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十二章  百十八年後の使者  3

 それから六時間後、アーチャはふと意識を取り戻した。その瞬間、頭の中はシャヌのことでいっぱいになった。


「シャヌ……どこだ? シャヌ……」


 その名を呼びながら、アーチャは痛む頭とぼやける視界の中でシャヌを探した。そこは床から壁、天井からドアまで、すべてが金属で作られている大きな部屋だった。壁や天上は溶接された鉄板で組まれており、ドアは奇怪に黒光りする、見るからに頑丈そうな作りだった。アーチャのすぐ脇にはフィンが横様に眠り続けており、部屋の片隅に立っているのは……。


「ファージニアス……てめえ!」


 アーチャは我を忘れて駆け出していた。まだ足元はおぼつかなかったが、それでもファージニアスを全力で殴り飛ばすには十分過ぎるほどの助走を得ることができた。アーチャががむしゃらに振り回した拳は、彼の左頬を見事にとらえていた。ファージニアスは床に倒れ込んだが、すぐに起き上がった。口角から血を流している。


「どうして……どうして俺たちを裏切った?」


 アーチャの声は怒りで震えていた。ファージニアスは毅然とした表情でアーチャを見たが、反撃してくる様子はなかった。


「答えろ! ファージニアス!」


 アーチャの大声で、フィンが目を覚ました。フィンのおぼろげな瞳はアーチャを見つめ、次いでファージニアスを捉え、またアーチャに戻った。


「あれ……私、どうしたんだっけ?」


 ここにきて、アーチャは何かがおかしいことに気付き始めた。軍によってこの部屋に閉じ込められているのだとすると、アーチャたちを罠にはめたファージニアスと、グルだったフィンが一緒に捕まっているのはなぜだ? それに、じいさんとレッジ、シャヌの姿が見当たらない。


「一体どういうことなんだ? 誰か説明してくれ」


 アーチャは痛む右手をさすりながらそう言った。フィンに聞きたかったが、彼女はアーチャ以上に困惑しているようだった。その表情は一向に呆然としたままだし、まともな会話ができそうな精神状態ではなさそうだ。


「ここはどこだ? 他のみんなは?」


 アーチャは乱暴な口調でファージニアスに聞いた。ファージニアスはポケットの中から赤いハンカチを取り出し、血をそっと拭き取った。


「いいでしょう」


 ファージニアスの第一声は、はっきりとした強い口調だった。


「いつか話す時が来ることは承知の上でしたからね。……まずは私のことを話しましょうか」


 ファージニアスは上着の内ポケットに手を突っ込んで何やらまさぐり始めた。そこから取り出しのたのは、金色に輝く薄っぺらいカードのようなものだった。ファージニアスは眩いほどのカードを顔の横で輝かせ、そこに刻まれた文字を読み上げた。


「本当は私、時空連盟……通称“時連”の派遣調査部に勤務する、百十八年後の未来からやって来たエリート派遣調査員なのです。姓はトーバノア……ジェッキンゲン・トーバノアの弟です」


 アーチャの全身から怒りが消滅した。怒りどころか、感情のすべてが消し飛ばされたように思えた。今ファージニアスが発した言葉を一つでも理解できる人がこの世に存在するのであれば、ぜひ一度拝見してみたいものだと、アーチャは思った。


「そんな冗談を言って話の腰を折ろうとしたって、そうはいかないぞ」


 アーチャは極めて冷静に処理しようと試みた。だが、ファージニアスはカードを掲げたまま、まばたきもせずにアーチャを見つめ続けた。その力強い眼差しで見つめられると、アーチャの心は段々とくじかれていった。


「私たちがグレア・レヴで最初に出会った時、私は自分のことをこう紹介しました。ある人物を追いかける者……と。私は兄を捕らえるため、時をさかのぼってはるばるここまでやって来たのです。それまでの過程は徹底的に調査済みでした。フィンとレッジが使用していた研究員ナンバーも、その時の調査で入手したものです」


「……まさか」


 アーチャよりも早く、ずっと沈黙を続けていたフィンが何かに気付いた。その驚愕しきった表情からは恐怖さえも感じ取れた。


「グレイクレイ国の派遣兵だってことも、私たちを救ってやるっていうのも、みんな嘘だったわけね……。すべてはあんたの兄……つまり、ジェッキンゲンをおびき出すための罠だった……私とレッジは、まんまとはめられた……私がアーチャたちをはめたように」


 フィンの声は今にも消え入りそうだった。


「誤解しないで下さい」


 カードを内ポケットにしまい込みながらファージニアスは続けた。


「アーチャやあなた方を出し抜いてジェッキンゲンを追い詰めようとしたのは事実です。しかし、見捨てるつもりは毛頭ありませんでした。予想もしていなかったことが起こったのです。何を言っても言い訳にしか聞こえませんが……私の気付かぬうちに、兄は魔力を手に入れていた。それが一番の誤算でした。私の知っている未来では、軍が地下に乗り込んできた直後に兄の正体と犯行が発覚し、私の仲間が駆けつけて未来へ連れ帰るという筋書きだったのです……しかし、なぜか狂いが生じた。兄が魔力を手にするという重大なきっかけが、未来を大きく変えてしまった」


 アーチャは海底のアクアマリンで、ファージニアスが魔法を使う光景を何度か目撃したことがある。だが、それが今になってどうしたというのだ。


「あんたが俺たちを裏切ったことに変わりはない。未来から来ただって? だったら証明してみろ。今から何が起こるのか、未来の歴史の教科書には書いてなかったのか?」


 アーチャは冷たく言い放った。ファージニアスは首を横に振った。


「残念ですが、これから何が起こるのかまったく分かりません。未来といっても、ちょっとしたはずみで様々な分岐点が発生し、複数の未来が存在する場合もあるのです。今回がその良い例です。兄が何らかの方法で魔力を入手してしまったことにより、そこに新たな未来が生まれた」


 ファージニアスは深々とため息を吐いた。


「私の勤務する時連は、時空を超越して悪さを働く者を追跡し、捕らえることを目的として結成された世界組織なのです。今から百十年後の未来、人類はタイムトラベルの実験に成功し、ごく一部の者だけが、歴史的事実を調査するという一貫した目的のみで利用することを認可されました。ですが、関係者の中には裏で手を引いている者も多く、過去の歴史が知らない内に書きかえられていたり、未来に起こる出来事や事件、天変地異などの情報が流出したりという惨事が相次ぎました。そうして結成されたのが時空連盟という、警察に準ずる組織でした。兄と私はそこに勤務していたのですが、兄は他の時空犯罪者と同じく、時間という欲望に負けてしまった……そして、かつて例を見ないほどの大きな事件を引き起こしてしまった……」


 ファージニアスは言葉を発しかけたが、その先をためらった。


「これ以上は語れません。へたをすれば、現時点の時間に狂いが生じかねない。過去の歴史を変化させ、未来の真相を知るということは、とても危険なことなのです」


 アーチャはまじまじとファージニアスを見た。にわかには信じ難い話だが、ファージニアスの表情を見る限り、それが真実であると信じないわけにはいかなかった。


「ファージニアス……その……あんたの素性は良く分かった。とりあえず、今の詳しい状況を教えてくれないか? 過去でも未来でもない、今の状況をさ」


 ファージニアスはこっくりとうなずいて、アーチャとフィン、双方と向き合える適度な位置まで移動した。


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