十四章 歌と光と霧と…… 4
じいさんは、カメラのフラッシュがピカッと光ったのだと、そう思った。そして、目の前に広がる光景は幻覚なのだと、自分にしっかりと言い聞かせた。これは幻か何かで、あと数秒もすればまたいつもの街並みだ……そうも言い聞かせた。
十秒……三十秒……変わらない。次は目をつむり、視界を真っ暗にしてから、十秒……三十秒……目を開けた……変わらない……何も変わらない。じいさんの目の前に広がる光景は、雑草さえも見当たらない、どこまでも続く空虚な荒れ地のままだった。
「何が……どうなってる?」
一体どれくらい回っただろうか? じいさんはどこかに人影はないかと、どこかに残された建物はないかと、その場でグルグルと回って辺りを眺め続けた。その内に、方角さえも見当がつかなくなり、見渡す限りののっぺらな地にただただおののくばかりであった。
長寿の家は? 中央公園は? 今しがた歩いてきた道は? 街は? 人は?
ひどく狼狽しつつも、じいさんは探し続けた。だが、見事に調和する廃墟と青空(雲一つないことに、じいさんは気付かなかった)が地平線の彼方まで続いているだけで、他は何もない。それは、全くの『無』のように思えた。
じいさんはその場に座り込み、しばらくまともに使っていなかった頼りない脳味噌をフル回転させて、考えを巡らせた。
あの大型戦闘機が落としたのは街を破壊するための爆弾だったのだろうか? しかし、この破壊力は何だ? 本当に爆弾か? ピカッと光り輝いたあの一瞬で、街を、人を、跡形もなく消し去ったというのか? だがおかしい、おかしすぎる……爆風や熱、音さえ、何も感じなかった。……そして、この大惨事から、奇跡的にわし一人だけが生き残ったというのか?
「……これからわしはどうなるんだ?」
全てが消え去ってから十分ほど過ぎた頃、じいさんは突然、恐怖と不安に全身を震わせた。この様子では、食料も水も残されてはいない。破壊されずに済んだであろう、他国へ行こうにも、老いぼれたきゃしゃな両足と、子ども以下の体力では、その考えはあまりにも無謀すぎる。
長寿の家や介護人の愚痴が、懐かしくて、恋しくて、あのまずい飯を腹いっぱいに食べたいとさえ思えてきた時、じいさんの五十メートルほど前方で、明らかな異変が起こった。
霧だ。その一部にだけ、先の光景さえもうかがえないほどの濃い霧が立ち込めていた。巨大に膨れ上がった霧は、怪しくうごめき、ユラユラと煙のように揺れていた。
じいさんは骨をきしませながらゆっくりと立ち上がり、廃墟と化した無音の空間を、忍び足で霧に近づいて行った。今は霧が発生するような環境じゃないのに……といぶかりながら、じいさんは霧との距離を少しずつ縮めていった。砂と小石だらけの地面をしっかりと踏み締め、じいさんは、霧に触れるか触れないかの境目で足を止めた。
自分の考えがあまりにもばかげていると、じいさんは自らを咎めた。この怪しげな霧をど真ん中から通り抜けてみようなんて……その先にはきっと元通りの街並みが広がっているだなんて……。この霧を何事もなかったように通り抜けた後、自分に対するむなしさに拍車を掛けるようなものだ。だがきっと、この絶望的な状況下でそんな間の抜けたことをすれば、百年は語り継がれるような笑い種になるだろう。じいさんは乾いた笑い声を発した。
「へん! わしは言ったはずだ」
霧に向かって拳を振り上げながら、じいさんは叫んでいた。
「『“こっち”側が“まとも”だなんて、絶対に認めないぞ』ってな」
じいさんは霧の中に飛び込み、走るように歩き続けた。やがて、視界は完全に閉ざされ、じいさんは気を失った。