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十二章  百十八年後の使者  6

 アーチャはフィンが握っていた麻酔薬入りの小瓶をもぎ取り、乱暴にフタをはずし、小瓶の中身を撒き散らしながら突進して行った。次の瞬間、兵士は何の抵抗もすることなく、その場にバタリと倒れた。アーチャの突き出した麻酔針付きのコルクは、確かに兵士の首筋を捉えていた。三人が安堵したのも束の間、扉の向こうにあるコックピットから、操縦士の叫び声がはっきりと聞こえてきた。


「メーデー! メーデー! こちらヘガのコックピット! ドレイが脱走し、仲間の一人がやられた! 繰り返す! 仲間の一人がやられ……」


「私たちがドレイ? 勘違いも甚だしいですね」


 兵士のうなじから針を抜き取りながら、ファージニアスが言った。それからすぐに操縦桿を握り、兵士をアーチャに任せた。


「ほんとに良く効く薬だよな……ところで、操縦できるのか?」


 コックピットから兵士を引っ張り出しながら、アーチャが不思議に思って聞いた。ファージニアスは余裕たっぷりの笑みだった。


「時空連盟に勤める我々は、万物におけるエキスパートなのです。歴史や地理のことを徹底的に把握し、車や船、飛行機に始まり、ロケットやスペースシャトルの操縦まで幅広く……」


「ロケットとか、スペースなんたらとか、そんなの分かんないよ」


 アーチャは兵士のポケットをまさぐりながら文句を言った。ファージニアスはしまったと言わんばかりに顔をしかめた。きっと、遠い未来に開発されるであろう、アーチャの知らない未知の乗り物のことを口走ってしまったに違いないと、アーチャは勘付いた。


「あったあった」


 アーチャは兵士の胸ポケットから、レッジの言っていたカードキーらしき白いカードを見つけ出すと、それをフィンに手渡し(この手の代物は、フィンに任せた方が安全だとアーチャは考えた)、兵士を部屋の中まで引きずって行った。フィンが入り口のそばにあったカードリーダーにカードを通すと、ドアは横にスライドし、ピクリとも動かない兵士二人を覆い隠してしまった。


「レッジ、ドアロックの暗証番号は分かる?」


 フィンが無線機に向かって聞いた。二人はドアをロックし、再びコックピットまで戻った。アーチャたちにとって、本当の難題はここからだった。


「アーチャ、あれを」


 今しがた戻って来たばかりのアーチャに向かってファージニアスが言った。その視線の先は一面に広がる雲海だった。分厚い雲が満月の月光にあたって神秘的に輝き、その光景は見る者の心を感銘させた。コックピットの窓から見える景色はとても素晴らしいものだったが、ファージニアスが注目してほしかったのはまだ別にあった。

 左斜め前方に、雲の中から見え隠れしている巨大な右翼の姿がかいま見えた。やがて雲の中からおもむろに姿を現したのは、身も心も恐怖で凍りつくほど巨大な戦闘機だった。黒々としたボディが闇の中で輝き、そのおどろおどろしい大きな巨体をより威嚇的に見せつけている。低い雷鳴のような轟音が周囲を取り巻いていたが、その音も、吹き荒れる風も、空を覆う雲も、そして、アーチャの恐怖心さえも、みな空気の流れと同様にあの邪悪な生き物の中に吸い取られてしまっていた。

 シートの背もたれを握るアーチャの手に、じわりと汗がにじんだ。フィンはコックピット内の無線機を調節し、レッジと連絡を取れるようにした。


「こちらフィン。レッジ、よく聞いてちょうだい」


「どうした? 何かトラブルか?」


 レッジの心配そうな声がコックピット内に響き渡った。


「私たち、まだ帰れないの。シャヌっていう子が別の戦闘機の中に捕まっていて、その子を救い出してからそっちへ向かうわ。その戦闘機っていうのが、今私たちが乗ってるものと同じ200−ヘガなんだけど、とても大型なのよ。こっちの十倍は大きいんじゃないかしら? 何か情報はある?」


「そんなバカな」


 スピーカーから聞こえてきたのはレッジの否定的な返答だった。


「200−ヘガに大型や小型といった区別はないはずだぞ」


「でも確かに、私が見たのはどちらも200−ヘガでした。そばではっきりと見ましたから」


 ファージニアスが豪語すると、無線機の向こう側からガサゴソと慌しい音が聞こえ、誰かに強い口調で命令する声がそれに続いた。


「そんなマニュアルはどこにもない。……だが、ファージニアスの言っていることが真実なら、そいつはもしかしたら改良型かもしれないな。だとしたら厄介だぞ。国軍本部の資料管理局にある数千万もの戦闘マニュアルから、その怪物の正体を見つけ出さなきゃならない。ハッキングをかけるだけでも数日がかりの大仕事だ」


「そんな時間あるわけないよ!」


 アーチャは悲鳴に近い口調で言った。

 重たい空気の中に沈黙が訪れた。アーチャはもどかしさに苛立ちを感じ始めていた。このままでは、シャヌが完全に軍の手に渡ってしまう。だがどうする? どうやってシャヌを助ける?


「一つだけ、可能性を述べるとしたら……」


 レッジの慎重な声が沈黙を破った。そこにいた全員が耳をそばだてた。


「大型に改良されたとは言え、基は君たちの乗ってるものと同類だ。だとすると、さっきと同じ要領で大型の方も遠隔操作できるかもしれない。機体そのものを誘導することはできないが……そうだな……扉の開閉くらいなら可能なはずだ」


「あれに飛び移れって言うの?」


 フィンの声はあまり賛成的ではなかった。フィンだけではない、ファージニアスでさえも、それは無謀な作戦だと考えた。


「接近するだけも危険ですよ。パイロットが倒れ際に大型機へ連絡していましたからね。この戦闘機が安全でないことくらい、相手側は百も承知です。へたをすれば、機銃掃射で打ち落とされるかもしれません」


「でも、もう他に手はないじゃないか!」


 アーチャが叫んだ。コックピット内も含め、無線機の向こう側にいるレッジたちでさえ沈黙した。


「もう時間がないんだ……シャヌを助けるには、あの戦闘機に侵入するしかない。……ファージニアスは操縦を続けて、フィンは俺たちに指示を送って。レッジは無線機を使って双方のやり取りを……俺はフィンの小型無線機を持ってあの中に侵入する」


「そんなのダメよ!」


 フィンがアーチャの肩をつかんで前後に揺さぶった。ほとんど涙声だった。


「アーチャ、もう後戻りはできないぞ。ほんとにやるんだな?」


 フィンの訴えをあえて無視するかのように、レッジがそう聞いた。アーチャは前方を飛行し続ける怪物の姿をしっかりとその瞳に焼き付けながら、力強くうなずいた。


「英雄と誓ったから……だから、今度こそ、俺の手でシャヌを助けたいんだ」


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