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十三章  空へ、未来へ  7

「それは……」


 アーチャの言葉が途切れた。未だ正解の見つからない回答を漠然とした面持ちで口にしようとしていたからなのかもしれないが、理由はまだ別にあった。アーチャとジェッキンゲンの間にあるわずかな空間がぐらぐらと歪み、アーチャは水中から水面を見上げているような不思議な感覚を覚え、それが起因して言葉を喉に詰まらせた。

 ムーンホールからユイツの生首が突き出し、それに続いて二本の細腕が勢いよく伸びると、ジェッキンゲンの首と右腕をつかんだ。


「やはり、部屋に閉じ込めておいても無駄でしたか」


 首を絞められているせいで、ジェッキンゲンの声は潰れていた。


「お前はここにいてはいけない……さっさと未来へ帰るんだ」


 ユイツの両手に大きな力が加わり、ジェッキンゲンの魔法体を更に苦しめた。ユイツの瞳が威嚇するようにアーチャを振り返った。


「何をボサッとしてる! 早く行くんだ! 早く!」


 アーチャはシャヌを連れて二人の脇を走り抜け、その先にある少し開けた空間を見た。そこは、アーチャがこの大型戦闘機に向かって飛び込んだ、あの場所だった。右斜め前方には両開きの大きなドアがあり、すぐ左手には細かな文字のつづられたドアと、二階へと通じる横幅の狭い急な階段がある。アーチャは床に飛散する割れた小ビンのかけらと、照明に反射してキラキラと輝く液体を見つけた。


「脱出ポット……」


 アーチャはすぐそばにある、小さなドアを見つめた。レッジの言っていた、脱出ポットが格納されている部屋に通じているに違いない。アーチャの心は躍った。


「待て!」


 アーチャの手が取っ手に触れた瞬間、ユイツの声が轟いた。アーチャは、取っ手から指先を伝って静電気が流れたとでもいうように、反射的に手を引っ込めた。


「君の進む道はそっちじゃない」


 気付くと、アーチャの背後にある大きなドアの近くに空間の歪みが生じていた。その空間からユイツの片手が突き出し、しばらく宙をさまようと、ドアの脇にある赤いスイッチを殴るようにして押した。耳障りなほどの警報が鳴り響き、同時に、巨大なドアが左右にゆっくりと開いた。

 ユイツが何をしたいのか、アーチャにはさっぱり見当がつかなかった。


「どうしろっていうんだ?」


 アーチャは当惑して通路の先のユイツを見た。だが、そこには胸を押さえて苦しそうにあえぐジェッキンゲンの姿しかなかった。アーチャは周囲を見回し、今しがた開かれたドアの脇で空間が揺らめく様を見つけた。そのねじれからユイツの全身が威勢よく飛び出し、綺麗に着地した。


「ここから飛べって言いたいのか?」


 アーチャは流れる雲をあごで差し、いきなり突っかかった。


「そうだよ」


 他人事を決め込むようなユイツの一言だった。アーチャは愕然とすると同時に、いささかの恐怖を感じた。それはユイツに対しての恐怖……だが。


「正気か? 俺たちに死ねって言いたいのか? すぐそこに脱出ポットがあるんだぞ!」


 アーチャは困惑しきった表情で脱出ポットの部屋へと通じるドアを指差し、ユイツの考えがバカバカしいとばかりに首を振った。


「もう時間がないんだ。アーチャとシャヌじゃなきゃ駄目なんだよ」


 アーチャは我慢の限界だった。くるりと回れ右をし、一刻も早く脱出ポットに乗り込もうと自分に言い聞かせた。


「恐怖を背にして、また逃げるのか?」


 アーチャは自らの肩越しにユイツを見た。シャヌの翼に見え隠れするユイツの表情が、挑発的にアーチャを見つめ返していた。


「目の前の真実と向き合うんだ、アーチャ。そして思い出すんだ」


「何を……何を思い出すって?」


 アーチャの声が微動した。それは、怒りが呼び起こす微かな震えだった。


「ふざけんな……俺のすべてを知っているような言い方はやめろ!」


 発狂寸前のアーチャに向かってユイツがゆっくりと歩み寄って来た。風が巨漢のうなり声のような音を上げて吹きすさんだ。


「君の十七年間のすべてを知っているわけじゃない」


 ユイツの声は、アーチャを説きつかせるように穏やかだった。


「だけど君は、誰よりも君自身が一番知っておかなければならない真実を、まだ失ったままでいる」


「どうして俺が……?」


 アーチャはすがるような視線でユイツを見た。


「君がアーチャ・ルーイェンという存在であるための、決定的な過去を軍に奪われてしまったためだ……」


 ユイツがシャヌに向かって手を差し伸ばす様子を、アーチャは呆然と眺めていた。ユイツの手の平が青白く輝き、シャヌの露草色の髪を柔らかく包み込んだ。ずっと閉じられたままだったシャヌのまぶたがゆっくりと開き、その宝石のように輝く瞳でアーチャを見つめた。アーチャがずっと待っていたシャヌの笑顔が、すぐそこにあった。


「アーチャ。私ね、アーチャの背中を、ずっと感じてたよ」


 シャヌはゆっくりと床に降り立ち、またまっすぐにアーチャを見つめた。アーチャの不器用な笑顔がシャヌを見つめていた。


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