーとシェラハは巨大な湖を全てマグマの赤に変えた。彼らは戦わずとも生きられたはずだ。圧倒的に搾取する側だった。
……ニケもまた、いつかどこかの勇者と壮絶な物語を紡ぎ、その生に幕を降ろすのだろう。
そろそろ疲労が見えてきた殲竜も、息絶え絶えの二人も、おそらく生きるために戦っているのではない。本分と本能から外れ、生存競争から著しく矛盾するとも思える戦いが、なぜこうも美しいのだろうか?
私が余念に捉われている間にも戦いは佳境に入り、最後は苛烈だった。キルビスの飛空挺とゾハルの海賊船、双方からの飽和攻撃が尽きると、積載した法石や火薬ごと殲竜に突撃して船は二隻とも自爆した。
「脱帽だね」
それでも倒れなかった殲竜は、煙を噴き上げながら辺りを見渡してそう絶賛した。深海の都市が燃え盛っているのだ。それは皮肉にも見惚れる景観だった。
「脱帽はこっちのセリフだぜ。ここまで歯がたたねぇとは。完敗だ」
無数の傷で失血がひどいゾハルが膝をつき、殲竜を仰ぐ。その目には絶望も羨望もなかった。野生動物の瞳だ。
「その厚顔無恥な態度といい実力といい貴様も素晴らしかった。その名を俺の記憶に留めておこう」
「そいつはどうも、ゾハル=フルヴレイブってんだ。テメェはもうすぐ死ぬから記憶には残らねえけどな」
「見上げた虚勢だ」
殲竜は最後の爪を振りかぶって、ゾハルの胴を真っ二つに切り裂いた。ゾハルの上半身は吹き飛びながら、血だらけの歯を見せて笑った。最期の言葉まで虚勢とはとても思えない、底知れぬ力があった。
「テメェも道連れだ……」
残されたキルビス=テレアローザは会話の間ずっと立ち尽くし、術を詠唱していた。最後の大掛かりな法術が完成し、法陣が球形に広がる。
「その一撃にかけているんだろう? せいぜい俺を退屈させるな」
殲竜の戦いはいつもこれだ。相手に力を全て出し尽くさせ、それをさらに強大なパワーで捻じ伏せる。キルビスの法力で周囲の温度が明らかに下がり、空気が細氷を形成しはじめた。
不意に、どこか儚げに、残念そうにキルビスが言った。
「もう終わりかぁ」ゾハルの上半身を一瞥して続ける。「あなた達とは短い付き合いでいざこざばかりだったけど、最後は共倒れか。とんだ笑い話ね」さらに右腕のカラフルなバングルを見て続ける。「あなた達なら大丈夫。青の雫を任せたわ」最後にやっと殲竜をまっすぐ見た。「私ね、本当は歌手になりたかったの」
歌手になりたい義賊、農園を開く勇者……世界は千差万別だ。
「早くこい」
「目立ったりちやほやされるのが大好きなの。だからこんな誰もいない水の底で死ぬのは本当に不本意」
この手の話をする人間のやる事は大抵決まっている。殲竜もそれは承知だろう。だが殲竜はあえてそれを興味なさそうに待つ。
「命乞いでもしたら見逃してやろうか?」
嘘だ、なんとなくそう直角する。それに嘘だろうが本当だろうが、彼女はそれを望まない事は、殲竜が一番わかっているはずだ。
「逃げるのは嫌いじゃない。でも背を向けられない事もある」
「俺は遺言を聞いてるほど暇じゃない。なにせ殺す数が多いからな」
「そう。それは残念」
遺言である事は否定しないあたり、やはり彼女は死ぬ気だ。
「だがお前も強かった。名前くらいは覚えておこうか」
「私そういうの興味ないから遠慮しておくわ。男の人ってそういうの本当に好きよね。よく理解できない」
