海鮮丼
「何かしら?」
一軒の店の看板を見て、マリアは足を止めた。
「えっと……故郷の味? 変わった名前の店ね」
町の辺鄙な所にある建物の看板に『故郷の味』と書かれていた。名前から察するに飲食店である事は間違いなかった。
店の多くは冒険者地区に集中しているのに、何故かこの店の路地裏に建っている。
ここダンジョン都市『ザクロス』は冒険者達が集う大きな町だ。冒険者のマリアもその一人。
淡いピンクの髪にマリンブルーの瞳を持つ彼女は、美人を売りに冒険者の間で注目を集めている期待の駆け出し冒険者だ。
今日も単独でゴブリンの群れを討伐し、それで得た報酬で今夜の夕食を楽しもうと考えていた。
そんな彼女は、自分の泊まっている宿まで近道しようとしたところで今に至る。
「入ってみようかな……、でもちょっと怖いな」
マリアは店に興味津々であるが、正直入ってみようか迷った。別に飲食系の店は大通りに幾らでもあるし、よく分からない怪しいこの店に入ろうとは思わないが、ここがどんな店か凄く気になる。
悩みに悩んだが、腹の虫が鳴り出した所で覚悟を決め、恐る恐る店の扉を開けて入ろうとする。
「うちに何か用か?」
「ひゃいいい!?」
後ろから不意に声を掛けられ、間抜けとも言える悲鳴を上げてしまった。これがオークなら今ので首の骨を折られて死んでいただろう。
振り替えると、二十代半ばぐらいだろうか、黒髪に目付きの鋭い男が手に荷物を持って立っていた。マリアは反射的に身構え、腰の剣に手を添える。
「驚かせて悪かったな」
「い、いえ、こちらこそ。もしかして、この店の方ですか」
「そうだが?」
マリアの問いに素っ気ない返事をする男性。
「あの、このお店って開いてますか?」
「一応開いてるよ。基本は昼と夜だけで朝は仕込みとかで閉まってるけど、たまに買い出しで閉まってる。良かったら食ってくか?」
「じゃあ、ちょっとだけ」
そう言って男の後に続いて店の中へと入っていく。店主が買い出しに出掛けていたから先程は閉まっていたようだ。
店内はカウンターが数席とテーブルが四つ、それと奥に緑色の変わった床の上に、かなり低めのテーブルが設置してあった。
最初は高さの違いを不思議に思ったが、多分小さい種族専用の席なんだろうとマリアは一人で納得した。
内装はシンプルな構造になっているが窓が無い。店内は若干薄暗く、天井に付いた灯りが店内全体を照らしていた。
手前のカウンターに腰かけると、男は水の入ったコップをカウンターに置いた。
「メニューは上に書いてあるから、決まったら呼んでくれ。水は無料だから気にするな」
一言そう告げると店の奥に引っ込んだ。
不安げに成りながらも出された水を一口飲むと、意外にも冷たくてマリアは驚いた。
普通なら冷たい水は高級店で出されるのが一般的であったし、作るにも魔法を使って冷やさなくては成らないため、無料で出すなんてあり得ない。
何なんだこの店は、謎が深まるばかりだ。
とりあえず上にあるメニューを確認するも、値段以外どれが何の料理なのかは解らずにいた。
メニューは全て銀貨一枚程度で、高級店で無いと分かると少しホッとした。
「何にするか決まったか?」
男は服の上からのエプロン姿で奥から顔を出す。こんな事を言っては失礼だけど、仏頂面の店主にフリフリのエプロンは可愛過ぎた。
「メニューの料理が何か解らないのだけれど」
マリアが困った顔をすると、男は苦笑いをしてこう答えた。
「なら今日は俺のオススメにするか?」
「オススメ? うーん、じゃあそれで」
戸惑うマリアだが、特に食べたい物も決まってないので、言う通りにオススメを頼む。
「それにしても、私以外客が居ないけどお店は大丈夫なのかしら?」
自分以外の客の姿どころか従業員も彼しか居ないのか、店内は異常な程に静かで落ち着いた雰囲気だ。どの店でも客が来なければ商売は成り立たないが、この店は大丈夫なのだろうか。
さっきから店の心配ばかりするマリアだが、本人はどんな料理が出るのか内心楽しみにしていた。
しばらくすると男が料理を持って出てきた。
「お待たせ。俺のオススメ『海鮮丼』だ!」
男は自慢気にカウンターテーブルの上にお碗と小皿を並べる。
どちらも初めて見る料理だ。
碗には生の魚の切り身が放射状に綺麗に並べられ、黒いソースが掛けられている。まさに芸術と呼べる程に美しく、飾られた切り身の下には米が埋まっている。
小皿の方は薄く切られた野菜が色鮮やかに備え付けられてる。これもサービスなのか。
今までに見たことのない料理を前に戸惑うマリア。港町でもないのに魚を、しかも生で出す店なんて聞いたことがない。
せっかく作った料理を食べずに帰るのもバツが悪いので、覚悟を決めて料理を食べる。
「……え?何これ、凄く美味しい!」
一口食べてみると、魚の身が口の中で蕩けてゆく、が、それだけじゃない。黒いソースが魚の臭みを消して旨味を引き出しているし、下の米に目茶苦茶合う。
これ程美味しい料理は食べたことがない。
次に備え付けの野菜も食べてみると、これも美味しい。味がしっかりして歯応えがある。私はこの黄色い野菜がお気に入りだった。
「ねえ、この黄色い野菜は何て言うの?」
「それは沢庵だな。野菜を塩漬けした物で、材料さえ揃えば簡単に作れる」
塩漬けなんて肉を長期保存するための方法だと思っていた。調理次第で美味しく成るなんて、改めて世界の広さを再認識した。
美味しい料理を食べて、お腹も気分も満足感で一杯なマリアは懐から銀貨を一枚取り出し、店主に手渡す。
「ありがとう、とっても美味しかったわ。機会が有れば、また来るね」
外に出ると辺りは真っ暗になっていた。
マリアは次の日もこの店に通うことを決め、楽しみで仕方なかった。今度はどんな料理が食べられるのか、その想いを胸に帰路についた。
夜空のてっぺんの月がマリアに微笑むように、黄色く光輝いていた。
作品を読んで頂きありがとうございます。
この作品は一応短編小説ですが、間違えて連載で投稿してしまいました。
しかし、作者の都合で続編を出すかも知れないので、そのときはよろしくお願いいたします。