第10話 吟遊詩人と海底旅行
勇者達を殺した翌日に私はニケを家まで送り届けた。あんな騒ぎを起こしては恋人探しどころではないし、なぜかニケもそこまで未練はなさそうに見えた。
「満足したのか」
「まあまあかな」
ニケの話し方は基本的にいつもそっけなく、どこにも興味が向いていない印象を受ける。嘘なのか真実なのか、そこにどんな感情が籠っているのか、判別しづらい。それでいて軽薄とは思われない不思議な力を持つ。
「旅のあとの自宅ってサイコーだよねー」
家に着くなり靴も靴下も放り投げて、ニケはソファーに飛び込んだ。私には帰る家が無いので、その感覚がよく分からなかった。
「これで、私はもう行く」
「引き止めたら?」
「それでも行く」
ガジョウの酒瓶が二本増え、随分重くなったバッグを私は背負った。
「またいつでも遊びに来なよ」
それは大変難しい。私は大抵の時間を俗に言う人間界、法族の多く住まう土地で過ごしている。そこから魔界樹まで歩くだけで半年以上掛かってしまう。
私は背中を見せて手を挙げた。
「機会があればまた来る」
「そう言ってどうせ来ないつもりでしょ? ミハスにもらった玉使ってね」
ミハスの光球を持っている事はニケに言っていない。私は会釈だけして、ピンクのドアを開けた。魔界特有の少し臭う風、湿った暖かい風が入り込んでくる。少し遠く、枝の淵にミハスが腰を下ろしていた。
「どこかへ連れて行ってくれ」
後ろから話しかけると、大きな蛾の触覚が猫の耳の様に震えた。
「なんや、もう行くんか……ニケ様との子作りしてかんのかい? それとももう仕込んだんか?」
私は思い出して、胸ポケットの光球を差し出す。
「忘れないうちにこれを返す」
「アンタ、アタシの地獄耳なめすぎやで。さっきの話もガジョウで暴れた話もちゃんと耳に入っとるんやからな」
さすがにガジョウの騒動までは聞こえなかっただろうが、ミハスの情報網は広く、目が細かい。世界の大抵の騒動がその能力によって配下からすぐに伝わってくるのだろう。
どうやらこの玉は破棄不可能なアイテムらしい。
「人間界に戻してくれ」
「反省しとんのかいな……まあええわ。で、どこに連れてって欲しいんや?」
ミハスならばどこにでも誘えるだろう。滅多にないこの機会に、私は行きたい場所を考える……せっかくだから、簡単には行けない場所がいい。
例えば鉄の帝国ファンセロイ。ここは蒸気と熱気と金属の聖地だ。長い歴史と軍国主義と秘匿主義が深く根付き、出入りが難しい。極上の武器や防具、宝具から果ては魔剣に至るまで製法が受け継がれているらしいが、国外に流通する事は極めて珍しく、ファンセロイの刻印が入った武具にはもれなくプレミアが付く。だが私は誰にも気づかれず侵入出来るので、その気になればフリーパスだ。
例えば空の歯車、セドゥンピア。ここより風変わりな上空施設は他にないかもしれない。二つの浮遊島に挟まれるかたちで幾つもの歯車が浮遊しているのだが、上の島からは大地に、下の島からは天空へと無数の滝が走っている。半永続的な法術で重さの方向を逆転しているのだ。それらは歯車の原動力となり、島全体を循環するエネルギー回路として島民の生計に役立っている。私ははるか昔に一度しか訪れた事が無い。昔は四皇院の聖地であったが、現在では観光地になり、物価が高い。
例えば水底の楽園ライ=ラナック。ここは人魚達が人を歓待するために特殊な法術陣によって作り出した楽園だ。人魚と精霊と魚人が多く滞在し、海に暮らすものたちの憩いの場として発展を遂げた。人はもっぱら海底資源や魔石の発掘、それに観光で訪れる。美しい都と名高いが、私は一度も訪れた事がないのでちょうどいいかもしれない。
「ラナックがいい。国内まで届けられるか?」
「ライ=ラナックか。そらもちろん行けるが、あんなとこでいいんか?」
「金をくれるならセドゥンピアでもいい」
「アンタまじで何様やねん」
言いながら作ってくれたゲートに私は入った。振り返るとニケも駆け寄っていたので、私は手を振った。思えば、こんなに手を掲げて振るのは久しぶりな気がした。
「じゃあねー!」
「ああ、またいずれ」
やらわらかくて暗鬱な圧力のゲートに流されて間も無く、私は海底の都ライ=ラナックの海底に押し出された。その美しい街をどう唄うか思案する暇もなかった。球形の建物が目立つ町並みには不可解なほど人気がなく、閑散としている。
「これでは廃墟だ」
ややあって、ラナックの中央、球が縦に積み重なった議事堂の上に寝ている『殲竜』の背中を見つけた。周りの広場には人、精霊、人魚、半魚……様々な死体がバラバラに散らかったり、折り重なったりしている。
竜族は強い。その竜族の中でさえ異端視されるほど強い竜……それが殲竜だ。強さだけでなく、見た目も一般的な竜とは随分かけ離れていた。
私は再三面倒に巻き込まれるのはまっぴらなので、殲竜に気づかれないように逃げ出そうとした。
「おいおいおいそりゃあないだろ、旧友。お前の匂いはどれだけ誤魔化したって分かる。気配さえ消さなきゃな」
そのまま無視して逃げようとしたのだが、殲竜にあっけなく捕まり、その長い爪で摘まれてしまった。古くからの知り合いではある彼が嫌いではないが、なんだか苦手だ。




