十五章 帰還 6
夜のとばりがグレア・レヴを闇に染め、窓からこちらを覗き込む満月が南西の方角に輝いた。シャヌは読みかけの『ヘインの見た世界』を読み終えると、アーチャにおやすみを言って二階へ上がっていった。シャヌがアジトを飛び出していったカエマを連れ戻してきた時、アーチャは泣きじゃくるカエマの姿をまともに見ていられなかった。カエマは散々泣き明かした後、階段下で横になってぐっすり眠ってしまった。
夜遅く、居間の椅子に腰掛けるのは、アーチャとじいさんだけになった。アーチャはうたた寝するじいさんをまじまじと観察していた。こうして二人きりになるのは初めてのことだった。そのことが原因ではないのだが、まともに会話したことさえなかった。未来で見たことを話せば、ちょっとは記憶を取り戻すのではないだろうか? アーチャの頭の中は、今やその考えでいっぱいだった。
「ねえ、おじいさん」
じいさんは寝ぼけ眼をパチパチさせてアーチャを見た。
「こんばんは、アーチャ。わしは今、夢を見とった」
「へえ。どんな夢?」
興味本位ではなく、アーチャは本気で知りたくてそう聞いた。じいさんは窓から月を眺めたまま、薄毛の頭部をさすった。
「いつも見てる夢じゃった。そこには、平和を絵に描いたような、たくさんの血族が共存する素晴らしい世界があった」
同じだ、とアーチャは察した。未来でじいさんが見ていた夢と、内容が同じなのだ。
「夢で感じたもののすべてに、はっきりとした感覚があるんでしょう? まるで、夢の中の世界が本当の現実であるかのように」
じいさんは嬉しそうにうなずきながらアーチャを見た。
「よく知っとるのう。もしや、お前さんも同じ夢を? これは奇遇じゃのう」
「違うよ。さっき話したじゃないか。俺は未来を見てきたんだって。その未来にはあなたがいて、どこかの老人施設で暮らしてた。何も覚えてないの?」
じいさんはぼんやりと窓の外を眺めながらゆっくりうなずいた。
「過去のことなど、思い出せぬ方が身のためなのじゃ。誰でもみな、辛く苦しい思い出は早く忘れてしまいたいと願う。幸せな思い出がその犠牲になったとしてもじゃ」
いきなり何を言い出すんだろうと、アーチャは少し戸惑いつつもじいさんを見た。
「シャヌも一緒に未来の世界を見てきたんだよ。それで俺……シャヌももしかしたら、じいさんと同じでどこか遠くの時間の流れからやって来たんじゃないかなって、そう考えてるんだ。ねえ、どう思う?」
聞いても時間の浪費だろうと勘付いてはいたが、アーチャは一応聞いてみた。アーチャのそんな気持ちを読み取ってのことか、じいさんはピンクの歯茎を覗かせるほどの笑顔だった。
「シャヌはとてもいい子じゃ。わしは、あの子ならきっとたくさんの人の命を救うことができると、そう信じておる。確かに、彼女の存在は道理に反しておる。だがそれは、まだシャヌという名前だけの存在にすぎん。夢と現実世界で生きる、名前だけの存在にな」