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十三章  空へ、未来へ  1

 アーチャは手を伸ばし、太いドア枠に指を引っかけた。強風で吹き飛ばされそうになる体を渾身の力で抑え、歯を食いしばって全身を機体の中へ押し込んだ。そこはほの暗い通路だった。アーチャはまだ開いたままの入り口から、ファージニアスたちの乗っている戦闘機を振り返った。さっきまで自分が乗っていた200−ヘガ小型戦闘機の姿を(まるでブラウン管テレビに翼が生えたような、こっけいな姿だ)アーチャは今初めて見たが、確かに、今乗っている大型の戦闘機の方が何倍も大きいというのが一目で分かる。


「アーチャ、聞こえますか? 応答してください!」


 ファージニアスの疲れきった声が無線機から聞こえてきた。


「俺は大丈夫だ。ここは危険だから、すぐに離れてくれ」


 その時、アーチャは小型戦闘機が爆発したと、そう思った。尾翼が耳をつんざく爆発音と共に吹き飛ばされ、その周囲に黒煙が立ち込んだ。無線機を通してファージニアスとフィンの慌てふためく声や悲鳴が聞こえてくる。アーチャは頭の中が真っ白になった。

 砲弾の炸裂する凄まじい轟音が再びあたりにこだました。その瞬間、小型戦闘機の左側面の外壁が赤い閃光を発して飛散した。黒煙がもくもくと溢れ出し、純白の雲と混じって視界を灰色に染め、やがてその中に姿をくらますようにして、ファージニアスたちを乗せた戦闘機は姿を消した。


「ファージニアス! フィン!」


 雲の向こう側を見つめながら、アーチャは口に無線機を押し当てて叫んだ。戻ってくる返事は、不吉なノイズ音だけだった。


「きっと狙撃されたんだ……」


 アーチャは絶望した。大きく破損した戦闘機にいつまでも乗ってはいられないだろうし、あの機体が無事に着陸できるとは到底思えない。アーチャは不安でならなかったが、いつまでも他人の心配をしている余裕はなさそうだった。

 間近で使用された銃が強烈な発砲音を奏でたその瞬間、アーチャの足元を一つの弾丸がかすめていった。見上げると、拳銃を構える四、五人の兵士の姿がそこにあった。吹き抜けになった二階の通路からこちらを見下ろし、威圧的な瞳をギラギラと輝かせている。


「動くな! 武器を捨てろ! 手を上げろ!」


 兵士の一人が警告した。アーチャはとっさに逃げ場を探した。すぐ後ろは行き止まりだが、十メートルほど前方に二つの扉が見える。しかし、どんなに頑張っても兵士たちに追いつかれてしまう。唯一残されている逃げ場は、今しがたアーチャがやって来た空だけだった。アーチャはレッジとの連絡手段を知られてしまうことを恐れ、とっさに無線機の電源を切り、ポケットの奥に押し込んだ。

 兵士が隊列を組んで階段を下り、足並み揃えてアーチャの前までやって来た。アーチャは抵抗しようと麻酔薬入りの小瓶を取り出したが、コルクをはずす直前に兵士に腕をつかまれ、床に落としてしまった。小瓶は粉々に砕け散り、液体が辺りに飛び散った。


「おとなしくろ! ジェッキンゲン大佐がお待ちだ。はい、連行!」


 両腕を腰あたりでねじられ、痛みでもがき続けるアーチャに向かって兵士が言った。開いたままだったドアがゆっくりと閉められ、外からの光が遮断されると、辺りはオレンジ色の照明で照らし出された。兵士たちに取り囲まれながら強引に連行されていくアーチャが見たのは、朽ちかけた鉄骨の階段と、狭い通路と、その突き当たりにある無口な鉄のドアだった。ドアの先は、やはり通路だった。


「シャヌはどこにいるんだ? 女の子がここに乗ってるはずだ」


 謹みさえわきまえず、アーチャは前を歩く兵士に向かって乱暴に聞いた。返ってくるのは、靴底が金属の床をこすりつける冷ややかな音だけだった。

 これから何が起こるのか見当もつかず、結論に至らないまま、アーチャは黙々と歩き続ける他なかった。銃を構えた兵士たちが部屋を出入りしたり、アーチャの脇を忙しく過ぎ去っていく様子からすると、どうやらこの戦闘機には大勢の兵士たちが乗り込んでいるようだ。

 やがて、他とも大して見分けがつかない、通路の端の方にある質素なドアの前までやって来ると、兵士が声を張り上げた。


「はい、止まれ!」


 兵士たちは息を揃えて立ち止まり、ドアの方へ体を向けると、うやうやしく敬礼してそのまま動かなくなった。先頭を歩いていた兵士がドアをノックし、胸を張った。


「ジェッキンゲン大佐、侵入者を連れて参りました!」


 しばらくすると、強固な鉄製のドアの向こう側から、鼻に付くような、あの気取った声が聞こえてきた。そのせいでアーチャは少し緊張したが、平静を保っていられるほど落ち着いていられた。兵士が開け放つこのドアの向こうに、きっとシャヌがいるはずだ。ここまで来て尻込みするわけにはいかない……だが、そこにいたのはジェッキンゲンただ一人だった。

 ワイングラスを片手に、純白の燕尾服に身を包んだジェッキンゲンが優越そうな笑顔でアーチャを見つめていた。ファージニアスが、ジェッキンゲンが自分の兄なのだと説明してくれたとおり、改めて見ると、その顔には確かに似通った点が見受けられた。だが本当に、未来から来た人間なのだろうか? けったいな身なりや喋り方を別とすれば、何ら変わりない普通のヒト族なのは確かだろう。

 アーチャが足を踏み入れたその部屋は、まるでホテルの豪華な一室がそっくりそのまま越してきた具合に作られていた。窓には手織りの赤い美麗なカーテンが飾られ、美しい刺繍の施された絨毯が床いっぱいに敷き詰められている。様々な形のワイングラスが並べられた棚の間に大きなキャビネットが置かれ、年代物のワインが一本、そこを独占するかのようにふわふわと宙に浮いている。

 アーチャは大股でジェッキンゲンに近づき、二人の兵士がその光景を見守るようにしてドアのそばにたたずんだ。


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