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吟遊詩人の幻想曲  作者: 烏合の卯
少女魔王と農夫勇者と吟遊詩人
11/38

第11話 吟遊詩人と海底古都

 魔力と法力、もしく武力的な絶対量において、歴代の魔王や勇者を凌駕する有名なものが四つある。

 魔界樹、世界樹、ケルの底、そこに序列されるのが殲竜だ。実力で言えば四つの中では明らかに見劣りするが、彼の好戦的な態度と神出鬼没な恐ろしさが伝説に拍車をかけている。 


「お主は人間の臭いがせんな。だが魔族の臭いじゃあない。臭い、近寄るな」


 千年ほど昔、彼に初めて出会った日に言われた言葉だ。ガラス越しの様なくぐもった低い声だった。竜としてはかなり小柄で楕円形の羽が三対、顔も丸く、目も丸い。ドラゴンとは思えないし、他のどの生物にも似つかない奇怪な姿をしていた。声と同様に無機質で金属質な雰囲気だった。

 出会ったのは冷たく枯れた魔石の砂しか存在しない、広大無尽の砂漠だった。常に夜でいつも寒い、生命のほとんど存在しない静かな場所で、私のお気に入りの場所だった。

 先客がいる事を知り、私は黙ってその場を立ち去ろうとした。


「待て。なぜ俺を恐れない。なぜ興味を示さない」

「去れと言ったのはお前だろう」

「近寄るな、そう言ったにすぎんよ」


 私が楽しい曲も笑顔も作れないのは、このあたりのユーモラスを解せない辺りに起因するのかもしれない。次の切り返しを私は未だに覚えているし、恥ずかしく思う。


「一定の距離を保つ意味が理解できない」


 一呼吸おいてから殲竜は爆笑した。ガラガラガラと寒く暗い空を揺るがした。次の瞬間、私の胴を真っ二つにした。


「弱い不遜ほどの罪はない」

「気は済んだか?」


 上半身だけで喋る私を見てどう思ったのか、殲竜という生き物の表情はよく分からなかった。


「変な男だ。俺は変な奴と強い奴は大好きだよ」


 それ以来、殲竜とは懇意ではないが、会えば話す仲になった。と言っても、それ以降は2、3回しか合っていない。


====


「ラナックで何をしている」

「人探し」

「誰だ」

「お前……会うたびに無愛想になっていくな」


 もし私に自尊心があるなら、おそらくそれに響いたのだろう。なんとなしに、私を否定された気がした。


「会話は流暢になっているつもりだ」

「会話の上手さと愛想は関係ねぇのさ」


 確かにそうかもしれない。そこに相関関係があるものだと無意識に決めつけていた。


「とすれば、私は愛想が無く、かつ会話が下手なのだな」

「愛想はねえが、下手じゃねぇぜ」


 とにもかくにも、私は宙ぶらりんの今の状況をなんとかしたかった。


「話し方、変わったな」

「そうか?」

「今風になった」

「そりゃ前回会ってから五百年以上経ってるからな」


 殲竜は一向に私を下ろしてくれない。


「おろしてくれ」

「おろしたらお前逃げるだろ。俺は退屈なんだ」


 逃げたら困るのだろうか? 会話が下手では無いらしい私は、手っ取り早く切り上げる方法を模索する。


「で、誰を待っている」

「俺より強い奴」


 そんな人間はいない。ヴォルゴーとシェラハならいい勝負をしたかもしれない。ニケならあるいは勝つだろう。

 

 私は首を捻って辺りを見回した。弱い者さえも皆殺しにする殲竜らしくないやり口が、少し不可解だった。


「皆殺しにして復讐者を待っているのか。悪趣味な手法だ」

「これは俺じゃない。そんな事はどうでもいいが……」


 では誰が、という疑問より早くその言葉に呼応する音があった。ラナック全体を包む巨大な気泡を揺るがす轟音、それは気泡の外、海から来る音らしい。


「ようやくおでましかい」


 殲竜は私を見境なく雑に放り投げた。私は血糊で汚れた地面に服が付かない様必死で着地して、大海を揺るがす二隻の船に目を見張った。

 一つは海賊船、帆に刻まれた三日月は世界で最も有名、最も自由な海賊団の印、『月の海賊団』のトレードマークだ。

 もう一隻は飛空艇だった。二隻とも人魚の手によって海中航行を可能にする加工をされているのだが、空船が水中を――しかもあそこまでの高速で――航行するシステムに興味が湧いた。

 目を細めて見れば、真っ白な船体の横にはちょうど私の楽器、涙のような、クレナのような青いマークが描かれている。これまた世界で最も有名にして人気のある大義賊『青の雫』の本艦だ。


 広場へ降りた殲竜のあとを追うように、私は中央の議事堂の見晴らしの良さそうな柱へと駆け昇った。

 見渡す巨大な海底の古都はとにかく荒れていた。丸い建物、人魚達のための憩いのスフィア……壊されてさえいなければ、丸ばかりの特徴的な街並みだったろう。

 殲竜は船だけを臨戦態勢で追っていたが、二隻とも艦載した兵器で仕掛ける事なく、一人ずつ人影が気泡の中を落下させただけだった。殲竜がガラガラと笑う。


「来る。ここに散らかってるゴミ勇者どもとは明らかに違う」


 一人目、『月の海賊団』の船を蹴って音もなく着地した男は人狼……というより、人と狐のハーフのようだった。鋭い目、突き出した口から覗く尖った牙、輝く狐色の毛。武器はトレードマークの月を誇張するような曲刀を二刀流。武芸に詳しくない私でも、垢抜けた実力者なのが見て取れる。


「ヘドが出るね。俺みてぇな小悪党が吐き気を催すゴミ野郎だ。テメェはこれから先の未来を、一秒たりとも生きるに値しねぇ」


 狐の口がえらく落ち着いた声色で啖呵を切った。この男は月の海賊団の首領、ゾハル=フルブレイヴだろう。豪放磊落な大海賊として世界的に著名な男だ。


 二人目、『青の雫』からゆっくりと降りてくるのは妖精と人間のハーフ……大きく切れ長の目に突き出した耳に水色の長い髪。彼女の周りを回る白と黒の法石、それに彼女が腰を下ろしている一際大きい青い石は世界で五指に入る有名な法石、艦名ともなった『青の雫』だ。


「海賊って口が悪いから嫌いだけど、後半には賛成ね」


 ハーフエルフの女は嫌そうな顔を作る。嫌悪感を表現した顔でさえ少し口元が笑って、優しそうな印象を受けると同時に、冷徹さをも垣間見える。

 名前はキルビス=テレアローザ。世界最高峰の法術を操ると名高い空挺義賊の親玉だ。人前に出るのが好きで、私も何度か見たことがある。


 殲竜の嬉しそうな雄叫びを轟かせ、私は吹き飛ばされそうになる帽子を抑えた。私は吟遊詩人としての衝動が抑えきれず、つい一人で口走っていた。


「これは面白い戦いになりそうだ」

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