十五章 帰還 4
「そんな……」
フィンは立ち上がってカエマに詰め寄った。
「それは本当なの? どうしてフラッシュだと分かるの? ねえ、どうして?」
肩をつかまれ、前後に揺さぶられるカエマの表情にいささかの恐怖の色が駆け抜けたが、レッジが急いでフィンの荒々しい行動を止めに入った。
「本で読んだことがあるの……百年前、マイラ族の……」
カエマはちらっとシャヌの方を見て一瞬ためらったが、やはり続けた。
「……百年前、マイラ族の住む浮遊島を一瞬にして消し去った光の話を。その本に書いてあったとおり、熱や爆風、爆発音でさえ感じ取れなかった。ただピカって光っただけなの……気付くと、街の半分が消滅していた……たくさんの人たちと一緒に」
「軍の目的は一体何なんだ? ただの殺戮か?」
沈黙を背にアーチャが怒鳴った。
「殺戮が目的なら、こんなスラム街を狙わずに、もっと人や建物の多い都市部を攻撃するだろう……意味のある攻撃をな」
レッジが見解を述べた。すると、アンジが何か思い出しように身を乗り出した。
「レッジ、お前言ってたよな? フィンは軍の秘密を持ってるって……そのフラッシュとかいう得体の知れない兵器と何か関係があるんじゃねえのか?」
レッジが何か言おうと口を開きかけたが、フィンが手を差し出してそれをやめさせた。
「そのとおりよ」
フィンの口調からはもはや、迷いの色さえ感じ取れなかった。
「二年前まで、私はグレイクレイ国の戦闘研究員として地上で勤務していた。当時、研究及び製作していたのが“フラッシュ”という未知の殺戮兵器だった。光を利用した画期的な兵器だということは、以前から知っていたわ。そして、こんなにも残虐で、人類の存亡が危ぶまれるような恐ろしい兵器の製作は、一刻も早くやめるべきだと、プロジェクトの責任者に説得したの……ジェッキンゲン・トーバノア、その人にね」
その名が語られた瞬間、空気が張り詰め、全員が息を呑んだ。
「でも、無駄な抵抗だった。私はプロジェクトから外され、海底のアクアマリンで勤務するように命令された。初めは大人しくしていたけど、あんな地獄のような生活には耐えられなかったし、どうしてもフラッシュのことが忘れられなかった……そして、私はアクアマリンから脱走することを決意し、人魚の力を借りて地上へ戻った。都で酒場のウエイトレスとして働きながら、元同僚だったレッジと連絡を取り合い、復興しつつあるシシーラの街に移り住んだの……そこへ、あなたたちがやって来た」
そこまで説明すると、フィンはマニカの方を見て気まずそうに笑った。
「ずっと黙っていてごめんなさい、マニカさん。騙すつもりじゃなかったの」
マニカはトナの額を優しく撫でながら、首を横に振った。
「私の方こそ……あなたのこと何も知らなかったし、知ろうともしなかった。今はみんな、自分のことで精一杯なのよね……きっと」
マニカの表情はどこか悲しげだった。
「フラッシュといえば……」
アーチャが静かに切り出した。
「信じ難い話だろうけど、俺たち、ユイツの力を借りて未来を見てきたんだ」
「ユイツとは、前にゼル・スタンバインと一緒に街へ来た、あの新米兵士のことですか?」
ファージニアスが興味津々な表情で食いついた。アーチャは、戦闘機内で起こったこと、ユイツのこと、『ムーンホール』や『タイムホール』のこと、未来で見聞きしたこと、そして、じいさんの身に起きた真実を余すことなく事細かに説明し、聞く者を嘆息させた。
「ユイツはきっと、俺たちに未来を見せることで、世界に迫る危機を知らせたかったんだと思う。そうでなけりゃ、ムーンホールを使って俺たちを地上へ送り帰していただろうから……でも分からないのは、どうしておじいさんがこの時代にいるかなんだよなあ」
アーチャを含む多くの眼差しがファージニアスを捉えた。ファージニアスはすべてを承知したかのように、何度かゆっくりとうなずいて再び円の中心に進み出た。その足取りは、この瞬間を待ってましたと喜ばんばかりに軽快だった。
「百十年後の未来で完成したタイムトラベルの仕組みについて簡単に説明しましょう。これは光の力を凝縮させて利用した、言わば『光速を超越する力とその働き』に関連するものなのです。その力を最大限に活用するため、人々は最適な環境と最高の精密機器を整え、爆発的なエネルギーを生み出すための技術を開発し、タイムトラベルの実験に挑みました。実験は数十年もの間繰り返され、多くの犠牲者を出しました。一億年前の過去に飛ばされて行方不明になった者、上半身だけ未来へ旅立たせてしまった者。中でも際立って続出したのが、白骨化して帰ってくるというものでして……これはみな人づてに聞いた話で、私は実験に加わっていないんですけどね」
ファージニアスは咳払いし、仕切り直すような改まった口調で話を続けた。
「ですから、何の知識もないおじいさんがたった一人、空っぽ同然の廃墟で時空間を捻じ曲げて時間を超越し、過去へさかのぼることなど不可能なのです。ええ、絶対に。……ところで、そのユイツという人物についてですが……」
あごにその長い指をからませると、ファージニアスは首をかしげて物思いに耽った。
「私のように時空連盟に長く勤めていると、まあ、こういった類の噂話をよく聞くんですよ。何でも、時間と時間を隔たりなく自由に行き来し、尚且つ同時に、複数の時間の中に存在している人物がいる、という噂なんですけどね。無論、そんなことは有り得ないわけです。だってそうでしょう? 私たちには、過去があるから今があり、今があるから未来があるのです」
ファージニアスは質問を受け付けることなく、自分の言葉に酔いしれるような夢見る笑みでペラペラと喋りまくっていた。しかも終わる気配が漂わない。
「その人物は時折、連盟本部の監視モニターに現れるのですが、何しろ姿形がぼやけていまして、何者なのか、いまだに特定できていないのです」
「おばけじゃねえの?」
だが、アンジの発言はあっさり無視された。
「しかもその人物は、私たちが調査対象としている八千年前の過去から一万年後の未来まで、すべて似たようなぼやけた輪郭で観測されているのです。アーチャが先ほど言ったように、ユイツが本当に人々の記憶として存在しているのであれば、この噂話を裏付ける決定的な根拠に結びつくかもしれませんね」