1.転移
窓から差し込む光と、かすかに聞こえる小鳥の鳴き声で目が覚める。
―ファァ。今、何時?もしかして寝…坊……?
とりあえず目をつむったまま時計を探す。
―あれ、時計がない。どこいったんだ。
仕方がないので、重い瞼をゆっくりと開ける。
真上に見えるのは、俺の部屋の天井、ではなく、丸太で作られた天井。
壁に取り付けられている簡素な蝋燭立ても目に入る。
自分が寝ているベットも、いつもと感触が違う。
―ここ、俺の部屋じゃないぞ。
上半身を起こし、寝ぼけ眼をこすりながら、周囲をゆっくりと見渡す。
自分がいる部屋は、『アルプスの少女ハイジ』に出てくるおんじの山小屋に似ている。自分が寝ているのは干し草ではなく、木組みのベッドだったが。
―変な夢だなぁ。ファァァ。寝よう。
どこにでもいるような普通の高校生である自分に、そう簡単に異世界転移なんてことは起こらない。そう判断して、幸助は目を閉じた。
その数秒後、
「おい、コウスケ。おきろぉぉぉぉ!」
すさまじい大声を上げながら部屋に入ってきたのは、高校の同級生である雅人だった。制服ではなく、人狼ゲームの“村人”のような服を着ている。
「ああ、おはよ、雅人」
「おはようじゃねぇよ。遅刻するぞアホ。早くしろよ」
寝ぼけたまま挨拶を交わした後、やはり自分の部屋でないことに気付く。
「ていうか、ここどこ? その服は?」
「は?寝ぼけてんのかお前。今日は騎士団への入団テストの日だろ?」
「なにそれ、学校は?」
「がっこー? それこそなんだよ。……じゃあ、外で待ってるからな」
雅人はそういうなり、部屋を出て行った。
―意味がわからない。でも、とりあえずあいつの言うとおりにしておけば問題ないか。
ベッドのわきに服が置いてあったのでそれを着る。雅人が来ていたのと同じような服だ。
服を着替えながら周囲を見渡す。
―物の配置が俺の部屋とそっくりなんだよな、この部屋。なんか変な感じだ。
「早くしろよ! コウスケ」
「今いく!」
考えもまとまらないまま、俺は部屋を飛び出した。
「やっと来た。ほら、早くいくぞ」
ドアの前で待っていた雅人がめんどくさそうに言う。
「うん。で、騎士団って何?」
「はぁぁ。頭大丈夫かよ。行きながら話すぞ」
小走りで騎士団試験会場に向かいながら、ここがルドリアという王国であること、その呪いのこと、世界最強と呼ばれる騎士団のこと、そして俺自身のことを聞いた。
どうも俺は、完全に異世界に来てしまったようだ。
「いやー、あの時のお前はすごかったよな。現れた野獣をそこらの木の枝でボコボコにして倒しちまうんだもんな。そりゃあ騎士団合格確実って言われるよな。」
雅人はいつの間にか子供のころの話を始めていた。
といっても、それは俺ではないので全く覚えはないが。
「ところで雅人、子供のころ近くに住んでた朝陽のこと覚えてる?」
「誰だよ。俺は知らんぞ」
どうやら現実の雅人とここでの雅人は違うようだ。紛らわしいのでマサトと呼ぶことにする。
「ならいいや。」
その時、荘厳な鐘の音が街中に響き渡った。
「あ、やべ。コウスケ走るぞ!」
「わかった」
マサトと俺は全力で走りだした。