私は覚えておこう、キルビス=テレアローザ。お前は歴代の魔王を超える強大な敵を前に、怯まず臆さず戦い抜いた。勝敗に関わらず、私は語り継ごう。それが私の数少ない役目だから。
「ではすぐに死ね」
殲竜が空を薙ぎ魔の刃が彼女を襲う。キルビスはそれを黒い法石で吸収せず、一際大きな青の法石で弾き飛ばした。尋常ではない莫大な法力と冷気を放出し始めた青い石がほとんど自動的にかき消した。大気だけでなく周りの海やキルビス自身までもが凍りつき始めた。
これほどまでの法力を爆発させるのだ。私は五体がバラバラになるのを覚悟した。キルビスの切れ長の目が覚悟で見開かれ、ラナックを包む大気が振動する。
「私は私の意志で死ぬ」
彼女はその膨大な法力を全て海に放ってしまった。暗い海が一瞬にして白く、彼女ごと凍結する。深い青だった景色が、一瞬にして白っぽくなる。どこまで分厚く凍っているのかもはや分からなかった。
「時間食い? 俺をいくら閉じ込めたって変わりゃあしない。永遠に溶けない氷でもあるまいし……」
私は高台を降り、殲竜のもとへ歩いた。
「終わったようだな」
「おう、そういやお前いたのか。すっかり忘れていた」
私は火事で死ぬ人間をそれこそ数え切れないほど見てきたが、彼らは大抵火に焼かれる前に死ぬ。狭い場所では煙を吸って死ぬ。それどころか、煙を吸わなくても死ぬ事があるのだ。何故かは私にも分からない。
「息苦しいな」
最初の違和感はその程度だったらしい。燃え盛る飛空挺が消し炭になり、ラナックの大気から生き物に大切な何かが失われるまで、それほど時間は掛からなかった。殲竜は最期に氷の海を見上げて、懐かしそうに呟いた。
「俺も年を取ったな。全盛期ならこんな氷一撃で砕いてやったんだが」
最初は手加減しているだけかと思ったがそうではなかったらしい。確かに全盛期の彼と先ほどの彼では雲泥の実力差があった。
「では私は強かった殲竜を語り継ごう」
そう言った私を、殲竜はなぜか凝視した。
「やはり俺はここで死ぬのか」
「少なくとも、私では助けられそうもない」
それを聞いた殲竜は頷いた。
「苦しんで死ぬのが嫌だから自殺したなんて、絶対に言いふらすなよ」
私の返答も聞かずに、殲竜は自らの首を引き裂いた。私にはなんだかその死に様が羨ましかった。
「そうしよう」
死屍累々の廃墟となった海底の古都。真っ二つにされた大海賊。凍りついた大義賊。死に絶えた最強の竜。たった一人、広すぎる海底でしばらくその綺麗な風景を眺めていた。
「これは綺麗だ」
前の分析から結論すればそうに違いない。いずれ氷は溶け、死体も船も道ズレに、人魚の古都は沈む。
こうなると、もう彼らがなぜ死闘を繰り広げたのか分からなくなった。静かに、夜空の様な氷の海を見上げている方がよっぽど有意義に思える。
「静かな海は綺麗だ」
私は暗い氷と死の中で、ここに相応しい音楽を奏でた。それは暗くて冷たい曲になった。それに音がほんの少しだけずれ、調律しても普段のようには行かなかった。湿度や気温で音は変わる。やはりここでは大切な何か、音楽にも大切な何かが失われているらしい。
どれだけ時間が経っただろうか? 私の体がキッキッと、聴きなれない音を立て始め、やがてヒビ割れた。氷は簡単には溶けそうにもない。ラナックは寒冷な地域だ。数十年、下手したら百年以上凍ってしまうかもしれない。
「そうだった」
なんとか抜け出す方法はないかと思案するうちに、私はポケットにある便利な道具の事を思い出し、その場でミハスにもらった玉を割った。




