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十三章  空へ、未来へ  5

 やがて訪れた静寂の中で、アーチャはゆっくりと顔を上げた。そこは薄明るいどこかの部屋だった。そばには机と椅子が並べられており、その向こう側の壁際には何かキラキラするものが散らばっている。

 アーチャはその光輝く物体をもっとよく見ようと壁伝いに立ち上がった。それは無数のナイフだった。


「本当に殺すつもりだったのか……」


 金属製の壁に深く突き刺さったナイフを恐る恐る観察しながらアーチャは呟いた。

 アーチャたちが迷い込んだ部屋は会議室のようなところだった。字を書くためのホワイトボードが三つも置いてあり、机の上には軍専用の迷彩柄の悪趣味なコップやら、『今季の予算』と書かれた書類のようなものがペンと一緒にいくつもおいてある。

 アーチャはシャヌを壁に持たせかけ、肩を軽く叩きながらシャヌの名を呼び続けた。だが、シャヌは一向に目を覚まそうとしない。きっと何か強力な魔法をかけらていて、意識を取り戻せないでいるのだろう。アーチャはシャヌの顔色を窺いつつも、無線機の電源を入れた。


「レッジ、聞こえるか? こちらアーチャ。応答してくれ」


「こちらレッジ! 無事で良かった! シャヌも一緒みたいだな」


 待ってましたとばかりに、レッジの素早い返答が無線機から返ってきた。


「シャヌが一緒って、どうして分かったの?」


 アーチャはすかさず尋ねた。


「君が敵機に乗り込む直前にスパイウイルスの説明をしただろう? そのウイルスが、監視カメラの映像や音声、機内の詳しい構造やデータ管理のパスワードまで、あらゆる情報を俺の元に送ってきてくれるんだ」


「そうか……ということはつまり、俺たちがこの部屋に隠れてるってことも軍にばれてるんじゃないのか?」


「……かもしれないな」


 レッジの声は開き直ったかのように落ち着き払っていた。アーチャは耳を疑った。


「かもしれないって……俺たちはこれからどうすりゃいいんだ? このままじゃ軍の拠点に連れて行かれて、結局今までの努力は水の泡だ……」


「冷静になれ、アーチャ!」


 それは無線機越しだというのに、アーチャはレッジの凄みの効いた声に思わず沈黙してしまった。


「言っただろう。こっちには敵機の情報が筒抜けだと。俺に任せろ、アーチャ。必ずそこから助け出してやる」


 勇気付けられるようなレッジのたくましい表情が、小さな無線機を通してアーチャに語りかけてくるようだった。この人なら絶対に信用できると、アーチャは無線機に向かって力強くうなずいた。


「よし。……アーチャの言ったとおり、機内の兵士たちが動き始めたようだぞ。まずはそこから出よう」


 アーチャはシャヌを軽々と背負い、片手で器用に無線機のボリュームを上げた。


「その部屋には二つの出入り口があるはずだ。『N』と大きく書いてあるドアから通路へ出ろ。『W』ではなく、『N』だぞ。……急げ、敵は大勢いる」


 アーチャはドアを開け放ち、急いで通路に飛び出した。


「次はどこ?」


 小刻みに足踏みしながら、アーチャは急き立てるように聞いた。聞いているのかいないのか、無線機から聞こえてくるのは慌しい物音だった。


「アンジ、さっき出力した戦闘機の見取り図を広げろ! 違う、それじゃない! さっきじいさんが眺めてたやつだ……ほら、じいさんがまだ持ってる!」


 右往左往してまで気を落ち着かせようとするアーチャの気持ちも露知らず、無線機のスピーカーから聞こえてくるのは相変わらずなやり取りだった。


「レッジ、まだか?」


 アーチャはもう我慢できなかった。


「長引かせてすまない。えっと……今君がいるのはこの通路だから……右へまっすぐ進むと、すぐ左手に別の通路があるはずだから、その通路を更に奥へ進め。突き当たりにドアがあるはずだ。大丈夫、モニターには敵の影さえ映ってない」


 レッジがすべてを言い終える前に、アーチャはもうとっくに走り出していた。レッジの言ったとおりに進んで行くと、次に現れたのはドアだった。押しても引いても開かない。


「レッジ、だめだ! このドアびくともしないよ! 引き返した方がいいんじゃないか?」


「待て待て! 近くに、ドアを開けるための鍵みたいなものがあるはずだ。よく調べてみろ」


 アーチャはドアの脇にある親指サイズほどの窪みを見つけた。それは、何か硬い物をぶっつけてへこませたような、小さくて目立たないものだった。


「何だろう……ドアのそばに、白いパネルに覆われた窪みがあるけど?」


 窪みをしげしげと観察しながらアーチャは言った。


「よし! こっちも、抽出したデータの中からその鍵の情報を見つけ出した……アーチャ、こいつは指紋センサーだ!」


 レッジの声は興奮で今にも張り裂けそうだった。


「指紋って、指先の模様みたいなやつのことだろ? そんなのが鍵になるはずない」


 アーチャは納得がいかないとばかりに抗議した。


「軍の間でのみ使われる最新の検出技術だ。これは厄介だぞ……数字を入力する機種は、言ってしまえば誰でも入室可能でセキュリティも薄いが、こうした個人を特定させるようなものは元々の保存データを破壊して、新しい情報を組み込まなければ……」


「とにかく! 俺はこれからどうすりゃいいんだ!」


 アーチャの理解の範疇をないがしろにした説明を夢中になってまくしたてるレッジの気を静めようと、アーチャは大きな声で怒鳴った。


「そうだったな……俺はセンサーの内部情報を書き換えるから、しばらくそこで待機していてくれ。五十四秒で方をつける」


 心の中でできるだけ早く時間を数えながら、アーチャはレッジからの連絡を待った。三十六秒まで数え終わった時、無線機からアンジの悲鳴のような声が響き渡った。


「あいつらだ……すぐ近くまで来てるぞ!」


 モニターに映る兵士たちの姿が、アーチャにも見えたような気がした。心なしか、今しがた走ってきた通路から大勢の足音が折り重なって鳴り響いている。銃を構えた一人の兵士が前方の通路から現れ、彫像のように固まって警戒していたアーチャに一瞬で気付くなり、何やら叫んだ。兵士の声が聞こえなかったのは、おそらく背後のドアが低い音を立てて開いたせいだろう……?


「ああっ……ドア!」


 アーチャは仰天した拍子にシャヌを落とすところだった。兵士たちのたくさんの足音と重なるようにして、無線機からレッジの声がした。


「もたもたするな! さっさと中へ入れ!」


 アーチャが中に滑り込んだ瞬間、ドアは再び元の位置に戻り、アーチャと兵士たちとの間に分厚い頑丈な壁を作ってくれた。安堵しているアーチャに対して、無線機から聞こえてくるのは無情といえるほどのレッジの言葉だった。


「ドアは封鎖したが、開けられるのは時間の問題だ。すぐ左手にある階段を下りて、まっすぐ前方へ進んでくれ」


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